百三十九 角錐 〜曹植+天地=??〜
私は曹植。漢土を離れて二年。あまりにも多くのものを得て帰ってきた私達を、孔明らが匈奴の地で呼んでいる。そんなことを陛下から聞き、私や陸遜殿、関平殿は二つ返事で承諾しました。
そして馬超殿の案内のもと、騎兵の散開陣の中で同行します。
「この陣は、航海の時のものに似ていますね」
「ダハハ、やっぱり気づいたか! あんたらが視認するための小舟の大船団。そして望遠鏡。それを応用したんだよ。これのおかげで、匈奴との戦いでも、この広大な草原の中で、不意打ちや見落としなんかを防げたんだ」
「馬超殿、最後は二千里を散開して進軍したと聞いていますが、まことですか?」
「ああ、そうだぜ。最初は長安から敦煌まで広がって、そこから東に展開して、北に進んだんだ。これなら背後に回られる心配もねえし、接敵しそうな味方がいたらそこに集まりゃいいだけだからな」
「海を渡るのも、草原や荒野を駆けるのも同じなのですね」
「そうだな。ちょっとした目印があればもっと楽だとは思うけどな。海と違って不可能ではないよな」
「目印、ですか……」
「まあそれでも、星や地平線を見ながら進むってのも出来るようになってきたからな。あんたらの航海の経験は、最大限に使わせてもらっているんだよ」
そんなことを話しながら、長安から数日馬を走らせます。すると見えてきたのが、それなりに立派な大きさの砦。この大きさなら、十万ほどが暮らせそうです。
「ついたぜ。中はまだ幕舎の方が多いけどな」
「壁や堀を先行させたのですね。やはりここは戦地なのですね」
「これからもそうなるかってところは、もしかしたらあんたらの持ってきた何かにかかっているかもしれねえ。あんたらは一つの戦を終わらせた。そう聞いているぜ」
孫尚香殿があっという間に広めた我らの冒険譚。すでに馬超殿のような、都市を離れた方々にまで広がっているとは。蜀という国の情報の伝達は、そういう速さなのですね。
「さて、ここだな。どうにか政庁っぽくはなってきたか」
「馬超殿、お戻りですか」
『お早いですね。この辺りにも相当に慣れてこられたということでしょうか』
「おう孔明殿。女神様。陸遜殿、曹植殿、関平を連れてきた。あの写本は、もう先に届いたんだよな?」
『はい。いただいております。私も孔明様も、すでに中身は把握できています』
「確かに、あなた達ならあれを全て読み、理解するのに一刻とかかりますまい」
「確かに陸遜殿にもその力がおありですからな。ですが流石に今回は、丸一日しっかりかけて読み通しました。あまりにも新しい内容がおおく、どう扱って良いかも難しいものが多くて」
やはりこの方々は、ものすごい速さで書物を読み通します。いわゆる『人工知能』。その知識からきた速読術。私や皆も、航海中に陸遜殿から教わっていましたが、どちらかというと暇な時間が多かった航海中でそれが生きることは少なかったようにも思えます。
「それで孔明殿。もしかしたら、って思うのがいくつかあるんだよ。来る途中にも話をしたんだけどな」
「馬超殿は何度も草原を行き来しておいでですからね。そこで見えたものがやはりおありですか」
「ああ。一番気になったのは、やはりこの『ぴらみっど』って奴さ」
「ピラミッド、ですか。天文地理を人々に知らせ、遠くからでも見える、石造りの建造物。多くの場合、中に人が住むことを想定しない作り、でしたな」
「ああ、墓や、儀式上になることもあるようだが、そこは別にどうでもいいな。それ、この草原地帯や荒野にあったら、何か使えそうじゃねえか?」
「なるほど。目印、ですか。それに、季節を知らせる指標」
突如として、何やらとんでもない気配が、部屋の中に入ってきた。我ら三人は緊張を強いられるが、孔明殿や馬超殿は、問題なさそうな顔をしている。
「うふふっ、ちょっとその話、詳しく聞かせてもらいたいな」
「えへへっ、なんか面白そうだよね。建物でわくわくするのは初めてだよ」
「アイラ殿、テッラ殿」
顔立ちのよく似た少年と少女。そうですか。彼らがあの、匈奴の首魁。張遼や于禁が怪我を追い、曹仁殿が行方をくらます。その激戦に思うところがないわけではありませんが、今はもうそんなことを言っている時ではなさそうですね。
「あんたが陸遜で、あんたが曹植。そしてこっちが関平か。みんな強いよね」
「強さはさほどではないという自覚ですが」
「えへへっ、陸遜の強さは、腕っぷしではなさそうだからね。孔明に近いかな。いや、こいつよりもさらに戦略寄りか」
「うふふっ、曹植はまだ荒削り。だけど本気を出すと普通に強い。こんなひょろいのに」
「関平は……いいや。なんか別枠の経験を積み上げているよね。まだおじさん、て年なのに、おじいさんみたいだ」
何というか、おそらく彼らにとっては強さの定義がかなり広いのでしょう。やたらと的確さを感じます。
「まあいいや。それで曹植さん。その『ピラミッド』。獣や賊が寄りつかないように出来るかい?」
「できます。簡単に登れる場所を制限したり、獣や蛇が嫌がる草花を植えるのもよろしいでしょう。最上部に登れても、数人しか居られない仕掛けであれば、守ることもできません。ただやり方によっては、内部に書庫や資料室、物資倉庫や仮宿などを作れますが」
「仮宿はいらないな。書庫、資料室は興味あるね。ねえねえ、それをからくりで隠せたり、簡単には入らないように出来ないかな?」
孔明殿が答えます。
「暗号を応用したり、季節によってその位置を指し示すような仕掛けを作ったりすることはできそうですね。実際に、あちらの一部のピラミッドには、そんな仕掛けが用意されることもあるとか」
「そこの真偽は定かではありませんが、可能性は高いですね。暗号術は、法正殿にお任せするか、向こうのキープ、地上絵なんかを組み合わせても良いでしょう」
「うんうん、それなら、あたしたちが時期を見て立ち寄った時だけ入れる書庫は作れそうだね」
「いない時はただの石やレンガの塊であって欲しいからね」
「お二人、ここまでの話だけで、ピラミッドの活用が想像できておしまいですか?」
「そうだよ曹植さん。私達は遊牧民だけどさ。あてもなく、羊任せにふらふらしちゃうと、変な方向に行っちゃって困ったり、それに南の定住民達との交流もしづらいよね」
「そしたら、互いにわかる目印があって、この時期はここにいる、とか、このどこかにいる、とかさえわかれば、交易? とかも出来るようになるよね」
「いつどこに行けば、買ったり売ったり出来るかわからないから、そこにあるものを全部持っていっちゃうことしかできなかった、っていう面はあるんだよね」
「行商なんて到底無理だからね。向こうから来てくれるんなら、やりやすいんだけど。だから、そのピラミッドを待ち合わせ場所にもできるといいよね?」
「家とか砦を作ると、そこが空き家になったらもう終わりなんだよね。賊とか獣ならまだマシなんだ。蛇とか毒虫が住んじゃうともう手に負えない。最悪なのが、そこに賊の死体が増えちゃうと、その一帯全体が、病気の温床になるんだよ」
「だから、建物を見ると徹底的に破壊し、遺体ごと焼き払う。そういう伝統なのでしたな」
「うん。仕方ないんだよね。人は死んだらただのモノ、それだけじゃないんだよ。とっても厄介な、病気のタネでもあるんだ」
生活の中で、実際にそれが悪影響となった例が本当にあるのでしょう。実感を伴った言い方です。
「定住は厳しいからね。でも、そのピラミッドを使う方法なら、大体この辺、ていう生き方は、無理ではないかもしれないよ」
「それに、書庫を残せるんなら、ちょっとずつ知識を溜め込むこともできるよね。そうしたらいつか、この痩せた土地でも農業に近いことはできるようになるのかもしれない」
「あたし達は、あなた達が見てきたその新しい土地の人みたいに、星を見て未来を考えるなんてことはできない。それはやっぱり、知識を溜め込む方法が、人の中にしかないからなんだろうね」
「だからこそ、人が強く逞しくなる、という面はあるんだけど、多分強くなるだけなら他にやり方がある。それはあなた達からも学んだからね」
やはりこんな話をしている時も、強さへのこだわりは端々に出てきます。陸遜殿も、その点は見逃しませんでした。
「やはりあなた方の強さへのこだわりは、私たちの知るどんな方々よりも強いですね」
「その理由は三つだよね。一つはやっぱりこの環境だよ。強くないと生き残れない。二つ目が、千年続いている中原との戦い」
「そして三つ目がレイキ姉が持ってきた、呂布という人が最後に見つけた答え。『誰よりも強くあれば、争う必要なんてなくなる』」
「なるほど。孔明殿達の顔を見るに、その些細は共有済みなのですね。何か記録されたものはありますか?」
『こちらです。馬謖殿、徐庶殿が丁寧に書き留めてくれています』
「なるほど。皆様。一日いただけますか? この話、もしかしたら、我々が辿り着いた、もう一つの世界の仕組みに、近いものがあるのかもしれません。少しそこを考えたく存じます」
「ん? まあいいか。兄さん、急ぎの予定はないよね?」
「うん、大丈夫だよアイラ。羊も今はのんびりの時期さ」
「じゃああたしたちは、そっちの三人のやつを、読ませてもらうかな。レイキ姉は……まだいいや。魏延と仲良くしてて貰えばいいし」
「うん、そうだね。僕たちにとっても、彼らの経験してきたあたらしい世界の知識は、とっても重要なはずだ。その『司馬仲達』ってやつとどう向き合うか、についての方向性も見つかるかもしれないし」
「ありがとうございます。それでは、曹植殿、関平殿と、この内容は読み込ませていただけたら」
「存分に」
そうして我らはその、呂玲綺殿や、あの三兄弟、そして張遼殿らが知る、「まことの呂布の生涯と信念」について、まとめられた資料を読みふけりました。
そんな中、鳳小雛殿、と言いましたか。航海中に大いにお世話になった『人工知能』殿、喬小雀殿の大元というお方にも、なにやら動きがあるようです。
『この地上絵の儀式、まさかこれは、なんど? のあ? ばいなり? そんなことが……』
お読みいただきありがとうございます。