百二十九 呪縛 〜(趙雲+馬超+孔明)×天地=対話〜
私趙雲と馬超。匈奴の若き主、アイラとテッラ。二対二の戦いは、ふたたび彼らに押し込まれる形で進む。
「うふふっ! ここまで耐えたのはあなた達が初めてだよ!」
「えへへっ! 二人どころか三人でも四人でも、ここまでは出来ないよね!」
すると、何やら周囲がザワザワし始める。誰かが来たようだが、そんな珍しい者など、誰かいるだろうか?
「えっ? 何故?」
「ええっ? こんな所に?」
純白のゆったりした長袍に、大ぶりの綸巾、やや大袈裟な羽扇。白い輿車に乗って現れたのは、こんな最前線には出る謂れのない御仁。
「孔明殿? なぜ?」
「孔明? あんたが孔明?」
互いにやや呆気に取られつつも、手や足は止めない。
「左様。私姓は諸葛、名は亮、字は孔明。先ほどのテッラ殿の、『三人でも四人でも』というお言葉をお聞きし、少々お二人に加勢させていただけたらと思いまして」
「聞こえてたの? ていうか加勢? あんたが?」ドゥッ!
「その女の人よりひょろい体で、実はすごい力? 聞いたことない、よ?」ヒュン! バシィッ!
「無論、誠に非力の身。この羽扇より重いものは手に余ります。なれば、口を出すくらいにさせていただけたらと存じます。この孔明、いささか頭の巡りには自信がございまして、それで気づいたのです。腕や体の力はどうにもならなくとも、目だけはある程度どうにかなると」
「ほほう」
「へへえ」
「そして、それを鍛える場は、幸いなことに皆様がお作りいただきました」
「確かにあんた、俺たちの鍛錬場に、四六時中入り浸りだった、な」ヒュン! カン!
「お仕事は全部丸ごと文官の方々や小雛殿に奪われていましたから、ね」ズン!
「ゆえに私は、趙雲殿、馬超殿お二人に口をお出しする形で、支援させて頂けたらと存じます。よもやこの二対三、卑怯とは仰せになりますまい?」
「うふふっ、問題ないさ。その考え方、面白い」
「えへへっ、そういうなら、お手並み拝見だよ」
「ではご遠慮なく。雲、右膝!」
「応!」ガイィン!
「ぐっ、なるほど」
「超、アイラ、雲、テッラ」
「なるほど」ヒュン! カン!
「分担、ですか」ガイィン!
「だけど、それを決めるのはあなた達じゃないよ!」ヒュン! バスッ!
「残念だが、そうでもねえんだ」ガギィン!
「ん? どういうことだ? 動きが噛み合い始めた?」
「超! 足元! 左肩! 雲! 右三分!」シュッ! ガンガン! カン!
「むっ? 指示が加速!?」
「馬超があたし、趙雲が兄さんって、そういう意味か!」
「そうか。主な担当を固めて、指示の受け、そして、どっちの動きを主に制するかを固めることで、分かりやすさを作ったのか」
「くふっ、だとしたら、あんまり惑わされない方が良さそうだよ兄さん。そういう指示の出し方ってだけだね」
「そうだなアイラ。別に馬超の攻撃がボクに来ないわけでも、趙雲の攻撃がアイラに行かないわけでもない。それにあくまでもボク達はボク達だ」ガイィン!
「両方を視野には入れつつ、主な注目先は分担する。それだけでだいぶ局面が変わったぜ」
「これで七分三分が、六分四分くらいには来た」
「超、右膝、左腰、鞭。雲、膝、腕、脇」 ガンガン! ガキン!
「っと、危ない」
「問題ない。いけるか?」
「だいじょぶ」
「やっぱそうだ。趙雲は兄さんに集中していてもあたしへの牽制ができちゃってるし、馬超はあたしを見ていながら、兄さんに圧をかけられているんだよ」
「そうだね。趙雲の槍がボクの棍を払ってアイラの足場がずれる。馬超の槍がアイラの体勢ををずらして、馬により大きな負担をかける。やるねぇ」
「超、右足元、右防御、押し下げ、雲。跳ね上げ、膝」
「何だこいつ、五手ずつくらい読んでくるよ?」ブンッ! カンカンカン!
「将棋や碁なら、この孔明、十七手ほどまでお読みいたします。超、右腰! 雲、切り上げ、上防御」
「その元々の読みの才能、が、訓練で目と頭を高速化して、使い手の戦いまで読み切る、か。天才かよ」ガイィン! ガンガン! シュッ!
「五分まできた。これならっ」
「この速さで読みを外す動きは出来まい」
「くっ、悔しいけどそうだね」
「ちっ、いう通りだ。効果的だよ」
「それに、我らの頭もだいぶ整理された。もとより馬超殿とアイラ、私とテッラという一対一では我らの側に分があり、先読みできない連携の妙でそれがひっくり返された。だがそれが読めるとなれば、少しずつ元の二つの一対一に近づく」
「くふっ、やるぅ!」カンッ! カンカン!
「超、着地直前、雲、跳ね上げ前」
「応!」ブンッ! ドンッ!
「ん、これまで足音なんてほとんどなかったな」
「孔明の指示が具体的になった。余裕が出てきたとみたんだろう。仕掛けだな」
「げっ! ちょっとずつずらしにきているね!」
「むっ、これは流石にきついか。ボクはどうにかなるけど、馬への負担が上がってくる」
「よし、少しずつ鈍ってきたぞ」
「足音が大きくなってきた。二人はともかく、馬は厳しくなってきたのではないか?」
「仕方ない。ここまでだね……フン! 喝ぁっ!」ブォン!
「そだね! フン!」ヒュン! シュッ! スタッ!
分の悪さを感じ取って、テッラが大喝すると共に棍を振り回し、その勢いで、アイラはいつのまにか戻ってきていた馬の方へと飛び去る。そして、やや距離をとる。
「うん、ここまでだ。『合格』だよ」
「そうだね。あなた達には『資格』がありそうだ」
一度離れる。再度仕掛けようにも、ぱっと見隙は見られない。なにより、どういう状況であれ『対話ができそう』という状況が作れたこと自体を、成果とみなすべきだろう。
そうなると、そこの羽扇より重い物を扱えない方が、明確に戦力として機能しうる。
「それは、どういう資格というべきでしょうか? 一言で申し上げれば、未来を語る資格、と申し上げるのがよろしいですか?」
「あんた、話を始めると一気に調子出てくるんだね。まあそれはそれで『強さ』なんだからいいと思うけど」
「そうだね。その通りだよ。漢と匈奴。そしてボク達が知っている世界と、あなた達が知っている世界。その全ての世界の未来について、語るための『合格』さ」
「なるほど。あなた方の勢力圏、文化圏は相当に広く、時に漢という国の持つよりも広い範囲に及び、各地の出来事や知恵を耳にされる時もありましょう」
「うん、もちろん、その情報の練度とか、情報の使いこなしの広さは、あなた達には遠く及ばないさ。文字、書物。その力は余りにも大きい」
「それと、人の数だよね。戦うにしろ、そうじゃないにしろ、新しいことを生み出すスピードは、やっぱり人の数だけ増えるんだろうからね。それも限度があるかもしれないけどね」
二人の発言を聞いて、調子よく話を続けていた孔明殿が、急におし黙る。
「ん? どうした?」
「羽扇が砂かぶって重いとか言わないよね?」
「あ、いえ、ご心配なく。……正直に申し上げますと、匈奴という民族の皆様に対して、いまだに昔の偏見が取り除けていない面がございましたことを、今ここにお詫びいたします。お二人のそのお言葉を聞く限り、もはや漢と匈奴というそれぞれの民、国の間に、本質的な知恵の差はとうに無くなっているように存じます」
アイラが軽口を叩いた影響か、近くに集まっていた将達の何人かも少しずつ口を挟み始める。例えば孟獲、例えば馬超。
「確かに南蛮は、こいつより知恵が回らねえと言われても文句はねえな」バシィッ!
「あんた、こんな時に何を言ってんだよ!」
「ダハハ! 羌族だって大差ねえな。こいつらの知恵は、生活を楽しく豊かにするためのものにちょいと偏りが過ぎるんだ」
「アハハ! 楽しくなけりゃ羌じゃねえ! 歌い踊るに妥協はしねえ!」
「ふふっ、それぞれ、なんだね」
「へへっ、そして、孔明の言ったことは、彼らと比べても、匈奴のもつ潜在的な知恵というのが相当な高さにある、と言いたそうだよね」
「その通りですな。間違いなく、その知恵、その思考。それは特に漢の血がどうこうではなく、長きにわたり広い地を駆け巡り、多くのものを見聞きしてきたからこそ、今のような形で進化を続けてきておいでなのでしょう」
「あたしたちが、ここまでの強さを得たのは、そんなに昔の話じゃ無いかもしれないね。だけど大きなきっかけはあったんだよ」
「知っているだろう? 匈奴は分裂した。実際には完全に分たれたわけでは無く、境もはっきりしなければ互いの行き来も妨げない。だけど明らかに二つに分かれているんだ。そして圧倒的に向こう、つまり西匈奴の方が広く、数も多い」
「そして、この高原近辺に取り残された東匈奴。分裂とどっちが先か、因果もはっきりしないんだけど、その頃から大きく増えてきた漢との混血。それと急激に膨れ上がった知識欲と、強さへの渇望」
「それがなきゃ自分たちは消える。そう捉えていたんだろうからね。とにかく今のボク達は、匈奴の半分、ではあるのさ」
「そしてその半分の皆様は、最強たるを目指すようになり、それに相応しい力を積み上げておいでです。蜀漢の五虎将や張遼、呂布と言った御仁は、熾烈な戦乱が生み出した、いわば特異な存在。そこに迫り、時に変える力を皆様がお持ちというのは、やはりあなた方の『強さの仕組み』は相当に高度なものと言えるでしょう」
「ふふっ、かもね。だけどそこが本題じゃ無い。そんな顔をしているよ」
「へへっ、そうだね。でもそれ自体に何らかの問題がある。そんな顔だね」
「そう。それが確実に問題なのだ、そして、それは一つの『呪い』ともいうべきものだ。ここに至るまでそう考えて、あなた方との対話の糸口をつかみかねていました。
「「呪い」」
「そう。ですがその憂いは、あなた方ほどの知ある方々なら、一度その考え方をぶつけてみてから、改めて論に入る事をした方が、帰って我らとしての真摯な対応なのではないか。そう思ってきたのです」
「なるほど。私達の強さを呪いなんて言われたら、確かに普通は怒るよね」
「でも、あなたのその、ボク達とは違う『強さ』を知った今、ボク達はそれに手をかけるまでは軽々しい行動はしない。むしろそこをしっかり突き詰められる。そんなことを思ったのかな?」
「はい。その通りです」
「では聞こうじゃないか。その呪いってやつのことを」
アイラ、テッラの四つの瞳は確実に孔明殿を捉えるが、敵意はない。いや、そもそもこの二人に敵意なんてものが存在したかどうか、そういえば思い出せない。
何にせよ、孔明殿の語る「呪い」。どう表現されるのか。
「あなた方が、その生きる全てを尽くして強くなること、戦うことを求めるに至った理由。
農作に適さぬ地にうまれ、その地に適した農業が熟さぬうちに人を維持せねばならぬ、大地と時の呪い。
南の敵地にはすでに文明が先行しており、時に敵視され、時に蔑まれる関係となっている。他者の呪い。
その文明とは一千年にわたり、様々な国と国、民と民として戦い続け、遺恨を育ててきた、因縁の呪い。
そして強さを育むうち、戦うことそのものを生きる意味、楽しさとなすようになった、生き甲斐の呪い」
「「……」」
「戦いに身を置かねば、強くならねば生き残れない。そもそもの呪われた出自の結果、強くなること、戦うことに楽しみを置くことで、大いなる力をつけるに至った。それは何というか、呪われた力という言わざるを得ないかもしれません」
アイラ、テッラは目を見開く。そして、同時に目をつぶり、しばし考える。そして、それぞれ答える。
「はじめの二つはその通りだね。生まれる場所、時は選べない。呪われた出自なんて、何通りもあるよ」
「そこにより強大な者がいて、そいつらが敵意を持つ。それ自体呪いだというのなら、そりゃそうさ」
「「でも」」
――ねえ、教えてよ。戦いを楽しい、って思ってしまうことは、本当に呪いなのかな?
――なあ、教えてくれよ。千年戦い続けたことに、意味がないなんてことあるのかな?
お読みいただきありがとうございます。