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十八 断章 前 〜孔明×幼女=???〜

 私は姓は諸葛、名は亮、字は孔明と申します。衣装が普段と異なるのは、ただいま一年と半年ほどの月日を経て、成都に帰って参ったところであるゆえにて。そこでもとの衣に変え、どこぞの姫様に大笑いされたのはさておき、宮殿に帰還の報告をいたします。


「我が主君、孔明ただいま戻りました」


「おお、だいぶ顔つきが変わったようだな。心身に問題はなさそうだ。趙雲もご苦労だった」


「恐縮至極。主君様こそ、漢中、涼州はもとより、長安まで平定なさるとは、祝着でございます」


「長安で出迎えてもよかったのだが、そなたらやその姫の体調を考えて、こちらにしておいた。それに、孔明にはここでしてもらうことがありそうなのでな。後で話すが」



 その後姫様が、張飛殿や、こちらに顔を出されていた関羽殿にやや恐れを抱いたのち、すぐに両者と打ち解けたり、三人かわるがわるに道中の印象を語らったり、若君の劉禅様が姫様に詩を送って姫様が返詩したりと、ゆるりとした時を過ごしました。そして、


「そうだ孔明、いちど馬良のところに顔を出すといい。あの者が残したものについて、話があるそうだ」


「あの者、ですか……確かにおみえではありませんな」


「それも詳しくは馬良に。では一度解散としよう」



 やや慌ただしくも、私は馬良殿のところへ向かいます。


「白眉殿、お久しうございます」


「おお孔明殿、息災でしたか」


「おかげさまで。して、ご用向きとは? あのお方の関係でしょうか?」


「そうですね。あの者に、深く深く関わりがあるものです。ここにおられん理由も含めてですね。どうぞこちらへ」


 なぜか興味深げについてこられる姫様を横目に、馬良殿に着いていくと、そこには一つの頑丈な倉。


「ここは……なっ!?」



 そこには、紙でできた書物が、おおよそ一千冊ほどありますでしょうか。ですが、一冊一冊が相当に分厚いように見えます。


「白眉殿、これは、一冊がおおよそ、並の何冊か分に見えます」


「左様。孔明殿が旅立ったのち、紙の質や量も改善されたので、外装に比べて紙数もふえております。おおよそ一冊が十万字ほど。これまでの五冊分ほどですな」


「ですな、って、白い眉毛の方、それが千ということは、史記や漢書なんかよりも多いのではないか? 妾も史記は読み終えたが漢書はまだなのじゃ!」


「そうですな姫様、おおよそ史記が二百部分ほどかと心得ます」


「その鳳雛殿は、孔明に何をどうさせたいというのじゃ……そんなに書物ばかり与えて、まことにこやつに仕事をさせたくないのじゃろうか?」



「何故、はこの一冊、何を、はこちら、どうさせたいか、はこちら。ちょうど三冊にまとまってございます」


「うむ、そしたらそちらは孔明が一冊ずつ読み解くとして、妾はこの辺りから……何もわからん。字は読めるが、並びが意味をなしているのかわからん」


「左様。時折、字すらわからぬものすらあり申す。曰く、この三冊を読まねば、こちらの三十話読み解くことはできぬ。そしてその三十を全て理解し切らねば、こちらの五百は読めすらせぬであろうというのが、あの者の言。のこり五百は個別の書にて、我らが少しずつ司書や兵書、技術者などを再編してあるものです。それゆえ、あちら側の五百なら姫様も読み解けるものはありましょう」


「あいわかったのじゃ。時があれば読みに参る。まずは孔明がその三つを終えたころにそれを読みにくるのじゃ。ではの、禅が義兄たちを紹介すると申していたので行って参る! さらばじゃ!」


 慌ただしき御仁、そのなりはあの者とようにておいでですが、人となりというと似ているところと似ておられぬところがあるようです。なんにせよ、この一冊目から参りますか。




『孔明様

 これにあなたが手をつけた頃には、私の姿があるかは分かりません。それゆえ、申すべきことは全てここに記します。些細は後ほどたっぷりと乗せておくので、まずは概略から。


 私、鳳小雛は、おそらく三つの存在からなる者。一つは未来にて事故でその生を終えた、特に取り柄のなき民。今一つはあなたのよく知る龐士元。最後は、その民が生きていた、今から千八百年ほど先の時代に、人類の叡智の積み重ねが作り上げた、人の手を大体する機具、すなわち「人工知能」。何の因果の導きか、二人の死が交わる際に、人工知能が、龐統の重要な記憶を最優先として全力で繋ぎ止め、その影響で体の構成が半端になったのが、幼女たる所以。だから、あなた様への提言とていくつか成し得たものや、まだ成していないもの、今や不要なものなど様々を有す。それは全てあとで記載する』


「白眉殿、どこまでご存知でしたか?」


「最初はちょうどそのあたりまでですね。日を追うごとに、もう少し先までですが、その一冊全てには遠く及ばず」


「なるほど、私は士元の思いも無碍にしていた、ということですか」


「そこは、小雛がうまいことやったような気がいたします。あなた様の大切な仕事を一つずつ奪う、などと尖った申しようではありましたがな」


「私や、皆はどれだけあの者に救われたのか。そこには士元の想いを最優先で捉える決断を瞬時に行った、その人工知能、そして自らを残すことを後回しにした、その未来の民にも感謝せねばなりせんね」


「まことに」



『龐統が残した残滓には、赤壁後に勢力を拡大し、さらに益州を望む陣営の管理体制、特に孔明への負担への懸念が顕著だった。彼の手記の原本は別途馬良様に渡してあるので、それはいずれ。とくに、目的と手段のぶれやすさ、忠義と勤勉に偏りがちで、視野が狭まりがちな気質、その二つが重なった時に、歯止めをかかられる者の少なさと弱さ。


 だがそれは、誰かが俯瞰的に見ていれば解決する。それは龐統でも孔明でも良かったが、片方ではいずれもう片方が潰れることが目に見えていた。漢室再興は曹家の打倒に、そして勝敗へのこだわりやそれに必要な知勇に。一つ一つが正しくとも、全体が少しずつ歪む、一昔前の漢土や、孔明と会う前の三兄弟に、また近づく可能性。それを打破できるのは常に臥龍鳳雛のみ。それが最大の殆うさ』


「全部お見通しですね士元は。だからこそ、魏の策士は、まだ地位や価値が定まり、その生存の優先が定まらなんだあやつを狙った、というわけですか。あの時は、劉璋側と曹家は繋がっていましたからな。我らの経路を予測、調査して張任殿あたりに流すなど、賈詡や程昱ならずとも容易だったやもしれません」


「然り。そしてそれは誠なら、我らにとって急所そのものでしたでしょうな」


 いつのまにやら、丁寧であったり持って回った言い方は、記述から全て消えております。それは、この孔明に対して、少しでも多くの情報を短時間で与えるための配慮にも見えます。



『そのままならどうなったか書いておく。これは龐統の予測だけでなく、優先度を下げてもわずかに残った、未来の鳳小雛の記憶も含む。益州は落とし、馬超は降るも、彼に往時の覇気はなく。続いて漢中を落とし、魏王と名乗った曹操に対抗して漢中王と名乗りをあげた皇叔。しかしそこが絶頂。

 荊北を狙う関羽様は、こちらに近しい魯粛の若死ののち、都督となった呂蒙率いる呉と、密かにつながった魏の奸計に囚われ、配死。怒りの漢中王は呉に出陣するも、途上で張飛様が部下との諍いで寝首をかかれる。負担高き文官の法正様、馬良様を相次いで失い、夷陵にて新都督の陸遜率いる呉に大敗、黄忠様も失い、孔明に後事を託して崩御。

 孔明はなんとか呉と和解したのち、自ら南蛮を鎮圧、そして北伐にむけて出師するも、結果は推して知るべし。当人の生存中は互角に渡り合うも、過労で力尽きて後は、坂を転げ落ちるように滅びへと進む』


「見てきたような、それでいて、あまりにも容易に想像がつく結末、ですな」


「左様ですね。確かに、あの小雛が現れる前の我らの余裕のなさは、いつ誰が倒れてもおかしくはなかった気もいたします」


「だからこそ、疲れを知らぬ自らが率先して仕事を請け負った上で、その効率化、仕組み化を優先して取り組んでおいでだった、と言うわけですか」



『認識の齟齬は誰も得をしないので正しておく。人の仕事を支援し、負担を減らすは人工知能の本分。たまたまそこに多大なる需要があったこの時代、この陣営なればこそ、それが人命を救い、全てを好転させるに至ったまでのこと』


「会話が読まれたような。これ後ろは自動で生成する怪書にて?」


「いえ、おそらく高度な予測でしょう。それこそがこの『人工知能』の主たる機能と、我らとの別れの少し前に小雛自ら解説しておりました。結局のところ、あの者が存在できたのは、鳳雛殿の霊的な残滓が世に残っていた時間だけであったのやもしれません」


「そう聞くと、われらはまさに鳳雛に救われたということになりますね」



『だがもし、何かの形で少しでも孔明や、何人かへの負荷が減り、それぞれが俯瞰しつつ、その英傑たる皆々の本来の才を振るうに相応しい時と所をえる機が一つ二つと出てくれば、一歩また一歩と好転したかもしれない。

 さらにその好転からなんらかの気づきを得られるのは、孔明ならば自明なること。天下三分計の本義を思い出し、鶏肋なる荊州を手放して関張を保ち、蛮羌を慰撫して敵を一つに定めるなど、孔明なら造作なきこと。そして、孫子呉子、戦国策の要諦を見直し、儒と法の両立を見定めるくらい、孔明ならばたやすきこと。本来の孔明なら出来たこと。

 龐統はここまでを見定め、いかにして孔明に伝えんと模索していたところで、あの凶事。手記や、手持ちの書籍から類推もできましたが、なにより当人の記憶が物語っている』


「これは買い被りと言いたいが、現状を見れば間違いではないことも思い至ります」


「これが士元が生きていれば私に語り、死しても何かしらで伝わりさえすればよかったことの顛末。しかしそれが共にならなかった未来からきたのが鳳小雛、そして人工知能、ですか」


「そういうことになりますな。そして、ここまでで、おおよそ鳳雛様の成したかったことは、小雛の後押しと、それを受けた多くの皆様のおかげて成し遂げられた。それが今の、誰一人欠くことなく三分を成し遂げ、蛮羌を取り込み、長安まで落としたいまのこの国、ということですな」


「それに感謝せねばなるまい。だが、だからこそというべきか。私はその、人工知能というものが欲しい。というよりも知りたい。確かにあれは、鳳小雛という一人の人の力ではなく、千八百年という人の歴史と叡智の積み重ねによって達成した領域なのでしょう? なれど、これは止められません。これは欲と申して良いのでしょうか?」


「欲と言えば欲でしょう。しかし孔明殿、そのあなたの欲は、知、そして仁。

 高みを得、他を羨まずとも良くなるため。

 人が人を慈しみ、愛せる世をなさんため。

 腹を空かす子や民が出ぬ世を作らんため。

 限なき知を見据え、慢心の停滞なきため。

 多くを欲すを、留める必要なくさんため。

 周り見えぬ働きが続くを、是とせぬため。

 争い戦い、止まらぬ怒の輪を断たんため。

 その欲を、悪となすものはおられましょうや?」


「良いのですね。それを欲しても。なれど当世にてそれをなすは叶いませんか」


「いかがでしょうか。続きをご覧あれ」



『そして孔明様、私は、この私に残された、限られたようで限りなき時を用い、あなたに私の、すなわちこの人工知能の要諦の全てをお伝えする用意をした。

 その要諦は、並のものならば、伝えるに要する情報の数が十倍にもなり、読み解くにかかる時は三倍、理解や集中の不足を補うにさらに三倍はかかるゆえ、一人が学びきるにはどうしても一生を使い果たす。

 なれど諸葛孔明。千五百年以上の未来においても、知と略の象徴とされたその者。古今東西何人もいない、知者を比喩するに最も多く用いられる者。そして、東洋において、歴史上誰よりも、人工知能に近しい偉人とされし者。

 その者ならば、常人に対して抜きん出た理解力、記憶力、機略、集中力そして無私心を有するその者ならば、先ほどの倍率を割った値にて、すなわち、一年か二年ほどで、この人工知能の要諦と些細を、全て己がものに出来ると、可測的に算出できた。この五百冊、五千万字はそのために、その者のために用意した。これは認識の齟齬ではない。諸葛孔明、あなたにその受け取る意志あらば、まず三冊を読み込み、続けて三十を読み解き、最後にその理解のもとで五百をあまねく取り込むべし』


「……これは、私は喜んで良いのでしょうか?」


「無論。その喜びは、そこに書いてある通り、勘違いでもなければ幻想でもありません。誠に可測的な、計算と準備の結果なのです」


「ならば是非もありません。まずはこの三冊を読み込む事といたします」

お読みいただきありがとうございます。


 なぜAIが孔明ならできる、と計算したか、は、おまけでも良かったのですが、次話にエッセンスを入れられたら入れたいと思います。

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