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百七十四 探合 〜司馬師×鍾会=??〜

 やっぱり馬鹿は馬鹿だったんだよ。負けだと思われないように、敵方にそれなりの被害を与えて悠々と帰ってきた司馬師様と曹仁様。


 だけど、その行動を全て、事細かに鄧艾達に見られていたんだから、こうなる可能性くらい考えとかないといけなかったんだよ。


 彼らが帰ってくるちょっと前から、ダマスカスの街にはこんな噂が流れ始める。


「騎兵の大将、シヴァの嫡男は流れやに当たって生死不明らしい」


「建設中の運河に阻まれて、進軍を諦めたらしい」


「重症であんまりうごかせないから、堂々と帰還するふりしてゆっくりと進軍したらしい」


「二倍以上の兵がいたけど、被害はせいぜい互角といったところらしい」


 そう。ほとんどが本当のことだから、簡単にはひっくり返せない物語だ。やはり司馬の家は、肝心なところで慎重さが顔を出してくるってことなのか。


 まあでも、下手したら大敗しててもおかしくなかったからね。向こうの被害も、噂ほど小さくはないはずなんだよ。この噂に乗じて、すぐに反撃とかは無理なくらいにはね。


 さて、帰ってきたかな。



「おかえりなさいませ。かの夏侯元穣様がごときご活躍とお聞きしております。まずは体を休め、次の戦にお備えください」


「帰ってくるなり嫌味か小僧! ……まあ確かに、この怪我がなければ、私は病魔に冒されて命を縮めていただろう。戦によって命を長らえるとは、何の因果なのだろうな」


 なるほど。思考をも鈍らせる目の病。それが丸ごと取り除かれた、ってことかな。だとするとこの人、大きな物を乗り越えたことになる。こんな負けの一つや二つ、跳ね除けられるくらいにはね。


「かの魏武も、何度か命を拾ったと聞いています。この乱世に大業を成し遂げるには、決して悪い縁起でもないのかもしれませんね」


「全く、そなたの父でも言わなそうなことが、すらすら出てくるものだ。だが間違いではなさそうだ。視界が晴れたのは確か。我らがどのように罠を仕掛けられ、今もなおその術中にはまっているのか、おおよそ理解しつつあるからな。そなたも含めて」


「……やはりアンティオキアは罠だったと、そういう結論ですか」


「罠、というよりは、苦肉の策、という申しようが正しかろうが。奴らは曹仁殿の采配に少しずつ慣れてきた頃、ある時その中で、異質な動きをする存在に気づいたのではないだろうか」


「そこで、アンティオキアの陥落をやむなしとし、せめて私の存在を明るみにすること、何をするかわからない異端を縛り付けること。そのあたりを狙った、ということでしょうか」


「ああ。そしてその動きは、変幻自在、自由な機動を是とする我らの軍に、やや見通しの立てやすさを与えてしまったともいえよう」


「その結果、大規模な増援から、向こうの主要拠点アレクサンドリアへの襲撃、という戦略を誘導し、そこに的を絞った準備をしてのけた、と」


 多分合っているね。だけど、アンティオキアを取ったこと自体は間違いではないと感じる。そこからダマスカスを……



「……私がアンティオキアを捨て、ダマスカスに移ったことも、彼らの狙いの一つ、ということかもしれません」


「そうだな。アンティオキアは、ローマとペルシャが争うときには、互いにとって攻防の要衝であった。だが今は、東ローマが半独立状態となり、ペルシャと良好な関係を築きつつある。そうするとあの地の地理的限界や、交通が必ずしも最良でないこと、そして何より地震という大きな懸念、それらが政略上の枷となっていたといえよう」


「その枷を、合理的な征服者の名を借りて解き放つことまで考えた、ってことですか。確かにあのゼノビアの父、ザッバイ達は、やたらすんなりとダマスカスの地を提案してきました」


「奴らは我らの侵略までも、政略の中に組み込む強かさがある。父上もそれを分かっているような気もするが、その上であえて我らに挑ませているようにも感じるのだ」


「あえて、ですか……確かにそうですね」


 司馬仲達。あの方が結局のところ何を考えているのか。その根本のところはよく分かっていないんだよね。


 それは、忠を尽くすべき主に値するかとか、そういう次元の話じゃない。


 この世界、あるいはその大きな一部分に、君臨させてしまってよい存在なのか。


 この世界の未来の一部分、そんな大きな仕事を、させ続けてよい存在なのか。


「ならば、我らにできることは一つしかありません」


「なんだ? まずは軍の立て直しと言うことになるが、父上はまだ次の策を伝えてきてはいないが」


「いえ、もう少しばかり大きな話です。司馬仲達という、真っ先にそう、『世界を一つとしてとらえたお方』の考えを、少しでも理解する。その上で、この世界のためにどのような手を打つべきなのか。あの方と思考の階層を近づけねばなりません」


「つまり、父が与えてきた目標に向かって最良の手を打つ、ではなく、父の目標そのものの意図を理解し、その上でそれが世界に何をもたらすのか。それを論じるだけの知恵。父の向く先が間違っていたら正すだけの力。それを得よと言うのか」


「はい。霧から晴れたあなた様なら、それも可能でしょう」



――――


 キプロス島。アレクサンドリアからも、ニコメディアやコンスタンティノープルからも遠くはなく、ギリシャからは程よい距離があるこの島。


 アンティオキアが陥落し、ダマスカスを中心とした一帯が鍾会によって制圧された今、姜維や孟達たちのアナトリアと、費禕や知識人たちのアレクサンドリアの間で情報交換するために格好の地として、少し急いで港を整備した。


 あたしや鄧艾は、時にパルミラに潜伏して様子を伺ったり、アレクサンドリアから参戦したりと、土地勘を最大限に使って、居場所を定めずに活動を続けている。


「ゼノビア、司馬師は健在だって言うことでいいんだな?」


 声をかけてきたのは姜維。ちなみに鄧艾はまだ、二つの大陸の間の砂漠地帯でラクダと戯れている。そろそろペルシャに返すつもりだろうけど。


「うん、そうみたいだよ。病気の目ごと矢を引き抜いて、むしろ前より元気になったとかいう噂まであるぐらいだね」


「なるほど……だとすると、ダマスカスに大きな戦力が集まっている状況が固まりつつあるな」


「だけどあの軍勢にとっては、ちょっと食糧が足りなさそうだけどね」


「二十万以上、か。あまり大きな農地を抱えていないあの一帯で、交易にも厳しい制限がある現状、何か手を打つ必要がありそうってことだな」


「二十万とはいえ、三方を囲まれているからね。それに馬をだいぶやられているから、少し立て直しにはかかりそうだよ」


「司馬懿の本軍も、孟達に授けた策のおかげで進軍を再考しているようだからな」


「司馬師の行軍を困難なものにした十万の傭兵が、どこかに姿を消した。そんなところに飛び込むのは流石に難しいってことだね」


「西ローマ軍はどうなったの? 船を全部引き上げられちゃったから、コンスタンティノープルで立ち往生しているってとこまでは聞いているけど」


「あそこも正規兵と傭兵が半々だったようだからな。船を用意できないことをお互いのせいにして揉めたところに、バルバラが傭兵に好条件を提示して、まるごとこっちに寝返った。正規兵はギリシャまで帰って行ったよ」


「西ローマは正念場、ってとこなのかな。でも彼ら、強い指揮者がいたら今のままじゃ済まないよね?」


「ああ。こちらにちょっかいを出している奴らは大したことないのだが、別のところで少しずつ頭角を現しつつある将が何人かいるらしい」


「へえ。こっちじゃないってことは、ゴート方面ってこと?」


「ゴートが司馬懿の傘下なことはあいつらも分かっているが、別にローマと司馬懿は同盟関係なわけではないからな。司馬懿を利用して東ローマを奪還しようとする派閥と、ゴートを押し返して版図を取り戻そうとする派閥に分かれているらしいな」


「その反ゴート派が、力をつけてきている、ってことなんだね」


「ああ。こうなるとこう着状態だな。ダマスカスがどう動くのか。そこに司馬懿の本軍が連動するのか。動かないとしたらどう言う手を打ってくるのか」



 話が局所的な内容から、世界全体に広がってきた。どうせだから、その辺りも全部聞いておこうかな。


「ねえ、そういえばアレクサンドリアとペルシャは、インド洋側の航路が順調に発展しているんだよね? そっち側からなんか目立った動きはありそう?」


「ああ、インドではマニと司馬懿の思想ぶつかり合いが発展しているが、戦いにはならずにひたすら論戦が繰り広げられているらしいな。インダス流域はどちらのものにもならず、どちらからも等しく情報や物資受け取り、遠慮なく広めていく。そんな強かな文化が出来つつあるみたいだ」


「へえ、そうなるとシヴァもちょっと、インド洋に進出はしにくくなったのかな。彼はこちらに知られないような拠点を作りたそうだし」


「ああ、そう言う意味ではマニの完全勝利とは言い難いが、目的を阻止したと言う意味では戦略的な勝ちに等しい引き分けだな。それと、インドの逆側、ガンジスは、孔明様が直通の道を作ってしまったらしい」


「えっ? そこってそんなに近いの?」


「深い森、低くはない山に囲まれているが、航海術の副産物で、大体の距離感が分かった結果、道を作れる判断をしたらしい。南蛮王の孟獲や、東の大陸への航海に同行した兀突骨達が、地元の地理や、象を駆使して道を切り拓いたとか。まだギリギリ馬が通れる程度ではあるらしいがな」


「そうなると、漢とのやりとりも相当に早くなるよね。シヴァが北の草原で作り上げた伝達網と、あまり変わらなくなってくる?」


「重要なところは船になるから、限界はありそうだがな」


「それでも、東でどんなことが起こっているのかを早い段階で知れるのは大きいよね。シヴァがどこに力を入れているのか、余裕がどれくらいありそうなのか、しっかり見通せる、ってことだもんね」


「ああ。司馬師が大将として出てきていて、司馬懿本人も出てくるかも知れないと言われているから、この戦線に注力していることは大体わかる。だが他のところがどうなっているのかを知れば、守りや反撃の計画は立てやすくなるからな」


「これまでは、かなり前の事しか分からなかったからね。だいぶ変わりそうだよ」


「そうだな。やはりできるだけ早く、司馬昭の居場所を押さえておきたいところだ」


 そんな話をした一月後、司馬昭率いる大軍が、漢の西の方で衝突したと言う話が入ってきた。その話の日付を確認すると一ヶ月前。なぜそんなことが出来たんだろう? 孔明っていうのはやっぱり底知れない何かがありそうだね。

 お読みいただきありがとうございます。

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