百二十八 死闘 〜(趙雲+馬超)×天地=絶技〜
関興と班虎。王平と李運。張苞、張翼と張家八将。それぞれがその力の限り向き合いながら、対話を重ね始める。
無論、手は止まっておらず、壁の上と下、魚鱗の歩兵と騎射。騎兵と騎兵。それぞれが激しくやり合いながら。
だがやはり思わなくはないのだ。この匈奴との戦いにおいて、とにかく死者の数が少ないということを。
匈奴兵は硬い鎧に、落馬の衝撃を防ぐ兜。そして落馬したら一目散に逃げるその割り切り。
蜀漢兵は、堅牢な鎧盾に、怪我をすればすぐに入れ替わる連携、とにかく致命傷を避けるその守り。
それに心なしか、「命をやり取りするべき相手ではないのでは?」という心持ちが、どちらともなくあるような気もしてならない。
そんなことを思っていると、赤兎の集団が、いくつかの魚鱗の隊を、半ば踏み越えるような荒々しさで突撃してくる。すぐさま魏延が隊を率いて迎え撃つ。
「ずいぶん派手な登場じゃねえか呂玲綺!」ガギィン!
「あんたらの守りが巧妙だからね! これくらいしないと突破できないのさ!」
「そういやあんたら、何でここまでして、『誰よりも強くなろうとする』んだよ?」
「ん? 言ってなかったっけ? 『誰よりも強くなれば、殺す必要がなくなる』 って」
「ああ、やはりな。殺す必要が、ってところだ。あんたらやっぱり、殺すことには忌避感が全くないわけじゃあない。だがその反面、戦いそのものには大層乗り気だ。それだけが楽しみだ、って言いたいかのようにな」
「ふふっ、あんたらはそうじゃないのかい? 匈奴を皆殺しにしたいかい? さっさと戦いを終わらせて帰りたいかい?」
「ちっ、妙な聞き方をしてきやがる。まあそうかもな。関羽張飛、趙雲殿らは三十年四十年。俺だって二十年、戦いに身を置いてきた。そんな中で、それがただ殺戮を目的としたようなものだったことは一度もねえ」
「そうだね。この後漢末、三国の戦乱の世の中で、殺戮そのものを目的にしていたことのある人はいないんだよ。たまに、何かの理由で怒りに任せてそうしちゃった人は居たけどさ」
「ああ。そして、そんな暮らしの中で、自分がもっといい戦いができるってことに、楽しみを覚えるようになったのは、そんな最近のことじゃねえ。そんな気はしなくもねえ」
「そうだね。それなら、あたし達と何ら変わらない、ってことになるんじゃない?」ガンガンガン!
「ぐっ、そうかもな。ならばどうなんだ? 陛下や孔明が頭を抱えている、あんたらとの戦いをどうやって終わらすか。その悩み自体が無駄だってことなのか?」ガイィン!
「さあね。ただ、論語やお経があたしやアイラ、テッラに響くとは思っちゃいないんだろ? それならその人達に、なんか答えを出す力はあるのかもしれないよ?」
「さあ、どうだろうな。孔明が言っていたんだよ。その答えは、俺らとあんたらの対話の中にこそあるのかもしれない、ってな」
「アハハ! そりゃ面白いね! 天下の大軍師が、その知恵の向こう側に、あたしらの戦いの中から出てくる答えを望むのかい。それはそういうことなんだね。孔明がその答えを見たってことは、あとはその頂点の対話を見極めるのが良さそうだ」ブォォン!
「ちっ、行っちまったか。頂点の対話、か。だとすると、あっちだよな。もう始まってるかも知れねえ。急ぐか」
魏延と呂玲綺の戦いを眺めつつ、そこに注視するのを許さない、ひりついた圧が迫り来る。どうやら馬超も、それを感じ取って私の元に寄ってきた。
すると迫り来るのは、まだ体が成長しきっていないような小柄の二人。一人は、鞍の上に立ったり、飛び跳ねたりを繰り返しては、こちらの騎手を的確にはたき落とす少女。もう一人は、豪快な棍棒捌きで、こちらの魚鱗をまるごと吹き飛ばす勢いの少年。そんな動きを見せながら、ついに我らの元に姿をみせる。
「ふふふっ、なんか面構えがだいぶ変わった気がするよ、趙雲さん、馬超さん」
「へへへっ、この国の人たちは一気に強くなった。その理由の一つでもありながら、その理由自体を自身の強さにも取り込んだってところかな?」
「あんたら、そんなに諜報とか念を入れているふうには見えねえんだが、そんなことまで分かるのか?」
「あははっ、諜報ね。ある程度はできちゃうよ。ほとんど漢人の仲間もいるし、互いの身内だっていなくはないさ」
「でもそこまで詳しく調べてはいないよ。さっき言ったのは、ここまで来て、皆さんと戦った雰囲気から帰ってきた、そう、手ごたえってやつさ」
「手ごたえ……」
「関羽さんの、一瞬の虚実を操る気構えとその目。
張飛さんの、常在戦場を作りだす槍と口の対話。
趙雲さんの、挑戦的集中を基にする忘我の領域。
黄忠さんの、幸運を取り逃さない心構えと鍛錬。
馬超さんの、連携を繋ぎ、理を超える共鳴の絆」
「そんなのが、将の全て、それに一兵一兵から、次々に伝わってくるんだ。それはつまり、あなた達の力。文字、そして言葉で伝え、残し、理解する力」
「その力を、もともと強い力を持っていた人たちから受け継ぐのに使うこと。それを考えだした知恵。その全てが、あなた達の国の力というのなら」
「その力を、一度みんなに受け渡し、その上で元々の力をさらに大きく伸ばすこと。そんなことまでして、ボク達に立ち向かうというのなら」
「「相手にとって不足なし。いざ!」」
二人が一斉に向かってくる。
だが私にも、馬超にも油断は一切なかった。なぜなら彼らが、一言一言紡ぐたびにその気を乗せていたから。そして、彼らには一切奇襲のつもりなどなかっただろうから。
「言いたいことだけ言って向かってくるとは、ガキかこいつら!」
「うるさいおっさん! もとからそのつもりだったくせに!」ガギィン!
アイラの変幻自在の鞭。だが馬超は、その動きを見て、必ずしも全てが有効打にはつながらないことを見切る。そしてそれだけを防ぐ。
「ふふっ、やっぱり違うねあんたらは」
「お褒めに預かり結構」ブォン!
槍を振るうと、馬上にも関わらず器用にかわすアイラ。そして、私もよそ見している暇はない。
「その槍、少し重さを変えたのかい?」ブォン! ガギィン
「そうだな。より強き者と対峙するには、あの槍では足りなかった故な」
愛用の槍が、少し軽すぎると感じたのは、あの戦いの時だった。関羽殿の青龍偃月刀、張飛殿の蛇矛。それに対して私の槍は、手入れは行き届いていたとされるが、それほど特別なものではなかった。
なぜなら、あまりに多くの者を相手にすれば、どんな槍でもすぐに使い物にならなくなるから。だから、結局、出来合いの槍でこれまで戦ってきたと言える。
そう。一撃で決まらぬことなどなかった故。何撃も戦うなら、折れ曲がっても取り落としてもならぬし、相手に負荷を与えねばならん。
ちなみに馬超の槍は、よくある馬上槍で、たまに投げたりもするらしい。背中にいくつか予備を背負っているが、その全てが特別に自分用に作らせているのだとか。短く取り回しがよく、それでいて程よく重い。
「どうやらあなたは、あれだけ戦っていたのに、自分の武器に目を向けていなかったんだね。そんなに、あなたには『敵がいなかった』というわけかい」ガシイッ!」
「人聞きの悪い言い方だが、それに気づかせてくれたのはそなた達だよ。強敵と戦うための武器という考えは、それなりに思いを凝らす必要はあったさ」
そう。よく考えると、ただただ強敵に相対するために特化した武器ってなんだ? と考えに考えた。そして関羽殿や張飛殿に相談すると、こう返ってきた。
「槍だろ」「槍でいい」
つまり、槍であることは変わらず、様々な工夫を凝らすことで、この場に帰ってきたと言える。
「重さ、重心。総鉄? そして、手元には持ちやすさと、手への不慮の負荷を減らす工夫、かい」ゴイィン!
「そんなとこさ。これくらいではないと、衝撃を与えられんからな」ガン! ゴン! ゴン!
「なるほどね! そうだよね」
そう言いながら、前回と同じように、アイラとテッラの距離が縮まる。
「前回のようには行かないんだろうけど、ね!」
前回のように、アイラが馬上でかわしながら、テッラが下で攻撃を合わせる。その動きの連動は完璧。だが完璧ゆえに、もしかしたらという予測もある程度成り立つ。
「へへっ、やるねえ。これならどうかな?」
アイラが自分の馬の尻を叩き、どこかへやってしまう。そしてテッラの鞍、馬の尻、棍棒、肩と次々と飛び移り、こちらに鞭を入れたり、飛び蹴りを仕掛けてくる。
そしてテッラは、そのアイラに合わせて武器を振るうような動き。何というか、アイラそのものがテッラの武器になったかのような、そんな一体感。
「くっ、やり辛え。長え槍が、自由自在に動いているみてえだ」
「だがこちらも二人。自由にはやらせんぞ」
どうやらこうなると、周囲は入ってこれないようだ。入ってきても、こちらが動きを乱されるわけではないが、単に巻き込まれて大怪我をするのは加勢した方なのだろう。それほどに目まぐるしい動き。目で追うことすら困難か。
アイラの変幻自在の攻撃を、的確にテッラが支えつつ、テッラ自身もアイラの足の力を利用して棒撃を繰り出してくる。力強く、そして素早い攻撃。
馬超と私も、相当に息のあった連携なはず。テッラの棒を私の重槍で受け止めた瞬間、わずかにずれたアイラの足場を馬超が薙ぎ払う。だがあっさりかわされる。そして蹴り返される。
「うふふっ! ここまで耐えたのはあなた達が初めてだよ!」
「えへへっ! 二人どころか三人でも四人でも、ここまでは出来ないよね!」
何と楽しそうに戦う彼ら。だがこちらは流石に厳しい。馬超の五本の槍の予備も、残り二本。明らかにこちらが押し込まれる。再び敗れるのか。そんなことが頭をよぎる。
すると、何やら周囲がザワザワし始める。誰かが来たようだが、そんな珍しい者など、誰かいるだろうか?
「えっ? 何故?」
「ええっ? こんな所に?」
ん? ちらっと見ると、純白のゆったりした長袍に、大ぶりの綸巾、やや大袈裟な羽扇。白い輿車に乗って現れたのは、こんな最前線には出る謂れのない御仁。
「孔明殿? なぜ?」
「孔明? あんたが孔明?」
互いにやや呆気に取られつつも、手や足を止める余裕はお互いにない。それに、特段心配することもないようだ。
どうやら孔明殿の左右は、関羽殿、張飛殿が控えておいでで、今戦っている二人以外の兵達がそちらに向かおうとも、何ら不安はない。
「左様。私姓は諸葛、名は亮、字は孔明。先ほどのテッラ殿の、『三人でも四人でも相手にならないよ』というお言葉をお聞きし、少々お二人に加勢させていただけたらと思いまして」
「「ちょっと意味がわからない」」
戦っている四人どころか、この戦場の二十万余の全てが置いてけぼりになるその提案。周囲の喧騒が一瞬ぴたりと止んだのは、先ほどこのアイラ、テッラがきた時のような、鋭利で重厚な威圧感に匹敵する、諸葛孔明のもつ特有の雰囲気、と言うわけでは決してない。ただ純粋に、この方の言の真意を誰一人分からずにいるだけと言える。
お読みいただきありがとうございます。
*画像は生成AI作です。構図はそう簡単には直らないようです。