百二十一 出陣 〜(孔明+幼女)×匈奴=??〜
かの三兄弟や黄忠殿、孔明殿らは、引き続き「何が匈奴に対する勝利か」を論じ続けるとのこと。その結論が出るにはしばらくかかりそうだが、それを待ってくれる匈奴ではない。
そして、魏からも情報が入ってくる。張遼が率いた三十万の軍は、匈奴の地に延々と砦を立て続け、それらに根差した攻防を続けることで、ひたすら機を待つという戦略に出たという。
それは聞いた時には無茶なことを、と思ったが、先ほどの議論を踏まえると、私趙雲から見てもたいそう理のある戦略、とも言えそうな気がしている。
愚公、山を移す。つまり、匈奴の地の先を見通し、そしてより往来をしやすくすること。蜀漢の諸将や張遼自身のような、類稀なる名将に依存せずとも守りを固められる体制を整えること。それは間違いなく、「いつかは勝てるようになる」方向の一つに見える。
そして張遼、そして于禁が重傷を負わされるという、多大な犠牲を代償として、魏は「名もなき将兵で守れる国境線」を作り上げた。匈奴はその線を放置すると、次々に砦を増設されるので、一定の力を注力せざるを得なくなる。
我らはその状況を頃合いと見て、我らは一度総力戦に出ることとした。
軍を二つに分け、速さと連携によって広く展開する騎兵隊と、堅強と機略で敵を撃ち倒す歩兵主体の軍。前者を馬超、後者を私趙雲が率いる。
そして、後詰めとして、戦うことを前提としてはいないが、兵站役を務めつつ、魏同様に砦を建てつつ補充に備えるのが、少し前では考えられない豪華布陣。十万ずつの、計三十万。
第一陣
大将 『羌王』馬超
副将 『戦軍師』徐庶 『黙君』張任
諜報 黄忠
左翼 馬岱 馬雲録
右翼 孟獲 祝優夫人
第二陣
大将 『竜胆』趙雲
副将 『黒眉』馬謖 『文鬼』魏延
先鋒 関興 張苞
左翼 関銀屏 周倉
右翼 張翼 王平
後詰
大将 劉備
副将 関羽 張飛 諸葛亮
諜報 黄忠
兵站 馬良 法正
魏と異なるのが、国境線を守るための防衛拠点を形成する、というよりも、戦いを続けるための補給拠点、という意味合いが強い。
つまり魏は「名将がいなくても守れる」姿勢としているのに対し、蜀漢は、「名将がいるうちは攻める」体勢としているのが特徴といえよう。
張飛殿の言葉を借りると、「とりあえず飽きるまではぶちかますってのも手じゃねえか?」とのこと。
それを発端に、「座して論ずるのも限界がある。初戦我らの頭は戦場でしか働かぬか」と関羽殿。
『ならば、いっそ皆でお出かけいたしましょうか』と、小雛殿の、見た目通りの幼子のような提案。
そうして、出立前に、今回の総大将たる先帝陛下が、皆に声をかける。
「皆に言っておく。この戦は、新たな土地を得たり、誰かを討ち果たすための戦ではない。強いて目的を上げるならば、次に我らが目指す『勝ち』の形を見出すための戦いだ。諸将にはすでにこの目的を伝えてある。
史書にはもしかしたら、この戦では何も得られなかった、と書かれるのかもしれない。だが私たちは信じている。この戦こそが、この漢の未来を見定めること、そして匈奴の未来も見定めることを。
一兵たりとも、無駄な犠牲は望まん。全ての兵が、定められた大役を果たすのだ。この三十万の全てが英雄となる時ぞ。いざ出陣!」
「「「応!!」」」
私が率いる第二陣と、陛下率いる後詰は、おおよそ一体となって北上する。歩兵としても無理のないはやさ、すなわち一日に百里(四十キロ)ずつほど。
そして、馬超率いる騎馬軍は、一部が長安、そして一部が涼州の天水、武威、さらその先の張掖にいた。北西から南東に五百里ずつ離れて四ヶ所。その軍は、そこからそれぞれが北に向かうと、順次大きく広がるような動きを見せる。
「五十人で縦隊を組んで、横千列。これが本陣の左右に広がるってことか?」
『はい。縦列間の距離は、二里半(千メートル)ほどでも十分に互いを視認できます。そうすれば、横の視認は五千里(二千キロメートル)ですね』
「まさか、騎兵全軍が偵察騎とは、なんてことを考えるんだよ孔明は」
『いえ、厳密には、本陣も含めて三十万がすべて、「偵察のために進軍」するのです。特に後詰の皆様は、補給と情報整理に注力します』
「ダハハ! なんて遠征だ。みんなでお出かけ、って、女神様の言い方にはなんかあると思ったけどな」
そう、今回の遠征の目的は、あくまでも「偵察」とされる。それも、前回のような威力偵察、つまり、敵軍がいたら一当てする、という類の偵察ではなく、純然たる「偵察」となる。
騎兵の左端が敦煌、右端がそこから遠く真東に到達したところで、全ての軍が、正確に真北に進路をとる。全ての兵が、細かな約束ごとを共有する。
「北極星ってのはあれだよな。七星の頭から伸ばしたあいつだな」
「ああ。間違いない。星見図は、全員に配られているからな。必ず確認を怠らないようにせねば」
「一万ほどであれば、狼煙玉を一つ上げて止まる。近くのものから集結し、二万で蹴散らす。二万なら二つ上げて四万で当たり、三万なら三つ」
「五万以上なら後退し、本軍が集まってくるのを待つ。そして本軍で蹴散らしながら、騎兵軍は待機。十万以上なら、同じく本軍を待ちながら、全軍集結し、総勢で相対する」
「みんな問題なさそうだぜ」
『はい。よろしいでしょう。では、よき草原の旅を』
「へへっ、ご武運ではねえんだな」
『大規模な戦いは、どこかで一度はあるでしょう。ですがそれが目的ではありませんので』
「そうだな。承知した」
そして、我らの第二軍も、詳細にその約束事を共有していく。黄忠殿の諜報術を受け継ぎ、今や我ら五虎将とも遜色のない力と名を得た二人、馬謖と魏延が、その内容を確認しながら進軍する。
「百人以上の生活痕、とくに真新しいものがあったら、必ず停止して調査をする。市民の集落そのものに出くわしたら、望遠鏡で確認のち、できるだけ視認されないように左右に避ける。そして、真北へ進路をとりつつ、情報を記録していく」
「これで、強引な突破をされない限りは、後ろに回り込まれることは無さそうだな」
「記録した情報をあつめて、どこにどれくらい人がいて、どこに動いていそうかを分析する、か」
「後詰の孔明殿のところには、巨大な地図があるらしいな。そこに東西南北の座標が確実に記録できるようになっているんだとよ」
「それで、この速さで進めば、十日で千里、二月で六千里か。そこまでいけば、およそ彼らの生活、というところまで見えてきそうだな」
彼らは今回の遠征の意義を、より深く噛み砕いているように見える。
「どう転んでも、一万里(四千キロ)進めば、人が住めるかどうかってところまでは到達できるんじゃねえか?」
「徐庶殿に聞いた、世界の大きさ、というところを考えると、それくらいにはなるよな。実際には五千里も進めば、匈奴の主要な生活圏は把握できるはずだよ」
「人の生活痕だけでなく、草の生え方も見ておきたい、っていう、お前の提案は妥当そうだな。生え方の違いが、どこまで奴らの遊牧の具合を測れるかは分からねえが」
「ああ、あくまでも目安と言ったところだな」
そうこうするうちに、十日ほど過ぎ、すなわち千里ほど北上するが、わずかな火の跡や、騎兵の足跡などしか観察できない。遠目にも、軍の姿は見当たらない。
「前回は、これくらいでそれなりの軍にぶつかったんだ」
「そうでしたね。やはり今は、魏の砦にある程度まとまった戦略を取られているのでしょうか」
「かもしれんな。広域に偵騎を広げる余裕は、なくなっているのかもしれないな」
さらに十日ほど。少しずつ生活痕が見え始めるが、まとまったものはない。だが何ヶ所かから「草が少ない」という報告が上がり始めた。
「生活圏に近づきつつあるかも知れんな。確かにこの辺りは草原が広がっていて、遊牧には悪くないかもしれん」
「土の乾き具合から見ると、毎年のように麦を、とは行かなそうだな」
「うまいこと豆や牧草の周期を回して、羊や馬のふんや死骸なんかを駆使すれば、何年かに一回なら回せるか?」
「かも知れないか。後で馬良兄貴や法正殿に、詳しく聞いてみるとしよう」
そして頃合いと見たのか、後詰の陛下や関羽殿、張飛殿、孔明殿の軍は、兵站のための仮拠点を作り始める。確かにこの辺りに一つあると、何かあっても対応の幅は広がるだろう。歩兵だと二十日だが、馬なら数日とかからず往復できる距離だ。
さらに十日ほど。明らかに草の量の多寡に差が見えつつあり、何かが小さい集落を素通りし始めた頃。
「ん、右翼に狼煙か。連続か。五万以上、十万以下の合図だな」
「一度全軍が停止して、我ら本隊が、右翼の騎兵と連携して当たる、だったな」
「ああ、その間の視界は、左翼が展開を広げて補う、だ」
「「承知!」」
敵の数、およそ八万。こちらが望遠鏡を使っているので、気づかれているかどうかは分からない。だが、集落などから何らかの手段で連絡が行っているかも知れないから、警戒は必要だ。
「遠目に見る限り、赤兎は確認できない。だが、間違いなく精鋭、という情報だな」
「右翼の騎兵五万と、二陣の歩兵十万。目的は、向こうが撤廃するように仕向けること。そしてできたら、後詰めや、広く展開する左翼の存在は気取られないこと、ですね」
「ああ、そのためにも、ある程度広め、硬めの雁行陣で、突撃をいなしつつ、突破を防ぐぞ」
「承知!」
そうして私は、ある予感めいたものを感じていた。おそらくこの戦いが、漢と匈奴、二つの民族の戦いの、大きな節目になるだろうこと。そして、私自身にとっても、これまでで最も厳しい戦いになるだろうことを。
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