百十三 断章 〜(曹植+幼女)×巨大絵=??〜
私は曹植。陸遜殿を提督として、半年をかけてこの新たな大陸へと辿りついた我ら。そこにあったのは、まさに一長一短の技術や文化。
特に星読みや航海術、石造りの建築術。自然の動きを深掘りできる限り深掘りし、技術を組み合わせて活用するさまは、生活洋式そのものが至宝と表現できました。このまま発展すれば、どんな未来が待っているのか。そんな輝かしき想像も難くはなきこと。
だが、その持続性に大きな陰を落とす習俗、すなわち生贄の儀。知識の集約、優劣の体現。神との対話。そんな様々な理由のもとで常態化していた習俗。それだけでなく、優れた者こそ犠牲になるその仕組みは、彼らの中でも疑問視する者が現れはじめていました。
それが水神トラロック、花神ショチトル、そしてククルという少女に代表された、卓越した知恵と技、人望を持つ英雄らでした。その予見した、閉ざされし未来を変えんと欲したククルの思いは我らに届きます。
我らは書物という形で受け継いできた『開かれた知』、特に戦いの知恵と機略を持って、生贄と碑文で受け継がれる『閉ざされた知』に相対し、ついにその未来を書き換えることとあいなりました。
その後その立役者の一人となり、我らが郷の名と合わせてククルカンと称されはじめた少女は、この私、曹植の中にあった葛藤、もしくは霧がかった思考に、思いを巡らせはじめました。
「曹植さん、やっぱりまだ出てこない? あなたが何かを見出しそうになったのは、たしかあの二つのピラミッドと、石造りの街並み、そしてその方位に隠れた高い機能の話を聞いた時だったかな?」
「そうですねククル殿。おそらくそれは、私が故郷で直面していた何かに、強く結びつく思考なのですが」
「強く結びつく。それならあなたは、何に直面していたのかな?」
「匈奴。恐ろしく強く、そして戦いそのものを好むかのように向かってくる、馬という騎獣を我らよりも巧みに操る、草原と高原の民族」
「あなた達より強い人たちがいるんだね。そのウマ? というのはあなた達も普通に使っていると聞いたから、あんまり関係ないとして、なんだろう? 戦いを好む? 強さ? それとも草原と高原? もう少し情報が欲しいね」
「彼らは遊牧と言って、衣食を得るための獣を管理するために、家を持たず、定住することなく草原を転々とします。そして、足りないものは、我らの地から奪うことで賄っていました」
「動き回るから、交易や話し合いをしようにも、ちょっと難しいんだね」
「そうです。彼らにとって家は、保管されたものを奪う対象でしかなく、その住まいや暮らしに関心はないのです。なので、奪った先の家は基本的に破壊されます。二度同じところから奪わないように、という意味もあるようです」
「それで、必然的に強くないと生き残れないから、こちらの状況をおおよそ見てとりながら、天井知らずに強かなっていく。そして交易や交流で改善する流れがうまく機能すればよかったのですが、それがままならない状況です」
「ん? えっと……あっ!? もしかして。あなたが悩んでいるのは、彼らの暮らしの中から、争う理由を消せないか、ってことだよね? そこには不規則で話をしにくい彼らの特徴が立ちはだかっている、ということかもね」
「む? つまり、不規則でどこにいるかわからないから、行商は物を売り買いに行く負担が増えて行きたがらない。匈奴は必要な物が手に入らないから奪うことを考える。奪うことが生活だから、強くなるためにより一層戦いの力を磨く。そういうことですか?」
「そう。それに、彼らにとって住居というのは価値がないから、壊しても構わない。空き家なんて残しておくのは害が多いからね。変な盗賊や、虫や獣の巣になったしまうかもしれないし」
「死者を燃やして放置するのも、病の蔓延を防ぎ、地にその力を返す意義、という論もありましたな。つまり彼らは残虐で好戦的というのが本質ではなく、不規則に移動する生活に特化した、合理的な習俗、と」
「この大陸の生贄と同じかもね。生活圏が限られているから、人を増やすと言う普遍的な価値観が薄い。だから、その古い習俗が抜ける機会がなかった」
「戦や生贄は、本来は何も生産しないゆえ、そこに理がなければ自然に消えていくもの。だとすると、この大陸でそれを変えたのは、世界の広さと、知の開き方をもたらしたこと」
「そうだね。ならその匈奴、に何を与えれば、変えられる?」
「……移動すること、それそのものは合理的です。土地が定住農業に適していないのですから。だとすると変えられるのは、その規則性?」
「そうだよ! その規則性を与えるための仕組みが、この地の石造りの建物にあるとしたらどうかな?」
「そ、それは……破壊されませんか?」
「何でもかんでも壊すのが匈奴、ではなくて、いらないから壊すのが匈奴だとしたら? もともとピラミッドなんかは人が住むように作らない。それは遠くから見える目印であり、適切な時期を刻み込む道標。それは、有用だから壊さない。そうじゃないかな?」
「かもしれません。少なくとも、それを知った彼らに、選択肢が増えることになります。それは変化のきっかけを作るかも知れない」
霧が晴れた。そんな気がいたします。それにしてもククル殿。多くの方々と話をすることで、いつの間にやら、指導者としての引き出しを得ておしまいになったようですね。これは明るい未来、になりそうです。
そんな小さな指導者は、私にさらなるお題をお与えになります。
「そうか。そんなあなた達になら、あの人達から何か、形ある物を得られるかも知れないよ。今回後回しに来てきた、あたし達が知っていて、あなた達が知らない最後の地。モチェからさらに南の、高原の国」
「高原の国? 確かそこには何かしら未知があると、モチェの王が言っていましたな。ですが後でもよかろう、と」
「確かに、あれをいきなり見たところで、得られるものは限られていたかも知れないんだよ。だけど、天の星を読むために、人が地に何かを刻むという営み。その力を知ったあなた達なら、あれを見て何かに気づくかも知れないんだよ」
「何か……それは行ってみてからわかる、ということですね」
「そうだね。まあ彼らは不思議な儀式をするけど、好戦的でもなければ生贄文化が強いわけではないよ。言葉もモチェに近いから問題ないはずさ。そろそろあなた達は、一度故郷に帰るんだよね? その前に寄っていくといいよ」
「はい。私たちは故郷でなすべきことがあるのです」
「そうだよね。でも信じているんだよ。あなた達は、ここと向こうの間を、より行き来しやすいように『紙神の道』を広げてくれるんだよね? だから、また必ず会えるんだよ」
「そう信じましょう。世界は広い。でもその広さはおおよそ知れました。ならばその道はしかと繋がります」
そうして陸遜提督と共に、我らは帰途につきます。無論全員ではなく、兀突骨や丁奉ら、交代で行き来する現地要員はしっかりと残して。
パナマの海橋を越え、モチェに一度寄ります。トラロックとショチトルの端末を報告すると、感涙に浸る王は、その南の地、天と話す国への案内を出してくれました。
私たちは数日の航海の後にたどり着くと、すぐに目に入った町、ではなく、その近くの小高い山に案内されます。
――理由はすぐにわかります。山の頂から見下ろすと、地表にあったのは巨大な絵、絵,絵――
造形の明らかな鳥、虫、獣や人の像は、むしろ小ぶりと言えましょうか。おそらくその本性は、意味を見出せないが、精度の高い直線や円、その組み合わせは多数の文化を作り、なんらかの規則を持って並んでいることが見て取れる。
「ククルの言ったことは正しかったですね、曹植殿」
「陸遜殿。間違いありません。もし我らが先にここを訪れていたら、『よく知らぬ民の、よく分からぬ習俗』として、その多くを見過ごしていたでしょう」
「はい。ですが、あの『夜明けの神王の国』や、『水や花の神が宿る、泉の国』を訪れ、その叡智を理解した我らから見れば、この紋様の全てに、明確な意味を持つことは明らかです」
「しかし、実際にどのような意味があるのか、というのは分かりませんね。何かに似ているような気もいたしますが」
そこで気づいたのが、一度はペルシャの入り口まで旅をし、その卓越した経験が、我らに大きな安心を与えてきた関平殿」
「これは何やら、キープに似ていないか? モチェで見た、紐と結び目の記録法の。……いや、どちらかというと、あの根元にキープがあり、そこから延々と伸びるような……」
「よもや、そのキープと関係がある、もしくはキープから何かを生み出す儀式……」
答えが出ぬまましばし眺めていると、町から人が出てきました。起点に向かう者が数人。多くは円の中心や、線と線の交点につく者。何百人、あるいは千人ほどいるようにも見えます。
そして起点についた者の一人が、やや大ぶりなキープを掲げると、その先にいる者がなんらかの色の布を掲げて、下流へと踊りながら歩いていきます。そして隣に着いたら何かを受け渡したり、別のものが来るのを待って、順々にそれぞれの者が一つずつ進んでいきます。
「一人一人の動きには、ある程度単純な規則性があるようにも見えます。ですが、全体を見ると、秩序や協調などが全く見られません」
「来た者と、続く者の色の組み合わせも多様ですね。その組み合わせに対して、続きの者のとる色はおおよそ定まっているように見えますが」
『!? まさか、これは……そんなことが』
じっと様子を見ていると、いつになくあたふたし始めたのが、この旅路でも言語の共有や、その地にあった文字体系の開発など、大いに活躍した『人工知能』喬小雀殿。
「いかがされましたか?」
『これは多分、論理回路ってやつに近いんだ』
「「論理回路?」」
『そう。先の未来、人工知能が生まれた時代で、その人工知能そのものの動作の根源となっていた「演算装置」。それら自体は、はるかに小さな、それこそ手の上に乗るくらいに集積された、入力信号に対して、細かい論理演算を多量に組み合わせて出力を得る「集積回路」。その成り立ちを現しているかのような動きなんだよ』
「つまり、あの最初のキープを入力として、個別のやり取りは単純な規則でなされながら、全体として大層複雑な試算を行なっている、ということでしょうか?」
『そういうことになるね。その連携された儀式。おそらく最初のキープが現した情報をもとに、最後に出てくる答えを得るんじゃないかな?』
そんな話をしていると、儀式は末端の者の動きを最後に、どうやら新たなキープが生成され、終息を迎えたように見えます。
なるほど。人工知能のいうのは、確かにこれに近いのかも知れません。入力に対して、なんらかの規則を集めて、的確な出力を得る。
「おそらくこの絵柄に相当するのは、これまでの経験や伝承に基づいた、『式』というものに相当するということでしょうか」
『そうだね。だが、ある意味で完全ではない複製とも言えるあたしでは、理解に限界があるよ。……そうだね。この絵柄を可能な限り書き写しておこうか。陸遜、曹植、しばらく時間をもらっていいかな?』
「無論です。おそらくこれは、とんでもなく貴重な知恵であることに変わりはありますまい」
私はこの流れを見ていると、はたと気づきます。
「これはよもや、匈奴などの草原の民だけでなく、漢土、あるいは世界の多くの者達にとって、一つの転機となり得る物かも知れません。文字による知識と経験の伝承に加えて、この『論理式』に則った演算という方式」
「確かにそうかも知れません」。この全てを理解し、実際に物事に応用していくのは、相当な積み上げが必要となりましょう。ですが、このやり方がある、ということを持ち帰り、北の国の天文暦法、建築術といった多大な情報も併せて練り上げれば、人々の新たな未来を紡ぐことができるやもしれません」
『そうだね。急ぐ必要はないさ。差し当たりは、北で曹植が得た答え。匈奴への新たな価値の提供。それを軸に動くのが、正しい道だろうからさ。その上で、ここで得た物を、じっくりと解き明かすことにしようじゃないか』
「そう致しましょう」
その後一月ほどかけて、小雀殿は、山から見えるその絵柄を、丹念に、正確に書き写していきます。その間、私や陸遜殿らは、麓の街の方々に、その儀式の細やかな作法などを聞き出したり、この先の天候や実り、災害などを予測した結果を見せてもらったりして、大変多くの知恵を受け継ぎます。
そうして、我々は多くの収穫を得て、故郷への帰途に着いたのです。そこで何が待っていようか。そしてその先で我らが何をもたらすのか。それはいかなる予測手段を用いたところで、わかり得ぬことながら。
お読みいただきありがとうございます。
次からしばらく間話となり、第十五章、本土編です。