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百六十五 読合 〜少女×鍾会=??〜

 ボクはアンティオキアへの奇襲に成功した。政庁の執務室には、慌ててひざまずくおじさん達。そして彼らは、その執務机の方をみている。


 そこにあったのは、おそらくこのアンティオキアを実質的に守っている若き女傑ゼノビア、そしてその軍師の役割をしている鄧艾がおいた手紙。


 漢にあったものとほとんど変わらない上質な紙に、細かい筆跡で書かれた手紙。やっぱり姜維、鄧艾、費禕って人たちはこの東ローマっていう場所を大きく変えちゃったみたいだ。


 そしてボクは読み始めた瞬間、その思考が止まった。


『もしこれを読んでいるとしたら、あなたは傑出した才をお持ちなのでしょう。本来なら万全の体制をそろえるはずが、あなたの用兵があまりにも見事で、最低限の対応しか出来なかったと言うことですから』


 まさか、この奇襲が読まれていた? 最低限の対応ってどういうこと?


『本来なら、数日ほどこのアンティオキアで守りをかためたのち、出来るだけ多くの人をアレクサンドリアやニコメディアに逃し、アンティオキアをもぬけの殻とする予定でした』


 読まれていた、というよりも、ボク達の圧力に押されて限界が近づいていた、ということかな?


『なぜなら、曹仁という堅実な戦法をとる将の中に、緻密でありながらその枠にとらわれない、そんな人物の影があったから』


 ボクのことか? くっ、出来るだけバレないようにしていたんだけどな。流石に鄧艾とかゼノビアとかには通用しなかったのか。


『あたしは鄧艾の「急いで逃げろ」という言葉を受け入れて、抵抗できない民や、そちらの陣営に渡ったらまずい技術者たちを優先して逃した。あと一月あったら、この一帯を空っぽにするのも間に合ったんですけどね』


 つまり、鄧艾の先読みが、一月分間に合わなかったってことか。ボクが急いだのが正解だったってことだね。


『だけど、こっちも目的の半分は達成した。どうしても逃したい人は逃がせたし、もしあなたがこちらの見立ての通りなら、これで大丈夫なはずですから』


 大丈夫……つまり、逃げ損ねた市民達に危害を加えることが、なにをもたらすかを想像できる、って意味かな?


『このまま戦いを続けたら、いずれこのパルミラ、アルメニアの地は荒廃する。それに、西ローマがまともに味方してくれることを期待できない以上、あなた達の軍を追い返す力は望めない』


 この鄧艾ってやつとゼノビアってやつは、突飛なことをするようで、実際にはとんでもなく現実的な考えで動くんだよね。それに、どうやったら民への犠牲が減らせるかを常に考えている。


『だからあたし達は、ひとつの賭けに出ました。曹仁の近くにいながら、曹仁とも司馬仲達とも違う感覚を持つ、若き異才が、戦術と同じように為政の才もあるかどうか』


 ん? 為政の才?


『しばらくこのパルミラの地を預けます。大きな戦乱がなければ十分に繁栄を保てる地。そこそこの才があれば、この地を荒らすことなど考えにくいでしょう』


 むむむ。


『ただ、お気をつけください。この地の発展、繁栄の未来に対して、アンティオキアは決して永遠ではありません。しばらく街を歩けば、それは十分に理解できるでしょう』


 永遠、では、ない……


『東ローマ帝国傘下、パルミラ公国公主、ゼノビアが託す。東方より至りし若き俊才よ、この地を見、この地に学び、あるべき世界を見極めるべし』



 手紙はここで終わっている。どうやら、半分というより、大半が奴らの読み通りだった、ってことみたいだ。誤算だったのは、攻撃開始からほとんど瞬時に攻め落としちゃったことくらいか。


 そして周りを見ると、ボクがガキであることを訝しんだり、舐めた顔をしている奴はいないように見える。ボクはひと呼吸すると、すっかり慣れてしまったラテン語で、彼らに話しかける。


「んっと、このアンティオキアの町を治めている人と、パルミラ公国全体に顔がきく人っている?」


「私がアンティオキアの執政官、オダエナトゥスです。軍才には乏しく、最近の時代の流れにもいささかついて行きかねるので、居残り組として指名されました」


「俺はパルミラの町の領主、ザッバイだ。ちなみにゼノビアの父親だが、妙なことを考えるなよ。あいつはいざとなったら、パルミラの民のためにこの父を手駒にすることに躊躇はねぇからな」


「なんだ、逃したって書いてあったのに、主要な人達がしっかり残っているんじゃないか。まあいいや。もっと優先の人がいたってことだね。そしたらおじさん達、この町の人達と、この地域の人達を安心させてくれるかな? パルミラ公国は、帝国晋の傘下に入る。抵抗する人は勝手にしてもらって構わないけど、言うことを聞いてくれたらちゃんと守るってね」


「承知いたしました。こちらが執政官の印で」


「あ、自分で持ってて。ボクまだこんな歳だからそういうの慣れてないんだよ。細かいことは任せた」


「はあ……」


「それじゃあ、ちょっと街を見て来るね。あんた達も、おふれが終わったら適当に帰っていいから」


「おい、危な……くはないんだろうな。姜維やトトガイウスと大差ねえ力を感じるぜ」


 最後はよく聞こえなかったけど、まさかゼノビアが父ちゃんを置いてくとは。とんでもない度胸だけど、でもよく考えたら、今のこの国の周りに、絶対に安全な場所なんてどこにもないんだよね。


 

 あんまり警戒されないように、ボクは若い護衛をちょっとだけ連れて、街を見て回る。


「うーん、やっぱり馬で回るにはちょっと道が狭過ぎるよね。それに、難攻不落っていうけど、あの山を越えるのは、やっぱりそんなに難しくないよ」


「ねえ坊や、さっきあの山を越えてシヴァの国が攻めてきたって、知ってる?」


「うん、知ってるよ? おばちゃんは大丈夫だった?」


「ええ。すぐにこっちの兵が避難させてくれたからね。それに、若い子や、幼い子供のいるうちは、先に避難しただろ? あんたぐらいの坊やは、間に合わなかったのかな」


 そうか。若い女性や、幼い子から先に、ね。流石だねゼノビア。


「うーん、よくわかんないや」


「そうかい。確かに慌ただしかったから、大人でもよくわかっていないんだよ」


「そっか。じゃあ待っているしかないね」


 とりあえずこっちの兵達は乱暴なことはしていないようだね。とりあえず安心だよ。


「ねえ、やっぱりこの街ってちょっと狭いよね? すぐ迷子になっちゃうんだよ。いまは一人じゃないから大丈夫だけどさ。一人で出歩こうとすると怒られるんだよ」


「そうだね。どんどん人が増えているんだけど、川と山に挟まれているからね。それに壁の外に建物を建てるのは、危ないからって禁止されているんだよ」


「そっかあ。なんか広場っぽいところにも建物が立っていたりしたよね。遊ぶところもあんまりないんだよ」


「あはは、そうかもね。だけど山とか川は危ないからね。近づいちゃだめだよ」


 アンティオキア。この辺りではローマの次に大きな町。だけど確かに、これ以上の発展が難しいのかも知れない。そしてボクは、もう一つ気になることを聞いてみた。



「ねえねえおばちゃん。なんでこの街は、色んなところに壊れかけたうちがあるのかな? 戦争はしばらくなかったよね? あっちのうちなんか、あんな硬そうなのにヒビが入っているんだよ」


「ああ、坊やの年だとあんまり知らないかな。地震ってわかるかい?」


「地震? 聞いたことはあるよ。確かこの辺りで昔、大きな……ねぇ、地震って何回もあるのかな?」


 そう言っていると、なんかちょっと地面が揺れているのを感じる。だけどおばちゃんはけろっとしている。


「あれ? 今揺れたよね? 大丈夫なの?」


「ああ、坊やは他所から来たのかな? これくらいの小さい地震はよくあるんだよ。でもこういう小さいのでも、油断したらいけないんだ。とくに海の近くでは、この後に大きな波が来るっていう伝説もあるのさ」


「なるほど……『アンティオキアは永遠ではない』か。確かにね」


「??」


「ありがとうおばちゃん。この辺に、ご飯食べるところってある? お腹すいちゃった」


「なんだい。お家に帰らなくていいのかい? それなら酒場があそこにあるよ。あそこならあんまり危なくないはずだね。港から上がって来る魚料理が美味しいはずさ」


「魚!? うん! ありがとう!」


 海こ魚は食べたことないぞ。川の魚はあったけど、泥臭くてあんまり好きじゃなかったな。



「いらっしゃい! ああ、坊やはお酒じゃないよな」


「うん! お魚料理をおねがい! こっちの人たちも同じやつで!」


「あいよ!」


 座ってしばらく待っていると、魚を焼いてた料理が出てきた。


「いただきます!」


 ボクがそのまま口にしようとすると、突然横から、お皿をかっさらう人が。


「なにするんだよ!」


「だめだめ坊や。こういう魚料理はね、骨がたくさんついているんだ。そのまま食べたら喉に刺さって怪我しちゃうよ」


「うう、どうしよう」


「大丈夫。お姉さんが取ってあげるから。取り方をちゃんとみておきなさい」


「う、うん、ありがとう」


 するとお姉さんが、器用に骨をとって、渡してくれた。



「どう? 美味しい?」


「うん! 川の魚と違って臭くないね! おいしい!」


「そうだね。川の魚は私もあんまり好きじゃないよ」


「えへへ。肉も好きだけど、海の魚もおいしいね」


「肉かあ。鶏肉も牛も美味しいからね」


「豚は食べないのかな?」


「豚はあんまり食べないよ。お腹壊しちゃう人が多いんだ」


「そっか。豚はちゃんと火を通さないと危ないからね。死んじゃった豚なんて食べないで焼かないと、ほんとに危ないんだって」


「へえ。そうなんだ。よく知っているね。坊やはこの辺りの子じゃないんだね」


「うん、東からきたんだよ。この町にはそういう人もいっぱいいそうだけど、そうでもないのかな?」


「そうだね。たくさんいるけど、最近はここを通らないでアレクサンドリアに行っちゃう人もいるのかもね」


 なんかこのお姉さん、やたら物知りだな。



「うーん、この町、ローマとペルシャが戦っていたから、かえってこんなに大きくなったのかな」


「ふふっ、坊やは色んなことを知っているんだね。あっ! そろそろパパのところに行かないと。それじゃあまた会おうね! 物知りの坊や!」


「あっ! お名前……まあいいか」


 まったくどういうことだよ。逃げる優先順位、絶対おかしいだろ。


 さて、明日からお仕事だね。早速だけど、あの手紙には、「アンティオキアを繁栄させろ」とは書いてなかったからね。これでも大丈夫なはずだよ。



――


「まさか、あたしより年下とは思わなかったよ」


「くくっ、はるか東の国の、幼い天才か。まあどこの国でも、とんでもねえ奴はいるもんだな」


「漢の国か。いつか行ってみたいね」


「そこまではついて行く気にゃなれねえな。まあ誰かに連れてってもらえるだろうが」


「おっと、あいつが戻ってきた。それじゃああたしはこの辺で!」


「おう。気をつけろよ。お前の名前は出さねえようにって言ってあるけど、いつばれるか分からねえからな」


 あの顔は、もしかしたらもうバレているかもね。色んな意味で、とんでもないガキだよ。


 そうして、パパや執政官達に、ダマスカス、ベイルートという名前を聞き出している若き天才の姿を隠れて眺めつつ、あたしは政庁を後にした。

 お読みいただきありがとうございます。

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