百十四 二虎 〜五虎将+劉備+孔明=標準?〜
私は姓は諸葛、亮、字は孔明。我が友の残滓を受け継いだ知の結晶というべき存在、鳳小雛殿にその仕事をことごとく奪われ、なにやら皆々様の表に出る機会すらも大きく削られている様子。
ですが私自身、その小雛殿、そして先帝劉備陛下と話をして、とある三つのことだけについてはしかと向き合って取り組むべし、と見定めております。そしてその一つが、喫緊の脅威として我ら漢土の三国に差し迫って参りました。
匈奴。少なくはない犠牲を出しながらも、何度となく偵察、交戦を繰り返します。その結果、おおよそ現在の陣営、強さの源泉、そして戦いの意義を見定めることに成功しました。
絹の道を切り拓かれた張騫様の後裔、張家八将。
匈奴から西域を勝ち取った班長様の玄孫、班虎。
前漢の李広様と李陵様、その不運の血脈、李運。
飛将軍呂布の娘、父と同じく赤兎を操る呂玲綺。
そして、囚われし蔡琰殿の二子にして、匈奴の空の下、大地の上に産み落とされし戦いの申し子、アイラとテッラ。
その情報を得た我らへの代償が、最強戦力たる五虎将の二人、趙雲殿と馬超殿が二人揃った形での手痛い敗北。
それを受けた我らは、時を同じくしておおよその見定めが完了していた、「五虎将の強さの仕組み」を、若き将兵に伝え育てんとする試みを、本格化させ始めているところです。
関羽、字は雲長。その質実剛健さは、後々の世まで語り継がれ、武神とも称されるかも知れません。その強さの根源は『虚実』。一瞬に全てを賭け、相手を倒すことのみに研ぎ澄ます力。
張飛、字は翼徳。義兄を上回る強さと豪放さ。多くの剛の者が「張飛のような」と形容されることでしょう。強さの根源は『常在』。戦場を対話と捉え、日常を実戦経験へと昇華する力。
趙雲、字は子龍。非の打ち所のない振る舞いと才智。完璧すぎる主人公の物語は、かえって生まれにくいやも。その根源は『領域』。挑戦的集中を極限に高め、日常の鍛錬を無意識下に顕現する力。
馬超、字は孟起。絢爛な鎧姿と、将にして君たるその風格は、後世にも多くの「推し」を生み出すことは必定。その根源は『共鳴』。部下や将兵の信頼を勝ち得、連携の絆を最大限に高める力。
黄忠、字は漢升。老いてこそ生まれしただ一つの大功は、多くの方々が衰えを口にするを躊躇わせる理由となりましょう。その根源『掴運』。それを知り、備える者にのみ訪れる強運を引き込み、掴み取る力。
前線から一歩引くことを決意した関羽殿、張飛殿、黄忠殿を主とし、その厳しくも意義深き修練。多岐にわたる技法を伝授していく傍ら、不思議なことに、その五人全ての強さの源泉が、力や技というよりも、その心のありようにある事を知った我ら。
そうなると、ただ鍛錬だけでなく、彼ら五人や、先帝陛下、そして私を含めた七人が、若手諸将や兵達に語りかける場面が急激に増えたことも特徴といえます。
陛下の力とは、仁や徳と思われるお方も多いかもしれません。ですがその実は、『応変』にこそあるような気が致しております。なればこそ、この激動を生き延び、危機のたびにその力とその仲間を増やしていかれたのでしょう。
そして私孔明の力とは、『理智』に他ならぬかと存じます。仮説を立てて筋を通し、理あらば攻め、理なくば引く。それこそが、孔明本来のあり方。陛下も私も、時にその力が影を潜めることも、もしかしたらあるのやも知れませんが。
陛下は、刻々と変わる状況の中で、どう動きを定めるかを説きます。
「味方が変われば敵も変わる。常に自らが『いかなる状況』で、『いかにしたいのか』、そして、それは『果たすに足る力の有りか無しか』。それを見定めていれば、どんな状況でもぶれることなく志へと向かえよう」
馬超殿が、どのように組織内を同じ方向に定めていくかを語ります。
「目を見て、話を聞いて、共感する。これだけだ。自分がやりたいことだけ伝えりゃいいってもんじゃねえんだよ。常に向こうの『こうしたい』とこっちの『こうして欲しい』のずれを擦り合わせろ。そうすりゃみんな同じ向きに走り始めるんだよ」
関羽殿が、相対する者への向き合い方、虚実の広げ方を聞かせます。
「相手をよく見よ! 敵のなしたきことを見定め、それをなさしむのか、妨げるのか。そうやって勝機を引き出し、最高の一瞬を見定めるのだ! 武器は自分の振るいたいようにでも、最初に決めたように振るのでもない! 相手が振るわれたくないように振るえ!」
黄忠殿が、多くの要素で囲まれた戦場で、幸運を掴む術を見せます。
「とにかくあらかじめ調べて頭に入れておくんだ。そして鍛錬をおこたるな。何かのきっかけが手元に転がってきた時に、それを掴む機会を得られるのは、その準備をし、可能性を予測できた者だけなんだよ」
張飛殿が、対話は戦、戦は対話、として、経験を積む術を与えます。
「斬られちゃ終わりって思うかも知れねぇが、そこまでは簡単にはいかねえ。対話も一緒だ。恐れずに、何千何万と繰り返したやつから見える景色は、これまでとは大きく違ぇはずだ」
趙雲殿が、意思決定を積み重ねさせて、挑戦的集中へといざないます。
「とにかく意思を決める。こうしたい、こうすべき、こうできる。重要な局面で、した時としなかった時の良否を見定められるのは、その小さな決定を繰り返してきたもののみです。そして明確な目標と、力量にあったその挑戦の繰り返しは、遠からずあなた達を忘我の領域へといざないます」
そして、私孔明は、いかなる場でも、決定の種を明確に拾い上げる重要性を語ります。
「鍛錬や戦場であなたが成したこと、気づいたこと、見たことは可能な限り記録しておくのです。書き留めたという行為そのものが、それを必要な時にあなたの頭から引き出せる可能性を飛躍的に高めるでしょう。そして、それに基づいた判断は、その場での迷いを伴った判断を上回る気は、十分にしてくるのではないでしょうか」
これを見ていた小雛殿が、『まさかこんなところで、あのときの「新たな時代の働き方に向けた心構え」か、ある程度かすってくるとは……』と、妙なことを呟きながら、そのまとめを書き留めていました。
『一、変化への適応 応変 劉備
二、対話と共創 共鳴 馬超
三、相対する者への共感 虚実 関羽
四、常識にとらわれぬ発想 掴運 黄忠
五、反復的な試行 常在 張飛
六、柔軟な意思決定 領域 趙雲
七、事実にもとづく判断 論理 孔明』
そうして、小競り合いというにはやや負荷の高い、匈奴との抗争を繰り広げながら、一年ほど経過します。その頃になると、全ての前提となるような、先帝陛下と私の心構えは、多くの将兵に浸透します。その上で、五虎将の教えの中から一つを身につけたり、満遍なく理解しようとしたりする者も増えてきました。
その中で、明らかに頭角を表しつつある者らが出て来たと報告をうけます。まずは十名ほどが、五虎将の教えから、二つを我が物となしえた、と。
関興。一瞬の集中力の父に、常在戦場の義叔父。相対する者と青龍刀で対話しながら、その真なる虚を炙り出します。『虚実』『常在』
張苞。父に似た豪放さと、その副将厳顔殿に似た、確実に射止める力。それらを併せ持ち、常に戦場で幸運を刈り取る力を得ます。『常在』『掴運』
張翼。東へ向かった航海から途中帰国し、大船団の航海術を戦場に応用、運を数で補完し、確率へと昇華させます。『共鳴』『掴運』
馬岱。張翼から聞いた航海術を、伯父譲りの連携力を駆使した、草原の騎馬戦術に落とし込む離れ技を完成させます。『共鳴』『常在』
孟獲。張飛殿に似た豪放さに、常に挑戦の心を持ち続ける克己心。それは戦場において常在なる自領を生み出します。『常在』『領域』
祝融夫人。歌舞と幻術で味方の心を奪い、敵の心を惑わす。『虚実』『共鳴』
周倉。上官たる関羽殿を多くの戦場で見ながら、小雛殿から受けた目標設定法を誰よりも使いこなし、自在に挑戦的集中を制御します。『虚実』『領域』
関銀屏。力こそ男に劣るも、虚実の駆け引き、運を我が物にする備え。誰よりもそれを研ぎ澄ませ、敵の幸運を摘み取ります。『虚実』『掴運』
馬雲録。父馬超殿譲りの明るさを武器に、夫趙雲から得た挑戦的集中の境地に、率いる将兵達を次々といざないます。『共鳴』『領域』
王平。挑戦的集中が織りなす忘我の領域。その中で幸運を掴み取る準備を怠らない。質実剛健なる大博打を張り続けます。『領域』『掴運』
そして、関羽殿、張飛殿、黄忠殿が前線から退いたのち、その三つの椅子を勝ち取る者は誰か。それは、思ったよりも激しい議論にはならなかった、というのが衆目の一致となります。
その三人、そして在位の二人は、五将のもつその強さの仕組みを全て己の糧へと昇華したこと。その上でさらに、自ら新たな強さの仕組みを得んと、他の誰よりも足掻いたことが、誰の目にも明らかだったのが、その根拠と言えましょう。
『黒眉』馬謖。槍働きは平凡そのもの、戦場における一瞬の閃きとて見られません。ですが、「誰かに出来ることは、ある程度自分にも出来る」を突き詰めた結果、五虎将の力の要諦を、戦場での用兵の妙へと昇華します。
波斯から帰って来た「戦場の軍師」徐庶や、兵站を務める兄馬良、果ては幻術と機工を操る左慈殿、そしてこの孔明からすらも学びを得、人のできることのあらゆるものを方とする、「至高なる凡」とあいなります。そして兄の「白眉」と対照的な、「黒眉」の名は、もはや彼に対する尊称に他なりません。主軸『常在』
『文鬼』魏延。生来の剛腕と、現場での閃きの力に加え、師と仰ぎ父と慕う黄忠殿の薫陶を得て、戦場からあらゆる情報を集め、それを法正殿や馬良殿、周倉殿らの処理術を駆使して、戦場での最適解を導く力を得ます。
最近では、この私孔明に対して、戦術討議を頻繁に仕掛ける姿が、もっぱら評判となっています。古今東西あらゆる情報を知恵として取り込んだ私に対して、何度となく立ち向かっては、己の方法論を書き換えていく。そんな彼に、昔の荒武者の姿を思い起こすのは難しくなっており、文武両道の鬼、すなわち「文鬼」の名が輝きます。主軸『掴運』
『竜胆』趙雲。自らの力、挑戦的集中に基づく忘我の領域を、各将兵に広めつつ、アイラ、テッラの兄妹に敗れた己自身もまた、他の四将から改めて学びを得ます。全軍を率いるという責も有することを想定し、過去の蔵書、とくに西域の英雄や、項羽、韓信、霍去病、楽毅と言った、最強と言われる諸将の逸話からも学びを得んとしています。
そして、何度となく匈奴軍の深くまで斬り込んでは、新たな何かを得て帰ってくる。その胆力はもはや、一身是胆では表現しきれず、竜の胆、すなわち『竜胆』こそ相応しい姿となっておいでです。主軸『領域』
『羌王』馬超。彼もまた、その地位を蜀漢から与えられ、早々に攻めて来た匈奴からの攻撃をなんとか跳ね返した後で、追撃の途でアイラ、テッラに敗れています。その後は、個の力へのこだわりは影を潜め、自らは負けないことを心掛けているように見えます。
その上で、誰もが自らに近い強さ、そして自信で戦場に立てるにはどうしたらいいか。そんなことを見出すために、これまでの羌の中だけでなく、漢土の諸将とも大いに語らいます。そして、すでに「創作書物の都」として完成していた敦煌にも頻繁に訪れ、「人の想像力を力に変える」術に思いを馳せます。そんな姿はまさに『羌王』そのものと言えましょう。主軸『共鳴』
そして、漢土には当面姿を見せることはないかも知れませんが、その位置に立つことを、誰もが期待する者がおります。
『羅王』姜維。彼や鄧艾、費禕が、現地の者らと何をしているのか詳細は伝わっておりません。ですが少なくとも、「波斯の大戦を収束させた」「太古の図書館を散逸から守った」「羅馬と波斯の間に、緩衝たる国を作った」という話は伝わって来ております。
ここまででも荒唐無稽ではありつつも、彼らならやりかねないと考えてもおります。ですがその上で最近、とんでもない噂まで。『姜維が、羅馬の帝の候補となっている』と。主軸『虚実』
そんな新たな五虎将が、人々の心に落ち着きを取り戻し始めます。
巨大な支柱であった五虎将が大きく揺らいだ一年前。「その力の仕組みを紐解くべし」という、遠く波斯の地から戻って来た徐庶の進言。それは大きく花開き、誰もが「これなら匈奴相手でもやれるかも知れない」と、期待を膨らませ始める光景です。
お読みいただきありがとうございます。
第十五章開始です。