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百五十八 浮上 〜水神×(孔明+月英)=??〜

 我が名はトラロック。長安で怪人たちに囲まれた会話の後、陸遜は国に戻り、我らは孔明、張飛と、なぜかついてくる孫尚香という一団で、北東へと向かう。


 どうやらそこは、匈奴との戦いの時に作った仮の拠点だという。だがそこに辿り着く前の道中、我の目に映ったものこそ、孔明たちが我に見せたかったものなのだろう。


「ピ、ピラミッド、だと!? この国は、城壁や長城以外はほとんど木造だと聞いているが。それに、あまりにも俺たちの国のにそっくりだ」


「当然じゃろうな。このピラミッドは、陸遜たちがそなたらの元から持ってきた建て方、使い方を丸ごと似せてつくったのじゃからな」


「この短期間で、か? いや、確かにこの規模なら、資材さえ揃えれば一年もかからねえだろうが、こんな草原に建てようとしたら、石を切り出して運ぶだけで大分手間だろう? それにそもそも、何らかの意図を持たない限り、こんなところに建てねえよな? 別にここは街の中心でも、祭祀に適した地でもねえだろ?」


「孔明や、これらを建てることを決めたのはいつじゃったかの?」


「あれは、陸遜殿たちの主船団が帰国し、その足でこちらの地まで足を運んでくれた時。確かきていただいた翌日には、その方を見出してございましたな」


「早すぎると思うかも知れんの。じゃが、陸遜達は帰ってきた時点ですでに、完全に整った形で書物を書き上げておったのじゃ。そなたらとの出会い、彼の地の出来事、こちらにはないあちらの技術、それらをどう未来に活かすかと言った議論、その全てをの」


「なるほど……これも、紙や文字、言葉の力ってことなのか。ということは、このピラミッドの役割も、俺たちと同じ部分と違う部分があるのか?」


「はい。季節を知り、見る者に適切な時を与える。高くそびえ立ち、遠くの者にその位置を知らしめる。知恵を地下に隠し、適正な手順を知る者にそれを与える。それらはおおよそ共通です。ですがそれが、定住する者らよりも、より長い季節をまたいで広範囲に動く者のために使うというのが、違いと言えるでしょう」



「ん? もしや、遊牧ってのは、人が完全には行き先や進む早さを決められないってことか? 確かに広大な土地のなかで、エサがあるところに羊や馬と共に生きるって言うのはそう言うことなのか」


「はい。ある程度は決められましょうが、完全には。なればこそ、このピラミッドの存在が、『大体これくらい』という指針をもたらすことになるのです」


「呂蒙の飯といい、二つの世界を融合させるってのが、こんなにすげえことなんだな」


 そんな感想をこぼすと、張飛も口を挟んでくる。ある意味で最強の護衛と言えようが、それだけではないのは長安にいた時からわかっていた。


「トラロック、お前らに言われるのもなんかくすぐってぇな。新天地でいきなり、空に浮くやり方を考え、そこにこっち側の紙だの布だのを最大限に使い始めたのは、お前たちなんじゃねぇのか?」


「まあそうかもな。確かに空をめざしたのはテスカトリポカで、紙や布のかたまりを火にくべて浮かせ始めたのはショチトルだ。そうか。どちらの世界でも、いろんなことが始まっているんだな」



 そんな話をしながら数日。我らはあまり大きくはないが、広い草原の中では大いに目立つ城塞にたどり着く。そのすぐ外にはピラミッドがある、が……


「な、なあ孔明、あのピラミッドの上にあるやつって……」


「ああ、さすが視力も目のつけどころも良きお方です。そう。あなた方が向こうで生み出した『気球』とでも言いましょうか。その空に浮く機器は、我らも並行して進めてみておりました」


「なるほど、あの高さなら、世界の丸さを考えないで、互いの距離の限界までやり取りやら偵察やらができる、ってことか。気球? は、縄かなんかで繋いでいるってことか?」


「はい。この辺りは風も強く、ふとした拍子にどこかへいってしまわないように。今は主に見張りとしての役割を担っていますが、ゆくゆくは簡単な通信を行う方向で進めています」


「へへっ、その辺りはテスカトリポカに近いな。だが、ピラミッドの上に固定するってのは、確かにそれはそれで面白いかも知れねえ」


「はい。これによって、一部の地域では、偵察や簡単な通信のやり取りが格段に改善されるでしょう」


「もう人が乗っているってことか?」


「はい。あれだと二人乗り程度ですね。見張りと通信、と言うのを交代でしてもらっています」


「妾も初めて見せてもらった時は、たいそう心が躍ったのじゃ。じゃがその後の孔明たちの悩みを聞いた時には、こいつらの前へ進む欲望の深さに、少しばかり戦慄が走ったのじゃ。まあ悪い戦慄ではなかったがの」


「悪い戦慄ではない、か。そういえば悩みって言っていたな」


「おそらくこの時間なら我が妻は、場内ではなくあちらのピラミッドの近くにいるでしょう」


「なるほど」



 そちらに向かうと、上から何かが飛んできた。そして、


「痛っ」


 孔明のあの大きな頭巾にあたった。絶対痛くない。


「ん? なんか飛んできたのか? 気球、からか?」


「んー、何でしょう? 紙を少し整形したもの、ですか」


「ん? なんか書いてねえか?」


「あっ、書いてますね。空中にいるので、しばしお待ちください。月英」


「あの高さから正確にあてて……いや、間違いなく偶然じゃろうな」


 だろうな。狙って当てられるのなら、射手にでも駆り出されるに違いない。


「仕方ありませんね。しばしお待ちを」


 すると、ピラミッドの上では、綱を巻き上げるような機構が動いている。ある程度降りてきたところで、ピラミッドの上ではなく、少しそれて下まで降りてくるようだ。


「わざわざ足場の悪いピラミッド上から離着陸する必要はありませんからね」



 すると、孔明や孫尚香、我らと同じくらいの歳の女性が、こちらに駆け寄ってくる。


「孔明様、ご無礼を。手紙を空から投げつけるなどしてしまい」


「ああ、私は良いのですが、太后様やトラロック殿に当たったらどうするのです」


「ん? 問題ないぞ? 妾なら孔明より動けるからおそらく受け止めたわい」


「俺もそうかもな」


「……」


「申し遅れましたトラロック様。私はこの孔明の妻で、この国では好き勝手に物を作らせて頂いています、黄月英と申します」


「トラロックだ。気球もここまで作り上げるとは、さすがこの国の匠の神」


「匠の神……そういえば、あなた方の国では、優れたことをなした方はすべからく神と呼ばれるのでしたか」


「ああ。そうだな。この国には何百いるかわからねえが」


「ふふふ」



「それで、悩みとは……もしや、先ほど投げてきた紙と関係あるのか?」


「孔明様、やはりこのお方は、一国を開き、統べるにふさわしき聡明さをお持ちなのですね」


「その通りです。やはり難しいのですか? 月英の力でも」


「はい。左慈様、木鹿殿も、あまりそう言う方向で考えたことはなさそうでした。小雛様も、『私の記憶には、確かに空を飛ぶ、と言うのはあったように思います。しかし、言葉には詳しい私でも、そちらの分野はなかなか理解が難しく』とのこと」


「小雛殿は、何を思ったか、アイラ殿、テッラ殿、蔡琰殿らが向かわれた敦煌に、ひっそりついて行っておいででしたね」


「んー、つまり、うまく飛ばせない、ってことか? やっぱり『浮いた』ら、こんどは『飛ばしたく』なっちまうよな。たしか俺たちも出がけにテスカトリポカのところに行ったら、似たようなことを言っていた気がするぜ」


「はい。紙の形を色々変えて飛ばすと、すごく遠くに早く飛んでいくものと、すぐ落ちてしまうもの。くるくる回って落ちるものと、あまりにもさまざまでして。風の気まぐれ、なのか、うまく捉えきれていないのか」


 そこまで聞くと、我は何か引っ掛かりを感じた。これまでの道中で、何か似たようなことがなかったか。


 遠くへ行ったり、すぐ落ちたり。


 風任せ。


 風を捉える。


 あっ……



「なあ孔明、月英。お前たち、逆風を切り裂いて走る船のことは、知っているよな?」


「はい。無論です。確かその原型は、ペルシャ近辺の交易船で、手漕ぎと併用で使っていた帆、でしたか」


「ちょっと孔明、さっきの紙借りれるか?」


「はい」


 そうすると、孔明にもらった紙を、三角の形で二つに折る。


「逆風を進む船、と言うが、実際には、ほぼ真横から風が来た時に一番進むんだ。こうやって風があたると、ふわりと船が浮くように、そして横に流されるように動こうとする」


「確かそれに対して、船体の形を使って、横に流されぬようにする事で、前に進むのでしたか」


「それをだ。さっきの紙にして考えてみると、紙は落ちそうになるが、うまく形を整えた上で、それなりの速さで進んでいれば……」


「おお、逆風を進む船を、横から見たような形になりましたね」


「そう。だとすると、似たようなことができねえか?」


「月英、どうですか?」


「はい。トラロック様。これなら間違いなくできそうです。詳しい計算は、左慈様達と進めてみます。うまくいけば、馬が駆けるよりも早く進むかもしれません」


「馬よりも、ですか……分かりました。これはおそらく、司馬懿の目論見を大きく見出し、新しい世界の繋がりを作る、大きな切り札になるでしょう」


「そうか。馬よりも速いんならそうだろうな。ピラミッドと気球と合わせて、うまく情報の行き来を整えるつもりなんだろ孔明?」


「はい。それぞれの技法は月英や技師の皆様にお願いします。私は、それが出来た時に、この大陸の各地をどのようにすれば最良か。馬良殿や法正殿らとともに、そのからくりを組み上げたいと思います」


「ふふっ、そういえば孔明は昔、なんでも自分でやりたがる重病にかかっていたって聞いたな。それもすっかり良くなっているんだな」

 

「ふふっ、まだまだ完治には程遠いですよ。ただ、今の状況は、このお方の才が最大限に生きる塩梅、なのでしょうね」


「かかっ、月英よ、やはり妻というのは強いの」


「尚香様は、また別の強さをお持ちですけれどね」


「トラロック殿。しばしの間、我らとの話にお付き合い願ったのちに、それらの全てをあなた方の大陸にお持ち帰りいただくのがよろしいでしょう」


「ああ、間違いねえ。こっちの世界の方が急ぎなんだろうが、間違いなくこのやり方は、あっちの新天地にこそ生きるやり方だからな。しばらく付き合うぜ。よろしくな孔明、月英」


「「よろしくお願い致します」」

 お読みいただきありがとうございます。

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