百四十三 書状 〜??〜
その日、一つの書状が、魏の洛陽、蜀の長安、呉の襄陽に同時に届きました。その事実自体は数日後に確かめられたことですが。
差出人は、「晋帝、司馬仲達」。自ら帝を名乗ると言うことは、相応の覚悟を持ってのことなのでしょう。
内容は、建国の宣言と、今のその「国」の実情、そして彼らが何を目指すのか、そしてなぜそれが実現できると考えているのか、を論理的に説明した文書でした。
私、諸葛孔明にも、その論理に破綻がないことを確認し、主だった方々を集めて対応を論じ始めました。
それはまことであれば漢土の三国、匈奴、西域、そして遥か遠くのペルシャやローマにとって、とんでもない脅威と言えます。そして、それが空言ではないことは、既に肌で感じてしまっております。
そしてさらに数日後、その脅威は現実として、我らに降りかかってくることとなるのです。
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私は陸遜。すでに私は襄陽に、曹植殿は洛陽に戻っており、北の地でこれから起こりそうな出来事を思い描きながらも、呉は呉でまたもう一つ、大きなことをなさんとしていた。
「天竺航路、すでにほぼ実現が近づいていましたか」
「ああ、そなたらが島の国サモアから航海術を学び、交易路を確保し始めたことで、三国の船団には余裕ができていたからな」
「呂宋で大いに現地の王や王女気に入られて、すでに定住している関索殿。彼と連携をしつつ、朱然殿、潘璋殿、蜀の孟達殿を主体に、南海の大海峡に拠点をいくつか築かれていましたか。それならもう、天竺への航路は目前といえましょう」
「おそらくこの書状、司馬懿の力を考えると、陸の絹の道はそう簡単には取り戻せまい。この海の道は、我ら呉がしかと確保せねばならんと思うのだ。ペルシャやローマの東部では、すでに蜀から派遣された者らが現地で大いに活躍しているようだからな」
「姜維、鄧艾、費禕……蜀の人材の豊富さは、妬ましさすら覚えるほどです。しかし彼らとの連携の芽は、我らがしかと見定めねばなりますまい」
「かかかっ、心配いらんぞ陸遜」
「姫様!」
「尚香、いきなり入ってくるな」
「良いではありませんか兄上。それで天竺、でしたね。これは妾の勘なのじゃが、陸遜、おそらく鄧艾あたりが天竺あたりに足を伸ばし、こちらとの連携を図ってくるような気がするのじゃ」
「まさか、そんな……いや、あいつらならそれも……」
「かかかっ」
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僕はマニ。アレクサンドリアを拠点に、学術と街の振興、紙と知識の普及促進といぅた活動をしている。ときおり故郷のクテシフォンを訪れ、紙や布、その他さまざまな交易品を運びつつ、現王アルダシール陛下や、王太子シャープール殿下と、さまざまなことを論じる日々。
姜維やバルバラはニコメディアを安定させ、ゼノビアはアンティオキアを中心にパルミラ地域の繁栄を図る。トト(鄧艾)や費禕はインドへの航路を確保する動き。誰もが精力的に動いている。
今回も僕は、数ヶ月ぶりにクテシフォンを訪れ、宮殿に出向いた後で、久しぶりに母や弟妹達に会いに行く予定だ。だが宮殿では、二人がいつになく険しい表情。
「何事ですかアルダシール陛下? 何やら深刻なことが?」
「ああ、マニ、久しいな。説明するよりも、読んでもらった方がよかろう。これだ」
「……シヴァ・チュータ。この中、どこかで」
「ん? 何か知っているのか? だとしたら思い出してもらう方が良さそうだが」
「我々が知らないことで、聞いたことがある、と言うような情報は、大抵トトか姜維からもたらされるので、そのどちらかでしょうね。いずれにせよ、ここに書いてあることが本当なら、とんでもない脅威と言えます」
「ああ。すでにカシュガルが抑えられている以上、エクバターナも危ない。メソポタミア上流側から来られるのも脅威だ」
「なんにせよ、まずは急いで東ローマに確認しないといけませんね」
「ああ、すまないが急いで戻ってくれ。アンティオキアならすぐだろう。それに、姜維なら、一度我らと情報交換をしようとするだろうから、ニコメディアやアレクサンドリアまで戻らなくても会えるかもしれん」
「父上、私も一度アンティオキアまで行きます。姜維から詳しく聞いておきたいですし、ゼノビアとは意識を合わせておきたい所です」
「ああ、そうだな。マニ、シャープールを頼むぞ」
「はい陛下。まあ殿下の方が圧倒的に強いので、守られるのはこちらかもしれませんが」
こうして、来た道を、三倍ほどの速さで駆け戻った。そこで待っていたのは、姜維とその妻バルバラ、ゼノビアとその父ザッバイ。彼ら、特に姜維の深刻さを隠さない表情が、あの書状の信ぴょう性を否が応でも高めていた。
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あたしはククル。いつものように、一月ほど前に東の海に船を進めたトラロック達の行く末を占っていると、なにやら大きな、異質な相が現れたんだ。
「ん? どうしたのかえククルや? トラロックに何かあったのか?」
「ショチトルか。いや、そっちは相変わらず読みづらいんだよ。でもそこにも関係があるかも知れないよ。どうやら向こうの大陸で、何やらとんでもなく大きな動きがありそうなんだ。ローマや漢、そしてペルシャ? なんかにいっぺんに脅威が降りかかる。そんな動きだよ」
「むう、彼らの国はどちらも、妾達の国よりも何倍も大きいのじゃろ? それでもさらに大きな脅威があると言うのじゃな。世界とはそれほどまでに大きいのか」
「うん、でも大きすぎて、そんなに早く動けないはずなんだけどね。でもそれがなんだかよくわからないんだよね」
「そなたがわからんのなら、妾もわからんな。まずはトラロック達の無事を祈るのみじゃ」
「うん、そうだね。向こうで何が起こるかは分からないけど」
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「卑弥呼様、何事ですか?」
「ああ、トヨか。これは妾達とて安心はしておれんぞ。勇士達を集めてくれ。一度海の守りを見ておくのじゃ」
「えっ……何かが来ると言うのですか?」
「決まったわけではないがの。じゃが備える必要はあるのじゃ」
「わかりました。すぐに集めます」
「……小雛、陸遜、孫尚香、孔明。正念場じゃぞい」
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「陛下、この書状は」
「単なるいたずらだろう。元老院共も同じ意見に決まっている」
「そうですね。いかにゴートやらフンやらが攻勢を強めたとしても、ガリアの途中で食い止められるのが精一杯でしょう」
「ああ、ましてや戦略や戦術など何もないであろう蛮族を気にしていたところで、ローマまで迫って来れるはずがない。気にせんでよかろう」
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『背景 各国元首の皆々様
我が名は司馬懿、字は仲達。これから「晋帝」を名乗る者。どのあたりを版図としているか。東西は、それは大陸の東端から、西の海の一部が臨める位置まで。そして南北は、各国の皆様の知る限りの、北の大地の全てと言ってもよかろう。
この書状を届けた各国には、「これ以上北に進むと、自国とは言い難い」という地がおおよそ決まっておろう。その「だいぶ北」がどれくらい北なのかは場所によるだろうが、その北の大地をすべからく版図としていることの意味は、おおよそどの国の元首も理解できよう。
我らの民は、主に鮮卑族、西匈奴族、ゴート族。それぞれ騎馬の力をもち、遊牧で生活を支えている。定住の地があることを是とせず、定期的に移動を繰り返す。
そして最も大事なのが、彼らは強力な騎兵戦術の技法を持ち、そしてその地の条件が整うならば、定住したいと言う気持ちは常に持っていると言うことだ。遊牧を主とした生活を好んでいないわけではないが、定住できる者ならしたい、と言うのが彼らの共通の認識だ。
そしてこの仲達は、彼らにそれをするための知恵を与えた。つまり、彼らが南下し、定住の地を我が物となすこと。どうすればそれが叶うか。どうすればそれを、一時的なものでなく恒久的なものにできるか。
それはすなわち、北の不毛な地を脱出し、南の肥沃な地を我が物にする方法といえる。
ここまでで、私が何をして来たか。賢い元首達には分かってしまったかもしれない。そう。つまり私が彼らに与えたのは、南の地を征服する方法である。
それは、三つの部族を主とした多くの民族が一体となり、大陸の東西で速やかな情報のやり取りをし、そして一国の防衛力では及ばぬ力で制圧する。
そんなことができるのか否か。漢の者らは知っているだろう。一度偵察に来たそなたらに対し、その偵察軍をほぼ残らず壊滅させた力を。ペルシャの者らは知っているだろう。すでに主要都市の一つであるカシュガルは我らの手に落ちてから数年が経ち、その間取り返す算段がついていないことを。
ローマの者は知っているだろう。ゴート族がガリアの地を深々と侵食し、ギリシャやローマ本国に対する圧が強まってきていることを。
そして、世界の元首はたった今知っただろう。その全てが、一つの大きな国の動きとして、連動しながら進められているのだということを。
我が国は、全速力の馬よりも速く情報が行き交い、どの地どの国に弱みがあるのか、それぞれの地で何が起こっているのか。逐一素早く把握している。
我らは知っている。東の国、三国に分たれた漢の国と、東匈奴が激しい戦いの末に休戦状態となり、我らへの対処法や、半農半牧の生活手法を見出そうとしていることを。
我らは知っている。ペルシャの親子元首は着実にローマとの和平を成立させ、力を急速に蓄えていることを。
我らは知っている。大帝国ローマはすでに全体を統御する力を失い、ニコメディア、アレクサンドリア、アンティオキアを中心とした準国の成立が間近であること。
我らは知っている。その西半分のローマはすでに、その大きな帝国を取り戻す力はなく、自領の防衛で精一杯であることを。
そう。我らはいつでも、手薄なところ、助けが少ないだろうところに攻勢をかけることができる。
世界よ、世界の国家元首よ。我らはそなたらに問う。大きな力。巧みな知恵。素早い情報網。それらを備えた我らの中に与することを是とするか。否とするならば、どのようにして我らに抗うのか。
この世界はそれほど広くはない。全土を征することが、今の技術、今の力、今の知恵で十分に可能か否か。我らは世界に問いかける。どこから? そんなことを教えるほど、我らは親切ではない。
この書状は、魏、蜀、呉、東匈奴、ペルシャ、ニコメディア、ローマの七箇所に、おおよそ同時に届くように手配している。それが事実かどうか確かめる頃には、すでにどこかの地で、我らの攻勢が始まっていると思うのがよかろう。
晋帝 司馬仲達』
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