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二十九 正征 〜荀攸×(廖化+周倉)=準備〜

 私は于禁。字は文則だが、近頃は諱を呼ぶ事もさほど避けられなくなっているとか。なのでどちらでもよかろう。怪我? もう二年近いゆえ、さすがに心配御無用。あの時はどうなることかと思うたが、関羽殿、もしや敢えて急所を外されたのではないか? とも思わなくもない。まあその辺りは直接聞くとしよう。

 直接? 何言っているんだ、って? まあ聞くが良い。どうも最近、我らが三宰相、近年の蜀の躍進に危機を抱き、知恵を尽くしてその原点を探らんとしておいでなのだ。程昱殿は劉曄殿とともに、その技術進化の歩みを調査。賈詡殿は相変わらずだが、どうやら最近霊でも見たかのようにびくついていたと思ったら、やたらと真摯な学びという変わりよう。


 そして本題は荀攸殿。このお方、やはりかの年上の甥で、不幸にも魏武陛下との行き違いで命を縮めた荀彧殿と、お知恵もお心も大きくは変わらん。王道、忠義、正道とは何か。一貫してそこを見つめ、突き詰めるお方なのだ。彼は今、評定にて、現帝陛下にある伺いを立てている。



「まあ良いのだが、無事帰ってこれるのか? そなたもう歳も歳ではないか」


 陛下はこのような言い方が多い。優しい言葉をかける時も多いのだが、いかんせん言葉の直接さは父君によう似ておいでだ。


「大事はございません。一度こちらに来ていた華佗殿にも見ていただき、道中の寒さ暑さに気をつければ問題ないとのことでした」


「そうか。まあ今は国も落ち着いておる。この状態の良し悪しはそなたらも重々承知であろうし、だからこその今回のそなたの申し出なのだろう? であれば多くは申さぬ。して、護衛は誰を? 将軍格は無理だぞ」


「一人は郝昭殿を考えております」


「良き人選だの。忠義に厚く、その着実さは道中のそなたの殆うさを補うだろう」


「今一人は……ある程度経験を積まれた方が良いのですが」


 む、経験とな? ここに集う中だと、あまり多くないな。流石に夏侯惇殿や許褚殿や、曹一門は無理だ。徐晃殿、張遼殿や、その陣営は不在。龐徳殿も今は徐晃殿について匈奴と対峙している。これは私しかいないではないか。


「陛下、荀攸殿、私ではいかがでしょうか?」


「于禁か。そなた、怪我も問題ないようだが、大丈夫か? 関羽や張飛から逃げ帰るようでは務まらんぞ?」


 くっ、舐められている……まあ確かに一度囚われた身でもあり、難敵を前に退かざるをえない時も何度もあった。まあ、だからこその機会と考えるのがよかろう。



「戦いに行くわけではありませんので、問題ありません。今回は逃げるべき時は荀攸殿を逃してからとなりましょう」


「くくくっ、すまんすまん。朕の戯れに付き合うとは、そなたも頭と心の整理はついているようだの。どうだ荀攸?」


「ははっ。文則殿なら望外のお方です。是非ともよろしくお願い申し上げます」


「よかろう。では気をつけて参るのだぞ。そなたらなら、何かを持ち帰ってこようぞ」



 というわけで、陛下の許可を得たゆえ、出立の準備とするか。とはいえ戦地ではない。それほど多くを持つ必要は無かろう。ん? どこへ行くんだって? 言っていなかったか。


「文則殿、自ら買って出ていただくとは。誠にありがたきことでございます」


「公達殿、いや、ここはもう郷に従うのが良いのではないか? 荀攸殿。それに郝昭もいることだし」


「左様ですね。もうその辺りまでお調べいただくとは、さすが歴戦の将たるお方。不利な戦の場に、誰よりも多く立たれたお方。その言葉は重たいのかもしれません。于禁殿」


「郝昭でございます。こ、荀攸様、ぶ、于禁様、よろしくお願いいたします」


「ああ、頼むぞ郝昭」


「陛下も仰せだったが、そなたの考え方や視点は、今回の道中だけでなく、行き先においても大いに頼りになると考える。この道中は、魏の先行きを占う『戦』と心得るのが良いかもしれんぞ」


「心得ました」


 で、結局どこへ行くのかって? もうおわかりであろう?


「では、漢の正統と証せし蜀漢国へ、その正義を尋ねにいざ参りましょうか。まずは長安に向かいましょう」



 函谷関にて、魏の側の出国割符を受け取って、すぐ先の潼関へと向かう。この辺りはもともと関所やその跡地が多く、公的な入出国管理は問題なく実施される。人通りもある程度商人や旅人も少なくない。

 潼関ではちょっとした行列ができていたので、荀攸殿は躊躇いなく最後尾にならぶ。こういうお方だ。すると、


「ようこそ蜀漢へ。皆様は、ご連絡のあった魏の正使の方々とお見受けいたします。私は廖化。字はあまり知られておりませんのでそのままで結構です」


 いきなり結構な大物のお出迎え。ここを預かるのが彼だとは知っていたが、関の中ではなく外で巡回とは、少し驚きである。


「ご丁寧にありがとうございます。荀攸と申します。字は公達ですが、この国のありようを問う旅ならば、郷に従うが義。諱でよろしくお願いします」


「于禁です。お会いしたのは初めてかな。もしかしたら戦場ですれ違っているかもしれませんな」


「郝昭です。字は名乗るほどではありません」


「荀攸様、于禁様、郝昭様。いずれの皆様も大いに名の知れた方々。礼を失するわけには行きますまいな。中でいくつかお渡しする物があるので、どうぞこちらへ」


 荀攸殿は躊躇うが、廖化殿が声をかけることもなく、行列の方が道を開ける。正使を優先する慣例は、すでに民の間でもしかと浸透しているよう。そして中へと案内される。



「まずはこちらを。個人認証札です」


 出てきたのは、それぞれの名に加えて、その下に不思議な紋様が入った札。掲げるとある程度向こうが透けて見える。紋様は縦横四ますずつに区切られ、一部が黒く塗られている。よく見ると、私の名と字の四文字、それに荀攸殿と郝昭のそれぞれ四文字ずつも、全て異なる紋様のようだ。さらにその下にも数字とそれに対応するだけの紋様が記されている。こちらは、一や二といった同じ値はそれぞれ同じ紋様のように見える。



「こちらは無くされると、役場での再発行にやや時がかかり、その間、その町からの出入りに支障が出ますのでご注意ください。壊れることはあまりなさそうですが、その場合も衛士か役場にお声がけください」


「これはまた、新しき技術ということですかな? 半透明な札といい、字に対応しているようなこの紋様といい」


「はい。こちらの紋様は、つい最近法正殿を中心に開発された『法正号』なるものですね。ただ、詳しくは聞けておりませんが、もう一段階の改良が、近々なされると聞いております。なんでも、多少欠けても問題なくなるとか。

 そして、こちらが、この潼関を入国した証となる『不割符』です。こちらは先ほどの個人札とあわせて束ねる専用の紐を用意しておりますので、合わせて身につけておくのが宜しかろうと思います。名を見せてよければ表に携帯してもよし、見せるのが憚られれば見えぬよう持ち運ぶ袋もあります」


「ほほう、こちらも透明ですね。そしてこちらの札には文字がなし、ですか。そして三人とも少しだけ違う……」


「割符の代わりですからね。そして、誰がいつ入ったか、と言った情報が同時に登録されており、偽物や盗品を防いでおります。手持ちのどの札かわからなくなっても、見分けられる文官は主要都市にはおりますのでご安心を。ちなみに私も数値や簡単な文字に対応するものなら見定められます。

 無論、他者の物を盗んだり、意図的に傷つけたり、偽物を作らんとしたりと言った行為は、相応に厳罰となります」


 これはまた何歩も先に進んでいるかのような。この道中は驚きにあふれていそうだ。荀攸殿は考えをめぐらせ、郝昭も目を輝かせている。


「廖化殿は、少し前までは読み書きすらおぼつかなかったとお聞きしておりますが、まことですか? 今のご振る舞いや、先の戦でのご活躍からは、とてもそうは感じられませんが」


 私が聞くと、荀攸殿も顔を上げて聞く体制にはいる。


「恥ずかしながら、それはまことですね。ちょうど益州戦の前後でしょうか。関羽様の陣営にいる、友の周倉にどやされましてな。文字を覚えるのは苦手だったので諦めていたのですが、その時に算術の方が得手であることに気づいてからは、急速に学びを深めることができています」


「武術と軍略、文政くらいの区分での得意不得意は皆意識しますが、かような学び方の些細まで、そこを意識するのですね」


「はい。その経験を語ると、将兵の皆様も大層ご納得され、己や部下に手習いやその先の学びを深めるときの信条とされている方も大層多くなっていますね。

 まことにこれは恥ずかしきことですが、『廖化の手習い』などと言われて、学び教えるに当たっての心得えの一つとまでされております」


 荀攸殿はいたく感心し、話を整理する。


「なるほど、『廖化の手習い』。これはまさに『仁』とも言えましょう。相手を知り、己を知る。その内面をようよう見定めて、無用な負荷にならぬよう学びの場を整えるとは」



「ははは、恐縮でございます。

 それはそうと、皆様は道中の細かな計画はどれほど? お時間も貴重ですし、折角ならより多き学びをというのが皆様のお考えかと存じますが」


「はい。ある程度目星はつけておりますが、明確ではないところもあります」


「荀攸様、それはちょうどよかったと申せそうです。たまたま周倉が立ち寄っているので、その辺りの詳しい話をしてもらえるかも知れません」


「周倉殿、貴方様のご友人でしたな。呼んで参りますので少々お待ちを。喉も乾いておいでかもしれませんので、そちらからご自由にお取りください。浄化した水です。あと、こちらの『黒眉飴』も合わせて御賞味いただけると、道中の疲労も大きく軽減されるかと存じます」


 廖化殿が立ち去ると、やや緊張感のあった三人は肩を下ろす。ほぼ無言だった郝昭が話し始める。


「まだ我ら、蜀漢に入ってすらおりませんぞ。それでこの学びの数々。あの躍進の陰にこれほど多くのことが隠されていたというのでしょうか?」


「そうなのかもしれませんね。これは、もう少し丁寧に、道中で何をどうすべきかを論じる必要がありそうです」



 なにやら外が騒がしくなってきた。


「その通りですね。荀攸殿でよろしいでしょうか? 周倉と申します」


「はい。聞こえていましたか。荀攸です」


「こういう場だと、聞こえちゃなんねぇ話をされては困りますからな。街中にはそういう施設を作るのもよかろうと思いますが。

 にしても廖化、お前あれくらい自分で説明できんだろ? 何故わざわざ呼んだ?」


「まあ良いじゃねぇか。あの管理法はお前の名が冠され始めているんだからよ。『周倉流』目標管理術、ご教示して差し上げてくれや。小型の砂盤と記具はお渡しした物の中に入っているから」

お読みいただきありがとうございます。


 策士三人目です。といいつつ、随行三人全員にフォーカスを当てられそうです。

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