百三十二 武道 〜匈奴×呂布=極致〜
「呂布がたどり着いた境地。それはまさに、『武』そのもの。戈を止めると書いて武」
「「武」」
「アイラ殿、テッラ殿、呂玲綺殿。呂布からの届け物は、とうの昔にあなた方の元に届いていたのでしょう」
「「「!?」」」
「圧倒的な武があれば、苛政も反逆も止められる。それは、あなた達にどう伝わっておいででしょう?」
孔明殿の問いかけに、呂玲綺達が答える。
「誰よりも強ければ、誰も殺さなくてよくなる」
「その強さを得るため、戦いを楽しみ始めたこと」
「強さを得るために、かけてきた千年があること」
「それが間違っていないかも知れない。父様がそこまで辿り着き、その父様を討ったあんたたちが、三十年かけてこんどはここまで辿り着いた。そこに何か意味があったとしたら」
もしかしたらこれなのか、と思い、私が口を開く。
「孔明殿、もしやそれは、彼らのなしている戦道具への工夫のことでしょうか? 落馬の衝撃から頭を護るのに特化した兜」
「かも知れません」
すると、馬超、祝融が声をかけてくる。
「この前、こいつらから奪い取った弓、使ってみたんだが、これ威力が強い割に、遠くに飛ばせねえんだ。近距離では十分な精度が出るんだがよ。それに、矢には何の工夫もねえ。たまに矢とも言えないような棒切れ射ってきたし」
「近距離で相手を射抜くにはそんなに威力いらないはずなんだよ。それであたしら考えたんだけどさ、これもしかして馬から落としたり、盾を持った相手を吹っ飛ばしたりするのを狙ってんじゃないか? ってね」
「ふふふっ、そうだね」
「へへへっ、その通りだよ」
「それに、あなた達二人の武器も、鞭と棍。いずれも馬からはたき落とし、吹っ飛ばしたら終わり、という武器だ。刺し貫いたり切り裂いたりと言った力は、ある程度しかないのではないか?」
「……なるほど、あたし達は、知らず知らずのうちにそうなっていたんだね。あたし達は、たくさん鍛錬をし、たくさん実践に出て、たくさん考えた人が強くなる事を知っていた」
「……そういうことか。だからボク達は、どうやって訓練でも手を抜かずに戦えるか。どうやったら被害を抑えながら、戦いの場を増やせるか。そんな事を考えているうちに、辿り着いていたんだね」
「……馬から落とせば。馬を止めてしまえば。吹っ飛ばして戦えなくしちゃえば。それで勝ち負けは決まる。なら、命を奪う必要はない」
「不殺の戦闘民族。否。武道民族、と言ったところでしょうか」
「武道民族、ねぇ。そんな生き方が有り得るのかな」
「武道民族、かあ。でもボク達はなんとなくそこに向かっていたんだよね」
「無論、その圧倒的な強さあってこその、戈を止める力と言えましょう。ならばそれを究めるのには、そこをよくよく見据える事こそ大事と存じます」
「殺さないこと、死なないこと」
「よく戦い、よく学び、よく考えること」
「戦いを楽しみ、成長を楽しむこと」
「すでにあなた方の中に、全て『言語化』された、武の道がおありのようです。それならば、私どもも引き続き、その武の道をもって、皆様とのお相手を続けていくことこそが、その答えになりましょうか」
「つまり、戦いの場は常にあって、そしてその時には不殺の武具、不死の防具をまとう。例えば落馬した者は退場、とか、歩兵なら背中をついたものは退場、とか決めておけば、いたずらな追撃も負傷もない、と」
「自分の命は自分で守らなきゃだめだよ。相手が何を持っているのか。何をしてくるのか。それはちゃんと構えていないといけないんだ。じゃないと、いつかそんな悪い強敵が現れた時に、間違った戦い方をしてしまうからね」
「その辺りの『話し合い』は、定期的に実施すればよろしいでしょう。おそらく魏も、あるいは呉とてその枠には入ってくるかと存じます」
積年の重責と因縁について話し終え、再び黙って話を聞いていた陛下が、いつもの口調に戻って語りかける。
「不殺の武闘。それがどのように発展していくのか、それは百年千年そうなのか。その辺りはまだ我らにもわからない。だが我らは幸か不幸か、千年以上に及び、命のやり取りをする戦をつづけてきた。だからこそ、その記録と記憶が途絶えることはそうすぐではないはずだ。きっと上手くいく」
「そうだね。父様。これならいけるよね?」
「レイキ姉、大丈夫だよ!」
「レイキ姉さん! これからだよ!」
「そうだな……ではこちらから、魏延、馬謖、王平をしばらく預ける。彼らと互いに話し合い、『認識のずれ』が起こらないように詰めていってくれ。彼らは様々な知恵を絞り、より良い形を見つけられるはずだ。いいか三人とも」
「承知!」「かしこまりました!」「御意!!」
王平、声でかいな。
「うふふっ、よかったねレイキ姉」
「なな、何が良かったんだよ? まあこいつらならしっかり話せそうだけどな」
「えへへっ」
「それにしても、あたし達が楽しいと思っているのは、本当に『戦い』なのかな」
「その答えが見えた時が、ボク達がその道を『極めた』ってことなんじゃないかな」
――――
彼らが一度軍をまとめ、引き上げようとする。そして、この仮城塞は、魏延らがここに残るための仮宿として、当面は置いておくことになるようだ。
「そう言えば孔明殿、調査師団の左翼、馬岱や黄忠殿の騎兵はどちらに?」
「ああ、彼らには、『何か見つかるまで、ひたすら北上を。安全第一』と命じています」
「えっ」「あっ」「まずい」
孔明の戦闘に、アイラ、テッラ、呂玲綺が振り返る。
「北って言ったよね? 多分あなた達の調査力、特に黄忠なら、この数日で三千里(千二百キロ)くらいいけるよね?」
「だとしたら、多分ぶつかるね、あいつらに」
「危ないね。あそこに近づくと容赦ないからな」
「あいつら……よもや」
む? あいつら? そして孔明殿には何か心当たりが? 問いただそうとすると、来たから馬岱、馬雲録らが駆け戻ってくるのが見えてくる。
「どうしたのだ? 軍は?」
「はあ、はあっ……ほぼ全滅。なんとか逃げおおせたのが我ら数千のみ、です」
「「あちゃあ……」」
頭を抱えるアイラ、テッラ。
「黄忠殿、張任殿は?」
「お二人が、どうにかして軍を引きつけ、我らの退路を作って下さった形です。彼らは散開していた我らを一人も逃すまいと、容赦なく我らを射落として来ていました。なのでお二人もどうなったか……」
「なんにせよ、そなた達だけでも生きて戻ったのがその成果と言えよう。追撃は……王平、見えるか?」
『否』
王平が大きな板に、一文字で返してくる。
「それで、なにがあったのだ?」
「我らがここから三日ほど、大きく散開したまま四千里近く進んだところでしょうか。遠くに一つだけぽつんと、城市のようなものが視界に引っかかりました。そこで一度足を止めて集結しました」
「近づく前に様子を伺うと、かなり広範囲に哨戒しており、非常に警戒心が強い様子が伺えました」
「気づいた時には手遅れでした。おそらくその哨戒網の一つに察知されていたのでしょう。我らは退路を絶たれ、二十万ほどの騎兵に先回りされていました」
「どうにかかわしましたが、執拗に追いかけてくる彼らに対して、何度も足止め隊を分ける以外に、振り払うてはなかった、というのが実際のところです」
「騎兵、か。どんな者らなのだろうか」
「おそらく鮮卑です。ですが、複数の種族が混ざっていたように見えました。ただ、顔を覆う面兜だったので、詳しくは分かりません」
「とにかく騎馬が素早く、匈奴と似たような弓で、貫通性の高い矢を打って来ていました」
「向こうは昼夜を問わず執拗に追いかけて来たので、こちらも駆け通すしかなかった、という形です」
黄忠殿、張任殿。無事でいてくれればいいのだが。そして、その執拗さは、よほど見られたくなかったのだろうな。
「だがそなたらのおかげで、未知の勢力の存在に気づけたのだ。あまりにも犠牲が大きすぎるが、任務としては達成したと言っていいだろう」
「アイラ殿、テッラ殿。あなた方の拠点ではないということですよね?」
「うん、ちがうよ。いつからか、あるところから北にはいけなくなっているんだ」
「そうだね。まだ全面的にぶつかったことはないけど、鮮卑だけならともかく、どんな奴らが集まっているかわからないからね。こっちから刺激しないようにしているんだよ」
「鮮卑も、西の匈奴もこのところ大人しいからね。だけどなんかやっていることは分かっていたんだ。それも、どうやらその両方が連動していることもね」
「極め付けはその、ある程度北に進むと、執拗に追い立ててくるその動き。あたし達もそこまではっきり見えているものはないんだけど、間違いないよね。なんか大きな力が動いているんだよ」
「さっき二人が『合格』『資格』っていう表現しただろ? それには、あたし達と話し合うという資格に加えてもう一つあったんだよ。その『何か』に対する情報交換と、対応の協力さ」
なるほど。この執拗さ、漢土との距離。そして動きの規模を考えると、その厄介さは匈奴以上かも知れない。
そんな事を考えていると、孔明殿がなにやら考え込んでいる。
「孔明殿、いかがされましたか?」
「あ、いや、そうですね。一つの可能性に過ぎないという言い方にはなりますが。その『正体』。一人だけ、思い当たる者がいまして」
「えっ?」
「おっ?」
「漢土に一人、ある時を境に、姿を見なくなった者がいるのです。それは魏の国、若き策士にして、その力は郭嘉や荀彧、程昱や賈詡ら、歴戦の者らとなんら当たることのないその知性」
「まさかあの男……」
「策士と称するのが果たして正しいかも定かではない、その多才さと、隠しきれぬ野心。私自身、彼に対する警戒を一度も解いたことはなく、これまでも常に、その足跡を追いかけておりました。ですがそれもある時から全く追えなくなります」
そういうと、孔明殿は一息つく。すでに辺りは暗くなり始めており、表情もはっきりとは読み取れない。
「初めはそれと匈奴との戦闘激化と重なっていたので、なんらかの因果を疑いました。ですが、その辺りの振る舞い、有りようにどうも大きな違いを感じましたので、それは違うと断じました」
「ほう」
「ふうん」
「そして、ここでしたか。確かに鮮卑なら、つながりを作るのもさほど困難ではない、ですね。そこから北の地で、何をどうしているのやら。
その者の名は司馬懿。字を仲達。おそらく彼なのでしょう。決着をつけねばなりませんが、あまりにも、知らぬことだらけ。まずはそこからです」
お読みいただきありがとうございます。
かなり長くなった、一つのクライマックスとなる第十五章、完結です。
ここから間話をしばらく挟んで、最終第五部へと進みます。孔明、ようやく出番です。