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百六十九 激動 〜孔明+馬超+幼女=??〜

 司馬仲達という怪人が、北の騎馬民族を従えて、世界に挑戦状を叩きつけてから三年近くがたちます。その間、蜀漢という国は匈奴の草原地帯から涼州、敦煌付近の砂漠地帯といった広域で、激しいぶつかり合いを繰り返しています。


 彼らの騎馬隊は常時二十万以上が展開され、攻撃も鋭く、油断するとすぐに突破されかねないものでした。


 ですが徐々に、やや攻撃に自由度が少ないというべきか、厚みがないというべきか、そんな特徴が見えてきたと。


『型が決まっている、ですか? 孔明様』


「はい。おそらく、こうきたらこうする、という決まりが、あらかじめ細かく決まっているように見える、と」


「ああ。ちょっと変えると違うことしてくるんだけどな。何回もやっていると見慣れてくるんだよな」


『法則が決まっているとしたら、探ることもできそうですね。無理のない範囲で、いろいろ変えてみると良さそうです』


 馬超様は、司馬懿軍の癖を見抜きつつあるようです。私、鳳小雛も支援できそうです。


「そしたら、最低限でくせを見抜けるような行動の計画って作れるか?」


『分かりました。では、引退した周倉様と共に練っておきますね。それにしても、司馬懿は確かに緻密ですが、読まれやすい行動などをするんでしょうか?』


「普通読まれるとは思わないのでしょう。おそらく何十という命令体系を用意しているのでしょうし。それが読まれて破られる可能性。それがどれほど低いか把握しているはずです」


「だけどあの司馬懿だろ? 奴にしちゃあずいぶん迂闊な気もするんだが」


「……そうですね。おそらく最大の理由は、司馬懿自身がその場にいなかったということなのでしょう」


「だとするとあいつにとって、この戦線が最重要ではない、ということなんだろうな」


「今は、でしょうね。状況次第で変化はあるでしょう。ローマ側の戦線は曹仁に任せているとすると、大陸中央でしょうか」


『インドをめぐる、軍事ではなく思想や理念に基づく間接的な支配権、ですか。マニという方がよほど強力なのですね』


「インドの西側、すなわちインダス川流域が、今の主な争いになっているのでしょう。そして司馬懿にとってその地は、争いになってしまった時点で目標を完全に達成することは困難でしょう」


『はい。司馬懿が欲しかったのは、主導的に扱える港がインド洋にある状況。それができたら排他的に欲しかった、というところでしょう。ですがすでにマニ殿の影響力がインダス流域に少しでもある時点で、その地域で得られる情報は両陣営に公平に行き渡るものとなります』


「つまりその辺りでは、司馬懿が何かしたらマニに伝わるし、マニが何かしたら司馬懿に伝わるって状況になったってことだな。それはそれで、その地に住む奴らにとってはどっちでもいいってとこか」


「どちらの陣営も無下に扱えないことになりますので、現地にとってはある程度の恩恵が出てくるでしょう。陸海ともに交易が発展するかもしれませんね」



「それに、インド東、ガンジス川だっけ? そっちへの道は、南蛮の奴らが切り開いているんだろ?」


『そうですね。孟獲殿、兀突骨殿らが精力的に動いておいでで、成都や雲南からほぼまっすぐにガンジス河口まで道が通じる可能性が高いです。象の力を最大限に活用し』


「そしたら、そっち側も、少なくとも司馬懿の陣営が独占できる港じゃなくなるんだな。だとしたら、大陸中央の状況は、すでに奴らがどうこうできなくなっている、のか?」


「だとすると、彼が別の場所に移動する可能性がありますね。それがどちらになるのか」



「孔明殿ならどうする?」


「私なら、ですか。ペルシャ、西ローマのいずれかを落とし、もう一方と手を組みます。魏に面している鮮卑の地は切り捨て、蜀の対面はこれまで以上に守りに徹します」


「なるほど。現実的でもあり、大計でもあるな。だが参考にはしづらいな。正解な気がしねえ。何でだ?」


「孔明なら、というところでずれてしまっているのかもしれません。私が、仲達の目的を把握しきれていないがゆえのずれなのでしょうか」


「そうか。奴の目的か。世界の全てを手に入れる。それが本当の目的とは思っていねえのか?」


「はい。私の思考だと、どうしても天下全体の中のある割合を手中にし、その地を安定しつつ拡大するという考えに至ります」


「天下三分だな。今だと三じゃ済まなそうだが、分かりやすく線を引く、という考えはわかる。だが司馬懿はそうじゃねえってとこか」


「はい。彼は世界の境界を無くそうとしているのかもしれません。つまり、目指すものは始皇帝に近いのでしょうか」


「さあな。ただわかったことは、孔明と司馬懿の間には、それなりに大きい隔たりがあるってことだな。それと、多分向こうは、孔明殿のやり方、やりそうなことを強く意識しているはずだ。それなら何か分からねえか?」


「なるほど。私と考え方が異なっており、私のやり方を強く意識、ですか。ならばあやつは……」



『思いつきそうですか? 孔明様は客観視はあまり得意ではないのですが……』


「久しぶりに辛辣ですね小雛殿。ですが認めざるを得ませんね。仲達が孔明の何を見ているのか、となると、相当な難題です」


「問題ねえぞ孔明殿。全部考えすぎんのは悪い癖だ。とにかく、自分がやられたくないことを考えろ」


「ふふふっ、馬超殿や、戦場で常に前線を張っていた方々に相応しい、機を逃さぬための思考術ですね」


「かもな。ゆっくり机で考えるだけが思考じゃねえってことだな」


「無駄を省いて研ぎ澄ます、ですね」


 孔明様にとっては試練かも知れません。あらゆる可能性を想定した緻密な思考こそこの方の真髄。だからこそ、ご自身のあらなどいくらでも見つかり、司馬仲達ほどの者なら突いてくる隙などいくらでもある、と思ってしまうのでしょう。


「見えました。仲達の次の手が」


「ほう、それで、どうするんだ?」


「彼はおそらく、三国が並びたった後のこの世界の変化に対して、それをさらにかき乱すようなことをするかもしれません。だとすると、大きな変化が起こった街、つまり敦煌、エクバターナ、アレクサンドリア。エクバターナはサーサーン朝が守り、アレクサンドリアは姜維、鄧艾らが腕を振るっています。ですが敦煌は、我らが全力で守る外はありません」


「分かった。先鋒は任せろ。全軍を整えるまでの時間くらいなら稼げるさ」



――――


 エクバターナ強襲。その報がサーサーン朝現王アルダシールに届く頃には、すでに手の打ちようがなくなっている。ペルシャの地はそれほどに広大。


 だけど、アルダシール陛下に焦る動きはない。それほど、守りを任せた王太子シャープールの手腕を信頼していると言える。


 実際、十万の騎兵が城下に迫ろうとも、エクバターナが危機に瀕しているということにはならない。理由は大きく三つほどある。


 ひとつ目は、あの山間の高原地帯には、攻城兵器を大規模に展開しづらいこと。木材の現地調達も難しく、大規模な攻城をしづらい。


 二つ目は、補給が伸びやすいこと。広い地形が少なく、管理しやすいところに補給物資を置くことができない。騎馬民族が得意とする遊牧や略奪、狩猟にも頼りづらい高地であることも、兵站を不安定にする要因と言える。


 三つ目は、元パルティアの軽騎兵戦士と、サーサーンの混合戦士の兵団の巧みな連携。地理に明るい彼らの多くは城の外側で活動し、物陰に隠れて相手の補給物資や兵器類、羊などに迫って的確に削っていく。


「司馬昭殿下、やはり厳しいですな。陛下の見立ての通りとも言えますが」


「ああ、致し方ないだろうな。匈奴兵達は勇んでいるが、弓騎兵だけでこの堅城を落とすのは無理だ。手があるとしたら内部工作なのだが、それもシャープールやマニの統治によって万全に防がれている」


「何か手はおありで?」


「強いて申せば、この十万の騎兵そのものが手ではあったのだがな。少しでも恐怖を与え、揺さぶれると思うのだが」


「ならば、隙間なく包囲し、向こうに城外での工作の機会を与えないようにするしかありませんな」


「ああ。半数を哨戒にあて、城外で動き回る奴を確実に仕留めよ」


「承知いたしました」



 こう着状態。ただ、守る側にほとんど不安が見られない。そんな状況で、なぜ司馬懿は身内の司馬昭を当ててまでエクバターナを攻撃しているのか。


「関索、どう見る?」


「陽動なのは確かです陛下。それにしては大規模ですが、彼らの動員兵数というのはそういう物だと割り切るしかありません。援軍は本当に送らなくて良いのですか?」


「よい。あの地の守り方は、シャープールが十分に心得ている。山間での戦いは、こちらの方が慣れていよう。それに、本命が来るのだろう?」


「確かにそうですね。流石にダマスカスから兵を出しては来れないでしょうが、メソポタミアを空にするわけには行きませんからね」


「ああ。最悪ここさえ無事であれば、ペルシャはどうにかなるのだよ。それで、いつ、どれくらいで見ている?」


「少なくとも三十万。五十になるかもしれません。冬までには大勢が決まっておらねばならんので、二月以内には来るでしょう」


「そうか。姜維達は万全なのだろうな」


「これ以上は出来ないだろうという程度には、準備万端ではあります」


「なにやらとんでもない戦いになりそうだが、我らも気を引き締めて見極めねばな」


「彼らは十万を陽動に使う奴らです。それをお忘れなく」


「ああ」



――――


 孟達の街。黒海の入り口に作られた巨大な城塞都市。名が正式には決まっていないが、そう呼ばれて久しい。


 攻城兵器すら撃ち抜く弩砲塔を多数備えた高い城壁は難攻不落。ただし城門が閉ざされることはなく、証さえあれば誰もが気軽に通り抜け、対価を払えば容易に対岸に渡れる。無論船での渡海になるので限度はあるが。


 そしてこの地には、もう一つの仕掛けが作られていた。それが発動したのは、アルダシールと、彼の守る地に出向いていた関索が、騎馬軍のエクバターナ強襲を聞いてから二月後。


「三十万ですか。曹仁と合わせて四十万。なるほど」


 そう。黒海沿岸には、その東端からこの地に至るまで、見通しのいい高台近くに一定間隔で港町が作られていた。その高台の間では、太陽光と鏡を使った高速通信が成立しており、簡易な報告ならその日のうちに東端から西端まで届けられるようになっていた。


 それに、いざという時には孟達自ら軍を率いて、東端へ急行できるだけの船を揃えていた。


「それにしても姜維殿は、この仕組みを隠すためだけに、曹仁軍を誘導して翻弄するとは。そしてこの年のうちに必ず使い所があるという読み。どこまで見通しておいでなのやら」


 孟達は、事前に言われた通りの行動をする。


「この資金を使って、この地の傭兵達を全て買い上げてください」


 そして、こんなことがあっても気にせず予定通り動く。


「孟達様、ローマ軍五万が迫ってきました」


「分かりました。門は開けたままで構いません。住人は、物資を持てるだけ持って、ニコメディアまで非難してください。船がなければすぐには追ってこれないので、慌てなくても問題ありません」


 この街はできて日が浅く、住人たちも、いつでもこの地から移動できるように準備が整っていた。そして十五万の住民が対岸に渡るのを確認すると、五万の傭兵と共に、全ての船を引き連れて去っていく。



――

 私は偉大なるローマ帝国の正規兵。モータツとやらが黒海の入り口に建てた堅固な街を抜け、ニコメディア、そしてアンティオキアを再び我らの地にするために、五万の軍が動員された。


「むむ、いつも通り城門が空いているな。だが塔のバリスタはこちらに向いているぞ」


「通っていいのか? いつも証を求めてくる衛兵もいないぞ」


「どうする? 一旦周りを調べるか?」


「そうだな」


 三日後。


「警戒しすぎたか? 城内にも人気が少ないぞ。逃げたんじゃないか?」


「ああ。かもしれん。ならばこれ以上無駄な時を過ごすわけにはいかねえ。行くぞ」


 重騎兵、槍歩兵と通り抜けるが、何も起こらない。そして、運んできた投石器の多くが城壁に近づいた時。大きな音とともにその投石器が崩れ去った。


「な、なんだ!? 塔のバリスタからか!?」


「ちっ、壁だ! すぐに向かうぞ! 敵を捕えろ!」


 それぞれもう一発ほど撃たれ、投石器が再び破壊される。


「ん? 壁の上には誰もいないぞ? 逃げられた!? なんかの仕掛けか?」


「仕方ない。港へ向かうぞ」


「誰もいねえな」


「むぐぐ……船が一隻もねえ。全部持っていかれちまっている」


「造船所はあるが、今から作るのか?」


「アテネから持ってきた方が早そうだな。どちらにせよ急ぐぞ」


「ああ。冬までに間に合えばいいが」


 その後アテネの船団が壊滅したことを知り、ようやく船が出来上がった頃には、冬が迫っていた。

 お読みいただきありがとうございます。

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