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三十七 成都 〜荀攸×(南蛮+左慈)=元気?〜

 私は荀攸。長安で張飛殿、上庸で関羽殿と対話し、この蜀漢と称する国が、いつどのようにしてその正義観、価値観を変化させたのか、それを大いに教えていただきました。一つは、各々が共通して仰せでした、予想通りの長兄劉備殿。しかしもう一つは、諸葛孔明ではなく、我が陣営のとある鉄面皮の奸計にあって命を縮めた、もう一人の天才、龐士元。その『鳳雛の残滓』という言葉。おそらくそれこそ、この国の、ひいてはこの三国に分たれた漢土の、最大の分水嶺と言えるのでしょう。



 成都に到着した私達を迎えたのは、羽や花びらなどをまとった、やや派手な装いの幾人かの集団。あれが南蛮族という者達でしょうか。


「んん? あ、あんたが北東の国から来た、使いのご一行の方か? 筍っぽい名前の! 確か三人の中に、あの張飛殿が城を落とせなかったって言う人が混じっていたんだよな! どっちだ? こっちはそれなりに強そうだけど普通っぽい! こっちだな? なんか変なこと考えそうな顔だ! よし、勝負だ!」


「しょ、勝負? 私は郝昭と申します。あなたは……南蛮王の孟獲様でしょうか? して、いかなる勝負を?」


「様とかいらねえし! 勝負なら何でもいいぜ! 相撲でも酒でも! あ、でも頭使うのはなしだ!」


「おお、大王様、またなんか勝負しようとしてますね! 応援ならどっちも任せな! この帯来が、みんな楽しくなるやつを用意するぜ!」


ドガッ! バキッ!


「!? 二人が吹っ飛んで行かれましたが……」


「アッハハハ! 義姉さん、また盛大にぶっ飛ばしたもんだ!」


「他国の使者様に、会うなり何やってんだよあいつらは! 失礼したよ。あのボンクラ亭主、孟獲の妻の祝融だ。こいつは義弟の孟優。あ、勘違いしないでくれよ。あたしらは通りかかっただけで、こんな訳分からん集団を、使者様に出迎えによこすような国じゃあないからね」



 荀攸、どう返事していいか戸惑うも、何とか正解っぽい返しをする。


「祝融殿。お気遣いありがとうございます。あなたのお出迎えなら、十分にその責を果たしておいでにお見受けします」


「ハハハ、口がうまいね。なに言なに色だったか忘れたが、そのうまさは仁なしじゃなかったか?」


「お見それいたしました。外見や種族で、教養の有無を評することこそ仁にあらず」


「まあこの地に入り浸ると、いやでも学ぶことになるんだよ。まあ、いやじゃあないのだがね」



 すると、やや後ろに控える巨大な方が、こちらをじーっと見た後、何やら浮かない顔をして、私に話しかける。


「俺、兀突骨。お前、なんか身体がよくなさそう。北の医師、華佗は見てもらったか?」


 この体格で、この方は、とんでもない繊細さと、心の優しさをお持ちなのかもしれません。であれば、仁には仁、礼には礼で応えねばなりません。


「はい、ご心配ありがとうございます、兀突骨殿。私は荀攸。出立前に、華佗殿に見ていただき、暑さ寒さに気をつけろと言われました」


「暑さ寒さ、大事。飯と水も大事。華佗もいいが、左慈もいい。時間あれば見てもらうといい。左慈はどこにいても、呼んだら来る」


 呼んだら来る? 確かにあの方は奇門遁甲に通じると聞きますが。でもこの方は信頼できます。


「承知いたしました。先帝殿とお話しした後で、一度見ていただいてみます」


「それが良い」


「呼んだか?」


「左慈!?」


「左慈殿ですか?」


「うむ、象の調子が良くないのがおると朶思が申しておってな。見てみたら何のことはない。子がおったというところじゃ。あとはいつも通り、だらけとる木鹿のところに幻術談義をしに行くだけじゃからの。

 むむ、お主、水が合わんようじゃな。出来るだけ果実水を取るようにし、無理なら湯冷しや、ろ過水を所望するのじゃ。この辺りの店なら頼めば出て来る。道中はあれじゃ。『黒眉飴』もけちるでないぞ。水だけでは人は動けん」


「み、水ですね。承知いたしました。ありがとうございます。ろ過、とは?」


「うむ、水の中の悪いものを通さないようにしたからくりよ。紙を作る術を応用したようじゃな。目が荒いと何も綺麗にならんで、細か過ぎると水がなかなか通らなくなるで、その辺の塩梅が大切なようじゃ。

 街の水にも使っておるが、旅先向けに、持ち運べるものもあるで、いくつか買って帰ると良いぞ。そなたは、若き者らに伝えねばならん事を、ごそっと持って帰るんじゃろう? 生きるための身体の労りこそ、そなたの正義なのじゃろうて。

 ともあれ、これで大半の自然水は、飲んでも問題なくなるぞい。毒でも盛られん限りはの。ひゃっひゃっひゃ」


「まことにかたじけなきご診断にくわえ、我が正義への新たなる示唆まで。お礼の申しようもありません」


「良い良い。見返りは貰っておる。良いものが売れ、人が長く生き、皆の視野が広がる。そうすれば、まだ見ぬ面白いものが、人々の間から次々に生み出されるのよ。面白きが我が正義。ならばそなたの健康は我が正義ぞ」


「さすが左慈! 面白く、健やかに、目が高い。それがない正義など、ゾウの餌にもならね!」


 左慈殿、そして兀突骨殿。北の老仙と、南蛮の勇士。容易く交わることのなかった二人が、その価値観を共有する。まさに正義、なのでしょう。



 そう感慨に浸りつつ、郝昭が向こうで孟獲殿と腕相撲をしていたり、于禁殿が恐る恐るゾウに触っていたりを眺めていると、


「荀攸殿御一行や、そろそろ先帝や孔明様もお待ち金なんじゃないかい? あたしらからしちゃあ、あの方々だけじゃなくて、現陛下や后様、その兄弟方とも会って欲しいが、それが叶うかはわからんね」


「む、次代の方々ですね。確かに、現帝様は、武芸や策謀はからきしですが、人の機微を捉えて寄り添い、多彩な表現で配下や民の心を上向かせる才には殊の外長けておいでだとか」


「そうさ。あたしらが変われたのは、張飛様がそのきっかけをくれたってのが大きいが、それ以上にあの日あの場所で、現陛下たちと腹を割って一緒に盛り上がれたってのが、一番大きいんじゃないかって、あたしらみんなが思っているんだ」


「それならなおのこと、是非ともお会いしたいところですね。しかし会えぬかも、とは? 私どもはそれなりに時に猶予はありますれば、お待ちいたすのはやぶさかではないのですが」


 これまでになく、やや煮え切らない表情の祝融殿。


「いや、間違いなくお互いに時間はあるはずなんだが……少しばかり、跳ね返りのお転婆様が、あんたらのために何か準備をしているようでね。まあ、いずれわかるさ。あんたらの目的は十分に果たせるだろうよ」


「は、はあ……」


「まあいいや。結局あたしらが案内することになっちまったが、こっちだ。あんたたちも、そろそろお開きだ! 使者様を案内するよ!」


「心得た!」「うす!」「あい!」「ひゃひゃひゃ」



――――


 その頃、やや機密性の高い施設では、とあるお転婆様が、何やら騒いでいる。


「おーい木鹿、小雛、そなたらの申しておった調整とやらは、もう出来たんじゃろうな? 使者様がもうすぐおいでじゃから、妾もかの者らを案内する理由をつけて、また一度呉に戻れるのじゃ! そん時に小雛も連れて行かねばならんから、見える見えぬを簡単に切り替えられるようにならんと、色々困るんじゃろ?」


『私は特に、すぐに呉の方面に出向くことができずとも、成都と長安の往復だけで、お仕事には困らないのですが……まあ仕方ありませんね。あれを聞いて黙ってお待ちできるあなた様ではありませんし、そこでお一人で放り出す訳には行きませんから、この改良はどうしたって避けられません』


「孔明様も、多少、否、大いに暇であったので、だいぶ手伝ってもらいました。それ以上に左慈殿の遁甲術の転用が大きかったですが」


『孔明様も、本格的な出番はまだ先なのです。しばらくは黙って仕事と出番を召し上げられていればいいのです』


「相変わらずじゃの小雛。流石にもうそろそろ、あやつに好き勝手に働かせても、間違った方向には進まぬと思うんじゃがの」


『僭越ながら、まことに甘いお見立てと申し上げる他はありません。仕事というのは、いかなる嗜好品や娯楽、異性などよりも中毒性が高きもの。一度そこに心地よさを感じてしまい、そこに安住を感じてしまうと、自らの体調や周囲への影響など、瞬時に忘れ去ってしまうような、かような悪しき沼なのです。そこから抜け出すには、周囲がしかとその姿を見極め、悪しき道を選ばぬよう、注意を換気せねばならないのです』


「かかかっ、仕事を阿片のごとき申しよう、そなたにしかできんわ! まあよい。孔明も、自らの価値の本質や、誠に向き合うべきを見定めるまでには、もうしばらくかかろうて」


「子雛、そろそろまた試験するのでいいか? つける方の切り替えは、うっかりがないように、小雛と利用者が同時に操作する必要」


『問題なさそうですね。ありがとうございます』



「外の国や、他国の往来が多いところでは、これでしばらくやっていくしかなかろうの。まあじきに、そんなことをせずとも問題なくなる時が来るような気も、しなくはないのじゃが。

 では妾は失礼するぞい。旦那と孔明のおるところに向かわねばならん」


『いってらっしゃいませ』



――――


「荀攸殿、久しいな。世話になっていたのは、もう二十年以上前になるのか」


「左様ですね。あの頃に道を分たれたときは、このような三国のありようなど、想像もつかなんだことでございます。あの頃の孟徳様が、郭嘉殿や甥の荀彧、程昱や私共と下した決断が、かような形で現れたこと、いかように捉えれば良いのか。その答えは今しばらく見えざればこそ、今はとにかく感慨を覚えるに留めておくのが良いのだろうと思っております」


「孟徳殿、懐かしいな。少し早すぎた気もするが、あの方なりに、この時代を全身全霊で駆け抜けた結果なのだろうな。私がもうしばらく現世に留まることができそうなのは、天の巡り合わせなのか、はたまた少しばかりの秤の傾きのなせる業なのか。それは誰にもわかるまい。

 孔明は、荀攸殿は初めてだったかな?」


「はい。荀攸殿、お初にお目にかかります。諸葛亮でございます。なぜだか、私や他数人だけは字名のままのことが多いのですが」


「こちらの仲達くらいですかな。あの者も相当に癖が強く、何を目論んでいるのか分かったものではありません。

 その話ではありませんね。本日は、わざわざお時間をいただき、誠に感謝いたします。私がこちらに参った理由は、あなた方の中の、変わらぬ正義と変わった正義。そして、その理由の中で、兄弟方が幾度となく仰せであった、この国や、皆様方が大きく変わられた理由。

 『鳳雛の残滓』。この国や我が国、呉を含めた三国の行く末、そしてこの先の正義の行く末を見定め、後世に何を残すべきかを明らかにするため、差し支えのない限りにおいて、お話をうかがわんために、この成都へと、足をお運びした次第です」

 お読みいただきありがとうございます。続きもお楽しみいただきつつ、評価やブックマークなどもいただけると大変ありがたく存じます。


 久しぶりの出番が来た鳳小雛の、転生元である現代を舞台に、国民全員の軍師AIを目指す、転生したAI孔明の活躍を描いた並行作品も、毎日連載中です。こちらも合わせてよろしくお願いします。


AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜

https://ncode.syosetu.com/n0665jk/

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