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十七 生存 〜関羽×OKR=信条?〜

 私は、と、鄧艾と申します。この故郷の荊州の地は、私が誕生した頃から戦乱続き。赤壁の後から曹家、孫家、劉家が入れ替わり立ち替わり相争い、広大で守りに難き地。ほ、本来ならばこの漢の食と文化を下支えしながら大いに発展するはずでしたが、荒れ果てているとまではいかずとも、時に目を背けたくなるような光景もみられます。


 そ、そんな中、曹家の下級役人として勤めていた私が、よせばいいのに里帰りの途中、襄陽の地にて戦火に巻き込まれます。兵や民も、様々な噂を口々に語っております。その中には誠かどうか怪しいものとてありますが、嘘のような誠、誠のような嘘、あまりにも入り乱れており、何が何だかわからぬ様子です。



「さすがの曹仁様も、今度ばかりは厳しいのではないか? 相手はあの関羽様だぞ」


「于禁様、それに、西から新たに呼ばれた龐徳様というお方もいるから問題ないのではないか?」


「張遼様は合肥に釘付け、守りに長けた楽進様、李典様も駆けつけてはこれぬようだ。楽進様が負傷し、生死も定かではないようだ」


「まああちらの方々と、于禁様はあまり仲良くもないからな。助けも来にくいだろう」


 このあたり、か、間諜に聞かれても良いのでしょうかね? まあ向こうも分かっていそうですが。



「これ聞いたか? 夏侯淵様が、漢中に攻め上った劉備軍の、黄忠様という老将に討たれたらしい。弓同士の射ち合いで一撃だとか」


「徐晃様も、部下の王平という方と仲違いし、退却を余儀なくされたとか。陽平関に魏公自ら入ろうとしておいでだが、あまりに勢いがつきすぎて、長安まで引かざるを得ないかもしれんとのことだ」


「賈詡様が後方から手を回し、反乱を促していた蛮族達が、ことごとく懐柔されたとか。あの暴れ者の張飛様が、蛮族全員を迎え撃ったのちに大いに語らい、酒と踊りで全てのわだかまりを吹き飛ばしたって」


「羌も氐も、馬超を盟主としてまとまってしまったからなー。涼州も相手方に落ちるか。だがそれはそれで、彼らと匈奴も接することになるから問題ないのかもしれんぞ」


 じょ、情報が、やたらと早いです。不自然なくらいに。これはあえて、蜀の側が流していませんかね?



「どうやら于禁様が、新参の龐徳様が活躍できぬように、前に出さぬようにしているとか」


「背後から呉軍が荊南を掠め取っているらしい。魏呉は裏で手を携えているから、大事には至らんはずだとよ」


「呉の呂蒙という将は、仮病を使って白衣で川を渡り、まんまと四郡を手にしたとか。関羽様もこれは厳しいのではないか?」


 むむむ……だ、誰の言が真でどれが偽りか、わかったものではありません。しょ、蜀軍の活躍は荒唐無稽なれど、やたらと真に迫っているし……



「大変大変! 于禁様が重傷を負った上に捕まったって! 龐徳様が取り返そうとしたのだけど、名医の華佗様があっちにいるからって、連れて行かれちまったらしいよ!」


「その龐徳様は、粘りに粘ったのだけど、于禁様のことを曹仁様に報告するためにしぶしぶ戻られたとか」


「関羽様がこう言ったらしい『そなたが戻らずここで命を散らせば、奮戦した末に力尽きて捕らわれた于禁の実際の姿を、誰が向こうに伝えるのだ? そうしたら、于禁はただとらわれて生き恥を晒したものとして、後世に汚名を残すのだぞ! そなたの名誉を守るために、于禁の名を汚すか? そんなものが誠の名誉と言えるのか?』だと」


「関羽様、深いな! そして、龐徳様も、一度破れ、引き際を譲られた相手に再度立ち向かうは、武の誉ならず、と、曹仁様に申し入れて、国都に帰還されたとか。名誉のための不名誉って、一体何なんだよ!?」


「仲間の名誉を守るため、不名誉をあえてひっかぶるってことか。于禁様と龐徳様は、仲悪いのではなかったのか?」


 つ、ついに大きく動きましたか……お二人とも離脱となったら、曹仁様も厳しいかもしれません。



 そ、そうこうしていると、政庁から、曹仁様が顔を出されています。な、何かお達しがあるようです。


「皆の者、もはや襄陽は、あの関羽の手に落ちる! 我らは敗れたのだ! これ以上抵抗するのは、荊州の民のためにならずと判断した! 関羽は、我らや将兵が北に引くことを妨げることはないと申している。残りたきものは残り、宛に行きたき者は共に参るぞ! 共にゆくものは、明日までに北門準備せよ!」


 そうですか。や、敗れましたか。これはもしかすると、先ほどの呉の進軍、というのが偽りだったのでしょうか。その辺りの情報の流れなどを含めて、蜀という国や、関羽様などに、少し興味が出てまいりました。ここは一つ、この場に残り、しかとこの先を見定めてみましょう。



――――


 私は関平と申します。関雲長様の養子となってから側を離れることも少なく、一心にお支えしてまいりました。おかげさまで、戦の機微や部下との向き合い方、何よりも、乱れた世においても忘れてはならない誇りと節度といった規範。

 関家の次代は、叔父の張飛様に今頃厳しく鍛えられている関興に任せるとして、私は私でひとかどの将を目指すのみです。


 襄陽攻略を始める前、あの龐統軍師が悲運の死を遂げたのち、入れ替わりで孔明殿を送り届けた、今一人の我らが副将、周倉。この男は以前から、私や養父上があまり得意としなかった目標設定というものを、感覚として捉えるのがうまかったのですが、孔明殿の指示書? を受けて戻ってきてから、その力に大きく磨きがかかっておりました。


「目標と、主要成果、ですか……この考え方で、赤壁や天下三分、日々の鍛錬まで一気通貫で思索し管理できる、と。父上、これは良きものですね」


「ああ。それを周倉に教えた鳳小雛殿とやら、ぜひお会いしたいものだ」


「いずれ叶いましょう。まだ幼きと聞いていますゆえ」


 そして、その周倉が具体的に持ってきた指示、それに明確に沿って動きつつ、さらに具体的な個別目標を設定したり、蜀を手にした叔父らの動きに思いを馳せていると、



「お頭、孔明殿と、子龍殿が来た」


「何故? 荊州は段取りに合わせて進めるゆえ、あのお二人の助力は不要だが。何かあったか?」


「いえ、少々要領を得ません。暇、という、孔明殿の口からは決して出ぬ言葉が聞こえましたが」


「まあいい、通してくれ」


 私も養父も、いぶかしながらお二人を迎えます。


「孔明、子龍、どうしたのだ?」


「いや、皇叔様に、暇を与えられまして。いえ、追放とかではなくて文字通り。『さしあたりそなたにさせることが無いゆえ、全土でも見て回り、三分なりし後の策を見定めて参れ』とのことでした」


「なるほどな……鳳雛殿? でことは足りるということか」


「それはどうかわかりませんが、すでに漢中、場合によっては長安までの策が描き切れましたので、まさに主の仰せになった、『その後』たるものこそが肝要ということなのかもしれません」


「ふむ、そうか。この荊州を奪い合ってのち、我らが退くことも、その一つなのだな」


「無論。ありていに申しますと、この地は三分において我らが手にするは、やや歪な地なのです。本来であれば漢の中でも過ごしやすく穏やかなこの地が、明らかに荒れ気味となっているのは、長き戦乱をおいて他の原因がありません。

 蜀を抑えた我らは、むしろ夷陵あたりを呉との境とし、漢中、涼州に加え、できたら上庸、長安を制することで、国としての盤石さと、絹の道や異族との交わりを中心とした繁栄を目指すのが上策。荊州は丸ごと呉に譲り渡すくらいが、魏呉の均衡もとれそうです」


「なるほどな。この荊州の地を荒らしたまま粘り続けるは、忠義と仁愛を旨とする兄者のご本意ではないのだな」


「でしょうな。であればこそ、私もその意を伝えんと書き留めたのを周倉に渡したはずなのです。しかしあの者に言わせれば『不合格』とばっさり。それを、要領だけを聞いて、周倉と馬良殿が練り上げたのが、先の支持書となっています」


 なんと、孔明殿を不合格の一言で、ですか……

 しかし、そのおかげで今の我らがある、と思えば、その方にも頭が上がりませんな。


「孔明様、して、この後は」


「しばらく荊南を回ったのち、呉へと。そして洛陽、許昌と回ったのち、河北からぐるりと一周して戻る予定です」


「壮大でございますね。道中お気をつけて。子龍様がおいでなので問題ないかと存じますが」


「はい。では皆様もご武運を」



 関羽様はしばらく考えたのち、私たちに声をかけます。


「関平、周倉、どうやら襄陽を落とすというのは、我が名誉や矜持を守ること以上の価値があるようだ」


 はて?


「絵図はあったかな」


「……はいお頭、こちらに」


 養父上は、地図の何点かを指す。


「先ほど孔明が申したのは、我らが荊州に固執することによって成る『歪な三分』ではなく、高度に均衡がとれた『整いし三分』な気がしてならんのだ」


 絵図の中心付近。


「襄陽を呉、洛陽を魏、そして長安を我ら」


「そう。そしてその形で、睨み合い、あるいはそこそこの和がなされたらどうなる?」


 ……まさか。


「この中原は、漢土が一つにまとまらずとも、そしてこの三つの都市をそれぞれ中心として繁栄をつづけ、そしてそれぞれの国土との良好なやり取りがなされれば、新たな国の形として保たれるのでは?」


「そう。孔明は、旅の中で答えを見つけると申していたが、少なくとも形だけを見れば、その答えはもう出つつあるのではないか?」


「お頭、だとすると、戦乱というのはもう終わるんじゃあないですか?」


「かもしれんな。無論油断はならん。油断はならんが、これまでのような武一辺倒、あるいは忠のみを信条とする人となりは、その価値を保てなくなるやもしれん。……関平」


「はい」


「そなた、儂を見て育ってきたが、この先は、儂の価値観のみを是とするのではなく、その新たな世にどのような者が、どのような信条が是となるのか、しかと見定めよ。技や智は、そこの周倉や白眉殿、孔明らにもできるが、新たな信条、となるとそうは行かん。兄者や張飛、そして次代の三人と共に、その答えを見つけ出すのだ」


「承知仕りました!」


「まずはそのための第一歩だ。遠からず魏とも和平がなる世を前提とし、先ほどの襄陽攻めの目標設定、見直すのだ」


「承知!」




 そしてしばし三人、そして文官の王甫、趙累を加えて論じた結果、


『 大目標 魏軍の被害や嫌悪を増やさずに襄陽を落とす

 目標一 敵将を討ち取ることなく襄陽を落とす

 主要成果一

 一 于禁を生け捕りにする

 一 龐徳を合理的に退却させる

 一 曹仁に撤退を判断させる

 目標二 敵将の名誉を守る

 主要成果二

 一 于禁の捕獲に、重傷の治療を理由づけするため、華佗を説得する

 一 于禁の奮戦を龐徳に伝え、その伝達者が自身しか居ない状況をつくる

 一 于禁、龐徳の名誉を守ることで、曹仁の判断を合理化する

 目標三 敵の将兵、民に悪評を与えない

 主要成果三

 一 劉軍の快進撃や、その過程の公明正大さを城下に広める

 一 呉が平和裏に活動するさまを広め、民に影響が少ないことを示唆させる

 一 魏の三将の名誉を守り、撤退に合理的な理由づけをする』


「これなら、やや老いが見えて晩節が気にかかる于禁、一度離反を余儀なくされて、二度はならぬと目先の忠に走る龐徳の、本来の名誉が保たれよう。そうすれば、曹仁も頑なな消耗を避け、荊州を捨てる判断に合理性をみいだすだろうな」


「よかろう。では皆々、出陣!」


「「「応!!!」」」




 そうして我らは快進撃を続け、襄陽を陥落させます。そして、民だけでなく敵方の兵や官にも、この地に残るものがありました。その一人に、私は声をかけられます。


「あ、あなた様は、う、雲長様の副将にて養子の、か、関平様でございますか?」


 ……やたらどもる人ですね。私に声をかけるくらいなので臆病ではないのでしょう。たんに滑舌でしょうか。


「はい、そうですが」


「よ、よかった。わ、私は鄧艾と申します。里帰りの途中で出られなくなったのですが、ここで皆様の噂を耳にしているうちに、皆様の軍や、陣営のありように興味を持ちまして。と、特に雲長様の、人の名誉に関する先進的、かつ深きお考えに、いたく感銘を受けたのです」


「そうか。それは良いことだ。この先遠からず、呉だけでなく魏とも和がなる可能性を思うて、養父上は相手方の名を汚し、命を削ることを避けたのよ」


「そ、そうでしたか。や、やはり思ったとおりです」


「そなたなかなか見所があるな。少し話ができるか? 私もこれまでずっと父を見てきたのだが、この先の戦なき世において、忠や勇、いった乱世の信条に変わるものがどのようなものか、それを見定めよ、と言われてな。この戦の中でもずっと考えているのだ」


「戦なき世の信条、ですか……!!

 か、関平様! そ、それは、私も共に考えさせていただいてもよろしいでしょうか? そ、それは生涯かけて追い求めてもまだ足りぬかもしれませんが、た、たいそう興味深きものでございます!」


「あ、ああ、わかった。よろしく頼む」


 話すのが苦手なだけで、気概もあり、そして知恵も回るようです。このような若者が活躍できないというのは、この世の損失、ともいえましょうな。これは新たな価値というものの一つなのかもしれません。しかと養父上にもお伝えせねば。



 その後手筈通り荊州を呉に明け渡すと、我らは上庸へと入ります。この一風変わった若者を、我ら三人の傍に引き連れながら。

お読みいただきありがとうございます。



 このOKRという形式の目標管理法は、世界のトップ企業がこぞって使っているようですが、テンポよく設定する必要があるため、普通にやると少々しんどさがあるようです。しかし、生成AIにそれを手伝わせると、大きな相乗効果が得られるということのようです。


 そちらを、周倉っぽい名前の「大倉周」という女性キャラが、最大の武器にしてぶん回している作品が、以下の作品です(主役は孔明(?)です)


AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜

https://ncode.syosetu.com/n0665jk/


 第四章くらいのところに、頻繁に登場させておりますので、そちらもご興味があれば。

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