百十六 八八 〜(馬謖+魏延)×八将=八卦?〜
鳳小雛です。匈奴の力、その全容をおぼろげなら把握できた代償に、趙雲様、馬超様の手痛い敗北という結果をもたらした戦い。それから一年が経ち、五虎将の強さの仕組みを捉えた私たちは、彼らに再戦を挑みます。
総指揮として、若手の馬謖殿が抜擢され、本陣を魏延殿と、戦場の軍師、徐庶殿が固めます。
先鋒 関興 張苞
左翼 関銀屏 周倉
右翼 馬岱 馬雲録
中軍 張翼 王平
本陣 馬謖 魏延 徐庶
多くを騎兵で構成し、各将が一万ずつを率いる布陣。すべての将が遊撃の役割を果たせる、重度の高い陣容です。
「細かい指示は出さねぇ方針なんだよな?」
「そうだな。十万の陣容ではあるが、それぞれが率いる一万ずつが自由に動き回って、その足りないところを本陣の我々が補う形だよ」
「おおよそ全員の動き方を模倣して合わせられる馬謖と、各陣の情報を把握できる体制にある魏延が、個性を際立たせた八人のやりやすいように場を調整するんだな」
「はい。徐庶殿と合わせて三人で、状況の監視と、適切なテコ入れを行なっていく形です」
進軍を開始するとほどなくして、おおよそ同数の騎兵を発見します。
「兵の中に、何本かの柱っぽいのが見受けられるな。恐らく張騫様の末裔、張家八将だろう」
「我らの新たな将兵達。その力を見極めるには格好の相手と言えるな」
「はい。では参りましょう。蜂矢に組んで、関興、張苞の力で突破を狙う! 続いて左右軍がさらに分断! 敵陣を四つに分けたら、全四方向から左右に分かれ、各方向に展開して挟撃!」
「「「応!」」」
なんと言いますか、とんでもなく大胆な戦術と言えましょう。張家八将は、八人の兄弟が、状況に応じて指揮官を渡していくことで、変幻自在の強さをもつ軍勢になっています。それを、真ん中で分断して、さらに横にも分断。そうすることで、分断された将同士が自力で戦わざるを得ない形に持っていく。
その作戦の大筋は、私と孔明様、徐庶殿で定め、馬謖殿と魏延殿による改良が加えられています。
「関興、最初の突撃は、陣の切れ目をただ通るだけでいい! 普通に蹴散らすよりも難しいだろうが、よく見て『隙間』を見つけるんだ」
「承知! それくらいはやって見せろというのだな? 心配無用。確実に分断すること。それだけを狙って突撃する!」
「張苞、隊伍の切れ目だ! 誰と誰が連携しているかなど、そなたなら読み切れるだろう? ぶつかって蹴散らすのは次で良い!」
「応! まかせろ! 連携を切り裂くのではなく、その外をただ通るだけ」
そう。己と部下の戦意を高めることで、至高の領域を得られる関興殿には、あえて困難かつ具体的な課題を与え、その意を引き立たせる。部下との対話を最大限に活用する張苞殿には、敵軍の兵の中にある会話単位を見極めさせ、連携が緩いところを引き裂かせる。
「む? 突撃か? 受けて立つぜ! ……あれっ? 通り過ぎた?」
「よし、俺とお前で挟み撃ちだ! あらら? 二人の外に回られ……」
そうして抵抗少なく、敵軍の約八万は、四万ずつに引き裂かれます。そして中央にいる八将の二人とみられる間をも通り抜けると、左翼を率いる関銀屏殿、周倉殿は左へ、右翼を率いる馬岱殿、馬雲録殿は右へと抜けていきます。
馬謖殿、魏延殿の本陣は、そのまま中央で待機。敵陣は、中央の分厚い我らの軍をかわすように、左右に分たれています。そして、王平殿、張翼殿はやや後方にとどまり、分たれた軍が合一するのを防ぎます。
「こいつら、最初から分断する気だったみたいだぞ? でもわかれても、こっちも将がたくさんいるから問題ねえぞ?」
「ふふっ、どうかな。いくつまで分かたれることになるのかな?」
「……待機、観察。陣の切れ目、見極め」
やや挑発的な張翼殿と、寡黙で淡々と指示だけ飛ばす王平殿。二人が率いる一万ずつは、それぞれ前後にとどまり、合一を防ぎます。先方でも、関興殿、張苞殿は前後にならび、本陣と合わせて五つの軍が直線上に並びます。
そして左右も、突破力のある二人ずつがそれぞれ並ぶと、敵軍は綺麗に四つに分かたれます。おおよそそうなったと見られるところで、外側の四将は左回り、内側の四将は右周りに圧をかけていきます。そして馬謖殿、魏延殿の本陣は、方円陣を敷いて中央にとどまり、守りに徹します。
左回り 関興 関銀屏 王平 馬岱
右周り 張苞 馬雲録 張翼 周倉
外殻は、より外に外に敵軍を追い散らすように、内殻は、真っ直ぐに敵軍を押しこむように。
すると、すでに十字で分たれた匈奴軍は、さしたる抵抗感もなくさらに二つに分かたれていきます。
「よう馬謖、お前の言っていたことがそのまんま当たっているようじゃねぇか。なんでハサミがうまく切れるのかって話を、文官としていた甲斐があったってもんだな」
「ああ、そうだな。ここまでうまくいくとは。鋭いだけの二つの刃をまっすぐ向かい合わせるよりも、多少鈍くても刃を少しだけずらしたほうが切り裂きやすい。そんな話を、ものづくりに長けた黄月英殿としたんだよ」
「そんな他愛のないところから、工夫の種を持って来る。それが『非凡なる凡将』『黒眉』と言ったところだな」
「流石にここまで有名になっちまったら、今更取り下げるのは無理そうだぜ」
「もう良いよ。一周回って気に入り始めてきたさ。何にせよ、あとは諸将の活躍次第だよ。八対八ではその玄妙な連携をしてのける『張家八将』。それを八つの一対一に持ち込んだらどうなるか」
『黒眉』馬謖殿の策によって成立した、八つの一対一。こうなると、兄弟の将同士の息のあった連携は難しくなるはずです。
「魏延、見てみろ。やはり、八つに分けてみると、将同士の個性がはっきり見えてきたんじゃないか?」
「くくくっ、そうだな。機動力を重視して、別の隊との合流をどうにか取り戻そうとする者。逆にこちらを挟み込みにかかる者。合流を後回しにしてこちらの小隊をさらに切り裂こうとする者。足を止めて、万全の態勢で迎え撃とうとする者」
「こうなってしまえば、諸将達もその動きを見ながら存分に対峙できるでしょう。我々は、変わらずこの戦場でブレない軸を形成し、推移を見守っていきましょう」
右翼。五虎将の一人、馬超様の従弟、馬岱殿と、馬超の娘、馬雲録殿。馬一族らしく、羌族の明るさと絆の深さを芯とした、将兵間の自在な連携を強みとします。だがこの日の戦い方は、それぞれが異なる様相を見せ始めます。
「ふふっ、馬岱叔父上は面白いことをするじゃないの。八つに分けただけでは飽き足らず、その軍勢をも千々に分けるとは。もはや敵味方が細かく分かれすぎて、完全に入り乱れているよ」
「よそ見している場合なのか嬢ちゃん! この張二郎が相手つかまつる!」
「おっと、突撃して腕っぷし勝負とは、なんともあたし好みだね。でももっと好みなのが、一万対一万のぶつかり合いってやつだよ!」
「ふふっ、言いよるな! ではその勝負、受けて立つ!」
「なるほど、姫は全軍一体の動き。では私は、再び八つに裂いた敵軍を、今一度分かちてみせようか。八八六十四に分け隔てれば、よほど連携が整わねば思考が止まる者とて現れようぞ」
「へへっ、えげつないこと考えるな大将。羌族なら、百人になっても二十人になっても、だいたい他の奴らが何したそうかはわかるからな。じゃあ言ってくるぜ、二二が四! 四四十六! 八八六十四! っと」
そうしてばらばらになった張六郎の部隊は、いくつかの小隊が機能不全に陥りつつも、全軍が互いに散開しながら入り乱れ、百人百組同時の細かい単位のぶつかり合いが始まります。
そして馬雲録殿は、互いの一万が一体となって互いへの突撃を繰り返す、さながら二体の猛獣が相争うかのような陣捌き。互いの好みが噛み合う形の、力と力のぶつかり合いとなります。
左翼。関羽様の娘、関銀屏殿と、三十年来の懐刀、周倉殿。熟練者のような虚々実々の駆け引きを繰り返す若き女傑と、目標設定法にその名が冠さられるほどの理論派の宿将。互いに、「あの人ならそうする」という予測が立てやすく、事前に定めずとも噛み合った連携ができます。
「周倉おじさんは、すでに目標を見定めているんだろうね。私のことを心配して速戦即決を狙いそうだよ。さて、そしたら私はどうするかな。多分あっちの将は、一人で軍を率いるのに慣れていないと思うんだよね。ちょっと振り回しつつ、じっくり時間かけて攻めてみよう」
そう考えている一方、周倉殿は。
「銀屏お嬢が無茶しなければ良いが。早いとここっちを制圧して助けに回るか。まああの方なら時を稼ぎながら相手を疲弊させることもできるだろう。さて、最速で戦闘不能にするには、と」
「ちっ、舐めたこと考えてくれるじゃねえか。この張四郎相手に、さくっと片付けるだと?」
「くっ、いきなり敵陣深く突撃とは、やるではないか四郎とやら。だが配下はついてきているのかな? やや陣が伸びているぞ」
「へへっ、心配無用だ。うちの兵達は、こういう突撃型の大将に慣れっこなんだよ、ほれ」
「ダハハ、突撃大将、強えのみつけたか?」ドサッ
「残念だったな。こちらも突撃されるのには慣れているんだ」ガンガン、ガキィン
「ちっ、一旦抜けるぜ! またな!」
周倉殿は速攻とはいかず、それでいて突撃する敵軍を着実にいなし、削っていきます。その間、関銀屏殿は、小高い丘に足をとめ、物見遊山にでもきたかのようにくつろぎつつ、敵軍の八郎の出方を伺います。
「うん、問題ないね。私と周倉おじさんの相手は、足を止めても向こうから突っ込んでくるみたいだ。水は十分持っているから、しばらくここに陣取っておこう。あ、なんかきた」
突撃しようとしてきた八郎を、傾斜をうまく使っていなしつつ、引けば追い散らし、進めばかわして翻弄します。
「ちっ、突撃の勢いが削がれる。いっそ四郎兄と合流す……だめだ。離れると逆落とし仕掛けてくる構えじゃねえか」
「えへへ。このまま待っているだけ、ってのも面白くないね。機会を探すんだよ銀屏」
なにやら自分に言い聞かせつつ、こう着状態を作ります。
こうして、馬謖殿の初手はものの見事に相手の急所をつきながらも、それでいて一方的な展開とはなりません。それが匈奴の強さ、張家の力、と言ったところなのでしょう。
まるで大きな嵐のように、目まぐるしく様相が入れ替わる戦場。その嵐の目のように、彼らは状況を注視し続けるのです。
お読みいただきありがとうございます。




