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百七十九 対話 〜仲達×孔明=??〜

 孔明様は一度、全ての管理業務を諸将や文官の皆様に任せることにしたようです。戦場に出ることがなくなった関羽様や張飛様、劉備様を中心に、軍略面は馬謖殿や魏延殿、徐庶殿、政略面では法正殿や馬良殿。技術面では妻の月英殿や左慈様、木鹿殿。


 一切の仕事に対してその管理を委譲し、私鳳小雛が用意したり、世界中から集めてきた書籍を納めてある書物庫に篭ります。そんなことをあの「仕事狂い」諸葛孔明がなさると言うのは、まさに隔世の感があります。本人は否定なさいますが、いまだにその癖が抜けていないと言うのは、劉備陛下はじめ多くの方の証言があります。


 そして、魏延殿、馬謖殿を中心に、頻繁に情報交換を始めました。目的はただ一つ。司馬仲達は何を考え、何を目指しているか。それを推定すること。


『手段を選ばず勝利を目指している、全大陸の支配を確実に達成しようとしている、というには、やや弱さを感じる、と?』


「そうなのです小雛殿。確かに初手の鋭さは彼らしさを感じました。アンティオキアや匈奴を狙った猛攻、そして洗練された騎兵たちの動き。ですがそれさえも、『試し』の域を出なかったような、そんな緩さを感じてしまったのです」


『なるほど。確かに姜維殿からの報告では、曹仁殿が入るまでは野放しに近いような攻め手だったとのことですね。そしてそれは、あえて失敗を経験させることで、軍規を掌握する意図があった可能性がたかい、と』


「はい。ですが司馬懿には『いつ攻めるか』という選択肢はあったはず。つまり、軍規を掌握し切る方法は他にもあったのではないか、とも思わなくはないのです」


『機を見て、あの時が最上、遅れれば機を逸すると思ったと言うのは?』


「あり得なくはないですが……だとしたらまた別の機を窺うというのが、あの者の性格。待つことを忌避しない。遊牧民族も、あれでいて気が長いところもあります」


『なるほど、だとするとどうなりますか? 司馬懿は単に出鼻をくじかれたわけではない。そう言う方向になりそうですが』


「うまく行っている面もあるのでしょうね。最上ではないと言うだけで。インドへの影響力をある程度持つことができている。鍾会という異分子の成果とはいえアンティオキアを落とし、ダマスカスが拠点化されている。敦煌に肉薄しつつ、東端の魏や西端の西ローマとは、悪くない関係を築きつつある」



 話を続けていると、魏延殿と呂玲綺殿が入ってきました。彼らにも子ができたのですが、揃って最前線で諜報活動を繰り返すのは、親としてどうかと言うところでもあります。


「魏延、そして呂玲綺殿。そなたらの意見もお聞きしたい。相手方の動きから見えてくるものもあるでしょうから」


「司馬昭って奴は大した将です。こちらの馬超殿に対して、経験の差を埋めるだけの緻密な用兵。ですが、そこから何か、司馬懿の意思が読み取れるか、と言われると、全くと言っていいほどそれは見えません」


「あたし達も、彼らの国の暮らしぶりを探るのも何度か試しているんだけどね。ある程度北上すると、狂ったように襲いかかってくるから危険なんだよ」


「それは当初から変わらないのですね。その守り、そして防諜に対する過剰とも言える頑強さ。そのあたりは単に司馬懿の性格、と割り切れないものがあります。そこを突破することを狙うのか、それとも……」


「司馬懿の色、民の暮らしの色、その辺りが読めない。それは彼らの狙いを読み切るのには大きな障害です。確かに蜀漢が全軍で突破を図れば肉薄は出来るのでしょうが、そうしたら今度は逃げ去るような気もします」


「遊牧、と言う意味で言えば、あんだけ東から西まで広大な土地なら、多少北に寄っていたとしても十分に生活は成り立つだろうね。それに、インドや東ローマ地域の一部が手に入ったのなら、生活水準、知識水準を上げられるだけの物も十分に手に入るよ」


「確かにその通りです。遊牧を生活基盤としつつ、最新の知識や技術を手に入れる。それが出来る環境が整ったと言う意味では、国の基盤が出来上がったとも言えるのかもしれません」


「だとすると孔明様、あやつの狙いは最初から、新しい形の天下三分、とも言えるんじゃないですか? 綺麗に三というわけではありませんが、大陸の中で大きな一角を手にして、力を蓄えながら機を待つというのは、ある意味であやつらしくもあります」


「でも魏延、そんなことしてたら、あいつ自身の寿命がきちまうよ? あ、別にそれも気にしないっていうのかい? 確かにあいつの子達は揃って優秀だし、下手すると血縁にすらこだわりがないかもしれないけど」


「そうですね。この現状を維持したとして、それが彼の目的を達成しているのだとすると、それはそれで決着ではあります。ただ、彼らが東ローマや敦煌あたりへの攻勢を緩めていない以上、こちらも思考の手を緩めることはできないのですが」



 謎多き司馬懿。その野心と、それを果たすのに十分な知謀、計画性。ですが彼の意図を読みきれない以上、彼自身が現状をどう捉えているのか分かりません。


 現状に満足しているのか、それとも不満を抱えて焦りを抱いているのか。それは今後にとって大きな差です。


 こんな時、どうするのが正解なのでしょう……私は「人工知能」として、これまでの皆様の経験を整理し、非凡ではない提案を探ります。ですが彼らのような非凡なる方々にとって、そんな提案が盲点になっていることも、往々にしてあるのかもしれません。


『孔明様、いっそ正面から聞いてみるのはいかがでしょう? 気球ならなんなりを飛ばして書状を送れば、返事があるかもしれません』


「……その視点は確かに抜けていましたね。そういえば彼も、最初の行動は奇襲ではなく、堂々と送ってきた書状でした。ならば対話の門は閉ざされていなかった、ということでしょうか」



――――


「司馬仲達。陸遜や孔明といったあの国の賢者たちがことごとく話好きだったことを考えると、そいつも別に人と話をし、論を戦わせるのを好まないわけではないんじゃねえか?」


「じゃろうな。たしかそやつが各国に送った宣戦布告も、えらい理屈っぽい代物であったのじゃろう?」


 この大陸にはるばる訪れた陸遜達だけじゃなく、孔明ってやつにも会ったトラロックは、すでにあたしやショチトルにその様子を詳しく話をしていた。


 それと、「試練」というような言い方を含んでいたような司馬懿の宣戦布告についても、トラロックはその全文を見せてもらっていた。



「にしても、米や麦のう。コーンとはまた違う趣があるのじゃ。自らを主張することなく、肉や魚、野菜と合わせて食べるとこんなに多様なものが出来上がるか」


「そうだね。二つの世界が交わったことで生まれた食べ物は、これからまだまだ出てくるんだろうね」


「多様、か。あの世界の人たちは、言葉も見た目も、考え方とかもバラバラだったぜ。でも少し前に、『絹の道』ってやつが開かれてからは、ちょっとずつその『違うやつ』ってのの存在を誰もが意識し始めるようになったんだと」


「それは、妾達の閉ざされた世界の中ではほとんどなかったことじゃの。その上でさらに、彼らの世界と妾達の世界での違いは、その幅を広げるに値した、ということなのじゃろうな」


「うん。そして、あの国の賢者の一角である司馬仲達ってやつが、そこの価値を理解していないはずはないんだよね」


「そうじゃな。陸遜らの思考、それを上回る孔明とやらの神算。そんなものと対峙する奴の頭が、そんなに固いはずはないのじゃよな」


「ああ、『細かい命令の徹底と、素早い情報の共有』で成立している強さってのが、司馬仲達とその国の特性。そう捉えられていたが、それそのものは、あいつの一面に過ぎねえんだろうよ」



 一面。それはそれほど昔ではないのに、遠い昔のように感じられている、あのころの夜の神王テスカトリポカにもいえた。


「じゃのう。あの頃のテスカトリポカも、強い力と、知恵の独占で自国や周りを引っ張る者、という一面ばかりが見受けられたが、いまやあやつは『頭が夜明けた』と評されるほどに、柔軟な思考と開拓者精神の塊なのじゃ。いまごろあやつ、どこにおるんじゃろうな」


「この前は、でっかい水牛に追っかけられたって聞いたね。そのまま捕まえて、乳や肉をとれるようにできないか、知恵を貸してくれって言ってたんだよ」


「北の大地はとんでもなく広いみてえだな。とてもじゃねえが独占しようなんてならねえくらいでかいと」


「ついて行っている民達も、米や麦やコーンがどこならより育ち、どこならより美味か、と言うことに手を出し始めているようじゃな」


「となると、司馬仲達っていう、紛れもない賢者が何を考えているのか。そしてそこに対して孔明や陸遜、そしてローマ側にいる若い力がどう向き合おうとするのか。その辺りを見極めたいところだね」



 そんな、「ちょっと外側から」もう一つの世界について話していたあたし達。だけど、ショチトルがとんでもないことを言い出す。


「のうククルや。妾達もあっちに行ってみんか? いまや食べ物や水も充実し、漢との交易も大いに進んでおる。妾達がここにおらずとも、この国は十分にやっていけそうじゃ」


「あはは、いつ言い出すかなと思っていたけど、やっぱりそうなるんだね。トラロックが行っていた時から、次は自分も、と言っていたからね」


「まあそうだな。船の動かし方もずいぶん慣れてきたから、向こうに顔を出すのもいいだろうよ。それに、漢はともかく東ローマ、西ローマと言われる地域なら、俺たちにできることはたくさんありそうだったぜ」


「そうだね。漢からきた若い力と、その地に根差した若い力。そしてアレクサンドリアにある知識の泉。それぞれが大きく花開いているところに、あたし達が何をもたらせられるのか。試してみるのもいいかもね」


 そんなことを言いながら、やたらと手際よく準備を進めるトラロックとショチトル。あたし達がもう一つの世界に降り立つのは、そう遠い話じゃなさそうだ。




 お読みいただきありがとうございます。

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