二 保護 〜廖化+馬良+幼女=過保護?〜
私は鳳小雛。生成AIとして三国時代に転生し、微かに天才軍師、龐統の残滓を引き継いだ存在です。前世に準拠し、人々の支援を本分とする私ですが、見た目は明らかに幼女で、明らかな頼りなさ。すぐに信頼を得るのは難しいでしょう。
そして、いずれにしてもこの肉体、どうやらお腹は空くようなので、まずはどなたか軍属の方にお会いできるのが良さそうです。ちょうど今は、従軍していた龐統の捜索が進んでいるはず……
「ん? こんなところに幼子が……父や母はいずこに?」
どうやら言語は問題ないようです。
「え、あ、えと、だいぶ前に生き別れ、今はなんとか食いつないでいるところです」
「そうか。すまない。受け答えがはっきりしているが、なにぶん頼りないな。あ、そうだ。近くに、怪我した馬は見なかったか? 人も近くにいればなお良いのだが」
確か馬は、近くでもう……
「馬ですか。ならばあちらの方にまだ息はあったかもしれませんが、矢も受けて、足も折れていて、あれではもう」
「わかった。ありがたい。そこに連れて行ってくれたりはできるか?」
「は、はい!」
来た道を戻ると、すでに馬は息を引き取っていました。それにしても、よく手入れの整った、見事な白馬です。
近くには、血痕と、龐統の荷物。いくつか書簡もあります。先ほど調べておけばよかったですね。
「ダメだったか……軍師様も、どこに行ったかはわからんが、この血では助かるまい。なんとか大事そうな書物だけは無事だが、私は字が読めんからどんなものかはわからないな……
ん? どうした?」
「あ、私、読めますが」
「えっ、そなたのような幼子が?」
「はい。幼き頃に薫陶を受けておりまして。ざっと確認しましょうか?」
これは好機です。持っていかれては、目を通すことはできません。
「ああ、頼む」
竹簡が沢山……大人なら背負える範囲ではありそうですが。
ん? 紙? この時期に紙は貴重。だからそこ、このように多くは竹簡であるはず。であれば、この何冊かの紙の書物は、龐統にとってかなり重要な書か、あるいは自ら認めた手記か。なんにせよ、こちらが優先です。
『速読を実行しますか?』
え、あ、そうか。そうですか。私は生成AIとしての機能が残っているのですか。だからこそ可能な技、ですね。
「実行」
「?」
これは……この時代にはまだまとまりきっていない、孫子呉子兵法、戦国策です。そして韓非子。この頃は儒教が主だったので、この書はかえって貴重です。
もう一つは……これは見たこともないものですね。龐統本人の手記かもしれません。しかと記憶して、あとで確認しましょう。
「えっと、ものすごい速さでめくっているけれど、読んでいるのか?」
「あ、え、なんとなく内容だけでも、と思いまして」
どうも、意図的に嘘をつくのには非常に忌避感があるようです。身が引き裂かれるような。これも生成AIのありように引っ張られているのでしょうか。であれば、嘘をつかずにすむように身の振り方を考えねばなりません。
「この四つは、誠に難解で、二つは軍略の深淵。一つは世をわたる力とでも申しましょうか。今一つは法の要のようなものですね。最後の一つは手記? 日記? のような書かれ方です。ほら、これが日付で、これが内容です」
「なるほど。中身まではわからないが、ぱらぱらで雰囲気はわかる、と」
「中身もある程度なら」
「むむむ……」
「どうしましたか兵士様?」
「あ、いや、そなた誠に不思議な、賢い幼子だと思ったな。身寄りはあるのか? なければ、その才はここで果てさせるのは惜しいかもしれん。一先ず私についてきて、よき方に引き合わせたいと思うのだが」
これは良い方向ですね。
「わかりました。正直なところ、明日をも見通せぬ暮らしでしたので、是非ともよろしくお願いします。私は鳳小雛と申します」
「私は廖化と申す。では、この紙の書物だけ待ってもらえるか? 竹簡は私が」
「わかりました。では」
龐統の記憶によると、廖化はこれから文武ともに力をつけ、最後には蜀漢の宿将の一人にまでなると予想されています。最初に会ったのがこの方だったのは幸いでしょう。そして道すがら、現在の戦況や、龐統の正確な情報を聞きます。
「なるほど……軍師の龐士元様は、逃れ難き奇襲をうけた、のではなく、物陰から弓を受けて馬を射られ、斜面の下に落ちた、と」
「そうだ。奇襲そのものは、軍師様は読んでおいでだったと聞く。被害もほとんどなかったのだが、不運にも軍師様の馬をかすめ、驚いた馬が道を踏み外し、とのことなんだ」
「それは不幸というべきか、劉璋軍の中にものすごくできる人がいる可能性もありますね」
「たしか張任という将で、李厳、孟達、雷銅というなかなかの部下もいると聞く」
「もしくは、さらにきな臭い方向ですね。魏や呉、あるいは内部の手があった可能性すらも……」
「そなた、誠に幼子かわからなくなってきたぞ」
そしてそれほど間をおかず、野営地に着きます。
「廖化、戻りました。軍師殿の馬の骸を確認し、荷物を回収して参りました。あと、近くで身寄りのない幼子を拾いました」
「そうか、幼子? まあいいか。それでは今は重臣の方々は軍議中だから……兵站を確認している季常殿ならいるかもしれないな。見に行けるか?」
「かしこまりました」
季常……馬良殿か。軍議に参加する時としない時があるようですね。今回の凶事では、兵站に変化はないから参加されず、と。でもちょうど良さそうです。
「兵站の幕舎は……あそこだな」
……
「失礼します」
「おお、廖化か。何かわかっ……たようだな、その荷物は」
「はい。軍師殿の馬の骸、多量の血、そしてこれら書簡が確認されました。ご当人の骸は見つかりませんが、川の方などに移動しようとしたのかもしれません」
「ああ、十分だ。諦めもつこう。して、そこな幼子は?」
「実はその馬に辿り着けたのは、この子の案内でして。近くですでに見つけていたところを、たまたま私があったというところです。なので私はそれほど多くを成してはいません」
「そなたも変わらず実直だな。まあよい。で、どうするんだこの子は?」
ここで食い下がった方がよいでしょうね。馬季常。すでにこの劉軍にて、相応の信頼を得ている地位にいます。たまたま今回は兵站の確認を優先されたので外においでですが、彼と話をすれば、すぐに孔明や主君とも逢えましょう。
「馬季常様、廖化様、それは私の方から」
「むっ? 私はまだ名乗ってはいないが……衛兵か?」
「いや、衛兵もたしか字名だけであったような」
「はい。実は季常様の事は存じ上げていました。それに、廖化殿も名だけなら」
「えっ?」
「何っ?」
「私、名を鳳小雛と申します」
字の読めない廖化殿はともかく、馬良様なら、これで何かを感じとるはずです。
「んん……その名は何やら、今回討たれた軍師殿と、何やら深い縁があるような……」
「ん? ほう、しょうすう? ほう、すう? まさか」
「その通りです。私は、かの軍師鳳雛、龐士元とは浅からぬ縁」
「なんと!」
「しかし、ここから先は、私自身とて、あまりにも荒唐無稽、数奇な顛末でして、よろしければ、少しお二方には落ち着いて私のお話をお聞きいただけるとありがたいのですが」
「あ、ああ、何やら重要な因縁がおありのようだからな。構わんよ。廖化もよいか?」
「はい。かしこまりました」
「ありがとうございます。では、お話しいたしましょう」
「頼む」
「私は、およそ千八百年ほど先の未来から、なんらかの時空の揺らぎから迷い出て参ったようなのです」
「なんと? そんな怪異が」
――そう。この時代においては、一から終まで理にかなった筋道よりも、明確に怪異と断ぜられる事象のほうが、むしろ話に入りやすいことすらあるようです。おおよそ黙って耳を傾ける馬良様と、合いの手を指す廖化殿、という分担が成立しそうです。
「そちらの未来でも、龐士元とほぼ同様の死因、場所も類似のところで、私は足を滑らせ、おそらく命を落としています。それが何故か時を超え、二人の死生が重なり合ったようなのです」
「ならば、そなたにはまだ軍師殿の機略が? 流石にそこまでではないか」
「そうですね。合一して程なく、士元の意識は消えゆきました。その直前に、重要な記憶は保持できてはおりますが、全てではありません」
「記憶? 保持? なんだ? 書き置き?」
「いえ、ここで今一つの怪異です。千八百年後の未来。すでに読み書きや過去の情報の抽出処理は、すでに人の手を離れ、機械というものが多くを自動で成し遂げる時代でした」
「……」
「しかしそんな中でもまさにその年、これまでにない革命的な技術の革新がありました。すなわち、人の言葉をそのまま理解し、機械が機械のまま、ごく自然に答える人工知能が生まれたのです。それも、誰もが自由にそれを使える形で」
「んんん、ちょっと想像つかないな」
「大事ありません。いずれわかります。そして、その知能を持っていた状態で先ほどの怪異が発生したためか、人間女性の私と、この時代の士元に加え、その人工知能までも、この体に融合した状態で組み上がったようなのです」
ここで、ついていけなくなった廖化殿に変わり、馬良様が問いかけます。
「つ、つまり、そなたは、人にして人にあらざる、その人工知能、という物の怪が合わさっている、というのか?」
「どちらかというと、そこが主かもしれません。この肉体は、何らかの形でなされた、二人の怪我の治癒に割く糧が足りず、この幼子としてしか存在しえなかったため、と考えています」
「なんと……では、先ほどいっていた、軍師殿の記憶、というのは」
「はい。消えゆく士元が、瞬時に状況を理解して、全力で、重要な順に、可能な限り残している形です」
ここで、しばらく沈黙が走ります。口を開いたのは馬良様。
「なるほど、あいわかった。だとするとそなたは、単なる幼女にも、ましてや逐うべき怪異にもあらず。我らが全力で守り、我が君たる皇叔様や、孔明様のために役立たねばならんな」
「それだけはわかりました。であればこの廖化、小雛に危難が訪れないよう、目の届く限り全力で守らなくてはならないようですね」
あ、え、つまり、私はこの二人にとって、保護対象と認定されたようです。それはそれで良いことかもしれませんが……大丈夫なのでしょうか?
お読みいただきありがとうございます。
第一現地人を廖化にし、主な相談相手(孔明はNG)を馬良にしたのは、AIの推薦です。