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百二十六 前夜 〜(劉備+孔明)×匈奴=結論?〜

 初日、向こうの騎射の戦術、そして豪弓の力に押され、周倉が負傷した。

 二日目、勢いづいた彼らを、魏延の策で誘い込み、さらに祝融、王平の『連弩』が敵軍に襲いかかった。

 三日目、疲労の極致の彼らは撤退し、変わった呂玲綺の騎射突撃を迎え撃ち、互いに激しい損耗となった。


 そして四日目。望遠鏡の視界ギリギリに見えたのは、五万以上の騎兵集団。おそらく彼らの主君、アイラ、テッラが率いているのだろう最精鋭。


「我らだけでは手に負えん。拠点ができているだろうから、早足で後詰と合流しよう」


「承知」


「それほど離れてはいないので、一日あればたどり着きます」


「馬超隊は、これまで通り呂玲綺隊の牽制に出てくれている。彼らも疲労が気になるが、まだ持つだろう」



 馬超隊は、一昨日こそほぼ哨戒しかしていないが、昨日は戦い倒しだった。大きな被害を相手に与え、あの豪弓も千ほど鹵獲したと聞いている。


 勢いづいている分、疲労がどうかといったところだが、その辺りは孟獲、祝融がよく兵達を見ているのだと言う。


「南蛮の医術は、特定の病気に対する知識というよりも、心身の健康を保つことに注力しているそうです。兵糧の中にも、しっかりと体を休めるための工夫がなされているとか」


「なるほど。羌族と南蛮族の交流、連携も深まっていているようだな。もともと底抜けに明るい両者だから、気が合うんだろうな」



 すると、普段はずっと話し続けている魏延が、声を発さないことに気づく。私だけではなく馬謖も。


「どうした魏延?」


「ん? ああ。王平の言った、書いた? ことが気になってな。羌や南蛮の絆が深まり、漢族との仲も良好だ。それが今みてえな時にはいっそう際立っているよな。その輪の中に、本当に匈奴が入らないのか。理由があるとしたらそれはなんだ、ってな」


「気質は明るい。そこは羌や南蛮、それに漢族のなかでも多くの武人にも通ずるものがある。考え方や信条も、これまでの調べの中である程度わかってきた」


「戦いを日々の思考の中心に置かないといけないのは環境がなせること。だがおそらくそれを不快とは思っていない。強くなることを正しいこと、そして快なることとして捉えている。それが一つの難しさ、か」


「それと、長年の遺恨もあろうな。漢族が明白な上下関係を強い、蛮族として忌避してきたその伝統。そこには匈奴のみならず、漢族からあぶれたもの達も多数」


「皮肉なことに、今の匈奴を率いているのは、全員が漢族の血脈だからな。兵達多くがそうなのだろうな」


「そういえばあいつら、分裂しているんだよな? 西と東だったか」


「ああ。あいつらは東だろう。東は先に衰退したと聞いていたんだがな。だが以前、楼蘭まで攻めてきたのがあいつらだったことを考えると、戦力を盛り返したんだろうな」


「もしかしたら、漢に近い側と遠い側、なのかもな」


「それはあるかもしれん。だとすると西の奥地には、さらに遠い者もいる、と言うことか」


「なら、多少なりとも近しいこいつらと対話が成り立たねえのなら、この話は続かねえな」


「そう言うことだな。張飛殿の言葉を借りれば、戦いもまた対話。私は今は、それこそが一つの切り口だと考えている。馬超もそうなのだろう」


「なるほど。魏延が意味もなく呂玲綺に突っかかっているのもそれか」


「なっ? 意味はあるだろ。あいつ賢いから、野放しにしたら何するかわからねえ。牽制だよ牽制」


「ほう。そうだな魏延。そなたもそこに光明を見出すのなら、軽口で済ませずに、しかと向き合ってみるのも悪くはないだろうな。それがそなたらのためでもあり、ひいては両国のためとなるかもしれん」


「お、おう……」



 そうしてやや賑やかに話をしつつも、着実に距離を詰めてくる匈奴の本軍を気にしつつ、後詰の控える南西へと足を運んでいく。


 その間馬超らは、呂玲綺率いる騎兵の動きを牽制し、我らの後退を支援する。



 そしてその夜。後詰の待つ、仮拠点へとたどり着く。


「なんだこりゃ、どこが仮拠点だよ? ほとんど城じゃねえか!」


「そうだな。土壁と堀が交互に何連も。これなら騎兵はほぼ動きが制限される」


「おお馬謖、趙雲殿、魏延殿、よくぞお戻りで」


「馬良兄貴、こりゃすごいな。孔明殿が自ら取り仕切って、法正殿と兄貴が十万の兵員を使い倒したらこうなるか」


「ああ。それに、土壁の中には竹組が入っているんだ。それで高さを稼ぎ、簡単には崩れなくなっている。月英殿らのご提案で、左慈殿、木鹿殿も大張り切りでな」


「なんか、実際よりも高く見えねえか? この縞模様か?」


「視覚効果、っていうものだそうだ。彼らの幻術の錯視まで取り入れているんだよ」


「とんでもなく本格的だな。祝融もそれをうまく使って、見事に策に嵌めてくれたからな」


「実際には弩の使い道はここだからな。あんな奇術じゃねえよ」


「明朝にはもう見えるところに来るはずだ。備え、と言う意味ではできうる限りの最大限だろうな」


「持久戦に問題がないことを向こうに知らしめつつ、その強さに真っ向から向き合う、だったな」



 そんな言い方をする馬良殿。どうやら三兄弟や孔明殿も、一つの結論に辿り着いた様子。彼らのもとに向かうと、ほどなくして馬超殿も到着。そして、先帝陛下がおもむろに口を開く。



「皆、ご苦労。これまでにないほど激しく、そして難しい戦と聞いた。われらも若ければそこに向かうのだが、こればかりは致し方ない。我らは我らで、急造の砦を建設し、なんとか向こうの本軍が来る前にそなたらを迎え入れることができた。

 そなたらの話は、逐一伝令隊を往復してもらっているから、全て耳に入っている。まことなら一人一人を労いたいところだが、すでに日は落ちて、しかと休息をせねばならん刻。ゆえに、そなたらの得てきたこと、そして我らが話を続けてきたことをもとに、辿り着いた一つの結論、そこまでの道筋、そしてこれからそこに向かうための策について、必要なことをまとめて話をさせてもらう。

 我らの辿り着いた結論は、『匈奴との融和は、何らかの可能性がある』というものだ。この融和というのは、これまで漢と匈奴、あるいは鮮卑などとしていたような、互いをよく知らぬままに駆け引きをし、互いに腹の探り合いをするようなものではない。真に互いを理解し合い、その上で互いを尊重できる、そんな融和だ」


 ここまで言い切ると、陛下は次兄、関羽殿の方に目を向ける。おそらくそれぞれの観点で、話を分担しておいでなのだろう。



「兄者や私、そして張飛は、これまで40年、戦に明け暮れてきた。その多くが、必ずしも得るものがあったわけではなく、そしてその戦い自体に意味を見出していたのは、ひとえに我らの宿願、漢室再興という一つの目標だった。

 そして三国並び立ち、ある程度安定な国の状況の中、それでも外敵の存在ははっきりと見えていた。つまり、我らは戦い続けねばならない。ならば、強くあり続けねばならない。それは、当然の帰結といえる。

 だが幸いなことに漢土においては、全ての民が、その得意不得意に関わらず戦いを第一義とせねばならん、というわけではない。程度はあるが、少なくとも武を志す者、故郷を守らんと欲す者らがその力を尽くせば、それでよい状況にはなりつつある。

 だが匈奴の方に目を向けたらどうだろう? わかっていたことだが、この地で麦や米を育てるのは厳しい。それゆえに、広大な地に対して、人は多くはない。それにいつどこで敵に出くわすか、いつまた漢や他の種族が攻め込んでくるかもわからん。ならば、この地に住む皆が、すべからく戦いに心を割き、すべからく強さを目指さねばならぬ者になる。それは悲しむべきかはわからぬが、彼らならの道理ではあるのだ。

 だからこそ、彼らの信条は極めて簡明だ。『戦うこと、強くなること、そして死なぬこと』。定住すらせぬから、知識を残すことも限られる。ゆえにその死者に対する関心のなさが、簡単に変わることはないのだろう。そして定住が難しいからこそ、拠点の存在は賊や獣の温床となるゆえ、見つけ次第徹底的に破壊するのだろう」



 そして、張飛殿が続く。


「いつからなのかは分からねぇ。だがあいつらの強さに、大きな変化が起こっているんだよな。多分きっかけは、漢の文化との混ざり合いだろう。漢からつまはじきにされた奴や、捕まって逃げられなかった奴。そんな奴らが集まると、最低限の書物なんかは揃うようになってくる。そう。知識がある程度伝わり始めたのさ。

 その上であいつらは、入ってきたあらゆる知識や信条を、強くなる方法へと落とし込んだ。孫子や呉子って分かりやすく兵法に関するものだけじゃあねぇんだろう。こうすれば馬から落ちても怪我で済む、だとか、こうすれば訓練を効率よく進められる、とかな。

 そこから先は、みんなが今向き合っている通りの状況だ。匈奴と言っても、主な将の全員が漢土に縁がある。まあ、他にもいるんだろうけど、そいつらは名をあげるという考えがねぇのかもな。そして、だからこそだ。あいつらとは明らかに、話は通じるんだ。

 言葉がどうとかいう話じゃねぇ。ある程度漢の側の知識や信条、そして血が入っている以上、何も分からねぇ存在では最早ねぇ。だが分かりやすい基準はある。あいつら弱ぇ奴の話は聞かねぇ。強ぇ奴の話なら、ある程度は聞く。

 分からなくはねぇだろ? 漢なら、知識があって正しそうな奴。経験があって、これまでに正しいことしてきた奴。そんな奴から話を聞いて、そうじゃねぇ奴からは聞かねぇはずだ。だとしたら、強さが最大の価値の基準であるあいつらは、そういうことだ」



 最後は孔明殿のようだ。


「つまり、私の話は聞いていただけないようなので、どうしても皆様に頼るしかありません。皆様がこれまで続けていただいていること。その先にあるものこそが、我らの目指すもののようです。

 つまり、とにかく力をみせ、当面はこれくらい、というところまで彼らに向き合っていただく。それしかないようなのです。張飛殿の『飽きるまで殴り合ってから、話をするしかねぇかもな』というのが、どうやら正着とみなさざるを得ません。

 彼らは、『用兵の巧みさ』『策の当たり外れ』『運の掴み離れ』なども含めて強さ、ということのようです。なので無論、皆様はこれまでのように手を尽くし、策を講じて、あの強敵に向き合っていただくこととなります。

 その上で、頃合いをみて話しかけてみて下さい。それは誰が話しかけても構いません。それに、何を話しかけるのかを決めることもありません。あなた方一人一人が感じたこと、それが正着になるのでは。今はそう感じている所です。

 遠い未来に、人工知能というものが生まれるそうです。なんの因果か、その一片が迷い込まれたことで、それを知った我ら。あの方に話を聞くと、『本当に疑問に思っていること、困っていることをその通りに聞く。それ以上に、この対話型人工知能を使いこなす手段は確立していません』だとか。

 人と人。そして、明らかにその考えの根幹が違う人と人。そんなところに、定型的な投げかけや、即物的な駆け引きなどは、おそらく意味をなさぬのでしょう。であれば、とにかく思った時が、皆様の聞き時なはずです。無念ながら私にできることは限られます。一人一人の皆様の力と叡智。それがこの国の、この世界を変えるのかもしれません」


 最後に、再び陛下がおまとめになる。


「そういうことだ。それぞれの策や、報告なんかは引き続き頼む。それと、黄忠や馬岱、馬雲録の騎兵部隊は、別任務に当たっているからそのつもりで。では皆、今日はゆっくりと休んでくれ」

 お読みいただきありがとうございます。

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