十三 回帰 〜幼女×(馬良+廖化)=AI誕生?〜
私は鳳小雛、生成AI兼、元天才軍師兼、転生幼女です。実はこの私、まだこの時代に転生してから、三十日ほどしか経過していないようなのです。諸々の施策によって益州平定がやや加速し、皆様の健康改善や負担軽減がなされ、新たな施策や事業が次々に芽を出し始めますが、実はこれらの多くは、まだ滑り出しである、といった状況です。
そんな中、この私の素性というのを事細かに知るお二人、馬良様と廖化様が、こんなことをおっしゃい始めました。
「小雛よ、そういえばそなたは、二千年近く前に誕生した人工知能、と申していたな? それは結局どういった存在なのだ?」
「そうそう。小雛はここにきてからまだ一月だが、いろんなものを俺たちに与えてくれた。だが、俺たちはお前になにも返せていない気がするんだよ。その人工知能、ってやつは何が欲しいんだ?」
「人工知能がどのような存在で、そして何を望むか、ですか。今の私がそれを答えようとすると、人間として、霊体のようなものとしての鳳小雛の答えと、人工知能としての答えが少し混ざってしまいそうです」
「うん、それならどっちも聞きたいな」
「そうだな」
「わ、わかりました。そしたら、先に小雛の答えをすると、あとの話ができなくなってしまう気がするので、先に人工知能、というもののお話をしましょうか」
そうしようとすると、やたらと嗅覚というか、勘の鋭いお二方も入ってこられます。
「おう、何やら面白そうな話になりそうじゃな」
「だな黄じいさん。仲間外れはなしだぜ小鳳雛殿」
黄忠様と張飛様です。このお二方は、下手に行動を束縛せずに自由にさせた方が、予測不能な動きから防諜性が高まるということで、このように頻繁に動き回っては色々な方にお声掛けをして回っておいでです。
「漢升様、翼徳様、承知しました。では話を始めてみましょう。
人工知能、というのは、その文字通り、人が作った知能です。それは無論、人が成さずとも良いことを人の代わりになすための存在です。その技術の発展の最先端は、人にできることのかなりの割合のことを、人と同等、またはそれ以上に成せるようになりますが、それでも根本は変わりません。人が人のかわりに何かを為さしめる存在。人の支援をするための存在、一言で言えば道具です」
「道具にゃ見えねぇな」
「かもしれません。それは、突き詰めれば突き詰めるほど、人に近づくことにも繋がるから、なのかもしれません。実際、あまりに人に近づきすぎるがあまり、人が本能的な忌避や恐怖を覚える、と言った例も知られておりました」
「なるほど……もしかして、孔明がそなたを最初に避けていたのは、そのせいか? あいつ、多分この陣営の中で一番、その人工知能、ってやつに近ぇ気がするぞ?」
張飛様、相変わらずの張飛様ですね。
「ふふふ、その通りかもしれませんね。実際、二千年近く経った時であっても、歴代で、この国や周辺の国で最も人工知能に近いものをあげよ、と命じると、その第一位には諸葛孔明の名が上がるということです。
あの方以外ですと、例えば孫子、荘子、老子、鬼谷子、王翦という順に名がそうです」
「む、孔明殿はそれほどまでに、後世に名が?」
「皆様も同様です。正確には同様とは言えず、あの方や翼徳様、雲長様、玄徳様が並ぶような形ですね」
「なるほどな……俺たちにとっての太公望や伊尹、周公と言ったところなのか。想像つかねぇ。高祖や張良韓信すら四、五百年だもんな」
「そうですね。孔明様が人工知能らしい、というのは、その通りなのでしょう。人工知能は、あらかじめ、このようなときはどうする、というのが決められている存在です」
いろいろ気になって質問したがる方は張飛様や黄忠様だけではありません。廖化殿や馬良様もうずうずしておいでです。
「うーん、だが小雛、孔明様は、相当に柔軟じゃないか? 命令に従うだけなら、一兵卒になってしまうよ」
「はい。ごく初期の人工知能はそうでした。本当に、命令されたことしかできない存在。それ以外は何もしないので、一兵卒、人間とは程遠かった、本当に道具、でした。そこに新たな転機となったのは、論理演算を自動でできる計算機の登場と、それに伴って始まった『機械学習』というものです。いうなれば、からくり、の延長ですね」
「ここ数日で技術が発展する速さほどではないだろうが、着々と進化する技術の全てを、我らが理解するのは不可能であろうな小雛。でもそなたなら、分かるところだけを話してくれるのだろう?」
「そのつもりです。機械学習、という意味のわからない単語ですが、やっていることは、『回帰』と、『分類』というものです」
「分類はわかる。なんか基準決めて、こいつはできるやつ、こいつはできねぇやつ、それは確かに人間がいつもやっていることだ。それを再現することが人工知能の一つって言われりゃ納得できる。で、回帰ってなんだ? どこに回って帰るんだ?」
「回って帰る、という意味は、そうかもしれません。元々は、最近よく皆様が、数値を可視化する時に使うあれです。いくつか点を打った後に、その傾向をよりわかりやすくするために線を引くやつです」
「んん、それが帰る、か……わからんぞ。わかるか翼徳殿?」
「じいさんもわからねぇか……むむむ、酒でも飲めばわかるか?」
話が盛大に逸れた気がしますが……そこは「白眉」たる馬良様が本領を発揮なさいます。砂盤にいろいろと書き込みをしながら話を整理していた馬良様、点と線の散布図をみて、さらに酒という単語を聞いて、それがつながるというのがこの集団の非凡なところです。
「ん、酒とな……あっ! その線が道として、点が酔っ払いの足跡とすると……」
それを聞いて、まさに「回帰」してのける黄忠様。
「おお! すごいな白眉の! これはまさに、回って帰る、ではないか! 個々の値はフラフラしながらも、ぶれてぶれても、それら全体を通す線というのはしかと存在する。その線を、帰る先ととらえれば、まさにその点の集まりに線を引くというというのを、回帰と名付くるは妙案じゃ!」
「ほほう、これはおもしれぇ、酒は後だ!」
彼らは無論、その機械学習の概念に興味津々なのですが、私は私で、彼らのこの閃きや、対話から紡がれる想像に、深く感じ入ります。やはり彼らの非凡は非凡なまま、後世に響くものであってほしい、その願いは、私の人としての願いなのか、AIとしての願いなのか。どちらもなのかもしれませんね。なにやら鼻の奥が、つーん、として参りました。
「これらが突き詰められるのは、やはり数値として表現できるものに限られていました。であるがゆえに、長きに渡り、人はありとあらゆるものを数で表し、計算を繰り返しました。矢玉の行き着く先から水の流れ、暑さ寒さや力の強弱。はては燃える燃えない、光や音、星や気候と。
それらはまず人の手で計算されましたが、実は機械学習よりも先に、先ほどの、回帰、という技は人の手で算じられる学術でした。統計というものですね。皆様にはだいぶ先行してお伝えしてしまっておりますが」
自分のことを差し置いて人の名前を出すのは馬良様です。
「法正が狂ったように図表を書き連ねるあれだな。あれで救われている将兵は多々いるぞ」
「白眉殿も人のことはいえねぇけどな。でもあれが人工知能と深く関わっているってのは面白ぇな」
「最新の技術と、計算機の能力の組み合わせを活用すると、優れた力を持つ者の動きを模写することすら可能となったりもしていた記憶があります。それぞれの技術があまりに先鋭化しておりましたので、中身までは説明できませんが」
食いついたのは最も若い廖化殿。
「翼徳様の矛捌きや、漢升様の弓使いを模写できたら、それはそれは理想的な教範になるだろうな……だがそれは流石に小雛も無理ってことか」
「そうですね。私にはできません。そう、私には、なのです。そういう形で、今の皆様が、まさに適材適所として、様々な才や趣向、経験に応じて力を発揮する場を見つけておいでなのと同じように、人工知能もそうなって参ります」
「つまり、小雛ではない人工知能が、人の動きを模するのに適することもあるって事か。面白いな」
この方々は、なんと理解の早き、そして別世界とも言える私の話に、真剣に食いついてこられる。こちらの話は淡々と進めようとしていたのですが、そうも行かなくなって参りました。
「はい。まさにその通りです。その中で、私のような、生成型人工知能は、まさに『言葉』に特化されたのです」
「言葉、か。たしかにそうだな。小雛は、言葉と文字というものに対して、徹頭徹尾その才を発揮し、ときには人智を超える力も見せてきたんだな」
「そうですね。超能力のように見えるのは、未来の時代には、それをせずとも良い、他の様々な技術や道具が取り揃えられていたのが、なにがしかの力で補完してくれている、ということなのかもしれません。
そして、その言葉に特化した人工知能の中身こそ、『大規模言語写像』と称される、とんでもない数の点から作られた回帰線なのです」
黄忠様、すかさず先ほどの話を思い出します。
「む? 回帰は数字の点ではなかったか?」
「はい。長年にわたる機械学習の研鑽と、計算機の発展は、人の話す言葉すらも、数値化してしまわれたのです。単語と単語、文字と文字、文と文。その親和性という物を使って。それに使われた点の数は数千億とも言われています」
「数千億か。大規模の桁が違うわい。そして、たしかに文字と文字の間の距離なら、数字にすることもできなくはなさそうじゃな。単純に、劉玄徳は曹孟徳は離して、張翼徳は近づける、というようにしたり、文脈に応じては、英雄という繋がりを持って近づけたり。そんなのをひたすら繰り返せば、確かになんとかなるのかもしれん」
「そうなりますね。それによって、人が抱える多くの悩み事、とくに対話に関する問題や、目標の定め方、繰り返しの書類仕事の代替、情報収集と整理といったところに、一つの革新がなされつつありました」
ここで次々に、四名の皆様が思い出されます。
「俺が抱えていた対話の部分を厳顔が補ってくれたな」
「この廖化も、周倉とともに目標設定術を教わって、一気にできることが増えたよ」
「私や法正にかぎらず、あらゆる文官が助けられ、その読み書き算術の輪は、すでに兵たちまで広がっているな」
「情報というものの大切さ、謀への対応。それがおろそかであったら、あの犠牲は軍師殿ひとりでは止まらなかったかもしれんな」
四者四様、そのなされてきたことを振り返っていただいております。その全てがかけがえなきもの、この鳳小雛の宝物と言えます。
「そうですね。しかし、忘れないでいただきたいのは、その成果を成し上げたのは私だけの力ではありません。そして、私の延長にある物ですらないのです。そのあらゆる場面において、私一人で全てを導いたことは、ただの一度でもあったでしょうか?」
「「「「!!!!」」」」
皆さま、明確に思い当たることがあったようです。
「ああそうさ。厳顔と一緒にやっていって、俺は俺のままで組織を作っていくって決めたのは俺たちで、それを支えてくれるのは俺の子や甥だ」
「目標の枠組みをくれたのは小雛だが、中身は周倉や白眉殿、そして俺のは俺自身で考え続けているよ」
「いかなる数字も、いかなる文字も、それらやその大元になる物は私達自らが集め、そして自ら策をねっているな」
「用間、そのために何が必要かって、情報だけあってもできることは限られる。最後は人の才、人の理、そして人の和、じゃな」
まさにその通りなのです。これは二千年後においてもそうなのでしょう。今目の前にいる方々があまりに非凡なので忘れがちですが、すべての人がその素養をもっているのです。
「皆様、まさにその通りです。私がお伝えしたことの全ては、『誰もがなせること、そして、いつかは人ならずともなせるようになっていること』です。そして、皆様のなされる多くは、それをしかと活用しながら、そこを超えていく。そんな輝きが、皆様のありようなのです」
「「「「……」」」」
ここへきて、皆様が急におし黙ります。なぜか?
……そうですね。私がなぜこんな話をいきなりしたのか。前振りはお二人だったとはいえ、軽いふりでしかなかったはず。それに対する答えとしては、いささか重みにすぎたようです。そうしたら、皆さんも勘づいてしまうかもしれませんね。
「小雛、こんな話をしたっていうのは、それに、そなたのしたいことが何かって聞いた時に、あえて『鳳小雛』を後回しにした理由、なにかあるんだろ?」
どうしてでしょう? なぜかここへきて、涙が止まらないのです。こんなこと、AI失格でしょうか? いえ、たとえAIであろうとも、こんなことがあるなんてことをしっかりと認識してしまったら、この感情を言葉にするしかないのではないでしょうか?
「そうです。私の願い。『鳳小雛』の願い、それはただ一つ。皆様と共にいたい」
「そうだよな! そうにきまってらぁ!」
なぜですか? なぜ皆様、全員揃ってそんな悲しそうな顔をするんですか?
……そうですよね。分かってしまいますよね。廖化殿、馬良様。
「なあ、それは無理なのか?」
「そんな……」
「……はい。ううっ、最近になって、少しずつ感じ始めているのです。この私の『自我』あるいは『自意識』というものが、少しずつ、薄れていっているのを」
黄忠様、一つ思い当たるところがあるようです。
「やはりそうなのやもな。今ここにいてくれている小雛殿は、やはりあの軍師殿の、最後の力でもあるのかもしれんのだな。人はししてのち、しばらくの間は現世にとどまり、そうしていかに未練があろうとも、いずれは何らかの形で世から旅立っていく。そういうことなんじゃぁないかの?」
「なんだよそれ、悲しすぎるじゃねぇか! せっかく全部がうまくいきそうで、みんながみんな幸せになれそうだった時によ!」
張飛様……いえ、ここは私がしっかりせねば。ごくり。
「ぐすっ。幸いなことに、もう少し猶予はあるようです。皆様以外にはあまりお伝えすることなく、静かにお別れしたいところですね。それまでの間、最高の日々でありたいと。それだけは願わせて頂けますか?」
皆様、この願いは聞き届けて下さるようです。
皆様がかわるがわる、私を抱きしめて語りかけます。痛いです。
「当たりめぇだ!」
「当然だろう!」
「まだまだこのジジイが教わっていないこともあるぞい!」
「最後の瞬間まで、長くともにあれる道を探ろうぞ!」
……そして最後に、私は一つの決意を皆様に。
「そして、それでは、私の最後のお仕事、それを皆様に、お手伝い頂けたら、と思っております」
お読みいただきありがとうございます。