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百七十二 突撃 〜(司馬師+曹仁)×??=??〜

 ダマスカスからアレクサンドリアに向かうには、港へと出て海路を使う方がだいぶ楽と聞く。だが無論、二十万の騎兵を運ぶ船団など用意できず、できたとしても優れた海軍がいなければ海の藻屑となるだけだ。


 よって陸路で進むしかないが、砂漠に丘陵に渡河に、と、入れ替わり立ち替わり困難が降りかかることが見えている。


 だが、それは相手にとっても同じことが言える。アフリカ大陸に向かうまでの道中は見通しの良い砂漠地帯が多く、大規模に舞台を展開して迎え撃つのは容易ではないようにも感じる。


「敵軍が待ち受けるとしたら、どこでどういう形になるでしょうか」


「アンティオキアが陥落してから一冬過ぎたところですか。それだけでは、仮拠点くらいしかできないでしょうね」


「それに適したところがあるとしたら……」


「あいつらは、こちらがどんな陣営で、どんな考えを持っているかを、相当な深さで理解していると思った方がいいでしょう」


「鍾会よ、鄧艾や姜維がどんな奴なのか。その印象ということか?」


「はい。これまで仲達陛下が仕掛けてきたことに、ことごとく最良の対応をしてきている。それがやつらの素養、ということなんじゃないかと」


 鄧艾、姜維、そしてゼノビアやマニ。とにかく若い力が発揮され続けている。私自身も同じ年代だが、目の前のやつが、若手を通り越してガキだからな。だがこいつはすでに、敵方それぞれの強みを見据えている。ガキでなければ不自然ではないのだが。



「だとしたら、そなたに読む力はあるか?」


「いえ、私にそこまでは。ですが、父君様を思い浮かべていただくのが、最も答えに近づけるかも知れません」


「父上、か。ならば全てを事細かに理解し、最もされたくないことをする、か」


 だとすると、地形の妙や、情報の穴を突くような動き。


「なるほど、では鍾会。そなたがダマスカスで統治を始めてから、あの地域に関して民から得た話をまとめることはできるか? できたら明日までに」


「承知しました。真偽の見定めも必要ですので、その根拠も含めて」



 翌日鍾会から得た情報をもとに、行軍の段取りを確定した。


「これなら相手が父上や孔明であっても、殆うくなることはあるまい。ここから先は急ぐぞ。曹仁殿、隊列の調整はお任せしてもよろしいですか?」


「心得た。つまり、速度を重視しながらも、迎撃体制をしかと整えるのですな」


「目標は、一気にナイルの草原地帯まで進軍することだ。手前の砂漠で引っかかると厄介だからな」


「お気をつけて。幾分顔色が悪いようにも見えます」


「あ、ああ」


 このガキ、どこまで見通しだ……



――――


 ダマスカスで補給を済ませると、警戒を怠らぬ範囲で最大限の行軍速度で南西の目的地へと向かう。最も厄介なのが途中の砂漠地帯なのは間違いない。


 ここで何かしら仕掛けてくる。我らはそう読んだ。だが何を、と問われると答えを出さぬまま、最も困ることだけを防ぐ方針で向かう。


「拙速を貴ぶ。今はまさにその通りなのでしょうな」


「ええ。アルメニアでの賊軍の攻撃。もしあれが組織的な仕掛けだったのなら、あの軍が合流してくるのは厄介です」


「彼らは丘陵での戦いに慣れていたようですが、砂漠や平原での戦いならわかりませんがな。ですが、どんな兵であれ、補給が潤沢な防衛拠点での頭数というのは実に厄介です」


「とにかく、砂漠のど真ん中で仕掛けられたり、道を失ったりせぬよう、速度を上げて行軍するのは必須ですな。皆の荷物もやや重くなっていますが、致し方ありません」


「やはり何を仕掛けてくるか、細かいところまでは詰めきれていません。兵の数と練度は我らの要。消耗も抑えねば」


「あ、ああ。くっ……まただ。難しく考えると目の奥に痛みが……」


 華佗殿の弟子という医師に診てもらったが、あまり目や頭に負荷をかけると命に関わる、とのことだった。戦などもってのほかとのことだったが、私の知恵はやはり戦場に出てこそのもの、というのもまた正しかろう。


 私がどこかで力尽きても、弟の昭や、甥の炎もいる。それに、生きながらえても功を生さねば、次代はいずれにせよ弟のものだろう。ならばここで成せるだけを成すというのが、我が本懐。



 右手に砂漠、左手に海。どちらもあまり馴染みのない兵が少なくない。だが多くの兵が、自らの相棒である馬と共に長くかけて来た。それが見えぬ自信となって、一人一人の表情から垣間見える。


 あと二日ほど進むと、もっとも狭い陸地、すなわち地峡に着くという。そこまで辿り着けばナイルは間近と聞く。その周辺を拠点にすれば、鍾会のいるダマスカスと、海路と陸路の両方で連携できる。



 頭が痛い。何か引っかかる。



「砂漠に敵影! 騎兵が三万ほどいるようです!」


「会場に船影! おそらく弩を積んでいるかと!」


 くっ、ここで仕掛けて来たか。これまでおとなしすぎると思っていたが。


「砂漠の方を蹴散らしますか?」


「そうしましょう。全軍右手……むっ? あれは!!」


 騎兵に見えたのは、馬ではなかった。そう、ラクダ。ペルシャの地で多量に放牧されていると聞く、砂漠や乾燥地に強い生き物。そしてなにより、馬がその匂いを苦手とするため、突撃を仕掛けづらい。


「全軍で挑めば蹴散らせなくはないが、ここで迎え撃つのは不利ですね。せめて草原地帯なら」


「今更撤退はできません。だとすると、あえて前進して振り切りますか?」


「馬の方が圧倒的に速くはありますね。ただ、振り切ったとして、待ち構えている敵がいたら囲まれます」


「それでも、砂漠で迎え撃つよりは草原まで向かう方が良いでしょう」


 我らは、砂漠のラクダ騎兵の軍を無視し、速度を上げて突っ切ることにした。


 この大軍が、あえて逃げるように敵影から遠ざかる。船もラクダも、とうてい馬には追いつけない。それを知ってか知らずか、向こうも我らを本気で追いかけては来ない。



 そして二日ほど駆け抜けた先、ナイルの河口近くの地峡にたどり着いたところで我らが目にしたのは、平坦な砂漠と草原の切れ目、ではなかった。


「この辺りは平原なはずですが……なんだこの堀と壁は


「まさかこれは、アレクサンドリアの敵軍が、我らを弾き返すために?」


「壁も高くなく、堀も深くはない。だが馬での通行にはかなり妨げになります」


「どうやらこの掘られ方は、真っ直ぐではないようです。縦横に入り組んでおり、奥行きがあるようです」


 多数の隘路。堀の下や、壁の上から矢が飛んでくる。矢を射返そうとすると隠れ、足を止めると再び矢が。


「くっ、背後にはラクダの軍が向かってくるはず。どうにか突破します」


「無理はなさらぬよう。兵糧には余裕があります」


 確かにラクダ軍は三万ほど。追いつかれたとしても跳ね返すだけの力はある。慌てる必要はないのだが……


「ぐっ、どうも気が急いてならぬ。本調子でないゆえなのか、それともまだ見ぬ鄧艾や、海路から迫る姜維らの影が気になっておるのか……」


 やはり我らの軍は勇ましく、そして強健である。


 壕の下へと突入し、敵兵を見つけて突撃する者。


 壕と壕の間を抜け、上から射掛ける者。


 だが馬を降りて、壁へと登らんとする者は少ない。そして、それぞれの兵達がどこで何をしているのか、徐々に掴むことが難しくなっていく。


「見通しが良くありませんね。どうにかして壁の上へと登れるところがあれば良いのですが」


「登っている者がいるので、どこかに上り口はあるかと。進みながら探しましょう。我らの中でも、漢に近い者らは、馬を置いて壁に登ることを避けぬ者もおります」


 ある程度進軍したところで、壁へと登る試みをする。壁の上の舞台を下から蹴散らし、縄をかけて登る。


「よし、ここから登れそうだ。壁上から見通すぞ!」


「応!」


 いく人かの兵が壁に登り、私自身も縄梯子に手をかけ、壁を登る。



 登り切ったところで、向こう側を見渡した私は、天を仰いだ。先に登っていた兵と


「空壕と水堀が、入り組んでいる、だと?」


「これでは、いつ水が流れ込んでくるかわかりませんな」


「引き返そうとすれば、比較的容易に抜けられる構造。ですが我らの二十万が通り抜けるのは、相当に難儀、か」


「どうなさいますか?」


「ぐうっ、体制を立て直す、か? どこかに拠点を作ることは……」



 痛みをこらえて考えながら、後ろを振り返る。


「危ない! 司馬師様!」


 どこからか飛んでくる矢。確かにこの戦場は四方から入り乱れ、どこから飛んでくるかわからぬ戦場。


 いくつもの矢が私の元に飛来し、その一つが、右目を捉える。


「ぐわあっ!」


「ご無事ですか!?」


 落下した私を下方で支えたのは曹仁殿。そして私は、刺さった矢を引き抜く。


「ぐああっ!!!」


 どうやら、目も一緒に引き抜かれてしまったようだ。激しい痛み。


「くっ。厳しいか。引くぞ! 皆、一度体制を立て直す!」


 朦朧とする意識の中、曹仁殿の声が聞こえた。



――――


 目が覚めると、砂漠の野営地の一画。


「ぐっ、ここは……」


「あの地峡から半日ほど後退した地点です。ラクダの軍と対峙しており、余談を許さない状況です」


「そうですか。半日ということは、まだ向こうも我らに追いついたところ、ですか?」


「いえ、司馬師殿は三日ほど生死の境を彷徨っておいででした。なので、二日以上、睨み合いを続けているところです。どうにか陣を立て直して、余計な被害が出ないように守りを固めておりました」


「そうですか。私が動かぬばかりに、進むも退くも好機を逃したというべきでしょうね」


「総大将が動けぬ以上、大きな動きは出来ません。致し方ないかと」


「なるほど。ですが大事ありません。なんとも妙に、頭がすっきりとしております。もしかしたら、あの矢によって、病巣が目ごと引き抜かれたのやもしれません」


「なんと、そんなことが……」


「今なら、我らの動きがいかに浅慮だったかが、手に取るようにわかります。ダマスカスからナイルへの道中の未知。そしてアレクサンドリアやその近くでで数年を過ごしていた鄧艾や姜維。費禕という者もいましたか。彼らの才覚。それらを考え合わせると、もう少し慎重にことを進めるのが正しい動き」


「鍾会がパルミラ一帯を抑えたことで、かえって判断が鈍ったと?」


「でしょうな。父上も、流石にあの幼子を信じる勇気が無かったのでしょう。それゆえに、拙速にすぎる手を取った。鍾会を信頼し、さらに数年の時をかけて推移を見守ればよかったのでは、と」


 やはり次々と思考が進む。まことに病魔が去ったのだろうか。だとするとこの、やや無理な戦、理にあわぬ策が、我が命を救ったことに……


「いずれにせよ、一度砂漠の向こうまで引き返しましょう。ナイルほどではありませんが、砂漠の向こう側であればある程度滞在できるだけの土地が広がっています」


「なるほど、机上の空論で、分かりやすい目標にばかり囚われていた、ということですか」


「それによって、敵方も我らの動きを読みやすくなっていた、ということでしょう」


「だとしたら、あの賊兵も?」


「あれはおそらく、孟達あたりが少しずつ雇っていた傭兵ではないでしょうか? そしてその前の冬、曹仁殿は不自然な誘導をされていたのでは?」


「たしかに妙な方向に誘い込まれていたような」


「黒海沿岸。その辺りの周到な準備。それを見られたく無かった、ということかもしれません」


「ならばすでに黒海は、彼らの庭となっている、と……」


 そこでさらに悪い予感がよぎる。父の司馬仲達は、遠からず本軍を率いて向かってくる可能性がある。


「曹仁殿、父上が危ない。すぐにダマスカスまで引きましょう。鍾会には負担をかけますが」


「??」


 お読みいただきありがとうございます。

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