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百二十七 真打 〜蜀漢×匈奴=??〜

 風が、草原を叩く。

 日差しが、大地を差し貫く。

 奴らが来る。それだけで頬がひり付く。


 すでに肉眼でも捉えられる距離に迫るのは、もともと三つに分かれていたはずの軍団。騎兵ばかり、十五万といったところか。


 対する我らは、歩兵十八万、騎兵四万。拠点ができていなければ、かなり不利を強いられたであろう陣容。その上、敵軍を率いるのはあの天地の子、厄災の神鞭。


 心なしか、機嫌を損ねているかのような、だがそれでいて高揚するような、そんな表情が、望遠鏡の向こうに見える。おそらくこんな会話が繰り広げられているだろう。



「ふふっ、やるねぇ。半分であなた達を相手しながら、残り半分でこんな立派な砦を三日くらいで作っちゃったのか」


「へへっ、さすがだね。多分孔明ってやつを連れてきたんだよ。この拠点なら戦えない文官も安心だからね」


「でも厄介だよね。歩兵が多い分の不利を、この砦で相殺してきたよ」


「これが漢という国の本気、ってことなんじゃないかな。建物っていうのは大きな武器なんだよ」


「あたし達も、気を引き締めないとね。野戦ばかりが戦じゃない。攻城ができてこその戦人だからね」


「さて、行こうか」



 駆け上がり、一気に壁まで迫る匈奴軍。


「壁が三重だね。矢を通さないようにしているよ」


「櫓には、弩かな? 連弩ってやつではなさそうだ」


「連弩ってやつは半信半疑なんだよね」


 我らは三万を砦に残し、左から歩兵を、後ろから騎兵を外へと送り出す。右には門はない。


「ふーん、砦にこもるのは戦略じゃない、か」


「あくまでも戦いに来たんだね。それは賞賛に値する、よ」



 歩兵は前回と同じく、複数の密集魚鱗陣を形成し、迎え打てるようにする。さらに今回は一つの仕掛けをしている。


「法正殿がなかなか面白いことを考えたんだよな」


「水の流れと同じではないか、って言ってたぜ」


「確かにそうなりそうですが、やりすぎるとばれる、ということですね」


 突撃してくる匈奴。変わらず豪弓での騎射と、それに続く槍や棍での打撃。魚鱗からは足元に槍を出し、目くらましの矢を射る。


「ぐっ、勢いが前にも増して強え。しっかり盾で守れ!」


「盾から肘が出ていると狙われるぞ!」


「正面にいるうちに矢を射掛ければ、向こうの動きを制限できる!」


 そうこうするうちに、敵軍は我らの魚鱗の間を駆け抜けていく。流石に魚鱗の正面を突破しようとする奴はほぼいないので、左右に分かれる。おおよそ均等、いや、どちらかというと矢を射やすい右側に抜ける者が多い。右手で矢を放つなら、左側に敵がいた方がやりやすいからだろう。


 そこに加えて、少しばかり左側が狭くなるように仕掛けている。つまり、いっそう右側に抜けやすい形を取ったのだ。紙や布の工業に従事している法正殿ならではの着想と言える。


 そうするとどうなるか。


「む? 右は壁か。ギャッ! 上から矢が!」


「上にも気をつけ……ダッ! 馬の足が刈られた!」


「いつのまに壁に近づいていたん、グッ!」


 そう。左壁の上には弓や弩兵が満載となっている。この距離で味方に当たる矢を射る阿呆は少なく、基本的に狙い放題といえる。壁上で弓隊を率いるは王平と関銀屏。


「ふふっ、やるねぇ、壁の方に誘導するとはね。みんな気をつけるんだよ!」


「へへっ、策ってのはいろんな人が考えつくんだね。できるだけ左に進むんだ!」


 匈奴兵。左に矢を打つと言ったが、別に魚鱗の右に抜けずとも、左には隣の魚鱗があるので、そちらを狙うこともできる。それと、体を捻って右に矢を撃てる者、左右逆手で右に撃てる者もいるようだ。


 こうして、先行隊には大きな損害を与えられたが、後半ですぐに向こうが気づいたため、途中からその損害は限られるようになった。



 だがこれだけでは終わらない。後門から出てきていた馬超隊、歩兵陣の向こう側から回り込み、魚鱗の間、敵軍やや攻防から無理やり突撃を仕掛ける。祝融、孟獲も大いに奮い立つ。


「初日は軍の圧力にやられたからな。お返しだ」


「左に抜けるのは少し手間だろうからね。ちょいと隙の多いやつが多そうだよ! お前さん! やっておしまい!」


「ガハハ! ちょいと出番が少なくて暇だったからな! 大暴れするぜお前ら!」


「祝融! 孟獲! かかあ天下に草原の風!」


「なんだそりゃ! ガハハ! やっぱり羌族は面白いな! 匈奴も面白いか?」


「なんだこいつら? 南蛮? 知らねえ!」


「漢のもっと南? 知らねえ! 羌は知ってる!」


「なんか派手派手だぞ! そして強え! グゥッ」


 ある意味これが、この戦いで、明確な形での初めての対話かもしれない。


「なんか抜けているが、明るくて面白えやつらだな。なんで戦ってばかりなんだ?」


「戦うのと、羊を飼う以外にやることねえぞ? 強くねえと漢とか鮮卑にやられるぞ? 死んだら肥やしだぞ?」


「なるほど。戦う以外に面白えことがねえんだな? 食ったり飲んだり、歌って踊ったりはしねえか?」


「食って飲むのは、力をつけるため。歌って踊るのは、戦いの気を昂らせたり、体の動きを良くするためだぞ?」


「なんだと……全部戦いに結びついちまってる、だと? 祝融、どうするよ?」


「あんた、中途半端だね! でもこいつらに根付いてるものがそれだってことだろ? あたしらだって大差なかったはずだよ!」


「ガハハ! 違いねえ! ならもうちょい付き合うぜ! おりゃあ! かかってこい!」


「ダハハ! 南蛮強え! 姐ちゃんも強え! レイキ姉ちゃんとどっちが強え?」


「ダハハ! わからん!」



 なにやら騎兵側が騒がしいが、戦いはまだ続く。騎兵の突撃で、さらに壁側に押し込まれざるを得ない者が増える。敵兵の被害も多いようだ。とはいえ、落馬したら逃げ去るのだが。


 そして中軍の我らは騎乗しており、少し大きい魚鱗として本陣を形成している。一度目は、それほど目立った交戦もなく、全軍が通り過ぎていった。


「こっちはこっちで、特に前線の損耗がはげしかったな。だが向こうも同じか、より多い被害を与えられてはいそうだが」


「次はどう来るんだ? あっ! そのまま反対側からくるぞ!」


「この方向ならやりやすいってことか。仕方ない、迎え打つぞ。後方、より左を狭くだ! 二列がギリギリくらいの狭さで!」


「「「応!」」」


 馬超とも連携し、なんとかして壁側に押し込もうとする我らに対して、できる限り壁から離れて歩兵と戦おうとする匈奴軍。


 互いの圧が高まり、時に魚鱗自体が崩され壊滅し、逆に匈奴の騎兵達が横から大きく崩れることも。


 特に狭い間を通り抜けようとする匈奴軍を、半ば挟撃するように槍を振るう歩兵、そしてその動きを巧みに誘導する馬超軍。自然と突撃の勢いは弱まる。



 だがその中で、異質な者らが存在した。


 大きな棍棒で盾ごと薙ぎ払い、魚鱗を正面突破する道を作り始める班虎。


 巧みな弓捌きで盾兵のわずかな隙間をつき、魚鱗陣を無力化し始める李運。


 時に魚鱗一つずつを包囲して一斉射撃したり、やや守りの薄い後方から突き通したりと変幻自在に動き始める張家八将。



 彼らは等しく我らに大きな被害を与えにかかる。だがわれらもそこで黙ってはいない。


「ちっ、関興か! すでに父にも劣らぬその青龍刀の威、誠に厄介」


「班虎、覚悟! いや、全盛の父ならその首はすでにそこになかろう」


「くくっ、そうかもな。だがそれこそが漢という国の強さよ。戦いが続く限り、必ず強きものが現れる。だがそうでない時は、腐る」


「腐る、か。それは班超様の時代のことか」


「そうさ。少しばかり戦の世に間が開くと、すぐに腐った役人や宦官の世がはじまる。ならば、戦いの中に身を置いて、心身を修める者が多い方がマシなのではないか?」


「なるほど、治世に魅力を感じぬか。それは漢から匈奴に渡った者らの総意か?」


「いや。一人一人違うぜ。だがその違いが、必ずしも悪いもんじゃあねえんだよ」


「そうか。皆戦う理由を持ち、それがバラバラでも戦う理由であることに変わりはない、か」ガンガンガン!


「そうだな。あんたらはどうなんだ?」


「我らは、敵がいるから戦う。いなければ戦わん。役人が腐ったら? そうだな。その時はまた呂宋にでも行くかな。姫には振られたが、まあ女などいくらでもいよう」


「なんか変なのが入ったが、まあ良いか。つまり、国のために戦い、理由がなくなれば戦わん、か。それもよかろう。だがそれで強さが保てる、のか?」ガイィン!


「それは考えねば、な」ガンガン!



 関興、呂宋で姫が弟の関索を選んだの引きずっていたのか……ではなく、それぞれの戦う理由、か。

 

 あちらでは、李運と王平が、壁の上と下でなにやら語らって? いる。王平は何かを書いて見せている。


「そなたは魏から背いて蜀に入ったと聞く! ならば匈奴とて同じことであろう?」


『天命。地理。人縁』


「なるほど。縁、か。祖先の李広や李陵にも、人の縁はあったのだろうか」


『李広、衛青。李陵、司馬遷』


「漢にも、彼らを想う者がいた、と。ならば匈奴に身を寄せる是非を問いたいのか?」


『否。天命。匈奴、人縁』


「! 匈奴にも匈奴で縁ができたのだろう。そう言いたいようだな。なかなか興味深いところを突く」


『匈奴、漢族、優劣、戦因?』


「私が戦う理由は、匈奴に身を寄せるという負い目、劣等感がなすことなのか、と? そうかもしれんな。だがそれを聞いてどうなる? 漢の蛮族に対する積年の偏見は容易には覆らんぞ」


『周囲、確認。羌氐、南蛮』


「……なるほど。蜀漢は、民族の融和で成り立っている、と。それは考えるべき要素なのかも、な」ヒュン!


『我不運、不足。矢、不当』


「くっ、ここに止まるのは危険だな。また来る」



 あちらでは張苞、張翼が、張騫様の後裔、張家八将とやり合っている。


「世界の広さを知った今、漢というのは狭きもの!」ガイィン!


「絹の道を使いこなすは漢のみにあらず!」ガンガン!


「なるほど、せっかく祖先の切り開いた絹の道の使われようにご不満か」ガンガンガン!


「最近ようやく、蜀漢から発したと聞いて、少し期待はしている」ヒュン!


「彼らが帰ってくる頃に、どんな変化があるか、少し期待している」ヒュン!


「あいつらなら、とんでもなく大きいものを持って帰ってくるだろうな」パスッ!


「だがやはり、漢という国の根っこのところへの不信はまだ拭えん」ドドド!


「結局この国が、どこに向かうのかを見定めるのは、漢の中では難しい」ガガガ!


「なるほど、確かにそういう心が芽生えて仕舞えば、そなたらの血族が漢に留まるのは難しかろう」ドドド!


「蜀漢、魏、呉。それぞれ何を思い、いかなる国になろうか」ガイィン!


「三国の小さき国。だがそこに想いがあるならば、大きな世界に一つの答えを見出せるか」ガンガン!


「ならしっかり見定めるがいいさ。そなたら八人が世界を見極め、頭をひねれば見えてこよう」ガイィン!



 そして、それぞれがそれぞれの視点で話をする中、魏延と呂玲綺は、三度目の邂逅を果たす。


 そしてこの趙雲、そして馬超も、アイラ、テッラと再び相対するときが、直近に迫っている。

 お読みいただきありがとうございます。

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