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百二十五 筋肉 〜(趙雲+魏延)×匈奴=乱戦〜

 翌朝。ここまで互いの突撃が一度しか発生しておらず、被害は相当に少ない。だが、膠着しているわけでも、進展していないわけでもない、そんな妙な戦いが続く。


 我らは、魏延の差金で後詰に伝令に行かされた王平の代わりに、再度編成を変えて張苞を右翼に据えた。そして、魏延や馬謖が彼らの対応を考えた結果、いくつかの可能性を見据えた万全な体勢をとる。


 夜が明け、再び匈奴軍が迫る。騎射か、突撃か。それともまた何か別の手か。


「おそらくだが向こうは疲労困憊だ。体もそうだが、頭はもっとな。だからそれほど突飛な手は打てねえはずだ」


「なるほど。そうなるとやはり、仕掛けてくるか」


「かもな。きたぞ!」


 突撃。こちらの中軍に、真正面から突っ込んでくる。そして我らはあらかじめ決めていたように、突撃を正面から受け止めないよう、中央を固め、左右に受け流す。


「魏延、そなたの行った通りだ。どうにか動けても、制御に甘さがでてくる、というところだな。普段なら自ら分断されるような動きはしないはずだが、歯止めを効かせられず、流れのまま左右に分かれているぞ」


「ああ。これで中軍だけでなく、全軍でぶつかれるぞ。あとは力と力だ。まさか負けねえよな?」


「無論」


 そういいのこし、私は右、魏延は左へと対峙しに行く。腕っぷしは平凡な馬謖は、中央から様子を伺いつつ異変を探る。


「さて、どうなっているやら」


――ぐっ、腕が持ってかれるぜ


――おおっ、まずい! 勢いがつきすぎる


――なんだお前ら、鍛え方が足りねえぞ!



 思った以上に状態が悪そうだ。だがこのままでは終わるまい。


「細かい動きはできんか。ならば仕方ない。この前中軍と右翼の間を駆け抜ける! 真っ直ぐに突き進め! 曲がらなければどうにかなるだろ!」


 さすが班虎。状況を瞬時に把握し、被害を最小限にするか。こいつを自由にさせていたら、こちらの被害も大きかろう。


「見つけたぞ班虎! そなたにとっては昨日一日とて肩慣らしでしかあるまい!」


「趙雲! そちらからわざわざ足を運ぶとは。その通りさ。ちょうどあったまってきたところだ!」


「ならばこれならどうだ?」ガキィン! ガンガンガン!


「ぐっ、さすが趙雲、重いな。だがそれでは私の守りは抜けんぞ」ガスッ! キィン!


「まだまだ!」


 百合ほど渡り合っただろうか。そして班虎は自兵がおおよそ抜け切ったのを見て、自らも駆け去る。



「今日はここまでだ! だがまだ我らはこんなものではないぞ!」


 やや強引に突撃して駆け抜けることになった匈奴軍は、少なからぬ被害を出しつつ、我らの後方に抜けた。左翼も大きくは変わぬ状況のようだ。


「あいつらの機転はやはり侮れんな。李運の野郎、半分いいから弓を引け、と抜かして、至近距離から射掛けやがる。それでしのいで抜けていったぜ」


「だが、戦力差もかなりついただろう。そろそろ頃合いなのか?」


「だろうな。一度あちらの伏勢と合流するんじゃねえか?」


「そして、一度態勢を整えてからまた来る形か。回復する前にどうにかするか?」


「出来ることならな。まずは、馬超たちが追撃を仕掛けるはずだ。その間、俺たちもあいつらを追いかける形で距離を詰めていこう。向こうが騎兵でこっちが歩兵だからな。追いつけるわけじゃねえし」



 そして、班虎、李運の軍は、一度大きくこちらをかわす動きをし、北へと去っていく。


「我々も北上だ。追撃するわけではないから、しかと状態を整えながら進むぞ」


「今の疲労状態は、二、三日で回復するはずだ。その間何もしなければ、だが」


「向こうの伏勢は、こちらからだとちょうど歩兵では一日のところか」


「騎兵なら一刻もかからないからな。まずは馬超たちが一度ぶつかるだろう」



 そう言っていると、望遠鏡でずっと様子を見ていた馬謖が、様子を語り始める。


「そう言っているうちに、向かっていっているぞ。ああ、あの後ろ向き騎射は健在か」


「あれか。ペルシャから戻ってきた徐庶殿のおかげで、我らも羌族らが覚えこまされているな。おそらく今は、比較的疲労の少ない奴らが後ろにいて、射掛けて来ているんだろう」


「互いに追撃はしにくくなったな。陽動ならともかくとして」


「いろいろな面で、互いの技術が洗練されてくると、壊滅的な被害になりにくくなっているのかもな」


「あいつらの兜も、落馬しても問題ないようにというのが優先されているからな」


「死者には関心を持たずとも、死なないようにと言うのは真剣になる。そう言う奴らなんだよな」


「心なしか、向こうの戦い方も、命をとることよりも、戦闘不能にする事を目指しているような気もするぜ」


「そして、死と同じく、怪我などで戦闘不能になった敵にも、関心はなし、と」


「なんかもう、あいつらが物事をどう考えて、どんな暮らしをして、何をしたいんだって、聞いちまった方が早いんじゃねえか、って気がしてきた」


「本来の姿は、それを探るという今回の目的を、一番上手く果たせそうなのがそれなんだろうな。本来の姿は、だが」



 話がややそれていくが、その辺りをどう探るかは、私や馬超の役目の一つなのかもしれない。張飛殿が前線から退いた今、槍で対話する、と言う役割が彼らにどこまで響くか。


 その時、馬謖が再び何かを見つける。


「伏勢、動き始めた。味方を取り込みに行っているな」


「大丈夫か? 勢いつきすぎると、突撃がぶつかるぞ」


「確かにそうだな。あっ! 問題ない。馬超殿、あれが羌族の連携か。それに南蛮とも相性が良いようだ。見事な連携だな」


「ん? 何したんだ?」


「馬を急停止して、各自右回りに反転して、すぐに離れていった。こっちに向かってくるな」


「すごい動きだな。普通、騎兵隊が反転する時は、個別に反転しようとしてもうまく回らなくて混乱するぞ」


「そうだな。あれが共鳴ってやつの境地だな。匈奴は……反転したくても疲れて動きの切り替えが鈍っているな」


「なるほど。それに、切り替えの決断も早いな。望遠鏡の使いこなし、か」


「だろうな。それで、後方を確認しつつこっちに向かってきそうですが、どうしますか?」


「良好な場所は……あの辺だな。少し小高くなっていて、突撃を吸収できそうだ」


「承知」


「馬超殿らは、速度を緩めて、向こうの増援を追いつかせようとしていそうですね。こちらの準備が間に合うのを見越していそうです」


「我らの力量や行動も、十分に予測できるのだな。視界と共通理解の両方があるからこそ、と言えるか」


「馬謖、俺は後方を見ておくぜ。魏と対峙している部隊が、こっちに戻ってくる可能性は高えんだ」


「わかった。任せる」



 そして、馬超対が後方から引きつけてくるのが、元の七万から、疲労が激しいのか後ろに下がった三万ほどに、伏勢として控えていた四万ほど。つまり、ほぼ変わらぬ兵数が、息を吹き返す形でこちらに向かってくることになる。


「半分をおいてきたか。だとすると、かなり緻密な攻撃をしてきそうだな」


「赤い影が見えるから、おそらく率いるのは呂玲綺。班虎と李運は残っているかわからん」


「馬超殿らは、矢を射掛けながら引きつけてきているな。前線同士は射ち合いになっていそうだ」


「こちらは騎兵四万に、歩兵九万。兵は多いが向こうは全て騎兵だからな。変わらず厳しい戦いではある」


「後詰や、左翼の偵察騎兵は少し離れたから、我らだけでの対応にはなりそうだな」


「そうだな。馬超は我らの間を抜けたがっているようだ。悪くないな。そのまま魚鱗で迎え入れ、後続の敵を迎え撃つ。それぞれ密集し、守りを固めよ。突破はされるがままで良い。できたら馬の損耗を狙え」


「「応!」」


 我らは、五百人ごとに密集陣を形成し、それぞれに突っ込んできたり、横を抜けて行ったりする敵に対応することとした。


「敵兵、至近から矢を射ちながら駆け抜けて行きます」


「こちらは盾で防ぎつつ、馬脚を槍で狙うか」


「やはり弓が強いですね。盾を持つ手ごと押し流されている兵も少なくない」


「槍は有効そうだな。落馬するものが増えているようだ。落馬したやつは……すぐに立て直して逃げて行くか。敵が次々に来るから追撃は無理だな」


「こっちまできそうだぜ。赤兎のお出ましだ」


 すると、赤兎隊に対して、魏延が向かっていく。



「よお姉ちゃん、相変わらず強烈な突撃だな」


「魏延! あんたら準備万端ってとこね! なんか遠くでも見えるようになったのか、な?」ガイィン!


「かもな。ちっ、勢いのままぶつけてきやがった。だが足りねえな。弓は強えが、槍は普通だ。至近距離での騎射突撃とは、これが本来の使い方なんだろ」ガンガンガン」


「そう、かもね! ああ、やっぱりあんたや趙雲さん、馬超さんには、あたしの腕では敵わないや! じゃあね!」


「あつ! まて! ととと、危ねえ! やはり騎射は脅威だな」



 魏延は、呂玲綺と数合交わしたのち、逃げ去られる。どうやら、至近での騎射突撃というのが、彼らの武器と技術を最大限に活かす手段のようだ。確かにこれは、我らのように盾と槍、弓で連携して複数人で防衛できなければ、一方的にやられるに違いない。


「魚鱗での迎撃は、被害を抑えると言う意味では最善ではないのでしょうが、向こうの力を引き出しつつ、同程度の被害を向こうにも与えると言う意味では良さそうです」


「一度抜けていった後で、どうしてくるかだな」


「私なら増援を待つのが正着と思ってしまいますが」


「おそらく向こうも、こちらが長期戦に万全の備えをしていることは、見通しているんだろう。どこかに拠点や別動隊がいることも含めて、な」


「つまり、向こうの全軍が揃った時には、こちらも準備が整う。そうなる前にできるだけこちらに損耗を与えたり、準備に不備を起こさせたりしたがっている、と」


「そう考えるのがよかろう」



「呂玲綺軍は抜けていきました。そして、馬超達と交戦しています。馬超はまた我らの方を抜けようとしていますね」


「いいだろう。我らにとってもそれがおそらく最善。魚鱗間の距離を詰めよ。騎射の隙を的確に突き、数を減らせ!」


「もう一度抜けて……むっ? あれは?」


「槍騎と、弓騎が組んでいるのか? 槍騎がこちらの槍を跳ね当てながら、弓騎が狙っていている」


「この対応の速さ、そして連携が匈奴か。全員、矢を惜しむな! 対向の魚鱗に当たらない方向に撃ちまくれ! 外しても構わん! 後で拾える!」


「矢幕か。確かに場上での槍や弓には嫌がられそうだが、万全ではなかろうな」


「ああ。良くて痛み分けといったところだろう」


「騎兵相手に痛み分けなら悪くねえな」



「ん? 馬超どこいった?」


「あっ! あちらで休んでいる方を狙いにいったな」


「そうか。奴らも明日明後日には回復するからな。その前に打撃を、と言ったところか。ならば我らは、呂玲綺隊への圧力を強めるぞ!」


「応!」


 こうして、この日は双方がある程度以上の被害を出す、激しい戦いとなった。そして次の朝。魏延の視線の先に、大きな影が見つかる。


「やっぱり来るか」

 お読みいただきありがとうございます。

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