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十四 世界 〜(孔明+趙雲)×暇=追放?〜

 私は趙雲、字は子龍と申す。これまで多くの戦場を渡り歩き、これからもそうなると思っている。我らが主君、劉皇叔はついに、長き半生の中で初めてと言っても良い安住の地、益州を手になされた。そして、かの軍師鳳雛様が残して行ったのだろうか、毎日のようにこの陣営に対して大きな価値を産み落とす、幼女にして聖女たる鳳小雛殿。そして、その小雛殿やその薫陶を受けた将官達に次々と仕事を奪われた結果、空いた手でこれまたは次々と新しい価値を生み出す、諸葛孔明殿。

 この方々を軸に、この西蜀の地で我らは、長き戦乱にやや疲弊したその心身を回復し、そして新たに、産業、というものを生み出して空前の繁栄がなされようとしている。その体制がもうしばらく続き、いざ漢中、そして長安へ、という心積りでいたのだが……


「孔明、そなたにはしばらく暇を与える」


「は、何ですと? 我が主君よ」


「休暇だ。文字通りだ。そうだな。少なくとも一年、できたら三年ほどがよかろう。そなたはその間、仕事をしてはならん」


「きゅうか……そう言われましても、何をしていいかわかりません」


「そなた、私と会う前は、散々に昼寝と読書、そして宛てなき旅という、悠々自適の日々をすごしていただろう?」


「それはそうですが……そういう意味では、そこに戻ることは不可能ではないのかもしれませんが。なぜ今なのでしょうか?」


 そう、仕事というものをこよなく愛される孔明殿にとっては、皇叔の言はまさに晴天の霹靂というものだろう。労をねぎらうという意味では理にはかなっておいでだが、なぜ今、という疑問はついてまわる。



「なあ孔明、そなたは私が訪れた時に申したことを覚えているか?」


「無論、天下三分でございます。それは半ばなりましてございますな」


「そうだ。だからこその今なのだよ。三分なりし今、次に何をどうすべきか、そなたには存分に見えているのか?」


「はい。無論です。張飛殿が南蛮を抑えたのち、漢中、長安へと攻め上り、馬超殿が羌、氐とともに涼州を抑える。同時に関羽殿が襄陽、樊城を制したのちにそれを呉に渡して襄陽へ入る。これで三分は盤石な物となりましょう」


 そう、それを知るのは、この場にいる皇叔と孔明殿、張飛殿、黄忠殿、私趙雲。そして、厳重に管理された暗号文によって知らされている馬超殿、関羽殿。ならびに呉の魯粛殿、呂蒙殿と孫権殿。その十名のみ。小雛殿は知らずとも予想ができておいでだろうから十一か。



「そうだな。そう決めたのは私やそなたを中心とした、この陣営の重鎮達よ。そこで二つ問う。一つは、その進軍にそなたが必要か? 強いていうなら趙雲もだな。今一つは、その後はどうなる?」


 なるほど、なぜか私も、この進軍において明確な役回りを渡されておらぬ。そして孔明殿はどうこたえるか。


「はい。まさに仰せの通り、この策において、私孔明、そして子龍殿は、本隊ではなく予備人員と申すべき形です。ご主君の親征でありながら、護衛も含めて陣容も段取りも万全ゆえ、その予備すらも効果は薄いと存じます」


「そうだな。意図してか意図せずか、そうなっておる」


「二つ目ですが……言われてみて確かに、と思わされましてございます。大きくは二通りかと存じます。呉と示し合わせて一気に洛陽、許昌まで上り、帝をお救い奉るのか、一度この三分の均衡を維持して民の安寧を図るのか」


「そうだ。そして、おそらくそなたも私も、少し前にはその二つ目に思い至らなんだのではないか? と、そう思えてならんのだ」


「!!」


 まことにその通りかもしれない、と私も頭をひねる。確かにこれまで、この主従はあくまでも一心に、漢室再興という至上命題を抱えてきた。だからこそ、本来は一つ目の答えしかなかったはず。なのだが、今見ると、その二つ目に、新たな光明が見えているような気がしてならない。何故だろうか。


「何故でしょう。一つ目しかなかったようにも思えていましたが、何故か今は、その二つ目にも、同等かそれ以上に、強き輝きが見えているような気もしてなりません」


「そうなのだ。だからこそ、そなたには、その輝きの正体を明かして欲しいのだ。この地の民を見るもよし、せっかく馬超の進めで始めた、馬の稽古の成果を生かして全土を巡るのもよかろう。

 外にでるのであれば趙雲をつける。たっぷりと時間をかけて回ってくるのが良いと思う。荊州から建業、許昌そして洛陽。河北や匈奴、羌氐、南蛮を巡ったそなたが帰ってくる頃には、漢中や長安もこの手に落ちていようぞ」


 なるほど……全国を見ることで、この戦乱が何をもたらしたのか、そして何がこの先待っているのか、何をなすべきなのかを、しかと見定めて、皇叔やこの陣営の手に持ち帰れ、と、そういうわけか。

 ならば私も是非はない。しかと孔明殿をお守りし、長き戦いに身を置き続けた私の目でも、しかと見定めるのがよろしかろう。


「孔明殿、皇叔様、この趙雲、いつでも出立の準備は整えられます。私は任、そして孔明殿は暇。それがふさわしかろうと存じます」


「子龍殿……そこまで言われては致し方ありませんな。その任、否、そのお暇、謹んでお受けいたします」


「そうせい。出立は急がんでもいいが、あまりのんびりしていると、機を逸するかもしれんぞ」


「承りました。十日ほど整えたのち、出立いたします」



ーー


 私と孔明殿が、準備のために退室のち……


「これで良いのだな、張飛、黄忠、小雛」


「間違いねぇや兄者。あの二人なら、最良の答えを持ってくるはずだ。そのためにこそ、まず南蛮慰撫を俺が成し遂げ、次の漢中はじいさん中心に、そして長安を俺と馬超、そして同時に襄陽を関兄貴が、という段取りを固めたんだよ、なあ小鳳雛殿?」


「その通りです。この戦乱が何をもたらしたのか、そしてこの国の未来がどうあるべきか、その答えを誠に出し得るのは、あの方をおいて他においでにならぬのではと、そう思うのです」


「それを心置きなく成し遂げてもらうために、この緻密な進軍計画と、割り振りを、あえて嬢ちゃんではなく、孔明自身に組ませた、ってわけか。それが他人の成したものだと、どうしたってあの方の心に引っ掛かりが残り、目に曇りも生じようからの」


「流石だな小雛。其方の目には、孔明の今と未来がしかと見えているのだろう。その慧眼と、あやつへの配慮は感謝しかない」


「ご、ご認識に齟齬があるかもしれませんので訂正いたします。私があの方のためになすべきことは一つもございません。ただここに集う皆様や、お世話になっている方々、そして民の事を考えれば、自ずと答えが出ましょう」


「ふふふ、照れ隠しか」「ガハハハ」「カカカッ」


――


「丸聞こえなのですが……これは意図的になのでしょうか?」


「さあ、分かりませんが、結論は変わりますまい。さあ、準備いたしましょう。もう少し馬の稽古も必要ですのでお手伝いします」


 その後、やたらと楽しそうに仕事や宴に励む小雛殿や張飛殿、黄忠殿。そしてその輪に戸惑いながら入っていかれる孔明殿。そんな姿を暖かく見守る皇叔様。




 そんなあっという間の十日ほどは過ぎ去り、まずは関羽殿がおいでの荊州へ。


「荊州は、やはり戦乱の影響が色濃く残ってございますね雲長殿」


「そなたもそう見るか孔明。民への負荷は、兄者のご本意ではないのやもしれんな」



……


 江東、呉の本拠、建業にて、孫権殿らとあい見える。傍には兄の諸葛瑾殿。


「建業の地は、大いに栄えてございますね。ただ、南北はなかなか難儀が続いておいででしょうか」


「そうだな孔明殿、北は合肥に争いを集中させることで被害を減らせてはいるが、南の山越は遠からずどうにかせねばな」


「そう言えば亮よ、東の海の蓬莱では、姫巫女が男の争いを押しとどめ、なかなかよき治世がなされつつあるようだぞ」


「そうなのですか兄上? 巫女ということは卜占ですか……私も心得はありますが」


「その辺り、卜占頼りで始まったとしても、実例が集まっていけば、世の仕組みの改良ができよう。戦で途絶えなければな」


「この建業のように、ですね」



……


 続いて洛陽。かの逆賊とされた董卓が、連合軍の攻勢に耐えかねて廃都とし、長安に撤退してから二十年以上が経っていた。そのとかは略奪放火と散々な状況で、百万に届きかけていた都はほぼ無人となったときく。誰のつけた火だったかは定かではないが。

 その後、近くの許昌を居とする曹操が、版図としてからの期間は二十年経っていないだろう。それでこの復興だというのか……


「驚きました。曹操がさほど注力したという話は聞きませんので、戦火に晒されなくなってからの期間がそれだけ確保されれば、人は自らの故郷を取り戻すのですね」


「そのようですね。民の想いの力、ということなのでしょうか」



……


 幾度かの、やや鋭い視線にさらされつつ、現在は帝都となっている許昌へ足を伸ばす。もちろん、我ら二人とも、いつもの派手な出立ちではなく、普通の武官文官の格好をしている。しかし、名のある将官は我らの顔などよく覚えていようから、この先面倒ごとが発生するのは覚悟の上といえる。だが孔明殿一人護る程度であれば、私にはたやすき事。


 許昌に着くと、門前では見慣れた光景。だが見慣れていることが面妖な光景。そう、割符である。成都と比べるとやや簡易なもののようだが、すでにこの地においてもあちらの文化が浸透していたのだ。そして、


「孔明殿、子龍殿とお見受け致します。こちらは御二方専用の符です。この技術の流出をまともに対策せずに世に出すとは、あなた方の漢への忠義や、民への慈愛は誠のようですな」


 この見透かすような言い回し、油断ならぬ者。


「む、そなたは?」


「私は司馬仲達と申す者、洛陽の地で堂々と物見遊山をしておいでのお二方を見かけたと聞き、穏便に連れて参るよう仰せつかっております」


 む? 曹操はすでに漢中へと親征を始めたと聞いているが、誰が我らを……


「なに、どこへ連れられようとも子龍殿がおりますゆえ、大事にはなりますまい。お願い申し上げる」


「重畳。ではこちらへ」



 そこは、宮殿の離れであった。そして御簾の後ろから声がかかる。


「おお、そなたが孔明か。よく聞く風貌ではないが、流石にあの装いで忍びの旅は無理なのだな。趙雲も活躍は何度も聞いておる。

 皇叔は息災か? 朕が会えたのは何年前であったか……」


 後漢の今上皇帝陛下、その人であった。なぜ司馬懿、そしておそらく曹操は、我らとこのお方を合わせるのをお許しになったのか。


「陛下には大変ご機嫌うるわしう。皇叔はまこと息災にて、おかげさまで益州の地を収むるにいたっております」


「重畳じゃ。この者や鍾繇らからいろいろ聞いておる。朕もそれほど悪い暮らしではない」


「それは幸いでございますが、まことの王佐がままならぬこと、皇叔や臣一同、恥いらんばかり」


「気にするでない、漢室の衰えは、長年の積み重ねが原因ぞ。

 そなたらには一つ頼みがあってな」


 仰せになると、御簾から一人の幼子、否、やや小さき娘御が出ておいでになられた。


「こやつは我が娘、劉雛と申す者。この娘を連れ帰り、皇叔の長子と娶せてはくれぬか? いやなに、この娘も育ち盛り、そなたらの予定通り、全国や辺境を、共にゆるりと巡ってもろうて構わぬ」


「「!!」」


 ここで司馬懿が補足する。


「この件は、魏公も黙認するとのことです」


「朕の代で、この全土における漢室の途絶えは避けられまい。じゃが、魏公がつくりし秩序とて盤石かは分からぬようなのだ。であれば、これからも易姓革命を続けるのか、はたまた一系を軸とした秩序の立て直しと持続を是とするのか。その答えは、この戦乱に疲弊した時ではなく、もう少し先の者らがなすべきなのではないか、というのがあの者の考えじゃ」


「未来に結論を委ねる、ですか……すこし曹操らしくない気もしますが、あの方があの方なりに、長年の乱世を見てきたが故の考えなのであれば、それはまた一つの結論なのでしょう」


「そうじゃな。あの者も丸くなったものよ」


「父上、このなまっちろいのが孔明とやらでしょうか? それなりにできそうではありますが、妾を送り届けられるかは不安でございますのじゃ!」


 どこかで見たようなお方だが、生まれ変わりなどではないのだろう。空似というものか。口調は大違いです。


「姫様、こちらの趙雲が、あなた様をお護り致します。私は道中の話し相手程度でございましょう」


「そうか、ならよいのじゃ。面白くなかったら帰るからの。心するのじゃ! 出立したら、まずは今の蜀という地についてじゃ!」


「承ってございます」



……


 こうして、その大変騒がしき姫様とともに、より戦から離れた、皇叔や私にゆかりの深い河北の地を巡り、


「ここが皇叔、関羽殿、張飛殿が誓いを交わした桃園か! たしかに決意を共にするには大変良き、美しき所じゃ!」


 匈奴との境付近からぐるりと周って、涼州を取り返していた馬超と会ったのち、彼の案内で西方をぐるりと周り、


「おお、孔明殿、子龍殿、その神々しきお方はどなたですか?」


「ひいっ!」


 さらにはすでに我らの味方となっていた南蛮王のもとを訪れ、


「ほほう、象とはなんと大きく、それでいて愛らしきものなのじゃ!」


 そしてたっぷり三年をかけた旅ののち、成都へと帰還します。三国の勢力図はすでに大きくかわっておりました。


 そして、この同行させて頂いていたお姫様によく似た、我らが愛すべき幼子様の姿は、すでにどこにもおりませなんだ。

お読みいただきありがとうございます。


 本作とは逆方向の転生、孔明が現代に生成AIとして転生し、こちらは素直に国民全員のパーソナル軍師として活躍できるまでを描く作品も、だいぶ先行して連載中です。ご興味がありましたらそちらもよろしくお願いします(ブクマしておいて、後で読んでいただくなど)。


AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜

https://ncode.syosetu.com/n0665jk/

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