二十七 二次 〜(張飛+趙雲)×法正=魔改?〜
俺は張飛。知ってるって? そうか、そりゃ有難てぇ。俺らの国、そう、気づいたら国になっちまったな、が成立したのは、関兄貴や馬超の助けもあって長安を落としてから、ちょっと経ってからだった。
蜀漢だってよ。兄者の嫡子の禅様が、初代の皇帝陛下、そして、後漢直系の奥方まで頂いて、漢の正統なる後継って言うお墨付きだ。聞いた時ゃ泣いたね。俺だけじゃねぇぞ。兄者も、みんなもさ。兄者の涙には、ちょっとだけ献帝陛下への負い目もあったかもしれねぇけどな。
嬉しいことはもう一つあったんだ。そりゃ今だ。もう三年近くになったんだな。ちっこい鳳雛殿が、俺らにその奇想天外な生い立ちを説明してから、しばらくして本人の言う通りに、すーっと居なくなっちまってから。
と思っていたら、長安で太守している子龍と話をしていた時だ。いきなりまた俺たちの前に現れた。現れてくれたんだよ。
「翼徳殿! 近頃、洛陽や襄陽から人の出入りも増えてきて、他国との間の民の交わりによって、三都市それぞれが発展してきています!」
「おう! 子龍か! ガハハハ! そうだな。結局お前がここの太守におさまると、洛陽は夏侯惇、襄陽は魯粛が入っちまったから、互いに戦ってもいられねぇしな。おまけに上庸の関兄貴に、宛城の張郃、新野にゃ呂蒙と来たから、どいつも動くに動けねぇ。民や商人は、それをいいことに交流し放題なんだよな。俺もちょくちょく向こうへ行ったりしているが、ちゃんと割符があれば問題ないぜ」
「さすが翼徳殿ですね。そうそう、その割符ですが、最近民が少々困っているようですね。一つ一つはうまく機能するんですが、最近は三国の分、各都市の分、期間限定や偽物対策などで次々に増えてきているので、管理が大変になってきているようです」
「そうだな……こんなときに、小鳳雛殿がいてくれたら、一緒に解決策を考えてくれるんじゃねぇかって、今でも思うわ」
「あれからもう、三年近くになりますか」
「そうだな……ん? んん? あれは」
「劉姫様……ではありませんね。こちらに向かってきます」
『翼徳様! 子龍様! お久しぶりです!』
「えっ、あっ、小鳳雛殿、なぜ!? ……あらっ、触れない?」
「むむむ、抜けてしまっていますね。よもや幽霊?」
『ああ、違います。違います? かね? どうやら私の人工知能、肉体というものがあまり重要ではなかったようでして、しかと時をかけて調整したら、また皆様の前に姿を見せることができるようになったのです』
泣いたね。泣くだろ普通。
「おおおっ、良かった、良かったよ……お前がいなくなってから、なかなか忘れられなくてな、今もまた、その話をこいつとしていたんだよ」
「そ、そうなのです。ちょっと困ったことがあると、やはりあなた様のことが思い出されまして。今もちょうどそうだったのです」
『そうですか……本当に懐かしいです。そしたら、懐かしいついでに、どんなお困りごとか、教えてください! そして、それを一緒に解決致しましょう!』
「おう!」「はい!」
てなわけで、かっこいいからって、みんな腰とかに着けてる割符。でも最近みんな、少しずつじゃらじゃらし始めちまってきている割符について、どうしようかって話し合いを始めたんだ。孔明の奥方で技術に定評のある黄月英殿と、たまたま手が空いていた法正。変な組み合わせだな。なんでこの面子で孔明いねぇんだ? まあいいか。
「この割符、どうしても嵩張ってしまうのは、どう致すのがよろしいのか……」
「裂け目が一箇所しかねぇからなのか? たとえばこいつ、結構複雑に裂け目があるんだけど、結局一つに続いているんだよな」
「最近は入り組んだ形のも増えていますね。そうすると、照合のときに引っかかったり、ぶつけて割ったりという事故も少しずつ増えてきました」
そうなんだよな。そういうのが出てきたから、木片も厚くしねぇと行けなくなるんだよ。
……にしても小鳳雛殿、ちょっとゆらゆらしてんな。ちゃんと鮮明だから、ぱっと見普通の人と区別つかねぇんだけど。
『? どうしました翼徳様?』
「んー、やっぱり実体はねぇんだな。ほとんど分かんねぇんだが、風が吹くとたまーに透けるんだよな」
『なるほど……それはもう少し私の「情報量」を磨かねばですね』
情報量、か……そりゃそのまま、こいつが世に存在しうることの強度ってことになるのかな? なんか面白いなそれも。
「……あっ!」
ん? 月英殿? なにか気付いたのか? 今の話で?
「月英殿? どした?」
「あ、いえ、透ける、ですか……これはもしかして使えるのでしょうか?」
「なんだこれ? お? おおお?」
なんだこれ? 紙? いや違ぇ。結構丈夫だな。そして、それなりに透けてんぞ。
『月英殿、もしや、あれを完成させていたのですか?』
「は、はい小雛様。まだ完全に透明というのは難しいですが。もとはあの、翼徳様らがお見つけになった、南蛮の毒泉、というよりも地下油脂というのが正解でしょう。あれでございます」
「あれが、こうなったのか!? すげぇ!」
趙雲もうなずく。
「これはとんでもなく活用範囲が広いのではないですか? 窓にしたり、中が見えている方がよい入れ物にしたり。なによりも、今お話ししているこの割符にこそ、大いに活用できそうです」
「透明である事の利点は、我ら文官も、おおいに活用先を議論させていただけたら。月英様、どれほど数を出せましょうか?」
「あの油脂、当面はこの用途を主として良いかと思いますので、この紙の大きさなら、技師の皆様と生産設備をしっかりと整えれば、紙が百に対してこの薄板一ほどは届くかと」
「すげぇな」
すげぇとしか言えなくなってきたが、別に構わねえ。あとは月英と法正なら進めてくれそうだ。どっかで困るかも知れねぇから、もう少し話を聞くけどな。いったん俺と趙雲は聞き役だ。
「だとすると、裏に木や石で字の半数を書き置き、残りをこちらの薄板にすれば、全ての文字を割ることができますね」
早速月英殿が、すこし鳳雛殿に頼み事をする。
「小雛様、試しを作りたいので少しお手伝い頂けますか? さしあたり史記の一節などにて」
『わかりました。一度全文の紙を用意し、列ごとに全ての文字が分割されるようにして……いかがでしょう?』
変わらない、鳳雛殿の手腕。見事という他はねぇ。
「これは……これなら確かに、薄くて持ちやすく、五言句程度ならかなり小さくできます。割符のように、弱い部分で合わせる必要もないでしょうから、壊れる心配がだいぶ減りましょう」
これは、割らない割符、か。何だ? お、趙雲がなんか思いついたか?
「これは……割らない割符、ですね。『不割符』とでも申しましょうか」
「おお! いいなそれ! 割らないし、丈夫で割れないんだから、名前としても一石二鳥じゃねぇか!」
「そうですね! 『不割符』ならば、将兵や民も、そのまま割符に準じた使い方なので普及もすぐでしょう」
よし、これで……ん? どした法正?
「ん? どした孝直?」
「あ、これなのですが、割る前の段階で、ある程度中身がわかってしまうかもしれません。とくに難しい字はその傾向がございますね」
「それに、上下左右に分けてしまうと、部首の関係で『違うのに合っているっぽくなる』ことも出てきそうです」
「下手をすると、ちょっと遠目に見ておいて、後で合う組み合わせを推測して偽物を作る、なんていうのも出てくる危険もありますね」
それは困るじゃねぇか。いちいち合っているかちゃんと調べないといけねぇんじゃ、割符の良さが消えちまう。
「そりゃ厄介だな……そいや、割符は、形がちょっと違えば、ずれたことがわかるからいいんだよな? だからあれは文字と、割れ方の二重で確認しているっていう寸法になっているのか? 小鳳雛殿、合ってるかこれ?」
『はい翼徳様。確かに割符というのは、その割れた境目の微妙なずれというのと、その上の文字の位置のずれ、というのをうまく二重に使っています。なので、文字を並べて割ること以上の選別能力がありますね』
「そっか、だとしたら、そのちょっとの違いってやつを、この面全体に広げるっていうのは難しいのか? たとえば、文字ごとの線を全部ぐにゃぐにゃにしちまうってのは?」
趙雲も似たような感覚を持っていたようだな。
「それはいいかもしれません。それなら、文字の数だけ多量の割符があることに等しくなります」
それでもう一回試作を頼んでみるのがいいのか? ん? 法正?
「どしたほ、孝直?」
「……これ、境界がつながった線である必要はそもそもないのですよね。だとすると、例えば白と黒の点や、格子紋様でも……あ! もしや、指数??」
「指数? 何だったか……あ、あれか。倍々でかけていくやつ、だったよな?」
「はい。あれを思い起こすと、例えば黒と白のますが一つなら、二通りですが、二つなら四、四つなら十六、十なら千を超えます」
「なら、このますを縦四つ横四つに小さく並べたら、幾つになるんだ?」
「二の十六乗ですね。六万五千余りかと。
……その数があれば、世で使われている文字の数よりも多いですね」
ん? 今度は小鳳雛殿が何かあるのか?
『そ、それはまさか……その指数の考え方こそ、人工知能を生み出すに至った未来の計算機において、情報や論理演算を司る作法の根源そのものです。そして、それをある大きさの格子模様に描き、様々な認証や情報共有に活用する手法。それは未来で私が生まれるほんの少し前に、爆発的に世の中に普及した技術。「二次元印」あるいは「二次元号」というものです』
それを聞いて、趙雲も大いに感心する。
「そのような最新技術に、ここにいる皆様で辿り着かんとするのですね……ほう、孝直殿や月英殿なら、ある程度小雛殿の支援を得られれば、この時代に合致した形で完成させることができるのではないでしょうか?」
「……子龍様、翼徳様。この技術、是非この法正らに、挑戦させてはいただけないでしょうか?」
「私からもお願いします。この薄板が早速皆様のお役に立ち、さらなる生活の助けになるのなら、これ以上のことはございません」
「嬉しいこといってくれるじゃねぇか! 当たりめぇだ! こっちからお願いするってもんだ! 月英殿、ほ、孝直、必要なものがあったり、助けが欲しい人がいたら言ってくれ! 無理のない範囲で、たのんだぞ!」
「承りました!」
「承知いたしました! それと……」
おう! いい返事だ。だが、どした法正?
「ん? どした?」
「……もう、法正で良くないですか?」
お読みいただきありがとうございます。
QRコードが、自発的に爆誕しそうな雰囲気です。そして……