百五十一 島国 〜関索×水神=??〜
僕はマニ。姜維達が出陣したのを横目に、シャープール殿下と共にクテシフォンへと急いで戻った。彼らの元に直接援兵を送るのか、メソポタミア上流からカスピ海に沿って北上して彼らの退路を断つのか、はたまた彼らに制圧されている北東の高原地帯、カシュガルを奪還しに向かうのか。
いずれにせよ何らかの行動は起こす必要があるだろう。姜維達への義理や友情という話もなくはないが、そもそもアンティオキアが抑えられたら、ペルシャ時代が相手に囲まれてしまうのだ。
戻ってすぐに、アルダシール陛下に拝謁する。
「まさか、アンティオキアに直接攻めてくるとは。とんでもない速さと、隠密展開なのだな」
「パルティアが全盛だった時の、軽騎兵を上回るかと。おそらく十万単位の騎兵を、いっぺんに展開できます」
「生半可な守りの分散では、各個に落とされることになろうな。アンティオキアはどうみる?」
「姜維と、その教えを受けたゼノビア。彼らにかかっては、そう簡単には落とせはしないでしょう。もし彼らが簡単に敗れ去るのなら、我々にも打つ手はほとんどなくなります」
「ならば彼らは敵を追い返すか、少なくとも長期間粘ると見て良いのだな」
「はい。動きがあるとしたら、西ローマの暴走、もしくは敵自体が戦力を隠しているときかと」
「あいわかった。それで、あの敵の底をどう見る?」
「少なくとも、これまで我々が対峙したことのない強者、そう思って動いた方がいい。姜維やトトはそういう雰囲気を出しています」
「常人が計り知れぬ知者。常人が思い当たらぬ理にたどり着く賢者。ですがそこに一つだけ隙があるかもしれません」
「ほう、シャープールは何か気付いたのか」
「はい。姜維は、『彼ならここが最適と考える』という言い方で、ゼノビアは『これくらいのことはやってしまうかもしれない』という表現で、いずれもシヴァの動きをわずかながら先読みしていました」
「そうか! つまり、考えられうる最善策、想像しうる最適策をやってくるから、その「最善」さえ読み切れれば、彼の行動はやめるかもしれないんですね。そしてあくまでも理知的、論理的にその手段を練ってくる、と」
「そして姜維とゼノビアはまず、理をもって彼の狙いを先読みしました。それは理と理のぶつかり合い。だとすると、その速さと理の深さの真っ向勝負。残念ながら私たちには、そこまでなし得るだけの力はないかもしれません」
「そうだな。我もシャープールも、どちらかというと知よりも勇と機運で切り開いてきた。マニも理を詰める者だが、その機略は必ずしも軍略に向いてはいない。だとすると、シヴァの思考には及ばない可能性が高い、か」
「まずは考え抜くのが宜しいかと。ですがその上で最後の判断の要は、我ら三人の感じるがまま、主の導くままに、その動きを定めるのが手かもしれません」
「突き詰めた後は、勘で動く、か。なるほど。それなら我らにも及ぶところはあるかもしれんな」
「はい。そして、彼らは、こちらがやられたくない事をやってくる。そう思っていればおおよそ読み解けるかもしれない。ゼノビアから言わせると『嫌な奴』とのことでした」
「やられたくないこと、か。なんだろうな? たくさんあるが」
「その中での最悪を考えた方が良いかと。奴は『知っている』という言い方をしていました。そして、ニコメディアでもガリアでも、エクバターナでもない、アンティオキアを狙ってきた」
「つまり、我らの急所、というわけか。ならば答えは一つだ。シャープール、そなたにしばらく高原を任せる。我はメソポタミア上流に居を移す。国境少し南のシンガラに構え、国境のニシビスとともに守る」
「なんと、父上自らですか。確かにこの国ではそれが最上の守りと言えましょう。エクバターナは、どちらかと言うと旧パルティアや、インドあたりと往来する者達の融和を図り、離反者を減らす目論みで良いでしょうか」
「まさにそうだ。マニやトト、姜維の力で、一度は旧王朝とのいさかいが解消されるに至った。だが、そこを再び掘り返してくるくらいのことは、その『嫌な奴』ならばやりかねんからな」
「はい。わかりました。本来はマニにも手伝ってもらいたいですが、父上、マニには他にやって欲しいことがあるのでは?」
「ははっ、よく分かったな。エクバターナまでは同行してもらって良いのだがな。頼みというのはその後だ」
どうやら陛下は、かなりの難題を任せたいようだ。エクバターナを守り、その周囲の民が離反しないようにするというのは、そう簡単な仕事ではない。それを僕の助力なしでシャープール殿下に任せる。つまり、それ以上に難しいことが、僕のすべきことというわけか。
「もしや、北インドですか?」
「ああ、わかってしまうか。こういう言い方をしたら、そなたならわかるか。そうだ。クシャーナ朝といったか。あの国は、一時期我らの高原地帯にまで勢力を広げていたのは知っているか?」
「はい。特にパルティアがローマとの戦いで疲弊していた時には、カシュガルさえもその一部になっていたと」
「そうだな。あの街はパルティアが取り戻した後で、ごく最近になって騎馬民族達に制圧されたのだ。そして、明らかにその勢いに陰りが見えるその王朝、間違いなく混乱の最中にあろう。それこそ、今の状況がなければシャープールの代あたりにその国自体が征服できたかもしれんほどにな」
「なるほど。ですが今、その国はほぼそのシヴァの地と接してしまっている。だからこそ、衰えた王朝からあちらになびかないように、早急に手を打たねば、ということですね」
「ああ、そうだ。あの国では、より南方で生まれたブッダという聖人の教義が隆盛しているが、その辺りは曖昧で寛容と見ている。かえってそれが厄介かもしれんのだがな」
「父上、もしかしたらあの名自体が、その厄介さを増してしまっているかもしれません」
「シヴァ、か。確かにな。彼らにとってその名は特別だろう。ならば、いっそう急ぐ必要がありそうだな。マニよ。そなたなら、刃を交えずとも成し遂げられよう」
「御意。一度彼らと我々との融和を成し遂げれば、インドという地そのものにはシヴァにとって戦略的意義は高くはなさそうです。必ず成し遂げ、帰って参ります」
「ああ、頼んだぞ」
――――
我が名はトラロック。ここはインドという地だそうだ。正確には大陸ではなく、半島の南端にあるセイロンという島にいる。
あの変人、変神? 鄧艾から聞いたのが「インド本土は北も南も危ねえんだ。と、特に北は、司馬仲達の手が回り始めているかもしれねえ。俺たちの動きや、特にお前の存在なんかは、できるだけ知られるのが遅い方が良さそうだろ?」だそうだ。
シヴァなんたらは、どれだけ広範囲を治めているのだろうか。
「し支配というよりも、し浸透という言葉の方が近いのかもしれねえぞ。騎馬民族、遊牧民族ってのは、広い土地を駆け回って、移動しながら暮らすんだ。だから、定住している奴らと混ざると、うまく生活が出来ねえ。できるとしたら、本当にみんなが食えるくらいの征服をしてみんなが定住するか、ぶっ壊すか、だな。まだ仲達にはそれはできねえのか、そこまではする気がねえのかもしれねえ」
だから、そこにいる人達に紛れて情報を集めたり、いつの間にか影響力を増していく。そう言って我らにも、南のセイロン島に向かうことを勧められた。そこにはしっかりとした国があり、彼らとはすでに北の脅威の話を中心に、交易や補給の話を進めているとのこと。
島の位置ははっきりと教わったから、迷う事はなかった。高度な灌漑用水や、傾斜地に広がる棚田。なんとなく懐かしさを覚えていると、誰がが近づいてくる。この顔立ちで、普通にラテン語で話しかけてくるのは少し違和感があるが、それはお互い様なのだろう。
「んー? この辺のやつじゃねえな。もしかして、海の向こうから来たってやつか? 俺は関索。ここから北東の漢の国から、南の呂宋って島国との交誼を任されているもんだ」
畳み掛けるように話しかけてくるが、不思議と嫌な感じやうるさい感じもしない。すでに異文化ってやつの勘所を弁えているという事なのかもしれない。
「俺はトラロック。東回りの航路で、こことは別の大陸からきた。ここがその大陸から東か西かはわからん。鄧艾っていう変な奴が、ローマ側で少し人手が足りないようなことを言っていたが、どうするんだ?」
「やれやれ、どいつもこいつも人使いが荒いんだよ。生まれたばかりの赤子を呂宋に残しているってのに。まあでも、落ち着くまでの一時的なもんだろうから、手伝ってやるとするか」
「そうか。そうしたら、こちらの船で送っていこう。だがその前に、少しこの国の灌漑のやり方を見ておきたい。どうやら、あちらの大陸と少しやり方が違うようだ。雨が少ないナイルの地域でどこまで通用するかわからんが、色々見ていけば何か思いつくかもしれんのだ」
「ああ、わかった。存分に見ていくと良い。専門家じゃねえとわからん視点だろうからな」
――――
あたしはゼノビア。一度は追い返したシヴァの軍勢。だけど、どこまで引いたのか。そもそもどのあたりに本拠を構えているのか。何も分からないままだ。
あたし自身も軽騎兵に混ざって偵察をはじめた。前回の戦いで結構な数の馬を捕まえられたから、ある程度大規模な偵察もできるし、このあたりはあたしの方が詳しいからね。
北に東に、警戒しながら進んでいくと、すぐに奴らの部隊が目につくようになった。どうやら一箇所にかたまっているのではなく、色々なところにバラけて滞陣しているみたいだね。
だけど、いくらなんでもこの広さは尋常じゃないよ。アルメニアと呼ばれる地域。多分全体に兵団が広がっているんだ。
そして、さらに進むと、遠くに何か大きな影がみえる。望遠鏡を覗き込むと、その光景にあたしは言葉を失う。
「えっ!? なんだよこれ……こんなの、動く城みたいなもんだよ」
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