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三十四 敦煌 〜(関平+鄧艾)×(姜維+馬超)=混沌?〜

 私は関平。荀攸殿や于禁殿と分かれたのち、鄧艾の言っていた通り、漢人と異なる習俗や思想を有する文化圏について知るために、絹の道を通って西へと向かうことに決めました。

 まずはその準備を整えるために長安に寄って、必要物資の他に交易品を荷車に積み込み、二十人ばかりの隊伍を組みます。なぜ交易かって? 鄧艾が「て、手ぶらで行っても得られるものは少ない。持っていく物の価値こそ人の価値という文化圏もある」と申すゆえ。戦の経験しかなかった私はやや首を傾げながらも、彼の知識の広さは信頼しているので、長安の商人らの勧めに応じた布や紙、筆記具や書物などを積み込みます。


 そして、まずは西方のあるところまでなら詳しい、羌族らと行動を共にしている馬超殿が駐在する、西涼に到着します。そこには馬超殿と弟の馬岱殿、益州から半ば強引にこの地に連れて行かれた張任殿のほか、鄧艾とさほど歳の変わらない、姜維という名の若者がいました。



「ろ、羅馬は一日にしてならず! です」


「「「……」」」


「鄧艾、流石にその切り出しは脈絡が無さすぎる。まあ彼らには伝わらなくも無いのだろうが」


「ダハハ、面白い若造じゃねぇか! こういうのがいろんなところに出てきて、次々にいろんなことし始めてくれるんだから、この世は面白いってもんだ!」


 この必要以上に明るい方が、馬超殿です。様々な失敗と敗北を繰り返し、いつ死ぬか分からない鬱々とした帰順申し入れをしてこられたと聞きました。しかしそれも、このご様子からは、まことの話なのかすら読み取れません。


「何だこいつ? 確かに面白そうだが、話は通じるのか? 馬超様、私もあまり話は得意ではないゆえ、いささかやっていけるか不安なのですが」


 彼が姜維。まあ利発そうだが、歯に衣着せぬ物言いです。


「おお、俺は大丈夫だ。どもるだけで、話ができないわけじゃね。お前なら俺が突っ走っても分かる気がすんだよ」


「そうなのか? どもりだけとは到底思えないぞ? 話の前提をすっ飛ばすのはどもりではない。

 それに、私とそなただけで会話が完結することはさほど多くはないからな? 現地人と話をする役を丸投げされてはかなわんぞ?」


「アハハ、こいつらまじ面白え! やっぱ噛み合う気がしてたんだよ! だよな関平?」


 そう。この姜維も、我らの西行に同行することを、比較的早い段階で合意していました。この軍団も、匈奴や鮮卑との小競り合いがなくはないのですが、突出した強さを持つ馬超殿と、百戦錬磨の軍略家である張任殿がいれば、何ら問題なくあしらえてしまうのだとか。

 それに、この姜維という若者、何度か彼らと同行しただけで、二人の戦い方を丸ごと学び切ってしまったので、当初考えていた「戦場で経験を積ませる」という要件を、すでに満たしてしまっていたというのもあるそうです。鄧艾といい姜維といい、次代の駿才と言えることだけは間違いありません。


「姜維はもう、状況によってはこの馬超より強ぇし、そこにいる張任殿を、軍事演習で破ったりもする。経験を知識と知恵で丸ごと補完しちまうんだよ! ハハハ!

 だがこいつだけが次代の傑物じゃねぇ。鄧艾だってそうなんだろ? だからお前どころか関羽殿、先帝だって彼らにかける事に同意しているんだろうぜ」


「かもしれませんね。まあ、もう一人いる中で、どのように話が繰り広げられるのか、少々怖くはありますが、放っておいても良さそうですな」


「もう一人はどこいったんだ? あまり目立たねぇやつって聞いたけど、探しても見つからねぇほどじゃぁねぇんだろ? ダッハハ」


「はい。彼は成都で仕事の引き継ぎを済ませたのち、後から合流するとのことです。おそらく十日ほど後になりますので、その時もよろしくお願いします」


「ああ、費禕だっけ? 目立たなすぎて見過ごしたりしねぇんなら大丈夫だ。まかせとけ」


 おそらく大丈夫……なはずです。


「ひひ、費禕殿なら何度か書庫で話をしました。大体通じていそうなので問題ないす」


「大体で問題ないとか言ってる時点で、心配しかないんだが。私はまだお会いしたことないから、最初だけは頼むぞ鄧艾」


「うっす」


 こやつ、相手が目上じゃないと、さらに喋りが雑になるのですか。まあ話が進まないので、彼らの心配はこれくらいにしておきましょう。



「それで馬超殿、敦煌というのはどう言ったことに気をつければ良いのでしょうか?」


「ああ、道中は砂漠だからな。水の携帯や、進む方向を感覚に頼らないことに気をつける事だ。道標はある程度整備されているから、それを常に正とすりゃ大丈夫だ。

 砂嵐や蜃気楼っていう厄介事もあるが、そこは鄧艾や姜維なら全部調べているはずだ。着くまではそんな感じだ。問題はついた後もなんだけどな」


「後、ですね……」


「ひ、開かれし監獄、と、閉ざされし繁栄、さ、砂漠の庭園、も、戻れぬ楽土」


「鄧艾、全部並べりゃ他のやつが説明してくれるって思っていないよな? それは流石に怠慢ってやつだぞ?」


 姜維は、早くも鄧艾の扱い方に慣れ始めたようです。確かに鄧艾は怠惰でも不遜でもありません。だからこそ、役目を果たせと言われると、きちんとそれを果たします。誰よりも適切に。


「へへっ、まあ良いでしょう。と敦煌は、羌族にとっては馴染みのある街ですが、漢族にとってははるか辺境。ときには罪人の流刑地ともされ、漢族は一度行けば戻ることを許されぬ者も。

 そ、その割には大きく栄えちまっているってのが皮肉でして、漢族の罪人ってのには、優れし力を妬まれて追われた者とています。だ、だからこそ知識や知恵のある者も後をたたず、かの地はかの地で独自の繁栄を築いている、とか?」


「なかなか分かりやすくなったじゃねぇか! あの捉えどころのない土地を、捉えられるように言い回しただけでも優れもんだ。

 まあとにかくあの土地は、混沌、という一言が当てはまり過ぎるくらい当てはまる。敦煌って響も似てなくはないからな。混沌の古都、敦煌。鄧艾、言えるか?」


「ここんとことんとんこう?」


「ダハハ、それじゃ父が子に肩叩きを頼んでるみたいじゃねぇか!」


「光景としては平和ですが、混沌も敦煌もどこかへ行ってしまいましたね」



 いかん、馬超殿が鄧艾で遊び始めました。まあある意味、この面子の混沌ぶりであれば、混沌の古都敦煌とて問題ないのかもしれません。それに、


「混沌なる状況を的確に整理するのでしたら、後から来る費禕の右に出る者はなかなかおりませんからな。混沌を鎮めるのではなく、混沌のままに活用をめざすのですから、彼もまた若き傑物と言えましょう」


 ということです。費禕なら、鄧艾や姜維が何をしようとも、その力と熱を損なうことなく、良き形に収めることは必定。


「ダハハ、そりゃ楽しみだ! そしたら出立はいつだ関平?」


「三日ほどここで滞在し、向かおうかと思います。費禕を待たずとも、この二人と私、そして羌の皆様なら、並の荒くれなら問題なく鎮められますからな」


「おう、分かった。そしたら姜維、足りねぇ物がないか、張任殿にも確認してもらえ。張任殿はどこだ?」


 ん? 張任殿は最初から馬超殿の後ろに……


「馬超殿、張任殿なら最初から後ろに」


「ダハハ、居たのかよ! あんたは必要が無ければほんとにダンマリだからな。まあでもこの確認は本当にたのんますわ」


「心得た」


「ダハハ!」


 そうして、張任殿に最後の確認を受けたのち、私と鄧艾、姜維は、漢族の武官文官、羌族と共に旅立ちます。羌族が慣れたもので、やや厳しい道中も、特に問題は発生することなく過ぎていきます。


「あああれが、しし蜃気楼という物ですか」


「鄧艾、絶対にそちらに行くでないぞ。はぐれたお前を助けられる者はおらんからな」


「へへへ」


 問題は発生することなく、


「関平殿、関羽様というのはどの様な戦いを? 一人で五将を蹴散らして先帝の元へ? 己のみならず、敵の矜持をも守り切るとは? 左伝を戦場で読み耽るのは誠ですか?」


「姜維、そんなにいっぺんに聞かれても応えられん! 敦煌でも時は多分にあるゆえ、慌てるでない」


 問題は発生することなく……


「関平殿、その次は両手を上げて、足はこう、そしてダンダンです。違う! それじゃあドンドンです!」


「どう違うのだ!? 確かにこれは、馬上で体幹を保つ鍛錬にはなろうが、それ以上に振り付けへのこだわりを感じるのだが!? 羌族とはこんなに陽気な方々なのか!?」


「ドンダカドンダン、ですね。へへへ」


「鄧艾が一度で覚えている……」


 問題は……


 そうこうするうちに、敦煌に到着します。何というか、外観からも、やや喧騒、あるいは熱狂というか、これまて感じたことのない、異質な熱気のようなものが伝わってくる気がします。


 壁内に入る手続きは、すでに『法正号』が記載された『不割符』が手配され、この街にも十分な早さで蜀漢から技術や制度が伝わっていることに安堵します。


 しかし中に入ると、何やら方々で揉め事が発生しているような、


「お前の話は発想が足りんわ! それでは読んでも何の感慨もないのだ!」


「なんだ、貴様こそ筋もへったくれもないではないか!」


 発送、感慨、筋……


「お前のような絵に、限られた資源を使うのは勿体無いわ!」


「なんだと!? 貴様こそ砂盤に書いて満足しておれ!」


 絵、資源、砂盤……



「この次は、三弟と、魏将の一騎打ちなのだが……」


「やや臨場感に欠けるな。こちらの角度ならどうだ?」


 一騎打ち、臨場感、角度……


 何の話をしているのか分かりません。さしあたり、誰に話を聞けば良いのでしょうか?


「こここの地では、筆記具や紙が、よう売れると聞いていたのですが……」


「「「紙!?」」」「「「筆記具!?」」」


 鄧艾の一言に、これまで大騒ぎをしていた民が、一斉にこちらを向いて来ました。そして、


「紙と仰せでしたか?」


「紙はいかほど?」


「そんなに!? 紙様だ!」


「紙様のご来臨なるぞ! みな控えるのだ!」


「筆や、炭筆まであるぞ!」


「孔明記具の補充だ!」


「紙様だ!!」


……


 何がどうなっているのでしょう?


「神様……いや、紙に様をつけている、のか?」


「わわ私の情報は、かか紙がとても売れるとこまでです」


「紙や筆記具に対する異様な執着と、何の議論か全く分からぬ混沌。これは、何が価値で何が無価値なのか、私達とは根本的に何か違うような……

 関平殿、これは改めて、彼らに問いかけるしかないのではないでしょうか?」


 混沌や犯罪者などと聞いて、腕っぷしや統率力、知恵の周りがよければどうにかなると思っていたのだが、甘かったかもしれません。これなら、費禕を待ってから来るべきだったと少し後悔しつつ、私たちなりに出来ることから始めていくことといたします。

 お読みいただきありがとうございます。


 敦煌が混沌すぎて、一話で終わりませんでした。

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