百五十二 要塞 〜(姜維+少女)×曹仁=??〜
あたしはゼノビア。アルメニア地方。あたしにとっては故郷の近く。庭みたいなものだね。
だけど今、その庭が大きく荒らされているんだ。北方から来たシヴァ・チュータ。本当はちょっと違うみたいだけど、まあいいや。
北の騎馬民族達を丸ごとまとめ上げて、大国を作り上げたそいつは、とにかく的確にこちらがやって欲しくないことをやって来る。
初戦、アンティオキアから馬なら一日で届くベレアが急襲された。どうにか援軍が間に合って、陥落寸前で追い返せたけれど、向こうには随分と余裕がありそうだったね。とにかく騎兵が多いんだよ。十五万くらいかな?
あたし達はその後、五万の軍でベレアに駐屯。でもまだ足りないから、少しずつ南から傭兵を含めてかき集める。
そして、北の山岳地帯近くまで偵察に出ていたあたしは、とんでもない光景を目にする。
それは、膨大な数の馬、馬、馬。何頭かに一頭ずつ騎乗されているので、確実に管理された動き。望遠鏡で見える範囲から回ってみるけれど、切れ目が見えない。
ちょっと東に行くと、細かい山がある。そこには敵影はないので登ってみる。
すると、目に映ったのは巨大な城塞。いや、正確には城ではない。馬が壁のように止まり、そのなかにまばらな数の幕舎、そして多分羊と人。
そしてところどころに、小集団が巡回していたりする。つまりこれは、騎兵が外壁を作る形で、その中や周囲で大規模な遊牧生活を営める、さながら「移動遊牧要塞」と言ったところかもしれない。
あたしは全力で駆け戻った。これはすぐに姜維達に伝えないとまずい。それを肌で感じ取ったんだよ。
「ゼノビア、どうだった? というか、どうした?」
「動く城、はあっ、はあっ。動く、要塞」
「ん? ゆっくりで良いぞ。動く、要塞?」
「馬が、城壁。中に、遊牧と狩猟。生活圏」
「そう来たか……本当に嫌なことをしてくる。つまり奴らは、あの一帯に居座るつもりなんだな」
「旦那様。それはつまり、どこかの都市を落としたり、領地を破壊したりと言った軍事行動をすることなく、ただその場に留まるためにいる、ということですか?」
「そうなんだよバルバラ。それに、おそらく小さな町くらいなら取り込んだり潰したりは容易だし、すぐに大掛かりな攻城にもいずれ移れる。森林地帯に寄せれば木を集めて攻城兵器を作ったり、弓や武器も補充し放題」
「それは、相当に厄介ですね」
「ああ。考えられる限り最悪だ。生半可な攻撃はすり潰されるし、大掛かりに動いても下手すると場所を動かれて終わりだ。相当に大規模な軍で押し返すような動きか、少しずつ削りあいに持っていくくらいしか、すぐには思いつかない」
「はあっ、ごほんっ。む、向こうのほうが多いもんね。やりようはあるのかな?」
「ちなみにその要塞? 陣? は、どんな形だった?」
「八角形? かな。中にも何重かで似たような線が入っていたね」
「まさか……そんな」
「ん? どうしたの? まずいの?」
「そ、曹仁か?」
「鄧艾!」「トトガイウス!」
やっと帰って来た。予定よりもだいぶ急いでくれたっぽいけど、それでも待ち遠しかったのは間違いない。こんなおかしな状態を、おかしな解決してくれる可能性。そこには期待してもいいよね?
「ソージン? 誰?」
「私たちの国が三つに分かれていたのは話したよな? 私たちは西の蜀漢。南東の呉に、北東の魏。一番人と兵が多く、最も強かった時代が長い、魏という国で、その帝の親戚にして、建国の重鎮」
「もう結構年はいっていて、引退してもおかしくねえんだが、聞いた話じゃ、こ、これが最後だっていう匈奴、この匈奴は今相手している方じゃねえ、単体で強い方の匈奴。との戦いの中で、負けて行方がわからなくなっていたって聞いたぞ」
「鄧艾、お前その話は、インドで聞いたのか。落ち着いた時に詳しく聞かせてくれ」
「すぐにもう一人か二人来てくれるとおもうぞ。ととトラロックに頼んだからな」
「それは助かる。兵もだが、やはり指揮官が足りない。それに、向こうでも匈奴との戦いで相当な進歩があるはずだから、少しでも取り込めれば」
「それで、ソージンの話はどこ行ったの?」
「その行方不明の曹仁が得意としていたのが、八卦の思想からくる堅陣、八門禁鎖なんだ。多分ゼノビアが見たのがそれなら間違いない。そして、それがその大規模で展開されているとすると、相当に厄介だ」
「ソージンは、行方不明になったあと、シヴァに助けられて拾われた、というのがあり得そうなんだね」
「そうだな。曹仁は渋々だっただろうが、どちらにせよ引退する身なら、最後にもう一花、という考えは武人としてはわからなくはない。それに、巡り巡って漢土や魏のためになる、とでも言われていたとしたら、司馬仲達に付き合う可能性も否定はできない」
「それで、そのソージンの陣は、破れるの?」
「弱点はある、とされている。だがそれが克服されている可能性の方が高いな。やはり厄介だ」
「うーん、とりあえずきょ姜維、お前は後継でも作っとけ」
「なな、何を言い出す鄧艾?」
「あらあら」
「短期決戦は無理だ。やるとしたら、あいつらがジリジリ干上がったり、なにか問題が起こるのを待つしかねえ。ゼノビア、冬は無理だろう?」
「えっ? うん、すごく寒いよ。高いし山だし」
「だとしたら、その前にどこかに動く。引くかもしれねえし、むしろ前に出て来るかも知れねえ。攻め込んでくるかも知れねえ。どっちにしてもこっちは様子見だ」
「そういうことか。つまり、冬まで何も手は打てない。冬には何らかの動きがあるから、それを待てってことだな」
「これまですごく慌ただしかったのに、いきなり動きが止まるんだね」
「曹仁は、動と静を使い分けるからな。だがいずれにしても、これ以上広がられたり、撹乱されたりしないように、その陣の周りから目を離さないのが良さそうだ」
「はみ出たやつは捕まえるぞ。それと、きょ姜維とバルバラはいったんニコメディア、だぞ」
「そこまで下がれというのか。まあ下がるというのは語弊があるか」
「そうだぞ。西ローマもそろそろ怪しいぞ」
「分かった。そしたら鄧艾、ゼノビア。ここは任せた。私はバルバラと共に一度ニコメディアを整える。奴らはともかく、西ローマなら敵ではないからな」
――――
私は諸葛孔明。司馬仲達の建国宣言から、アイラ、テッラらの率いる東匈奴への急襲。必然的に、我ら蜀漢軍と匈奴軍は、連携して事にあたる形になります。
敵将として分かっているのがアイラ、テッラの父、左賢王の劉豹。鮮卑族の数名は分かっていますが彼らはおそらく魏と戦っているようです。やや西の、羌の地から楼蘭あたりに攻めて来る相手は、馬超殿が対応する形。そちらも名のある将の姿はなく、とにかく兵達が淡々と攻めて来る、とのことです。
小雛殿ともお話しすると、まさに人工知能的、自動化された攻撃と防御という印象で一致しています。名将など不要と言うのか、ただ単に不足しているだけなのか。はたまた、名もなき良将が育って来ているのか。
とにかく何も変わらない、ただひたすら同じような戦いの繰り返し。戦いに成長を求める我らや、戦いを生活の一部、情熱の向け先にする匈奴とは、その価値観を大きく異にする集団のようです。
この匈奴の地に作られた仮要塞は、長安や西涼から馬でも数日かかりますが、往来も増えて来て、徐々に市街という形をなして来ました。あえて住宅はつくらず、匈奴風の移動家屋が並んでいます。
そんな中、何度目かの出陣から帰って来たアイラ、テッラをお出迎えになる方がいます。
「か、母様!?」
「お母様!?」
「アイラ、テッラ。随分大きくなったねえ。立派なもんだ」
「「ふえええん」」
十年以上は会っていないのでしょう。ですがこの二人の話ぶりからすると、母に対する思いはひとしおなものだということは分かっていました。
「どうやらこの要塞の行き来も楽になって来て、それに、ピラミッドとかいう目印もできて来ているから、これからは定期的に会えそうだねえ」
「うん、そうだよ! いつでも会えるんだよ!」
「お母様の好きな敦煌とも、そんなにかからずに往復できそうだね」
「そうだね。あの町もすっかりかわったよ。まさに想像と創造の都、だね。紙が紙様と崇められていたころから、今や何万の物語が、形を変えてあの街で息づいているんだ」
「物語市場、だっけ? 一回行ってみたいな」
「そこの中でなら、どんな虚構も模倣もしてよくて、面白ければ何でも良い、んだっけ?」
「そうだね。だからこそ、本当にその想像力が研ぎ澄まされた書き物や、詩楽、演劇なんかも生まれるんだ」
ん? もしやこれは……
「ご家族のご歓談中、失礼致します。アイラ殿、テッラ殿。ここは一度、母君と共に一度敦煌へお出かけになられてはいかがでしょう?」
「ん? 今忙しくない? 戦ってばっかりだよ?」
「ああでもアイラ、確かに、多少ボク達が抜けたところで、どっちにしたって膠着状態だよ」
「まあそうだね。でも孔明、何で?」
「あなた方のその独創的な戦い方。それは、類い稀なる創造性と想像力の賜物と心得ます。だとすると、あなた方があそこで目にするものが、もう一つ上の何かをもたらすかも知れない。そう直感したのです」
「なるほど。もしかしたら幅が広がるかも、か」
「それは良いかもね。まだボクたちには先があるかも、だね」
「そしてもう一つは戦いともまた異なる、どこかへの熱の向かい先。そんなものの端緒と言うのが、これもまた見つかるかも知れません」
「そっか。この司馬懿との戦いの後は、戦いってものへの見方も変わって来るかも知れないよね」
「だとしたら、ボクたちもいろんな方向に想像を膨らませる。そんなことが大きな意味をもつかもね」
「よし、話は決まったね。そしたら、初めての家族旅行だよ。最高のものにしたいねえ」
「うーん、クソ親父は別に良いもんね」
「あの親父は、あとでぶっ飛ばせばいいもんね」
「あはは、それはまた今度、思いっきりやっちまいな。あんたらの思いが、しっかりと伝わるには、それしかなさそうだよ」
「「うん!」」
そうしてアイラ、テッラとその母、蔡琰殿は、混沌の古都、敦煌へと足を運びます。定期的に開催される祭り、物語市場。そこで彼らが何を得て来るのでしょうか。
そしてなぜか、うっすらとした陰で彼らについていく幼女の姿があったとかなかったとか。まああの方も、今の膠着状態への打開策を、その「創造性」から見出すこともお考えなのでしょう。
お読みいただきありがとうございます。




