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百七十三 砂漠 〜(司馬師+曹仁)×鄧艾=??〜

 トラロックはとうに黎明の大陸に帰還したでしょうか。彼がこの、紅海沿岸の地域に残した種々の治水事業の設計。それはおそらく、何百年かのちに、地中海と航海を繋ぎ、ローマとペルシャ、インドから漢までを最短でつなぐ海の道を切り開く、大いなる足がかりになるのでしょう。


 私、費禕は、ナイルから、紅海の最奥スエズという小さな町へと引く運河の形成に取り組みます。その過程で、ラクダで水を運ぶ道を作り、地中海へとつながる道を整備していると、どこから現れたのか、鄧艾にあることを言われたのです。


「このあたり、いつか運河になるかもしれないけど、その前に、ほ、堀付きの要塞にしておこう。アレクサンドリアは、東からの攻撃に弱い」


「もしや鄧艾、仲達にアンティオキアあたりを落とされる可能性を考えているのですか?」


「ああ。そ曹仁がアナトリアに居座っているだろ? そうすると、どこかで守りきれなくなる気がするんだ。そうすると、仲達は勢い込んでアレクサンドリアまでくるかもしれねえ。そのそなえだな」


「そしてその要塞を作りながら、運河の基礎をつくる。そういう目論見ですか?」


「ああ、そ、それでいい。西から東にはいけるが、東から西にはむずかしい。そういう作り方だ。石兵八陣も参考になるぞ」


 その半年ほど後、鍾会という幼き俊才によってアンティオキアが陥落、鄧艾は行方をくらまします。そしてそのさらに半年後、司馬師と曹仁の軍が、実際にその防壁に迫ることになりました。


 迫る軍の左右に現れたのが三万のラクダ騎兵。鄧艾がおそらくペルシャから借り集めたのでしょう。馬に対してすこぶる相性の悪いその部隊を、司馬師たちは振り切る選択をしました。それは勿論、彼らに強引な策を取らせるための鄧艾の誘導。対岸に構えたアレクサンドリアの艦隊もそこに協力し、敵軍を我らの防衛陣へと追い立てました。


 そしてスエズから南北に伸びる空堀と水堀、壁が入り乱れた防衛陣。強行突破をはかる敵軍に対し、地の利を大いに生かして応戦します。そして、アレクサンドリアで雇っていた傭兵が、高台に登った敵将、司馬師に矢を命中させ、生死不明の状況。敵軍二十万はやむなく壁から離れたところに撤退しました。


 もしそのまま強引な突破を図れば、空堀に水を流し込み、敵軍を海へと押し流す仕掛けも用意していましたが、使わずに済んだようです。


 ですが、長旅の疲労、そして総大将の重体があるとはいえ、副将曹仁の強力な指揮下にある二十万の騎兵。それに対して鄧艾のラクダ兵は三万ほど。そして海路から援護できる姜維の軍は五万ほどでしょうか。互いにとって正念場となりそうです。



――――


「ゼノビアをこっちに寄越した、鄧艾の判断は正解だろうな」


「はい姜維様。おそらく鄧艾様は、騎兵の大軍と真っ向からぶつかる形になってしまいそうです」


 あたしはゼノビア。鍾会の手に落ちたパルミラに潜んで、住民たちに無理な反発をしないように手を打っていたんだけど、増援軍が迫ってきた段階で、アナトリア方面に抜けだして、孟達の手引きで姜維たちと合流した。


「ねえ、それはそれで大丈夫か心配なんだけど、姜維達の精鋭軍を、全部こっちに連れてきてよかったの?」


「ああ、問題ない。西ローマはまだまだ足止めを喰らうだろうし、司馬懿の本隊は今、増援としてこちらに向かっていいかどうか判断できないはずなんだ」


「それはもしや、孟達様に仕掛けていただいた、『消えた八万の傭兵』の効果でしょうか?」


「そうだなバルバラ。大半の傭兵が、アナトリア、あるいはアルメニア近辺に、全く見つからないように潜んでいる。そう見えているはずなんだ。まさかクリミア半島で悠々自適しているとは考えもつかんはずだ」


「あなたの空城計の種類も、随分広がったんだね」


「そうだな。そして慎重な司馬懿は、特にそこに引っかかりやすい。だから、司馬師や曹仁の軍に増援が入るのは、かなり先になるはずなんだ」


「そうなる前に、できるだけ削っておくっていうことなんだよね」


「ああ。馬が力尽き、兵糧が心許なくなれば、奴らはダマスカスまで撤退し、さらにアルメニアまで戻らねばならなくなるはずだ」


「ダマスカスも、鍾会が無理に食べ物を買い込んだから、それ以上負担かけられないんだね」


「ダマスカスに大軍が居座れば、統治が不安定になるからな。半ば追い出すような形で、司馬師や曹仁は後退させられるはずだ」


「ってことはやっぱり、こっちの海から鄧艾をうまく援護しないと、ってことなんだね」


「ああ。そのための準備は整っている」



――――


「父上が危ない。ダマスカスまで引きます……いや、待てよ」


「どうなさいました?」


「いや、父上の性格を考えると、自ら動かれる状況にはないかもしれません。あの地域の傭兵達が今どこで何をしているのか。それが全く定まらない。だとするとアルメニアの地に自ら踏み込むのは躊躇しそうです」


「なるほど。少なくとも我らの動向がはっきりするまでは、と言ったところでしょうか」


「もし我らの方に大軍が迫ってくるようなことがあれば、意を決して南下してくるでしょうが、そうでなければ」


「だとしたら我らは、ダマスカスの統治が揺らぐような大敗をせぬことですな」


「はい。とにかくあのラクダをどうにかせねばなりません」



 おそらく率いているのは鄧艾。つまりとんでもなく厄介な将。砂漠、ラクダ、そして海上からの援護と、すでに厄介が山積しているが、そこからさらに何を仕掛けてくるのか。



「向こうは、こちらに打撃を与えたがっているでしょつ。必ずどこかで仕掛けてきます」


「右に広がると砂漠に踏み入っしまう。できたら海岸沿いがよさそうですが、それはそれで海から仕掛けてきそうです」


「全力で駆け抜ければどちらも振り切れるのですが、それは悪手」


「二十万の敵軍を追い散らしたと吹聴され、ダマスカスの統治を進めている鍾会に余計な負荷をかけることになりますな」


「だとすると、少なくとも人を整えて悠々と行軍することは必須」



 そんな会話を繰り返しながら、どのように対処すべきかを話し続ける。日は西に傾き、海から照り返す日が、やや見通しを悪くする。すると、


「正面に敵陣あり! 歩兵主体の、魚鱗陣! おそらく五万ほど」


「むっ? そんな部隊で何ができると? それにどこから湧いてきた」


「左側に船団が見えます。海上から送り込まれたのではないかと」


「なるほど。いずれにせよ問題ない。騎射突撃の構え、一度全軍で駆け抜けて、損害を与える!」


「「「応!」」」


 以前、匈奴の騎射突撃に対して、蜀軍は魚鱗陣と城壁からの射撃を組み合わせた反撃をしたと聞く。巧みに壁の側に誘導しつつ、相手を削って行ったと。


 今回もそれに近い動きと見られる。左側には、長射程兵器を積んだ船。右側はラクダ兵がいるであろう砂漠。だとすると、中央を厚くした堅陣で、こちらを分断しようとするかもしれない。


 


「突撃! くっ、長槍で馬の足を狙うかこいつら」


「左右のどちらかに動かされる。できるだけ進路を維持しろ!」


「あそこが空いているぞ! 進め! ぐわっ、落とし穴だと?」


「小さい穴で、馬の足が取られる! 卑怯な」


「陣と陣の間に縄を張ってくるぞ? 厄介」


「逆茂木まで……くっ、動きが止まると向こうの思う壺だ! どうにか駆け抜けろ!」


 騎射突撃。その特徴は、敵の横を駆け抜けながら矢を射掛けることで、反撃の隙を与えずに一方的な損害を与えられること。


 だが、小さな堅陣を多量に張られ、その道の間を主戦場として、槍での反撃や盾での防御、小細工の数々。


 予想通り、左側を抜けようとすれば船から援護射撃を受ける。右はやや余裕があるが、それでも砂漠に足を取られて突撃の足は鈍る。



「くっ、被害はどれほど?」


「五千ほど馬を持っていかれましたな」


「この堅陣、それぞれが相当の練度。ローマの伝統的な密集人に、さらに工夫を施したという事ですね」


「金属の盾が、陽の光を跳ね返して、余計に見通しを悪くさせてきます」


「ですが向こうも被害は相応にあったはず。もう一度突撃を……むっ?」


「あっ、船の方に引いていきますね。追撃は……間に合わないか」


「よもやこのまま迎撃を繰り返すという事でしょうか」


「確かに向こうにとっても、こちらの騎兵の勢いをそぎ、継戦力を奪う良い機会と捉える者もいるはず」


「これが続くと、馬を失う者も増えますな。行軍速度を上げられなくなります」


「置いていくわけにはいきませんからな」



 そして、対策を論じた次の日。同じように陣を敷き、左に船、右にラクダという構えを見せる敵軍。


「同じ手は通用せん。ゆっくりと進軍し、足を止めて矢を射掛けよ」


「「「応!」」」


 機動性は削がれるが、それでもこちらの合成弓の威力は、盾を持つ腕にも痛みを与え、盾の隙間から命中すれば重傷は免れない。それに、矢を警戒して上側に盾を構えるのは負担が大きい。


 少しずつ敵軍の堅陣が崩れ始める。やはり数の差で押し切るのは最も有効な手。


「後ろから、ラクダ兵が援護に回ってきた模様。馬が嫌がっており、後軍が前進速度を速めています」


「くっ、完全に足を止めるのは許されぬか。前進しながら交戦を続けよ」


 消耗戦。だがそれなら兵力の多いこちらに分がある。矢や兵糧も余裕がある。


「あまり賢い策とは言えませんが、下手に考えすぎるよりもこれが最良」


「孫子も、数を恃みにする事自体は否定しておりません。有効に数の差を使うのは、戦の基本かと」


 ゆっくりと敵陣を突破した頃にはすっかり日が落ち、敵兵も船や砂漠の方に去っていた。相手の被害が分からないのは不安を誘うが、こちらより少ないということはあるまい。


 次の日からも、たびたび陣を敷いて迎え撃つ軍が現れるが、こちらが近づくとすぐに撤退する動きを見せ始める。


 だが向こうも消耗が大きかったのか、大きなぶつかり合いにはならず、そのまま数日が過ぎ、我らの軍は砂漠地帯を抜けた。


「ここまでくると、ラクダ兵の優位がなくなりますな」


「そうすると無理にこちらに迫ってくることはなさそうです」


「このまま悠々とダマスカスまで戻るのが良さそうですね」


 そしてダマスカスまで戻った我らを迎え入れたのは、苦虫を噛み潰したような顔をした幼児だった。

 お読みいただきありがとうございます。

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