百三十四 灯火 〜聖女×宣教師=??〜
あたしはゼノビア。私の武の師匠にして最強超人キョーイ(姜維)、政の師匠にして曲芸改革師トトガイウス(鄧艾)、文の師匠にして常夜の書記ヒイ(費禕)。
彼らの動向は、何度か送られて来ていた手紙から、なんとなくは知らされていた。だが、その内容があまりに荒唐無稽で、いつも通りの三人すぎた。だからマニとあたしは彼らが帰って来てから、まとめて説明を受けようと話していたんだ。
だけど、今のこの三人から、十分に話を聞けるか……あ、大丈夫そうだね。焦っているのはキョーイだけみたいだ。
「それでキョーイ、あなたの後ろに隠れている、ちょっと綺麗すぎるお姉さんが、バルバラさんってことでいいのかな?」
「いひひ」
「鄧艾、お前ほっといたらいつまでも笑い続けそうだな。……ああ、そうだ。ギリシャで拾った、灯火の聖女バルバラだ」
「「拾った、って」」
「はい。姜維様に拾われた、バルバラと申します……ひっ」
「誰を怖がって……ただの人見知りかな?」
「しし、失礼しました。しばらく人と会わずにいましたので。昔はもう少ししゃんとしてたのですが」
「そそのしゃんとしたのを見てないから分からないんだけどな。いひひ、いろいろ殆ういから、世界で一番安全な所に連れて来ているんだ」
「トト、一番安全なところって」
「そりゃきょ姜維の背中に決まってるさ」
「「ああ……」」
どうやら、まだ彼女は放っておくと殆うい状況のようだ。まあ確かに、話を聞く限り殆うさしかないよね。いつ『殉教』ってことになりかねないくらいには。
とりあえず、急ぎの話というわけではなさそうなので、じっくり聞いてみることにしようかな。
「それで、どっから話してくれるのかな? 最初からでいい? お手紙はもらっていたけど、全然要領がつかめなかったんだよ」
「そうじゃな。あなた方の英雄譚、奇跡の軌跡。それはぜひ詳しく聞かせてもらわねば」
「人の営みのイデア。現実と理想。その完璧超人の困惑。俺たちも聞かせてもらいたいところだ」
「ひっ……」
「オリゲネスさん、プロティノスさん、いつの間に?」
「そりや、港でこいつらが、えらい美しい方と一緒に帰ってきたと聞いたからな。表も結構な騒ぎだぞ」
「そっか、そうだよね。ならとりあえず話を聞こうか。誰から聞けばいいんだろ?」
「んー、姜維は少し調子悪そう。トトはいつも通りのどもりと話のとびとび。費禕いつも通りの眠気顔。どうしよっか?」
「あ、え、そ、そしたら私が……」
「「「えっ?」」」
「ああ、まあ確かにあなたの方が、むしろ客観的に話ができるかもしれないね。それじゃあお願いするよ」
「はい。では……」
――
私はバルバラ。ギリシャとアナトリアの境にあるニコメディアの近郊の領主の娘、です。ここ数年、不作に加えて疫病が流行り、人々の暮らしは大いに苦しめられていました。特に幼い子供が病に耐えきれないことがおおく、若い方々の表情にも暗い影が宿っていました。
そんな中、私に訪れた奇跡はこれまでに二つ。いえ、三つ。一つめは、その疫病から子供達を少しでも救う手立てが見つかったこと。とある伝導者達が、我らの町に訪れた時のことです。
彼らは夕刻に到着すると、ややお疲れの様子。そしてランタンを持って出迎えた私を見て、このようなことを仰せでした。
「あなたのその清廉さは、まさに灯火の聖女と呼ぶに相応しい。あなたのその灯は、いつか多くの人の心を照らすことでしょう」
口説かれているのかな? と思い、その時は適当に受け流しました。
――あれ、この人意外としゃんとしているのね
――世間知らず、と言うわけでもなさそうですね
――け、結構強か、なんだぞ
ここでご質問ですか? まだ本題に入っていませんが。あ、違うのですね。では続けます。
数日滞在し、街の人たちの表情や暮らしぶりを見て、彼らは「救い」という言葉を口にしつつ、励ましの言葉をかけます。
そんな中、いくつかの言葉が、私の中で引っ掛かりを覚えます。
「人の身や心を蝕む悪魔は、必ずしも目に見える大きなものとは限らない。土地によっては蟻や蚊とて人の命を奪う力があり、一切れの腐りかけた肉は、子供を容易に苦しめる」
また別の日。嘆き悲しむ者は……という、いつものお話に加えて、このようなことを。
「日の光、灯火の熱、その下では悪魔も長くは生きられない。悪魔は暗がりにひそむ。故に、人の身も心も、暗いところに長くいれば、少しずつ蝕まれる」
あれっ? と、思いました。この二つの悪魔さん達は、同じ悪魔さんでしょうか? そして、私が灯火さんなら、その悪魔さん達を退けられないでしょうか?と。
――いきなり発想がずれたね
――悪魔さんがいきなり可哀想なことになるよ
――へへっ、ここは黙って見ていて良さそうだぞ
?? そうして、試してみたのです。赤子や幼子の使う物、弱った病人の衣服や小物。それらをできるだけ日に当てたり、できる者は熱い湯に浸し、そうしてから触れるようにさせてみました。
すると、少しずつですが、お腹を痛める子供や、傷口を膿む人達が減ってきたようなのです。もしやこれは、悪魔さん達がお逃げになったのでは、と。
そんな話を伝道者さん達にすると、
「もしや、我らの話からそのようなことを? 確かにローマの市民は湯に浸かり、身を清く保つことで、病魔を防ぐと聞くが、人ならぬ物であれば、さらに強い熱で、見えぬ病魔を退治できるのか?」
「それが真だとしたら、あなたの為したことは、まさに聖女と言えるでしょう」
そうして、「灯火の聖女」の名が、ニコメディアの都や、遠くローマにまで広がり始めた、と聞きました。そしてそれは、少しばかり困ったことを巻き起こしてしまうのです。
――なんか思ったよりふわふわした聖女さんだこと
――でも発想とか、思考はすごく鋭いんだよね
――そ、そうなんだよな。あまり勉強はしてねえんだけど
――――
私はククル。テスカトリポカとテペヨロトルの二人が、とんでもない依頼をしてきた。
「つまり、鳥のように空を飛んで移動したい、って言うわけではなくて、少し高いところから物を見られるようにしたい。それくらいでいいってことかな?」
「ああ、そうだな。望遠鏡ってやつも使えば、もう少し遠くが見えそうなんだよ」
「あの河の周り、草原が多いんだけど、時折木が茂っていたり、砂漠があったり、とにかく広すぎて探索がおぼつかねえんだ」
「河沿いだけでとりあえず満足はできないの?」
「その河沿いだけでも、広すぎるんだよ」
「ちょっと想像つかないけど、まあ気持ちはわからなくもないね。南の国では、すぐ近くに山の壁があるから、上空から見渡すことも無理なくできるんだよね」
「夜の、いや、夜明けの都の周りも、高原だからな。海岸の方まで見渡せるだろ? だから『俺たちの住むところはこの辺まで』っていう線引きが簡単なんだよ」
「だけど、広すぎてどうしていいか分からないから、空から見たいって言うのは、だいぶ高望みじゃないの?」
「んー、ククル、いや、ククルカンの名をもつあんたなら、何か出てきそうな気がするんだけどな」
「簡単に言わないでよ。ん? どうしたのマヤウェル?」
「火が、上に、のぼる? お湯も、上に、のぼる?」
……マヤウェル、少しずつ言葉を覚えてきたけど、今の話を聞いていたのだろうか?
「んん、確かに、火だったり湯気、煙は高いところに上がっていくよね。それはおそらく、暖かい気が上に昇るから、だけど」
「なら、その暖かい気ってやつを閉じ込めれば、上に上がっていくのか?」
「そうかもね。紙や布を燃やした燃えかすも、舞い上がるもんね」
そうすると、遠くで聴いていたショチトルがいつの間にか、四角錐状に形を作った紙をいくつか作っていた。そして、かまどの火の少し上にのせる。
すると、その紙の錐体は、ふよふよと浮かび上がり飛んでいく。ひっくり返って日の中に落ちたり、上がらずに落ちたりするのものあるが、飛んでいくものもいくつかあった。
「くらげ? いか? ふよふよ」
「あっ、マヤウェル、火に近づいちゃダメ!」
「あい」
「……飛んだな」
「……飛んだね」
「つまり、火の周りの気は、上に上がるのじゃ。暖かいから上に上がるんなら、こんなふうにすれば、飛ぶことも叶うのではないかえ?」
ショチトルは、マヤウェルに持たせていた紙と鉛筆をかりて、円形の下に火を書いてみせる。
「うーん、その下に人が籠かなんかで乗れる? 熱くならないように上手くやらないといけないけどね」
「燃料が軽くないといけねえな。それに、上のやつが燃えたらおしまいだ」
まあ、課題は山積しているように感じるが、何かしら出来なくはなさそうだ。
「たしか、紙も布も、材料によっては燃えにくくもなるんだっけか?」
「そうだね。描きにくいからそんなやつを使いはしないけど、試せるものはあるかもしれないよ」
「あるぞい。紙や織物の材料としては良くなかったものも、いくつか残っておるのじゃ。一つずつ火にかけて試してみると良かろう」
そうして私たちが試行錯誤をしていると、街を行き来する丁奉や凌統が、こんな提案をしてくる。
「とりあえず張嶷と諸葛恪を連れてくるぜ。多分そいつらが一番役立ちそうだ。それと、機工に関しては、西の本国にすげえ奴がいるから、彼らにもいずれ伝わるようにはしておくよ」
「本国のすげえ奴、って、もしかして孔明ってやつ?」
「まあそいつは全般的にすげえ奴だな。だけどこう言う話に関しては、その奥方の方がすげえ。それ以外にも何人かいるからな。まあ気長に行こうぜ」
「うん。テスカトリポカ達も、急が必要はないはずだからね。土地は逃げないからさ」
「だよな。それにしても、未来の未来には、そんな形でふよふよと浮かぶんじゃなくて、思った通りに人が空を飛ぶ、なんてこともできるようになるのかね?」
それを聞いたあたしは、それが多分現実になるだろう、という読みはある。でもそれがいつかは分からない。そんな答えを彼らにしてみた。
「まあ、俺たちは俺たちのやることをやるだけだな。未来に向けて一歩一歩進んでいる。今のこの『海橋の道』は、確実にそう言う仕事になっているはずだからよ」
間違いなくその通りなんだろう。だからこそ、この未来に向けた歩みを、少しずつ、焦らずにすすめていくのが、あたし達のやること。この時はみんな、そう考えていたんだ。
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