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百五十七 推論 〜水神×孔明=??〜

 あたしはククル。毎日この夜明けの時間だけ、同じ星を共有する時間。その星の様子を見ていると、なんとなくだけど遠くの大陸の様子もうかがえる。


 トラロックは、夜更けの時間から姿を消した。そう思っていたら、数日のうちに、夜明けの時間に現れ始めた。そして、彼とは別に、私たちを救った英雄達の行く末も、日課のように見ていた毎日。


 ついに、その二人の星が重なる。そして、その星は、その地の巨星達と出会ったみたいだ。


「ククルや、あやつは何をしているんじゃ?」


「おはようショチトル。多分、彼らの国にたどり着いたんだよ。なんかちょっと急いでいたみたいだね。そして、無事陸遜と再開できたんじゃないかな」


「なるほど、そなたは陸遜達の様子も伺っておったからの。何やら楽しそうじゃ」


「でも今は、ちょっと大きすぎる星々にまぎれて、よくわからなくなっているんだよね」


「大きな星か。孔明とやらかの?」


「そうかもね。たぶんトラロックは、向こうの世界の状況をみて、ちょっと急ぎ気味に陸遜とか孔明に会いに行ったんじゃないかな?」


「ほう。相変わらず、神とされたほどのお人よしじゃな。向こうの世界の方が遥かに広いところに人が住んでいるんじゃろ? そうすると、彼らの問題は、あやつが解決するには大きすぎるはずじゃが」


「トラロックは、少し手助けするだけなんじゃないかな? それでもその意味が小さくない、って思うから、動いているんだと思うよ」


「なるほどのう。そうしたらククルよ。そなたのその星読み、望遠鏡とやらを使ったら、もう少しよく見えるようにならんか?」


「……試したことなかったね。やってみるよ。でももう朝だから、明日までお預けかな」


「何にせよ、そなたのその力、必要とされる時がくるやもしれんの」



――――

 我が名はトラロック。隣にいるのは、馬で共に駆けてきた陸遜。孫尚香は、おそらく正面にいる男の奥方だからか、彼の隣に収まった。


 そして左右をかためる怪物二人と、別の意味の怪物一人。まず、正面の男が、やたらと丁寧にこちらに声をかけてくる。


「ようこそおいで下された。黎明の大陸、その元首の一人である水の神、トラロック殿よ。私はこの漢が三つに分たれたうちの一つ、蜀漢の先帝、劉備と申します」


「トラロックだ。元首、か。そうともいえるし、そうではないともいえそうだな。なんにせよ、我々はあなた達の国の方々にも大いに救われたことに感謝している。関平や兀突骨は息災か?」


「はい。二人や、船団にいた者達は、それぞれがより大きな役割を果たすようになっています。そこの陸遜殿と同じように」


「兀突骨は、南蛮に戻って、陸路を切り開こうとしているんだよ。あ、俺は張飛だ。よろしくな」


「張飛殿。この国で最強の二人のうちの一人。とすると、そちらが関羽殿かな」


「はい。関羽です。すでに往年の力は衰えましたが、私たちが若い時に始まった乱の爪痕は、大きく姿を変えてこの世界に残っていますからね。まだのんびりするわけにはいかないようです」


「長い戦い。それが人の強さを、神域まで育てるのか。だがそれだけじゃない面もあるんだろうからな。この戦い、どうにか終わりにしたいんだろ?」


「諸葛孔明です。トラロック様、あなたはおそらく今の時点で、この世界を最も広く、最も多様な視点で、その目でご覧になった方と言えましょう。私や、あなたの国の星読み殿のように、読むことに注力する者とは、また違う視点をお持ちなのでしょう」


「ククルか。管輅もそうだが、読む者同士、なんらかのつながりがある、ってことか。何にせよ、確かに俺はこの目で見てきたからな。

 ローマの混乱、アレクサンドリアで生まれた、知識と知恵の大きな波。アンティオキアで見てきた、雑多だけど整った文化の交わりと、互いの読み合いで大軍を動かす戦い。

 紅海、インド、呂宋。互いをよく知らない中で、独自に育った生き方と文化。どこをとっても、全てに勝る、全てに劣る人達など、いないように見えた。

 なあ孔明、この世界、『今この時、全部繋げていいんだよな?』」



 諸葛孔明。そしてこの場にいる全員。持っている前提情報も、中身の知恵も、相当に高度なんだってことは、これまでの陸遜や孫尚香を見てきて、そして彼らからこいつらの話を聞いて、だいたいわかっている。だから、冗長な話し方はこの場では不要だろう。


「いいか悪いか、は答えかねます。ですが、最良かそうではないか、という意味なら、最良だと答えましょう」


「のう孔明や? 試すような話ぶりはもういらんぞ? そういうのはとうに陸遜や妾達が見ておる。それに、むしろこの方のほうが気を遣って、諸々かっ飛ばした話をしてくれているではないか」


「太后様、まさしく。ご指摘感謝いたします。左様ですね。ならばそのご厚意に応えねばなりません」


 孫尚香。この強さはどこから来るのか。そもそも陸遜達が船団を率いてやってきたのも、この方の尽力が相当にあったと聞く。


「今この時に、全ての世界の人が繋がる、ということ。そして、それが司馬仲達を主導として成立すること。それ自体が最大の危うさです。トラロック様のご覧になったことを活かす方向とは逆に向かいますゆえ」


「多様性が消えるか。だがそれは、あんたがどうこうして、何か違いが出せるのか?」


「私どもは幸にして、多様なることの価値を知ることが出来ています。それはすでに、呂蒙殿に味わされたのでは?」


「くくっ、違えねえ。多様なものが、混ざったり、その中ですげえものが生まれる、か。確かにな。それに、俺たちの世界では、思いっきり生き方が変わった奴もいるくれえだ」


「陸遜殿たちの報告にもございましたな。夜明けの神王、テスカトリポカといいましたか。広大な新天地で、考え方まで大きく変わったとか」


「ああ。頭ん中まで夜明けたって評判だよ。もしかして、空からどうこうって奴も、もう伝わっているのか?」


「無論。すでに東の海は、重要な情報は最速で伝わるように、『海橋の道』は整っています。陸遜殿の手腕はご存知かと。人を空に浮かべる乗り物。我が妻の月英がたいそう興味をもち、様々な趣向を凝らしたことを致しております」


「そう言えば聞いたな。孔明もすげえが、その奥方を中心とした技術の結集も並外れているって」


「はい。ですが恥ずかしながら最近、いくつか悩みを抱えておりまして。一度その、テスカトリポカ殿をご存知のあなた様には、彼女にもお会いしていただけたら、と思っています」


「そうか、わかった。だがここにいねえって事は、別の場所で何かしているのか?」


「はい。そちらにあなた様をお連れするのは、我らの主目的の一つです。ご足労いただけたら」


「ああ。それは構わねえ。だが、それと同時に、もう少し話を進めておいた方が良さそうって目をしているぜ」


「やはりお見通しですか。左様です。司馬懿のやり方は、人、あるいは組織を、国や世界全体の中の一とみなすやり方。あやつが、国や民のこと、この先の未来のことをどのように考えているのか、それははっきり分かりません。単にこの大陸を席巻できる力と知恵があるからああしているだけなのか、何らかの信念のもとで新たな世界を目指しているのか」


「少しでも大きな国、民が豊かな国を目指すのは、ある程度普通のことではあるさ。その想いが大きくなりすぎることも多々ある。どっちにしろ、そいつが何を考えているかなんて聞けるわけじゃねえし、推測した上でこっちがどうするかを決めるのも、向こうに文句を言われる筋合いはねえだろ」


「そうですね。ならば今、我らが何もしなかった未来。あるいは奴との総合的な戦いに敗れた未来。その先を予測するのは正しき策と言えましょう」



 分からねえことは分からねえ。だったら、ここに集まる


「そうなると、やっぱりそうだな。三つくらい考えておけそうだ。一つはさっきのだな。そいつの狙いが完璧にうまく行ったとき。二つ目は、ある程度達成し、そいつが世界の盟主となったとき。三つ目は、そいつが志半ばで果てたとき」


「なるほど。二つ目も三つ目も、程度の差こそあれ似たような答えに辿り着きましょうか」


「かもな。今日まで馬を飛ばして走っていて、わかったことがある。『あれだけじゃ、この大陸の全てを知り、誰かの考えの全てを知らしめるには足りねえ』」


 そう言うと、孔明は黙ってヒゲの怪物の方を見た。関羽と言ったか。



「私の考えとおおよそ一致します。ですがそこに辿り着くには少し時を要しました。やはりそれはトラロック殿、あなたが馬というものの特性を、客観的な目でご覧になっているのが大きな理由かもしれません」


「そうか。あんたらは、馬っていうのがあまりにも身近なんだな。だからこそ、そいつがいて当たり前になっちまうのか」


「はい。私の結論も、『馬が届かない険しいところは、この大陸中にいくつもある』という程度のものでした。ですが、あなたの答えはそれ以上のものを感じました」


「ああ。船の方が早いところもあるし、砂漠ならラクダの方がいい。森や山を越えるには、どうするかをいちいち考えなければなんねえ。そうだとしたら、シヴァのやり方は、『大陸の端から端まで』ができたとしても、『大陸の全部を』には到底ならねえだろうな」


「まさしく。私の考えだと八割という感覚でしたが、トラロック殿の考えだと、半数以下になりそうです」


「そうだな。そうすると残り半分が、相当に半端な形で取り残されることになるだろうぜ。そしてそのまま時が流れれば、その中の国と外の国の断絶は、世界が小さくバラバラだった方がマシなんじゃねえか、って考えたくなるような、そんなひでぇ差を生むかもしれねえぞ」


「それは例えば、支配される側とする側。教え導こうとする側と反発する側。そんな形でしょうか」


「だな。そしてそれは時に怨嗟を生み出し、そして何かの拍子にその力関係がひっくり返った時にどうなるか。想像したくねぇな」


 ああ。想像したくねえ。それはもしかしたら、我らの世界が遥か未来にそうなっていた可能性であるから、か。もしかしたらククルは、そんな未来が見えていたからこそ、あんなに必死になって、道を切り開こうとしていたのか。世界は、我らは、あんな少女に何て物を背負わせていたのだろうな。



「そして、司馬懿が志半ばで倒れた時、ですか」


「それはもっとまずいかもな。信念や戦略が失われ、ただ『あいつらと戦っていた』事実だけが残る」


「ちっ、やっぱすげえなあんた。世界を反対周りで泳いできた水の神ってのは伊達じゃねえや。孔明、関羽兄貴、俺。三人が時間をかけて思い立った三つの未来像に、少し話をしただけでたどり着いちまった」


 おそらくこの場の誰よりも強い男、張飛。だが強いだけじゃなく、対話を大事にする者だという人柄も何となく伝わってくる。もしかしたらその二つが繋がっているのかも知れないが。


「単に外から見る目を持っているから、だけかも知れねえぞ。いずれにしてもこれは優劣ではないのだろうさ。一つ一つの思考の深さは俺には分からん」


「やはりあなたをお待ちし、こちらまで導くことができたのは、はっきりとした光明と言えましょう。ならばこの先は、少しばかりご足労いただきたい。いざ、二つの世界が交わりし地へ」

 お読みいただきありがとうございます。

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