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百二十 百戦 〜(孔明+幼女)×匈奴=??〜

 初戦で勝利を飾った蜀軍。だが二戦目以降は一進一退となる。おおよそ、ある将が率いる軍と対峙し、崩せそうな時に限って別の者がどこからともなく現れて、戦況を互角に持っていかれるという繰り返し。


 私趙雲は、先帝陛下と孔明殿の対話を聞きつつ、その状況をどう打破するか、と思いを巡らせるも、答えが出ないでいる。


「勝ち切る、というところに持って行こうとすると、必ず別の者が出てくる。そう言う動きなのだな孔明」


「はい、先帝陛下。一回二回なら偶然と言えますが、何度も同じ状況が作られていますので、向こうも余裕を持って対処しているということなのでしょう」


「そなたの見通しでは、向こうは兵こそ上限がわからぬが、率いる将が限られていると。そして一人でも捕えるか討ち取るかすれば、戦況は一気にこちらに傾く、だったな」


「そうでした。ですが、その狙いをむこうに読まれている、と考えるべきなのでしょう。そして、主戦する将と援護する将を分けることで、その狙いを極端に進めにくくしている、と」


「そうなると、こちらも戦略を組み直さざるを得ませんね」


「勝ち切るための戦略か。だがどのような方針が考えられる?」


「彼らについて、すでにおおよそわかっていることと、分かっていないことをそれぞれ整理してみましょう」


「ああ、そしたら関羽、張飛、黄忠、徐庶も呼ぼう。小雛もいるはずだ」


「御意」



 すでに前線からは離れたが、後進育成や、戦略の意見番に注力するようになったお三方が来て、早速始まった。


「なあ兄者、結局匈奴って何なんだろうな? それと、匈奴に勝つって何なんだろうな?」


「張飛、一言目がそんな雑な問いかけでいいのか? いや待てよ……答えられないぞ」


「そうなんだよ関羽兄貴。誰もが大事だと言っている、彼を知り己を知れば、百戦殆うからず、なんだよ。俺たちは、小雛殿や孔明と協力して、俺たちの力が何なのかを知っただろ? でもそれでは足りねえよな?」


「張飛殿。長らく諜報に従事してきたこの老いぼれからすると、何も知らない、というのは語弊がありますぞ。彼らの主戦力や、信条がなんたるか、そしてなぜ強いのか、というところはおおよそ把握できるようになってきておる」


「ああ、すまねぇな黄忠殿。そこは間違いなくできてきた。だから、一戦一戦に限って言えば、殆うかなくなってきているよな。でも、もっと広いところで、勝つってなんだ、ってところまで考えたら、知らねぇことだらけじゃねぇか?」



 その知る知らないの話を聞いて、黙っていられなくなった御仁がいる。孔明殿だ。


「彼を知り己を知る、には、その目的に合致した知る知らないがある、という事ですな。確かにそれは間違いありません。戦術的勝利における殆うさを除かんとすれば、これまでの諜報が正答でしょう。互いの戦術的な強さの源泉、それが虚実を見定め、戦運びから殆うさを無くせます。ですが、戦略的な勝利を得るには、また別の『知る』が必要となると言うことですか」


「だよな孔明。だとしたら小雛殿、最初にやらないといけねぇことは何だろう?」


『戦略的勝利とは何か。それを明確に定めることです。匈奴を属国化、あるいは征服し、漢の一部となすことでしょうか?』


「それはできたらいいのかもしれないが、漢すら三つに分たれているのに、そこに四つめがあることを認めないなんて事はできんのか?」


「確かにそうだな張飛よ。それに、過去の李広や衛青、霍去病、張騫や班超といった英雄も、彼らを送り出した、名君の誉高き歴代帝も、それを目指していたようにも思えんのだ」


「陛下、それはもしや、そんなことができるとは想像すらできないほどの難題だから、ではありますまいか?」


「孔明、そうなのかも知れんぞ。未だに、北の草原がどれだけ広く、その先に何があり、どこまで人がいるのかもわからぬ。武帝の世なら尚更分からぬことだらけだったであろう」


「そう考えると、それをなすことすら難しい『知る』とあるのですね。徐庶よ、あなた方は姜維、鄧艾らと、世界の大きさはどれくらい、と論じたと聞いたのですが」


「ああ。東西と似たような長さと考えると、おおよそ分からなくはない。北はおそらく相当に寒いのだろうが、人が住めるかどうか、という限りまで考えたら、それこそ漢土の何倍もあるかも知れんのだよ」


「下手すると、匈奴や鮮卑の奴ら自身も、自分たちの暮らす土地の広さや、人の多さなんてことを把握し切れてねぇかもな」



『つまり、征服と言うのは、勝ちの条件としては難しいかもしれませんね。だとしたら、アイラやテッラ、呂玲綺といった主だった将を捕えるか討ち果たし、漢土の優位を知らしめることでしょうか?』


「短期的に見れば、それも一つの可能性ではあるのかもしれんが、どうなんだろうな。たとえ当代でその強さを知らしめたとして、いたそれが逆転せぬとも限るまい? 現に、春秋戦国から漢代において、中華の側が明らかに強かった代は限られているのだからな」


「そうだぜ兄貴。それに、今でこそ俺たちは、俺達の強さの仕組みを知り、それを受け継ぐ形でみんな強くなっているんだが、もともと何でそれをしたんだ? 奴らがこのままじゃ手に負えねぇくらい強くなってきたから、だよな?」


「そうじゃな張飛殿。皆が少なからぬ労苦と犠牲を経て、彼らのありようがおおよそ知れたが、その結果は、彼らは強くなることが生きるすべ。だからこそ、その生きる時間の全てを使って強くなろうとするんだ。そんな相手に、長きにわたって力の優位を保てるだろうか?」


「唯一手があるとすれば、こちらの肥沃な地で、人が大いに増え、その多くの人から生まれる多くの知恵や匠。それが生きるための本能を越える時を待つ、でしょうか」


「その間に国が乱れて、つけ込まれでもしたら最初からやり直し、だな。そう言うのを、殆うい賭けっていうんだろうぜ」


「そして、それを繰り返すごとに、互いに溜まっていく恨みと業、ですか……これまでの人々はそれを成してきた、と考えると、人がまずやろうとすることがそれだと言うことなのかも知れませんが」



『では、戦術的勝利の延長にある、力の優位、と言うのも違うと言うことですね。ではこれならどうでしょうか? 将来の長きに渡り、攻め入られる事のないようにする。いかがでしょうか?』

 

「小雛よ、それは話が元に戻っていないか? それができぬと言う話をしていたと思うのだが」


「そうですね兄者。散々無理っていう議論をしてきたのが、どれだけ攻め込んでもそれは叶わぬ……ん? 小雛、もう一度言ってみてもらえるか?」


『はい。将来の長きに渡り、攻め入られる事のないようにする。です』


「む、攻め落とすとも圧するとも、言っておらんな。何なら手段を何一つ言っておらんのではないか?」


『はい。そうしました。最初の二つは、どうしても「こうする」という手法、手段が合わさる形での例えば、だったのです。それをあえて示したのは、皆様を含め、過去のあらゆる「戦略的勝利」の描き方だったからです』



「まさか小雛殿。『百戦百勝、善の善ならず。戦わずして勝つが至善』。そう申されたいのですか?」


『必ずしもそうは言っていません孔明様。戦う戦わないを論じるには、まず何が勝ちなのか、それを定めねばならないと言うことです』


「むぅ、だとすると、こうとも言えますね。『まず勝ちて、後に戦う』。この言葉は、おそらく戦術や戦略の要諦を示したとされてきましたが。ですが今の小雛殿の言を借りると、『まず、何が勝ちなのかを定めてから、戦うかどうかを考えよ』と言い換えられましょうか」


『孔明様らしさが出てきましたね。ここまで来れば、皆様に答えを出す事は叶うのではないでしょうか』



「なぜ勝たねばならん。なぜ戦わねばならん。そこから見直すことこそが大事、と言うことなのだな小雛」


『はい陛下。そしてそれは、双方の「なぜ」を知ることから始まるのです』


「あちらのなぜ、は一度論じたな。先ほど黄忠が言ったように、彼らは強くあらねば生き残れぬ」


 私趙雲は、ここまで皆様のご発言をつぶさに聞き入っておりました。ですがここに、わずかな引っ掛かりを覚えたのです。


「陛下。そこに今一つ『なぜ』を重ねる事は叶いましょうか? なぜ、強くあらねば生き残れぬのか」


「それは、どうなんだ趙雲? そのなぜに何かあるのだろうか。黄忠、そこまでは何かわかる事はあるのか?」


「おそらく趙雲殿の中でも、全てが見えているわけではないのでしょうな。儂とて同じです。ですがその理由の一つになるのが、彼らは弱ければ虐げられる。そんな単純な理屈が、強くあらしめているのかも知れません」


「もともと、あまり肥沃じゃねぇ草原地帯。麦を植えようにも、土地が痩せていく? んだったか。だから遊牧に頼らざるを得ず、漢土のように人が勝手に増えるようにはなっていかねぇ」


「張飛どの、そこまでご理解ができておいででしたか。だとすると、漢土よりも人が増えるのが遅いので、より一人当たりの強さに磨きをかけねば、すぐに負ける、と言う理屈。それに、敵は漢ばかりではないのでしょうからね」



「だとしたら、奴らが強くなることへの渇望がなくなれば、強くなっても攻め入ってくる意味もなくなれば、戦わずとも強さを示すことができれば……?」


「そんなことができる、のか? いや、考えることをやめてはならんのだろうな。今すぐに思い付かなんでも」


「なんか、これだけじゃなさそうな気がするんだ。兄者、関羽兄貴、黄忠。それに孔明、小雛殿。戦に出ないみんなで、もう少し時をかけて、いろんな話を聞いたり調べたりしながら、考えを詰めていけないか?」


「私や兄者、黄忠殿は問題ないかも知れんな。孔明や小雛は、他にもすることがありそうだから、無理はさせられんが」


「儂も問題ないぞ。諜報なら、すでに魏延や馬謖らが存分にその腕を振るっているからな」


「私も問題ない。趙雲よ、しばしの間、『殆うからざる戦い』を続けてもらう必要がありそうだが、大事ないか?」


「はい。無理に勝ち切ることを望みすぎず、丹念に強さに磨きをかけ続けるのならば、十分に可能です」


「ああ。皆、引き続きよろしく頼む」


「「「ははあっ!」」」


 お読みいただきありがとうございます。

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