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百十一 夷陵 〜巨人×夜神=火海?〜

 あの日、我らは巨人と邂逅した。そう書き記すのが、最も事実と相違が少ない。我が名はテペヨロトル。森の民と呼ばれる少数民族の、力なき勇士。


 我らはその巨人に瞬く間に撃ち倒された。そやつは的確に我らの長を制圧し、他の勇士達を薙ぎ倒して行った。力だけでなく、その戦い方には高い知性と知恵を感じた。


 どうにか仲間の一部と共に、夜の国に帰り着いた我は、その巨人の印象のままに偉大なる夜の神王に伝えた。神王からは森の民への労りと、再度の忠誠への問い掛けがなされた。


 だがその時、別の視線を感じ取った。南の国の少女と、はるか西の国の者ら。我は彼らを誘い込み、話を聞いてみた。彼らは我ら少数民族の葛藤と、夜の神王の偉大さを理解した上で、今の世を変えようとしていた。


 つまり、生贄という世の理は、長きにわたる人の世の成長を妨げ、いずれ大きな破綻を促すという、新たな理。そこに答えを出せぬ我は、その強き志の少女ククルと、カンという国から来た者らのなしよう、そして偉大なる夜の神王の応えように、運命を委ねることとした。


 それが、後々の未来の運命を大きく変えたかもしれないが、決して長くはないククルカン戦役、あるいは、マヤの夜明け、の始まりだったのかもしれない。



 夜の神王、そして少女らとの邂逅を終えた我は、仲間らのところに戻る。


「ジャガーの勇士、テペヨロトルよ。我らはこれからどうなるのだ?」


「わからん。正直どちらが勝つのかすら、分からなくなった」


「そうか。あの巨人は、それほどか」


「ああ。それに、トラロックが目の力を取り戻しつつあった。それはやはり、始まりの兆しなのかもしれない」


「それにしても、我らについて来た都の勇士のことだ。道中はあまりにいう事を聞かぬので腹が立ったが、後から考えたら、あれは彼らだけの責ではないな」


「ああ。そうだな。そもそもの要因は、海の民と湖の民が、早々に逃げ去った事だろう。来た時は、都の勇士はカヌーに乗ってきたからな」


「そうだったな。我らは別の道。半島の西岸からは森を通ったからな」


「ああ。彼らが全滅したのは、よくない星の回りだったと言わざるを得んさ」



「ああ。だが厄介だぞ。神王はそなたを認めたかもしれんが、我らだけが生きていることに、都の者らは不満を隠さぬだろう? もともと向こうとこちらの間に住む我らは、先頭に立たざるを得んか?」


「ああ。そうなるだろう。だがいつも通りだ。ジャガーの誇りを忘れることなく。それでいて、意味のない避けるのがジャガーだ。どちらにせよ、そなたらの今の状態では到底戦えん。まずは体をやすませよ。俺は先に森へ戻る」


「わかった。流石に間に合うだろうが、体力が戻るかわからん。指揮は任せた」


「ああ」


 この仲間の言う通りだった、と後にして思う事になる。我は一度森に戻り、一通りの歓待を受けたのち、くれぐれも慎重に動くようにいい含めた。我が戻らなければ、戦いの様子を探りながら姿をくらますように、と。そして一度都に戻る。



 月が一巡ほどした頃。巨人が率いる勇士の軍勢が、森の中から姿を見せたと知らせがきた。


 だがおかしい。あのカンの者二人が戻って、すぐに軍を集めてやって来たら、もう一巡はかかるはず。明らかに早すぎる時。神王もそれを承知で、ある決断をする。


「早すぎる。トラロックよ焦ったか。十分な訓練や、巨人との連携を整えるだけの時をかけてはおるまい。数はいかほどか?」


「分かりません。巨人以外はよく見えません。百か、二百か」


「二百か。手元の勇士だけであればそれくらい、であったな。まだ見えていない勇士もいるかもしれんが、それでも五百には届かなかろう。守りの手勢を五百残し、四千で出るぞ」


「常備はほぼ全軍だな。海や湖の勇士には声をかけないのか?」


「不要だろう。待っていたら、奴らの体勢が整うかもしれん。森に慣れていたら厄介だ。奴らが疲れを癒す前に出るぞ。出立は夜明け」


「狙いは?」


「巨人を一とし、どこかにいるだろうトラロックを二とする。その力と知恵、行動力は、何としても手に入れたい贄ぞ」


「承知」


 

 そして、夜明け前に集まった四千は、真っ直ぐにその巨人がたたずむ所へ向かっていく。


 巨人は、森を背にし、彼にとっては小ぶりの槍を振り回して戦いはじめた。次々に倒れ伏していくこちらの勇士達。そして側面に回ろうとすると、敵方の勇士が森から出てきては交戦し、こちらにある程度被害を与えたら森へと消える。そして、また別のものが出てくる。


 同時に戦っているのは二十人ほどか。大半は森の中にいるからか、敵兵の全数は把握できない。トラロックも見つからない。


「数で押し切れれ! 一人に二人か三人で当たれ! 巨人にはできるだけ五人以上だ!」


「森を背にされているから、なかなか横に回れないな」


「厄介だな。巨人の強みを活かしている。だがいつまで持つ? 槍もいつか壊れるぞ」

 

「あっ! 槍が地面にたあたったぞ! ダメになったか。あっ! 逃げた!」



 巨人は、最後の獣道を伝って逃げ去っていく。我ら森の民が使う獣道だが、当の我らは、見つからないように、左右の小高い地形の中で隠れている。


「追え! この辺りはまだ道の数も多い! 全部使って、面で押し切れ!」


 だが追いつけない。巨体な分、足も相当に速い。そして、少し逃げた先には、予備の槍を置いていたようだ。槍を拾うと、何やら果物を食べながら待ち構えている。


 別の道では、敵の勇士が数人ずつで待ち構えている。


「ん、こいつら巨人ではないが強いぞ。油断するな! グワッ」


「おい、邪魔だ! 前に進めん! 足をやられた?」


「あの仮面のやつらの武器、強くて鋭い。鎧も刃が通らない」



 どうやら、勇士の一部に仮面を着けている者がいる。彼らの武器や鎧、確かにこちらのものと色が違う。


「だめだ! 巨人も刃が通らない! たまに当てられているのに、びくともしない!」


 そして左右の道は、足をやられたもので塞がれ、うまく包囲して戦うことができないでいる。道によっては完全に塞がり、追撃が出来なくなったところも出て来始めた。


「あっ! また巨人の槍が壊れた。逃げていくぞ! まだ武器あるのか?」


「何本か道が塞がってしまっているな。仕方ない。残った道で追い続けろ! 巨人以外は足止めを狙っている。足への攻撃に気をつけるんだ!」


 神王の指示は的確なように見える。よく状況が見えている。


「仮面の敵が、異国の者なのだろうな。特別な武器を使うのだろうか」


「巨人の鎧も、刃が通りにくいようだな。すき間を狙ったり、工夫しないと攻撃が通らないぞ」


「だが巨人の槍は普通のものだ。異国の武器も、代えが効くものではないのではないか?」


「さすが神王。その狙いは良いかも知れん」


「よし、皆、武器を狙え! 武器がなくなればあいつらも抗する術を失う!」



 その指示は効果的であった。仮面の者らの動きは明らかに鈍り、我らの圧に徐々に退くはやさを増していく。巨人も巨人で、変えねばならない槍の数が嵩んできた。


 ついに巨人は槍が尽きたのか、そこらへんの枝を折って棍棒がわりに振り回し始める。……正直こちらの方が厄介。


 そして、抗する敵の勇士も、明らかに最初よりも数を減らしているように見える。仮面のものも一人二人と数を減らし、やや疲れが見えていそうな巨人を除いて、目立つ腕の者は少なくなっている。


「ちっ、血で刃が鈍ってきた。武器も限界だな」


「代えが効かないか? あとは守りに徹するしかないか」


 そこまでは、順調と言えたかも知れない。確かにこちらの勇士も、明らかに戦える数を減らしている。だがまだ三千以上は、敵に触れてすらいない。



 転機がどこにあったのか、どれほど考えても分からない。


 本来あるはずの道が減っている事を、神王が訝しんだ時か。


「道の数が減っているな。もう二本か三本しかないぞ」


「もう少しあったはずなのだが、木が倒れていたり、ぬかるんで進みづらくなっていたりするんだよ」


 あるいは、我が同志の森の民達が、なかなか姿を見せないのを、神王が問い詰めた時か。


「そなたの同志は何をしているんだ?」


「近くにはいるはずだが、そもそも道が変わっているからな。うまく合流できないのかも知れん」


 あるいは、その道の先が、左右を小高い丘で挟まれている方向であることに、我が気づいた時か。


「……神王よ、よもや我ら、どこかに誘い込まれていないか? この先は左右を丘に囲まれた、ちょっとした広場になっている。囲まれたら危ないぞ」


「……ほう。確かに、奴らの動きには、何らかの目的があるようにも見えるな。だがその目的を達成できるような状況なのか? 見ろ。あの巨人も武器ならぬ武器を振り回しているからか、疲労の色が濃くなっている。捉え切れるのはあと少しぞ」


「確かにな。ここを逃すと、再戦する時に厄介でもある」


 あるいは、この我の、思わず少し背中を押してしまうような発言だったのか。


――それとも、すでに最初から。つまり我らが最初に巨人や少女、トラロックらの集団に出会った日からだったのか――



 広場に出ると、その中央には、やや大ぶりの、木とは色の違う、赤みがかった柱が立っていた。そう、それはあの巨人にとってみれば、大層ちょうど良さそうな大きさの棍棒、かも知らない。


 だが神王が何かを感じ、声をかけるよりも早く、状況が動いた。勇士達はようやく巨人の四方に展開できると見定め、群がり始めたのだ。


「あっ! まずい……」


 巨人の咆哮。一度勇士達はたじろぐも、後列の勢いに押されて進むしかない先鋒。巨人はそのちょうど良さそうな棒を振り回すと、群がる者らを一気に薙ぎ払う。だが後ろからから勇士の勢いは止まらない。多数の重傷者をだしながら、一対三千の押し合いが始まってしまう。


 おそらくあの棒が、本来の巨人の武器なのだろう。こちらの勇士達は勢いよく吹っ飛ばされていく。だがそれでも、勇士達の迫る勢いが上回るのか、巨人は一歩ずつ下がっていく。


 それにしてもこの匂いはなんだ。何かの油か、それとも。それに、地面は乾いた草で覆われている。



 そうこうするうちに、百人以上の精鋭が倒れ伏すが、流石の巨人も疲労を隠さない。そしてこの広い地の反対側にある出口に近づいた時、巨人は大きく棒を振った後、その出口を塞ぐように立ちはだかる。巨人はその棒を高く掲げ、ある一点を指し示した。


「むっ、まずいな。また背後をとれなく……なんだ? 巨人は何を指している? あっ! ああっ!?」


「まさか、全てが罠だったと言うのか。この巨人の動きや、仮面の者達の振る舞いそのものが、全て誘いの手……」


 そう。巨人が指した先に見えたのは、数十人の勇士や、仮面の男達が、火のついた松明を掲げる姿。そして、地面には多量の、おそらく油の染み込んだ干し草。あれが投げられた瞬間、我らの運命は炎に包まれる。


 そして仮面の男の一人が、声を拡大する筒をもって、こちらに話を響かせる。


「夜の神王よ、よくぞこの祭壇まで到達召された。いかがかな? もしこれらの松明を投げ下ろせば、この地は瞬く間に炎に包まれる。それはあなたの知性があれば容易に想像が付くであろう」


「くっ、なんだと……」


「おっと、我らに近づかぬ方がよい。近づいたら、この松明は投げ下ろされ、そなたらは、どこの何者かもわからぬ神か、神ならざるものへの生贄として届けられよう」


「くっ、それはその通りのようだ。それに、ここから正面に抜けることもままならないだろう。だが、ならばなんとする? 我らはその炎を潜り抜け、そなたらに刃を通すだけの数は、まだ残るのではないか?」


「ふふっ、それはそれで、神の贄はなんたる贅沢を望むことか。それに、我ら漢の将と、泉の国の勇士だけではないぞ。あちらを見てみよ」



 するとそこに現れたのは、我が同志、森の民達。


「なんだと!? 貴様ら裏切ったのか? 我もそうだが、ここにいるジャガーの勇士、テペヨロトルをも?」


 すると我が同志も、同じような筒をもって、こちらに語りかける。


「最初からそのつもりではなかった。あちらの仮面の者らに話を持ちかけられたのは、つい昨日のことだった。それは、『我らが知勇と、かの夜の神王の知勇。いずれが優るかを、その目で確かめさせよう。それまでは何も求めん。その丘の上で、しかと見定めるが良い』と」


「見定める……」


「いくつか説明を受け、彼らの罠には、何度もそれを破る分かれ道があったように思える。そう、何度も。引き返そうと思えば、もしくは、打ち破ろうと思えば、それが叶ったのだろう、と」


「確かに、そうかもしれん」


「だが偉大なる神王、貴方はその道を選ぶことなく、この地までたどり着いてしまった。それは、あなたの知が、学びに満ち満ちたものではなきが故」


「我が知に、学びが足りぬと?」


「かような罠は、かの漢という地では、何度となく試され、その後それが学びを受け、看破され始めた罠と聞く。それこそ、情や欲が知を上回ったものや、耐え難い煽りを受けて激昂した者のみが引っかかるような罠だとか。神王よ、あなたはどちらか?」


「否。我はそのいずれでもない。ただ勝算を省み、頭を働かせて選んだはず。少なくとも我は先ほどまでそうだった」


「ああ、その通りだ神王よ。隣で同じく頭を働かせ続けた俺から見ても、あなたの知は、確かに戦場にふさわしく研ぎ澄まされていた」


「……まさかそれが、くっ、それが、『閉ざされた、狭き知』だと言うのか」


「その通り。それをまざまざと見せられ、その『開かれた知』を、そこの頭領、リクソンという男に見せられた以上、神王の知を、偉大なると言い続けることはできぬのだ」


「くっ……それは確かにその通りかもしれん。だが、勇士はそれほど減ってはいない。ここで火が回る前に逃げ仰せた勇士だけでも、貴様らを圧することは難しくなかろうぞ?」


 すると最後に、リクソン? と呼ばれたカンの者はこう言って、我らを促した。


「果たしてそうだろうか? この場にいるはずの者が、今どこにいるかを思い浮かべてみよ。そしてこれもまた、『開かれた知』の一つ、『虎を駆りて狼を呑ましむ』策。さあ、思い至ったら、ただちにそこへと向かうが良い」

 お読みいただきありがとうございます。

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