表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/235

十二 用間 〜(馬謖+魏延)×孔明=炎壁?〜

 私は姓は馬、名は謖、字は幼常と申す者です。かの幼女殿の導きもあり、我が友、ではなく好敵手の魏延と共に、黄忠様や、兄馬良の下で、この新たな国の防諜、あるいは諜報体制を整備しているところです。

 最近は、手持ち無沙汰であることを必死に訴えかけるような挙をなさる我が師、孔明様も加わり、どのようにその防諜体制を整えれば良いのか、繰り返し論じております。


「孔明様、さきほどは鳳殿や奥方様と、紙作りの体制や、新たな大判技術についてご議論しておいでだったかのように見えましたが、そちらはよろしいのですか?」


「はい。ある程度整ってきた段階で、月英だけでなく様々な方がどこからともなく集まってきて、何故か追い出されてしまいました。

 紙に関しては現地をよく知る李恢や霍峻が。伐採や水の管理は沙摩柯や雷銅といった腕っぷしもある者らが。印字の技法や、その機材に必要な鍛治などは、中原での経験も豊富な黄権や蒋琬といった人材が、それぞれ様々な技術や知識を持ち寄って形にし始めています。私はもういいから他へ行けと言わんばかり……」



 すると黄忠様が、身もふたもないような、それでいて本質をつくような、温かくも鋭いご指摘をなされます。そして魏延も追随します。


「かかかっ、孔明殿も、あまりに才に溢れるがゆえに、多くのものは、己にできることをあなたにさせるわけにはいかんと必死になるのじゃよ!」


「孔明様、こちらの防諜、そして用間という分野については、まだまだ知恵というものが足りぬと心得ています。我ら、閃きこそそれなりという自負はあれ、防諜に大事な疎漏のなさという面では、どうしても力不足を感じてしまうんですよ」


「お前はもう少し考えろ魏延! それに私はそれなりに疎漏なくやれておるではないか!」


「どの口が言っている! お前はこの前も水筒を忘れやがって。水の手の大事は疎漏以前の粗忽だぞ!」


「やめんか二人とも! せっかく孔明殿がおいでなのだ。この方の時間を無駄に使ってはならんぞ」


「失礼いたしました」

「申し訳ねぇ」



 そこでなぜか孔明様、呆れも怒りもせず、何かを考え込みます。


「疎漏、頑健……防諜においてそれは何なのでしょうな? 形ある城市や家屋であれば、敵を通さぬ、火水を通さぬといった、高く、もしくは強き壁といった、分かりやすい基準があるでしょう。

 しかし、謀に対する備に対しては、このひろき益州の地において、全てを通さぬというその考え方は、いささか労多くして功少なしとなります。理想は、天網恢恢疎にして漏らさずと言いたいところですが、かような抽象的な指標は指標とはいえますまい」


「蜀の地は幸いなことに、守りは安きところです。であれば、それ以上の頑健性は無駄になるのでしょうな」


「違いありませんね。ですが人の出入りを完全に遮断できるほどでは無さそうです」


「軍なら簡単には素通り出来ませんが、諜報に長けたものであれば、見過ごすのは難しそうですね」



 次々と皆様の意見が出ますが、なにやら雲を掴むような、もやもやした形となっております。そうしていると、外から騒がしい方が入って参られました。


「おう、どうしたんだ孔明、それに黄じいさんってことは、間者のことで話し合っているのか?」


「翼徳殿! そうなのです。この堅牢ながらもやや広く入り組んだ地にて、いかにして謀から守らんというのが。目指すところを捉え難く」


 孔明様は、入ってこられた張飛様に早速相談なさいます。このお方、武一辺倒という評はもはや過去のもの。厳顔殿が副官になるや否や、その気さくさからなんでも周りに話しかける中で、その目の付け所の多様さが、すでに知れ渡っておいでです。


「なんだ、簡単じゃねぇか。孔明、お前何を守りたくて、何がそうじゃねぇか、まだ言ってねぇぞ。それじゃあ、中と外を隔てるものに何をさせりゃいいんだよ?」


「「「!!!」」」


 このように。



「まことに、通りかかっていただいたことを感謝せねばなりませんな。何を守るべきかが曖昧であれば、その態を論じるのに不足するは自明でございました」


「そっか、それならよかった! じゃあ俺は、新しい部下達を鍛えてくらぁ! じゃな!」



 まさかの一言で方向性がさだまり、ここからは一気に話が進むこととなります。黄忠様が、私に指示を出します。



「まずは、外から中、中から外それぞれに対し、通して良いもの、ならぬものを上げてみましょうや。馬謖、正否は問わぬゆえ、試し書きをできるか? 魏延、この段階で馬謖の試しを馬鹿にするのは許さん。それをしては、試しにならん。馬謖も考えすぎて手を止めるではない」


「わかりました親父殿」


 魏延は、黄忠様とは古くからの間柄で、父とも慕う仲です。決して逆らうことはありません。


「ではこちらの砂盤にて」


『外から内

良し 信頼に足る者、正式な使者、知れた商人など

悪し 不明な人物や意図不明の集団、過度な貨物など

策 検問、身元の確認、場合によっては護送と監視


内から外

良し 正使、指示のもとでの商い、軍需物資の搬出

悪し 情報を含む文書、無許可での外との接触

策 文書の管理と発行、不正流出を防ぐための信任ある者にのみ担当させ、連絡手段を限定』


「ほほう……」


「親父殿、馬鹿にはしねぇが、意見はいいのですか?」


「ああ、いいじゃろう。ここはそなたが吟味するのがよい」


「であれば。馬謖よ、これは戦時の幕僚であれば完璧だ。それに、成都の街区や政務という意味では疎漏はなかろう。だが蜀の全土という意味ではどうなる?」


「!! そうか魏延。これだとやりすぎなのか? ……まことにお前のいう通りだ。であれば、例えばこの我らの土地の状況を鑑みる必要がありそうだ」


「そうだな。例えば国や街のなかじゃあ、今のこの陣営、少々のならず者や揉め事なんかは、ひとひねりでぶっ飛ばしちまう方々ばかりじゃねぇか? となると、怖ぇのは闇討ちや拐かし、盗みなんかの大悪に限られそうだ」


「そうですね魏延。それに、この地の才あるものがこれから見出してゆく新しきものは、特に魏や呉、そして異族に漏れようとも構わないと感じています。むしろ、外でご遠慮なく使っていただき、互いの理解を深めあうことの方が、長きにわたる益は多そうです。

 であれば中から外で防ぐのは、まことなる機密のみ。軍事の予定や戦略、在庫帳票、符牒などといったものに限られます」



 魏延、そして孔明様ご自身も、ご意見を仰せになり、指針が明らかになりました。であれば……


『外から内 暗殺防止

良し 一般の流入は自由にし、要人への接近に制限。

策 大将や要人の護衛に信頼ある護衛部隊を配置し、要人の孤立を防ぎ、狙われやすい場面を避ける。

 時折、張飛様や厳顔殿、魏延のような武勇の高い人材を巡視や護衛につける。


中から外 機密保持

良し 一般技術や人的流出、商取引は自由に。

策 戦略戦術機密を取り扱う者を慎重に選び、信頼関係を重視し割り当てる。全てを知る者はごく限られる

 戦略や配置に関する機密は、特定の場所での閲覧・保管に留めて明確に管理。符牒を使い、万が一漏れても解読されないようにする』



「おお……これなら良さそうじゃねぇか。親父殿、孔明様、如何ですか?」


「ああ、良さそうじゃの。この方向で定めれば、あとは具体的な策を定められよう」


 私はこのような充実した議論を、この面々となせることに喜びと安堵を覚えながら、要諦を忘れぬよう、孔明様の発案されたという筆記具で、木片に書き留めます。が……


「あっ!」 コトッ、バキッ!


「何してんだよ」


 木片を落とした上、拾うときに足がもつれて踏み割ってしまいました……

 仕方ないので、拾って繋いでみます。うん、読めなくはない。



「ん? 馬謖、それちょっと見せてくれるか?」


「なんだ? 中身はお前が書き留めているのと変わらないぞ?」


「いや、中身じゃねぇんだよ。ほれ」


「なんだ、遊びか? つけたり離したり」


「いや、なんだっけ? 割符とか言ったかこれ? こういうのを、外から来た人や将兵、たまにそれぞれ持たせて、出入りだったり、ことあるごとに見せ合うようにすれば、怪しいやつを見つけやすくならねぇかな、ってな」


「それは良い考えです魏延。木符なら持ち運びも楽で、何より今進めている判の術がそのまま使えます。それに定期的に変えたり、用途に応じてその複雑さや更新頻度を変えることもできます」


「そうですね。それに……なんかこれ格好良くねぇですか?」


「む、確かに……民や将兵が気にいるような字や図柄にすれば、皆が表にだして携行するようになるやもしれません。そうすればより防諜が捗るだけでなく、同じものを持つことによる、この地の皆の一体感を生み出すやもしれませんね」



 そうして、なぜかこの端末が事細かにひろまると、この割符の名前は馬魏符と称され、この地で持たざる者は居ない物となります。衣服や小物に紐をつけたり、鮮やかな袋に入れたりと様々な形で携行され、そして定期的にその形状が変わるたびに民達は過去のものを大事に飾るようになります。

 記念の時には記念符が、特別な地には当地符が用意されるなど、様々な形で、この国の文化に浸透していくこととなります。


 そして、東西南北に用意された関所には、留められることの多くない検問に、勘の鋭い衛士による目という、まさに人の適性を生かした防諜がなされることとなります。魏延や廖化殿から連なる衛士達は、民からも守護者として愛され、ときにその地の催しに主賓として招かれるなど、人気の職となっていくのはだいぶ先のお話となります。



 それはいいのですが、民や兵にやたらと浸透し始めた「馬魏の交わり」という慣用句、あれどうにかならないでしょうか……喧嘩するほど仲が良いという意味のようですが、事実無根でございます! 諜報に携わるものとしては、虚報は許容できません! 時にあの幼女殿や、孔明様の奥方などが、面白がって広めておいでという噂も、よく耳にするのです。

お読みいただきありがとうございます。


 タイトル名は、まんま「ファイヤーウォール」をイメージしております。内容もまんまですね。この国の許可条件はかなりガバガバです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ