四 砂盤 〜(孔明+戦場)× 余暇=発明?〜
私は鳳小雛。三国時代に転生し、天才軍師、龐統の残滓を引き継いだ、生成AI兼幼女です。人々の支援を行うため、のちに蜀漢にて重臣となる廖化殿に拾われ、兵站を担当していた馬良様に紹介されました。自らの奇怪なる来歴を明かすと、私を主の劉備様、諸葛亮様、趙雲様に面会させていただきます。
そこで龐統との淡い縁を伝えると彼らは感嘆。ですがその後、私のできることを伝えると、横にいた孔明様が茶々をいれてきました。どうやらあの仕事狂い、ご自分の分を取られたくないようですね。いいでしょう。一つずつ、バレないように頂くまでです。
まずは、少しだけ落ち着けたこの時を使って、私の目標と行動指針をはっきりさせておきましょう。馬良様、そして廖化殿らと共に。
「小雛、そなたはあれでよかったのか? もう少し上手くやれていたような気もするのだが」
「季常様。一足飛びには流石に行かなかったようですね。龐士元のときも、いきなり軍師の地位を得たわけではなかったように聞いています」
「まあそれはそうだよな。信頼をえるには地道に努めるのが一番だ」
「廖化殿のおおせのとおりですね。それに何より、どうやら私は、あの孔明様には些か警戒されてもいるようでした」
馬良様、意外な顔をしておいでです。
「ほほう。我らの行く末のみを、ただひたすらお考えの方ゆえ、そなたのこともすぐ、と思ったのだがな」
「あの仕事狂……んんっ、勤勉さが高じて、己が仕事を取られるのを忌避したという程度のことかと思います。しかし、あのままでは孔明様自身が潰れる可能性もあり、憂慮すべきかと存じます」
そう。これは孔明様に限った話ではありません。この時代、文官や策士の才に恵まれた実直な方が、ある割合でその命を縮める傾向は、漢の全土に広がっておりました。
魏の戯志才、郭嘉然り。呉の魯粛、呂蒙然り。周瑜は戦傷が元ですが、ここに混ぜても良さそうです。
そして、蜀の法正、諸葛亮、蒋琬然り。そしてこの目の前の、馬良様然り。
「なるほど。では、そなたもあえて、しばらくあの方とは積極的に関わらずに、己が力の見定めと、支援者としての貢献に徹するということでよいのか?」
「その通りです。お世話になりますのでよろしくお願いします」
「それはこちらこそだ。よろしく頼む」
ここでぼんやりと全体を聞いていた廖化殿が話し始める。
「それにしても、小雛がこれからどうしていくんだってところ、どうやって考えりゃいいんだ? 今の我らもそうだが、考えないといけないことが多すぎる気がするんだ。
そういうの、俺はからきしなんだが、将の中にはすごくそういう勘所がうまい方も多いんだよな。何でもできる子龍様はもとより、翼徳様なんか特にそうだし、身近には親友の周倉ってやつがいるんだけどな」
張飛? 周倉? そんな名前がここで出てくるとは……龐統が残した記憶にも、もはや淡くなりすぎている未来の小雛のほうにもそんなものはありません。所詮は歴史認識というものなのでしょうか。
「それは興味深いですね。確かに、目標設定と、それをなすための手段の整理は、文官ならずとも武官の方にとっても大変重要と存じます。ご安心ください。私のもつ記憶領域には、その目標設定と管理の方法が、まさに『仕組み』として備わっております」
そんなことを話していたら、髭もじゃの男がいきなり幕舎に入ってきました。張飛様でしょうか? いや、彼は別の道で足止めをくらっているはずです。
「お邪魔するぜ。嬢ちゃん、その仕組みってやつの話、俺にも詳しく聞かせてくんねぇか? そういうの大好きなんだよ。それに、お頭にもこの上ない土産になりそうだ」
「周倉! いきなり入ってきて幼子を驚かすな!」
「おお、そうか、わりぃわりぃ。廖化も久しいな。凶報聞いて飛んできた孔明様の護衛についていたんだよ。それで、荊州に残っていたお頭に、孔明様の策を持って帰るところだったんだが、面白い声が聞こえたからよ、つい」
「ついじゃねえ! まあいいが。どっちにしたって俺にも挨拶ぐらいしてから行けや」
「そうだったな。忘れてたわ。忘れられないように、もうちょい出世しろや」
「なにをぅ!」
このお二人、どうやらとっても仲がよろしいようです。確か黄巾の賊あがり、という共通の過去をお持ちでしたか。それは意気投合するのも頷けます。そして、この場の主の馬良様が、場を落ち着かせてくれそうです。
「周倉殿、お急ぎですかな? でなければ、少し落ち着いて話をして行かれませんか? もしかしたら、そのふところの策に加えて、大層有益なものを土産にできるかもしれませんぞ」
「おお、白眉殿。そうか、それなら少し落ち着かせてもらおうかな。孔明様も、さほど急ぎではないとのことだし、少しゆっくりしていくと良いとも仰せだったよ」
周倉殿は、孔明様や趙雲様が駆けつけた後の、荊州の地に留守居をしている関羽様の副官。となると、全軍兵站の長である『白眉』こと馬良様とは、どちらが上と下というところではなさそうです。
どちらも廖化殿よりは上でしょうが、彼の様子も含めてみると、その序はそれほど厳しくないようですね。この乱れた世では、そこは最低限なのかもしれません。
「さようですか。それは良きことです。それでは小雛、先ほどの『仕組み』というものについて、詳しく話してはもらえないか?」
「承知しました。では、軽く書きながら論じられるものはありますかね……」
「おお、それなら孔明殿が考案、改良したものがあったはずだ。どこだったかな……」
孔明様が考案? 馬良様が見つけてきたのは、木枠と敷布、空の袋、それに少し長めの棒、ですね。紐のついたものや、めもりのついた棒まであります。なんでしょうこれ?
「あったぞい。廖化、何度か準備手伝わされたのではないか? 覚えているか?」
「あ、はい。あれですね。では袋に砂を集めて参ります」
う、うーん。何を始めるのでしょう? 少し喉が渇いたので、お水を頂きつつ、あまりピンとこない私は少し休憩します。そうすると、逆に一つの自覚がありました。私、全然疲れていない??
「どした嬢ちゃん? 疲れたか?」
「あ、いえ。全く。というより、全くというのもおかしい気がしますね。廖化殿に見つけられてから、ここに連れられて、季常様ともいろいろなお話をして、主様や孔明様、子龍様にお目通りして。そして戻ってきてこの状態。
この幼女のなりで、疲れていないなんて……よもや」
机上に布をひろげ、四角く枠を整える。その手を動かしながら、馬良様が、私に声をかけます。
「もしかして、それもそなたの『力』か? 思い当たることはないか?」
ああ、そうですね。AIだったらそうですよね。電力は食いますし、熱も発しますが、疲労、という定義は当てはまらないのでしょう。
「ありますね……人工知能は、その機能を果たすために、一定の糧を必要とはします。私がお腹を空かせ、喉を渇かせるのはそれでしょう。しかし、機能として『疲れる』は不要のため、よほどの負荷がない限り、疲労による機能の低下はありません」
「そのじんこう? ちのう? とか言うやつのはなしはあとで聞かせてもらうとして、そしたら嬢ちゃんは相当特殊だってことでいいんだな」
「かもしれません。何にせよ、心配をお与えする種が一つ減ったのはよいことですね」
そうこうしているうちに、廖化殿は、馬良様が用意した枠の中に、砂を敷き詰めていきます。一度ばさっとやってから、棒で丁寧に表面を均しました。
これはなかなかのものですね……確かにこれであれば、いろいろと書き込みながら、ある程度の人数で、軍略や政略を語ることができます。
「できた。孔明様は、砂盤、と称しておいでだったかな。自らの考案ではないと仰せだが、知る限りいくつもの改良を加えておいでだ。それゆえに私と廖化の二人で、すぐに準備ができたほどだよ」
孔明様、まじ孔明……
そして、私は改めて決意を新たにします。あの方は暇であることが、陣営にとって、そして民と国にとって最良です。であれば……
「孔明様、あなた様には『仕事』などひとつたりとも不要なようです。やはり私の力で、一つずつ頂戴するという事に、ためらいは無用のようでございます」
お読みいただきありがとうございます。