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百十七 嵐戦 〜(馬謖+魏延)×八将=??〜

 戦場は八つに分かたれ、八つの一対一が、諸将によって別々の色に彩られていく。私徐庶は、その状況を作り上げた馬謖、魏延と共に、その中央で方円陣を敷いて見守り続ける。


 後陣、張翼と王平。彼らはそれぞれ戦場とは異なる場所での経験が、その彩りを大いに変えている様子を見せる。どうやら二人とも、匈奴が得意とする騎射戦に、真っ向から挑み掛かるような動きを見せはじめた。



 張翼は、やや相手を煽る立てるような動きをしながら、自陣はやや縦に伸びる形で広がる。ちょうど丁という字の、上の横棒が当方、縦の棒が匈奴、という様相をなし始めているのが、ここからでも良く見える。


「なるほど、正面同士での撃ち合いではなく、あえて側面を見せるような形で射掛ける、か」


「陣の横腹を見せるとは大胆ですね。ですがそれによって、こちらは多数の者が矢を当てられる位置におり、向こうは先頭の限られた者しか射ることができない。そんな状況を、動きながら作り出す、ですか」


「なあ、これって、張翼が東への航海に参加していたから思いついたことなんじゃねえか? 実際には大船団同士の戦いなんてなかったはずだが、長い時間の中で、そんな戦の話を想像したり、見聞きしていてもおかしくねえ」


「確かに、呉軍と常に行動を共にしていたわけだからな。彼らは沿岸で海賊と戦ってもいるはずだ。もし大船団同士の戦いになったら、ちょうどあのような位置どりを目指すのが理にかなっていそうだよ」


「騎射と騎射、という戦いは、さながら海での戦にも見えてくる、ということなのだな。む? 相手も気づいたか。平行に並ぶように、進路を変え始めたぞ。どうするんだ?」


「あはは、互いに横腹を晒すような位置をとるように目指し始めたぜ。こうなると、弓だけじゃなくて、いかに迅速に馬を進められるか、流動的に方向転換できるか、で勝負が決まりそうだな。面白え」


 未来の海での戦い、あるいはこの大平原での組織同士の戦いは、そんな形が標準となるのかもしれない。ならば速さと練度が勝負を分ける。そんなところか。



 張翼と、張三郎がそんな「動」の戦いを見せるのに対し、王平と張七郎は、一見「静」とも取れる様相を見せている。


「こっちは、互いに横に広がって、ほぼ足を止めて射ち合っているのか?」


「そのようですね。ただひたすら撃ち合って、倒れる者が少しずつ出てきているようです」


「互いに射程内で、射ては防ぎ、かわしを繰り返しているんだな。相手もよく見える距離だから、狙いを定めれば容易に当たる距離」


「だが、その中で一人一人、あるいは部隊の中では、細かい駆け引きがされていそうだぞ。王平の軍は、射つ者と防ぐ者に分かれ、射手が狙いを定めることに集中しているようだ」


「対して匈奴は、皆が走り回り、避けながら全員が射つ形を取っているな。自ずと精度は下がろうが、手数はそちらが上、か」


「これはもう、最終的には『運の積み重ね』で勝敗が決まってこねえか?」


「だとすると、王平がそこに持ち込んだ、というのが正しいかもしれないな。幸運は万人に訪れるが、そこに備えた者のみが掴み取る」


「矢が当たるか当たらないか。そして、どう当てれば良いか。そんなところを正確に詰めているのがどちらなのか。経験と伝統の騎射か、論理と計算の斉射か」



 八つの戦場は、大いに沸き立つ。蜀軍が主導的にその戦の色を定めつつも、匈奴軍がそれぞれ適応してくる。そのような動きを見せながら、一方向だけは、やや異なる様子を見せている。


 先鋒、関興と張苞。それぞれ関羽殿と張飛殿の実子にして、戦場での経験も豊富。そこへきてさらに、父を含めた五虎将の強さを言語化した形での訓練を消化し切った彼ら。


 そんな二人は、並みの将では容易に太刀打ちできない力を持ち始めている。


 関興。一度呂宋への航海の随員に選ばれていたが、おおらかな弟関索とは異なり、父に似た謹厳さには肌が合わなかったのか、程なく本国に戻ってきた。そして戦と政に一層励み、「関羽と張飛を併せ持ったような武人」と称せられる成長を見せ始める。


「もはや、若き日のあの二人にも近しい腕。そんな彼が先陣を切って突撃を続けていたら、早晩勝負は見えてきそうだが……」


「むっ、敵陣が崩れたか。潰走には至っていないから、将が討ち取られたとかではないんだろうが、あれは立て直すのが精一杯だろうな」


「将を討ち取りに行ったのではなく、軍をの重心とも言えそうな点に、真っ直ぐに突き進んだか。たまたまそこにいたのが将ではなかったということなんだろうな」


 逃げる張五郎、追う関興。この戦場は早々に旗色が傾いた。



「張苞は、真正面からぶつかり合っているな。堅陣と堅陣。駆け引きなしの真っ向勝負か」


「だが、だとしたら敵方に勝ち目はないだろうぜ。あの隊の練度、そして集中の持続は、父から受け継いだ対話の力と、趙雲殿を参考にした『挑戦的集中の領域』を体現した物だ。一兵一兵が研ぎ澄まされているのだから」


「実際、完全に押しているのは張苞の側だな。張家も、あそこが長男だとすると、かなり精鋭が集まる本軍なのだろうが」


「実際、相手方の練度も、あの部隊が頭一つ抜けてはいそうだ。だが張苞隊がその上を行っている」



 そうして、八箇所の戦いは、明白に蜀軍優位に傾いた二箇所と、蜀軍が主導権を握りつつも、匈奴軍がそこに適応して互角に近い六箇所。そんな様相を見せていく。


 だが、この戦場全体の要となっているのは、やはりこの中央にいる我らの本陣なのだろう。積極的に打って出ることはなくとも、いつでもどこかに手を入れることのできる距離感。その事実が生む安心感というのは、蜀側も、匈奴側も、全くの無意識ではいられないのだろう。それが天秤をややこちらに傾けている要因、と言える。



 それを思い定めていたのは、我らだけではなかったようだ。


「むっ、新手か。一万程度だが……あれは厄介そうだぞ」


「お出ましか。おそらく様子を見て、危なかったらテコ入れ、という位置に、最初から隠れていたんだろうな」


「どうする? 関興、張苞を戻すか?」


「いや、こちらも魏延がいる。この陣がぶれはするだろうが、崩れるまではいかないだろう」


「任せろ。五千で遊撃に出る。あとの一万五千で、がっちり固めておくんだろ?」


「ああ。頼む」


 赤兎の群れ。百騎近いその赤色が散りばめられた、一万騎ほどの精鋭騎兵。だとすると率いるのは呂布の遺児、呂玲綺。まっしぐらにこちらに向かってくるが、こちらの陣には受け止める準備は出来ている。


 爆音。騎馬の突撃と、槍盾の正面衝突。互いにその勢いに吹っ飛ばされる者も現れる。


 だがその後ろは、その勢いを押し留めるために組まれた、十人一組で作られた矢倉。盾を支え、槍を前に出すのが一人ではないからこそ、一騎一騎をがっちりと受け止められる。


「むっ、なんだこれ。あの突撃がとまっちゃうの? 仕方ないね。正面突破は難しそうだ。横から遊撃も出てきているから、無理しないで掻き回すよ」


「あんたが呂玲綺か!? 流石の勢いだな! この魏延が相手じゃ不足か?」


「誰がそんなこと言ったよ? あんた自分の評判分かってないようだね! 誰よりも五虎将に近いのに、諜報や文政、何一つ労を惜しまぬその姿は、匈奴の民からも伝わってきているよ。全盛の五虎将よりも厄介かもしれないよ」


「ガハハ、お褒めに預かり光栄だ。おっと、危ねえ。さすがの方天画戟。これと赤兎を使いこなすのが百人。並大抵の修練ではないんだろうぜ」ガキィン! ガシッ!


「くっ、あんたらもやるね! 堅陣と遊撃。単なる方円ではそもそもなかったのかい。でも、どうにか隙は作れたね」


「ちっ、やはりそのためか。旗色が悪ければ、撤退するだけなら、一瞬の隙を作ればどうにかなる。そんなところだろう? おおかた、あんたが出てくるのは退き時って定めていたか」


「ご名答。うん、なんとかなりそうだね。退路を断つ動きをしている部隊がいなくて助かったよ。じゃあまたいずれ! あんたらの強さ、まだ全部じゃないんだろうが、見せてもらったよ!」


「ああ。次も勝たせてもらうぜ」


「あはは、どうかな」



 そうして、引き際も見事に整え、呂玲綺は一当てしただけで去っていく。そして同時に、八箇所の戦場でも、全員がばらばらに、それでいて引くことに集中する統一感を持って、匈奴軍は引いていく。


「追撃は難しそうですね」


「そうだな。全員が引き射ちの技を持っていそうだし、何よりも速さが尋常じゃない。なんというか、どんな戦場でも、この余力と意識だけは必ず持つように、と染み付いているようだな」


「なんにせよ、我らはこの辺りで拠点を築く、というのが良さそうですね」


「そうだな。着実に勝ちを積み重ねつつ、本土に食い込まれぬよう、少しずつ前進を重ねていく。それがよかろう」


「壊されても戻せるような、仮の野営地。そんなのをいくつも作っておく、でしたね」


「ああ。離れ小島でかまわない。それは、遠くの海の島々のように。その島の間を行き来する術も、その地の知恵と、東方船団の経験を生かせよう」


 そう。ただ一戦一戦に勝つだけではない。これまで何度進んでも、結局押し返されて元に戻っていた匈奴との争い。


 彼らが拠点を破壊する理由は、おそらくただ不要だから、ではあるまい。それを破壊し、足場を作らせないことは、防衛の知恵の一つではあるのだろう。


 だが我ら漢人は、呉を主体とした東方船団の成果をある程度刈り取り、その一つである、『広々とした地をいかに正確に行き来するか』という術を身につけはじめた。


 そこに、船と馬、海と草原の違いはあれど、大きな差はない。盤石なる城を作れずとも、その境を保ち、動きを定めることは、どうにかできるまでにはなってきた。


 『黒眉八陣』のもたらした初戦の勝利を、どこまで価値にできるか。それはこれからにかかっている。



――――


「ふふっ、負けちゃったね」


「へへっ、負けちゃったな」


「まあ、あれだけしっかり張おじさん達の特徴を捉えて対策されたんだ。今回は分が悪いと言わざるを得なかったね」


「そうだな。その上で、あの国は本当に、一人一人の強さを高めてきたね。知識と知恵、それ伝える力。それが本領を発揮し始めた、ってことかな」


「うん、でもそれだけではまだあたし達には勝てないよ」


「ああ、でもそれだけではないって事も、もう分かっているからね」


「そうだね。向こうもこっちも、まだ始まったばかり、だよ」

 お読みいただきありがとうございます。

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