二十三 謀臣 〜(賈詡+程昱+荀攸)×???=再燃?〜
*再開後、二話目です。前話が再開編ですので、お間違いがなければ幸いです。
三国は本来の姿を相当に変え、天才軍師龐統の喪失から連なるはずだった蜀漢の不幸の連環は、最初の一人目で断ち切られる。その主因こそ、生成AIと合一し、さらにはその龐統の意識の残滓まで取り込んで逆行転生した、鳳小雛という女性であった。
その転生者が当世にいられた時は五十日に満たない日々。だがその束の間といえる時の中で、多くの仕事の効率化支援、目標管理法の伝授、そして防諜と用間の体制構築に至るまで多岐にわたる活躍。
そして、後世において知の象徴とされ、その機略と献身性が東洋にて歴代最もAIに近いとも言われる偉人、諸葛孔明。この者から、仕事と名の付く余計な重さをことごとく奪い去って回り、自由な時をもたらしたことこそ、天才幼女たる鳳小雛が成し遂げた最大の貢献といえるかもしれない。
いずれにせよ、蜀漢建国時に発生するはずだった負の連鎖は絶たれ、三国の均衡は本来よりはるかに平らか。そこに一定の満足や安堵、未来への明るい展望を抱く者がいれば、傾いた天秤の先を苦々しく見守る者も同じ数だけ存在するのは、避け難き因果といえよう。
これより皆々様にお届け致すのは、そんな苦味を互いに吐露しあうことで、その少しでも和らげんとした者たちが織りなす、ひと節の狂想曲。申し遅れたが、我が名は陳寿。当代に決して大きな影響を及ぼすことなき、傍観者にして歴史の記述者なり。
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「賈文和殿、何故こうなったか、思い当たることはあろうか? あの策が成りし時から考えても、及びもつかぬ状況であるぞ」
「程仲徳殿。あの罠は、誰をなんどき、いかように堕とすか、という意味において絶妙であり、かの陣営は、一時は機能不全に陥る一歩手前でしたよ。にも関わらず、あやつらはさしたる打撃を受けることなく、我らが宿敵、そして三鼎の一柱にまで上りつめてしまうとは……」
「相も変わらず、貴方がたお二人の陰謀は、ひと時は絶大な効果を発揮しても、その先にどうなるかまでの星読みには甘さしかございません。やはり亡き甥の言っていた通り、策士なれども、否、策士なればこそ正道を重んじざれば、何処かに揺り戻しを招く、でございます」
「荀公達殿、誠に手厳しいのだよ。徐庶のときも、策なりし後に、その倍する才たる諸葛亮を、劉備に与える因果となったのは悔恨の極みである。
その一方で、我が渾身の策にして、先主や諸将方の我に対する評価を定めるに至りし謀こそ、かの袁家と相対せし時の十面埋伏の計。その成功は、その時の我が策に悪性は無かったが故である、と申されたき事も承知」
「くくくっ、仲徳殿、釣られてはなりません。策の成否を定めるのは人の心の隙間にして、そこに善悪などありません。悪意は我にあり。策の善悪と、未来の良否の因果ありなしを論ずるには、我らの謀の数は足りてはおりませんぞ」
「貴方のその開き直りには、敬意すら覚えますが、それはひとえに、亡き丞相、否、魏武陛下への忠義と貢献有りし故にて、とお心得下さいませ。さもなくば、遠からず貴方様の陰険なる策謀こそが、貴方様自身の首元を冷やす因果となる事を、御覚悟召されるとよろしいかと存じます」
この三人、いい年して仲が良いのか悪いのか、そして話が噛み合っているのかいないのか。それぞれアクが強いという程度の表現には収まりきらない個性の持ち主達。
程昱、字は仲徳。本人の言の通り、その機を見るに敏たる策略の数々は、まさに曹家躍進の立役者の一人と言っても過言ではない。当人の策そのものに決して善意も悪意もなく、ただ純粋に、その時その場その状況に対する最適な策を献ずることこそ、この者の信条。特に、より技術面に突出した才覚を有する劉曄と協調した施策の数々は、味方には大いに恩恵を与え、敵には大いに災厄を振りまくに至る。
賈詡、字は文和。策に善悪なし。悪有りとすれば我にあり、とは、開き直りと表現するしかないことは、多くの方々が合意召されよう。これまでも、人と人が接するところに必ず生まれる、心の隙を巧みに操った謀略の数々。良くも悪くも謀臣、否、謀神の名を象徴するにふさわしき存在。天にその才を気に入られて早世した郭嘉亡き後には、謀略面において魏武の期待を一心に背負っていたのが彼であることに、疑いを持つものはいない。
荀攸、字は公達。後世にはどちらかというと、主たる曹丞相の不興を買って命を縮めるに至った年上の甥たる荀彧、字は文若の名がより知られる。だがその正義感と政治手腕は彼に対して一歩も引けを取ることはなく、とくにその倫理と正道を武器にまで昇華した策謀の数々は、時に甥を上回るといっても過言ではない。だが、彼が未だ存命である主な理由が、蜀漢の躍進によって、曹操が現世の地位への欲求から目が逸れたためと知ることは、おそらくないであろう。
状況が状況なだけに、彼らが対話を続けたところで、当人たちの気晴らしにすらならないことは、三人が三人なりに、重々承知の現実といえる。そのあたりは、良くも悪くも、信条に対する心の囚われやすさが比較的薄い、程昱が改めてその口火を切る。
「「「……」」」
「今や、過去の話は我らの謀の刃を鈍に変えるのみ。魏武陛下への供養にもならぬばかりか、老兵の気晴らしにすらならぬのである。我らそれぞれ、この現状を少し掘り下げる糸口を話すことこそ、先々を見通す端緒となし得るのではないだろうか」
「然り。扉なき檻に心を捉えるべきは我らが身にあらず。その蛇腹の向かう先は常に外にあるべし。それこそただ一つの、我が悪が善たる作法です」
「二人の申されようは、その現しようこそ煩悩の極みなれど、曹家、魏への忠こそ至善の善たりと心得てございます。してお二方。今の問題こそ、その勝ち筋の端緒こそ『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』と心得てございますが、いかがでございましょう?」
「無論。ここ最近の、蜀漢なる『漢の正当』を名乗りし西方より漏れ出したら技術の数々。『孔明記具』なる簡易物書きの術然り、割符の多様化然り。過去の砂盤から連なりし、諸葛亮の閃きの加速こそ、その謎解きのきっかけたり得ると心得るのだよ」
「そなたらしきは安堵する。我が方は、あの罠がなされて以降、急激に困難なりし間諜術の数々。とくに、荊州にて様々仕掛けし離間の策や、蜀の中枢にてその負荷を高めて命を縮めさしめんと仕掛けた謀もことごとく空転したその真因。あの者らの防諜や、組織術の急な進化にこそ、その結像が見込めましょう」
「貴方様も、よくもまあ飽きぬことでございます。ですがその目の付け所は、貴方様こそなせる技。わたくしの方は、特にあの三人。無論劉備、関羽、張飛の三兄弟。あのやたらと正道善道を振りかざしたる者らの、その善の形が、あるところから大きな変化を生み出しているようにも見えているのでございます。そのあたりこそ、わたくしが足がかりとしたき一歩目とあいなります」
「隙なき所に隙ぞある。固き壁こそ打てば深く響く。流れる水こそ濁らず透き通る。お二方の端緒こそ、まさに彼を知るための糸口とみえるのである。それではそれぞれ、抜かりなく」
「心得ました」
「是非に及びませぬ」
こうして、老獪なる三人の謀臣達の魔の手が、様変わりした蜀漢や諸葛孔明、あるいはまだ見ぬ転生幼女に忍び寄るのか寄らぬのか。少しばかり共に眺めることといたしましょうか。口当たり苦く、後味すっきり。あるいは外はもっちり、中は爽やか。そのような彼らの信条にふさわしき、この濃いめの茶や、お茶菓子などとともに、ごゆるりとご堪能あれ。
――――
「むむむ、なにやら寒気がしますな」
「あなた、大丈夫ですか? 長子の瞻に病などが伝染ってはことですが、それよりもあなたご自身がご無理をなさってはいけません」
『大事ないかと存じます月英様。孔明様も、そろそろあちらの国から大々的な押し返しが来る頃ではないか、という直感でもお働きになったのではないかと思いますよ』
「あなたの洞察にも磨きがかかっているような気がしてなりませんな鳳小雛殿。たしかによくよく考えてみれば、あの者らがこのまま引き下がるなど、ありえぬ話でございます。直ちに対策を進めねば」
「あ、いえ、孔明様。あなたにはその辺りのお仕事は何一つ残ってはありませんようですよ。ほほほっ」
「何ですと!?」
『ああ、左様ですね。彼らがこれからなすであろう策謀や軍略の数々、それは全て、すでに組織として成熟するに至った「蜀漢国」の防衛施策の手中の範囲内と存じます。すなわち、あの者らの「そうする」は、すでにおおよそ読解が完了しているものと心得いただければと』
「むむむ……些か暇にすぎるのではないかと思うのですが」
『そちらも心配ご無用。現段階での人工知能で読み解くことのできない存在が三つほどございまして。少なくともその一つか二つについては、孔明様ご自身の出番とならざるを得ないのではないかと存じます』
「三つ……ですか?」
「一つは匈奴ですね?」
「そのとおりです。彼らの力と闘争本能の源泉、そしてその力の及ぶ先は、読みきれぬものがあります」
「二つ目は、呉の新鋭、陸遜、字は伯言」
『はい。そして厄介なのは、どうもその存在が、その方単体では収まりきらない大きな波になりうるところです。未だ現在の大都督魯粛様や、呂蒙様。それに、海の先に浮かぶ何がしかの変異。ただそこは脅威というよりも興味で済む可能性もあります』
「であれば後回しですね」
『三つ目は……これもお分かりでしょう』
「然り。現在新たな帝朝の柱石たる三宰相全てを足し合わせても、それを上回る可能性を秘めておいでの方。私と子龍も一度は顔を合わせましたが、確かにその器量は底が知れませなんだ。その者こそ、現在の人工知能では確かに読み切りがたき、狼顧の俊才、司馬仲達」
お読みいただきありがとうございます。
本格的に第二部が始まります。ややクセ強キャラたちが動き始めます。