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百七十七 膠着 〜 司馬懿=??〜

 弟の司馬昭が、敦煌の地で馬超らの軍と衝突した情報が入ってきてから三月ほど。そのわずかな間に、カスピ海と国会の間の山脈に建てられた長城。


 少なくとも五か所で同じような光景が確認されたのだから、ほぼ完成していると考えてよかろう。北から南への侵入を防ぐものだろうが、騎兵にとってはどちらからも変わらない。つまり、放っておけば退路を絶たれるということだ。


 だが、全軍退却して仕舞えば、この東ローマの要地、ダマスカスやアンティオキアを中心ときた地域に再び侵攻することは叶うまい。


 曹仁殿と思考を凝らす中、鍾会が何かを思いついた。


「そなたを信じよ、と? まずはその中身を聞くとしよう」


「はい。次代様は、このまま北へとお戻りになり、陛下と共に良策を練っていただきたい。曹仁様はその助けをしていただき、その後のことはお任せします。その間私はこの地に残り、融和策を含めたあらゆる手を尽くして生き残ります」


「そなただけが残る、と? それで、そなたを信じるかどうかという話になるのか?」


 私を追いかけるように、曹仁殿も反発する。当然だろう。


「鍾会、お前だけが残るというのか? 兵ごと私も残り、これまで通りアルメニアで圧をかけることもできようぞ」


「曹仁様、確かにその手はあります。ですが失礼ながらその場合、間違いなくこのちで朽ち果てることになりますが」


「その通りだろうな。だがこの地でまだ幼いお前を鍛えながら余生を、というのも悪くない」


「あはは、お目付役ですね。確かに至らぬ点は多いと思うので、お願いできるのであれば。それに、この地に負担をかけずに十万の軍を維持する、というのも不可能ではないかも知れません」


「ほう、ここの民にいらぬ負荷をかけぬようにしつつ、十万を維持するのか?」


「はい。遊牧を続けるわけにはいかないので、屯田や商工業をしてもらいながら、ということになりますが」



「何か目をつけているのか?」


「はい。紙や布は、アレクサンドリアやペルシャの海運が先行しているので、入る余地は少ないでしょう。例えばこれです」


 鍾会が持ってきたのは短剣。


「む? これは、妙な紋様だが、鉄か?」


「主に鉄ですが、鋼という方が相応しいかも知れません」


 曹仁殿は、近くにあった刀に叩きつける。


「折れたぞ。こいつはとんでも無いな」


「はい。やはりそうですか。この鋼、仮にダマスカス鋼と名付けておきますか。郊外の工房で作られているのを、たまたま通りかかって見つけたんです」


「量産できるのか? 手間がかかるのではないか?」


「この硬さにするには相当な手間がかかるようです。でも、簡易な作り方もあるとも聞いています。近くの村では、そちらで作った農具で、硬い地面を開拓している光景も見られます」


「それなら、屯田が現実的になるだろうな。鉱山や石材採掘、それに鏃にも使える」


「はい。あとはこういうものも」


「漆喰、か? 少し違うが」


「多量に作って、丈夫で平坦な壁や道を作ることもできそうです。それができれば、馬車で多量に物を運ぶことも」


「鍾会、そなたこの街を大きく発展させて、どうするのだ? 狙われ、奪われやすくなるのでは無いか?」


「かも知れません。ですがそれよりも、この街が周囲に無視できないような発展を遂げさせることで、周辺の交易、文化圏の中に入り込むことができます」


「つまり、単なる侵略者から、地域を発展させる者としての位置付けも得て、この地に居座る大義を得るか」


「大義とまでは行かないでしょうが、少しでも追い払いづらくする、というくらいまでなら可能でしょう」



 つまりそれは、鍾会がこの地に残った後に、敵方に取り込まれるという可能性を危惧するか否か、という判断ということなのだろう。


「それで、当面そなたがここに居座るとして、北へ戻る私や父上に何をせよと?」


「それはお二方でご決断ください。私のようなガキが決めることではありません。ですが、司馬仲達という孤高の奸雄に対して、これまで見聞きしたことをお伝えし、正面から対話をできるのはあなた様しか居ないのではないか。そう思います」


「……そうか、そうだな。これまで父上が全てを決めて方が、国というのは大きければ大きいほど、物事を一人で決められぬもの。父にとって、この大陸全土は大きすぎたのか、それともまだ何か手の打ちようがあるのか。その辺りも含めて話してみよう」


「無論、あまり長くかかりますと、曹仁様亡き後の私が何をしでかすかわかりませんゆえ、お覚悟を」


「自分でそれを申すか。いや、いい。それはその通りだからな。そなたらを連れ帰ったとて、実績を上げたガキを連れて、そなたと曹仁殿の実績を無にして帰ったという結果が残るのみ。

 そなたらを置いていけば、そのまま切り離される懸念はあったとて、その偉業が形として残り、未来へと進む布石ともなろう」


「ご決断感謝致します」


「では司馬師殿、壁の向こうまで無事送り届けたいと思います。カスピ海側ならば比較的安全で、最悪壁が完成していてもぶち抜くか、小舟で渡れましょう」


「お願いします。そして鍾会、そなたの才の全てをこの地に注げ」


「御意!」



 ダマスカスから北上し、アルメニアの高原、そしてカスピ海沿岸への道は、ある程度慣れたもの。二十万以上の騎兵に無用に近づく者などいない。そしてカスピ海付近には長城自体が存在せず、その沿岸を駆け抜けることは容易だった。


 我らは曹仁殿の率いる、比較的南での生活に順応しつつある兵十万を残し、父のいる北へと向かった。


 曹仁殿が三年居座ることで実効支配したアナトリアと、鍾会の急襲によって得たアンティオキアとダマスカスを含むパルミラ地方。それに対してこの司馬師は、アレクサンドリアを目前にしながら負傷して撤退し、二十万の援兵で何も得ることなく帰っていく。文字に残るのはそういうあたりになるだろう。


 

――――


 司馬師、曹仁、鍾会。奴らはある意味で最も厄介な決断をしたと言えるかも知れない。国の後継となる司馬師を帰らせ、いつ引退でもおかしく無い曹仁と、まだガキである鍾会を残した。


 あたしゼノビアは鄧艾パルミラのある村に潜んでいる。主な目的は、鍾会という占領者の見定めといったところ。


「鍾会っていうガキに、忠誠という概念があるかどうかは置いといて、少なくとも厄介な残り方をしたのは確かだよね」


「そうだな。それにしょ鍾会はすでに、鉄鋼や、乾くと石になる資材といった、重要な商材、資材に目をつけ始めているぞ。あいつを放っておけばパルミラは栄えるだろうな」


「放っておいても、向こうよりこっち側に理があるんじゃない?」


「か、かも知れねえ。それに、無理して鍾会を追い出そうとしても、少なくともそ曹仁のいる間は危険すぎるぞ。それに、司馬懿が結局何をしようとするのかがまだ見えねえ」


「うん、もう少しこのまま見張っている以外に手はないんだね。まあ、あいつが民に酷いことをしないことは分かったし、国を発展させる力も卓越している。ほっとく以上の答えがないのは確かだよね」


「て鉄がうまく作られれば農業も工業も発展が速まる。せ石材を使って道を整備すれば物の流れが速くなる。それに、アンティオキアから移った理由も、長い目で見た地域の発展と安全のためだからな」


「だけど、根本的なところで何を目指しているのかが分からない。だったよね鄧艾?」


「ああ。立身出世なのか、独立した勢力なのか、それとも単に力を試したいのか。その辺がもしかしたら自分でも分かっていないのかも知れねえ。だからもうしばらく、具体的には曹仁がいる間は様子見だぞ」


「うん、分かった。それじゃあ引き続き様子見だね。それで、これからどうなるのかな?」



「分からねえ。今のところ、司馬仲達が仕掛けたことは、あいつの思い通りになっている様子は見当たらねえ。中央の高原、砂漠地帯には深く侵食しているし、この地や西ローマにも大きな影響を及ぼしている。だがどの国に対しても、支配や従属っていう結果は得られていねえ」


「つまり、征服というのがシヴァの目的なんだとしたら、想定よりも進んでいない、ってことになるのかな?」


「目的がそうだとしたらそうだな。まああいつが各国に出した通告を見る限りはそうとしか思えねえが。だがそれにしちゃあ、流石に戦力が足りてねぇっていう気もする」


「ねえねえ、孔明とか、漢の人たちはどう捉えているのかな?」


「確かにそろそろ、あっちでも何か捉え方に変化があるかも知れねえな」



――――


「次の手、ですか張飛殿?」


「ああ孔明。どうやら司馬昭には、馬超達が守る敦煌を落とせる勢いはねぇ。というより、本気で落とそうとするなら、どこを攻めるにしても戦力を集中するのが上策なはずだよな?」


「つまり、複数の線で攻撃を続けているのに、何らかの意図がある、と」


「ああ。これまでの記録から考えると、最序盤が一番危なかったんだよな? こっちは匈奴の全域が飲み込まれた可能か、向こうでも重要拠点がいきなり落とされた可能性。だがどっちもそれを乗り切った結果、侵攻への備えをより強化にしていっている」


「つまり、今の動きが司馬懿にとって想定外なのか。もしおおよそ司馬懿が考えている通りに動いているとしたら、我らもあやつの意図を読みかねているということになります」


「その意図ってやつなんだけどよ、そよそもあいつ本当に、この大陸の全土を征服しよう、なんてことを考えているのか?」


「世界を一つに、という言い方はしていましたが……」


「一つに、か。その意味の本当のところを確かめる、っていうのが必要かもな」


「となると……届くかは分かりませんが、書状をしたためてみましょう」



――――


「どうなんだククル? 向こうの様子は」


「うーん、はっきりは分からないんだけど、だいぶ落ち着いてきたのかな。こう着状態ってやつだね」


「あんだけでっかいところで戦うんなら、食料の輸送も大変だろうな」


「だけど彼らは桁外れの数の馬を持っているからね。物や人、情報を扱うのに不都合はないよ」


「おかげでで少しばかり世界が狭くなった、ともいえそうだな」


「漢という国が狭くて飛び出した司馬懿。果たして彼はこの後、もっと世界を小さくしていこうとするのか、それとも……」

 お読みいただきありがとうございます。

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