百八 潜入 〜(関平+張嶷+少女)×神殿=用間?〜
兀突骨に蹴散らされ、しばらくの間散り散りに逃げていた夜の国の勇士達。流石にこのままでは帰り道すら殆ういと気づいたか、数日かけて、ある程度のかたまりまで合流を果たす。この統制のなさはおそらく、兀突骨が、指揮官級とみられる者を選んで捕らえたのが正解だったからなのだろう。
私関平は、張嶷と共にその集団に気づかれぬよう尾行し、彼らの目指す先を見定める。するといつの間にかククルがついてきているのに気づく。
「ククル!? どうしてこちらに?」
「こっちじゃないと、ショチトルの状況がわからないからね。連れて行かれて何日か経っているけど、儀式は日を決めてやるはずだから、まだ大丈夫だとは思うんだ。でも不安はあるからね。できることはしておきたいんだよ」
「まあそなたもすばしっこいから、問題ないな」
「それにしても、本当に統制の取れていない動きだね。道があっているかどうかで何度も揉めているんだよ」
「はぐれたり、喧嘩したりして、結局随分減っているな」
「道も含めて指揮官頼りだったんだろうね。森林とか湿地で危ないから、本来はちゃんと集まって列を組まないといけないんだけどね。まあでも、方向の当たりはついているみたいだから、追いかけて損はなさそうだよ」
その後もワニに襲われたり、毒虫に刺されたりして重傷となり、近くの集落に置いていくなどを繰り返し、百人いたはずの勇士達は十に減っている。
「密林が危ないのは、こっちの大陸でも同じだな。多少なりとも道の記憶を辿れているからどうにかなっているが」
「俺たちも、ククルの予測にかなり助けられているな。とにかく湿地を避けないとまずいが、土地勘なしで地形をおおよそ読み当てられるのは大きいぞ」
「匂いとか、植物の生え方、虫や鳥の位置で大体わかるからね。それに、食べ物は豊富だよねこの森。あ、あっちはまずいよ。またワニが……」
さらに数日後、彼らにとってはやっとの思いで森を抜けると、ややひらけた高原に至る。
そしてたどり着いたのは、城壁のない、それでいてあまりにも整然とした『都市』。
門衛こそある程度の警戒心はあったようだが、それも、東に向かった勇士達がボロボロで帰ってきたのを見て、その混乱に乗じて侵入できる程度のもの。
中に入ってみると、その都市の建築術が、おそらく長安を上回る技術水準であることがわかる。ほとんどが石やレンガ作りの建物。平らにならされた、東西南北に直線的に整備された道。建物や道に隙間やひびなどがほとんどなく、それこそネズミや虫、ヘビなどの侵入も防いでいるのだろう。
「この下は……汚水がながれているのかな。もしかして、生活排水を処理しているのかも」
「下水網は、長安でもまだ十分とは言えなかったよ。相当に進んだ都市建築だと言って良さそうだね」
「神殿はあっちだね。巨大なピラミッドが二つ」
「二つの間の大通り、そして中心の広場。あれが生贄の祭壇といったところか」
「遠目に見ても、石膏の面に、相当な数の装飾が施されているのがわかるぞ」
「あれっ? うーん。東西南北だと思っていたけど、ちょっと違うね」
「確かに、すこし東から南東にずれているな。あのピラミッドに合わせているかのような……」
「これは多分適当に作ったんじゃないね。特定の日の日の出に合わせているんじゃないかな。例えば、その日に種まきを始めましょう、みたいな」
「だとすると、相当に精緻な技術といえるだろうな。そんな技術が伝承されているのか。そして、その方向に全ての建物が合わさっているとしたら、民の皆が、日の出とともに、『今日は種まきだ』ってすぐに理解するってことか。すごいなそれは」
「んーっと、二つめのピラミッドは、なんか周りに基礎が増えているのかな。もしかして建て増ししようとしている?」
「その建て増しが、もしかしたらショチトルに関係あるのかもしれないぞ」
「慎重に探ってみよう。でもどうやって?」
「ここはククルの出番だな。私たちは得体の知れない人としか見られん。だから人の話は聞けないんだよ」
「ククルなら、見た目はただの子供だからな。街の人に話を聞くんだ。どんな人に聞けばいいか、何を聞けばいいかは、用間に書いてあったよな」
「郷間、つまり、人々の暮らしの中から聞き出すんだね。二人はどうするの?」
「まずはあの二つのピラミッドに近づいてみる。警戒が厳しい所と緩い所がそれぞれどこなのか、といったところだな。あとは、政庁をさがすか。テスカトリポカを見つけたい」
「多分すぐ見つかるよ。さっきの帰ってきた勇士から話を聞こうとするはずだからね」
「ああ。そうだな。一旦別行動をとって、さっき見つけた空き家で落ち合おう」
「わかった!」
そして見た目の違いが目立つ私と張嶷は、隠れながら建設中の一回り小さい方のピラミッドをめざした。
……いきなり一つめの当たりを引いた。新しい方のピラミッドに近づくと、その現場を指揮しているのが、だいぶ派手な装飾と刺青をした、屈強そうな男。建設中で、物陰が多くて助かる。
「夜の神よ、泉の国から、勇士が負けて戻ってきました」
「なんだと? トラロックを孤立させるのは失敗か?」
「トラロック自身か、娘かを差し出させる、という策自体はうまく行ったようで、向こうの勇士の多くを取り込めそうだったようですが。その先が、戻ってきたものの話が要領を得ず」
「なんだ? 直接話を聞いた方が良さそうか?」
「はい。お願いします。聡明なあなたであれば、より良く聞けるかも知れません」
「いいから連れてこい」
「はい」
確かに聡明なのだろう。あの策は、私たちがいなければ成立していた可能性が高い。トラロックやショチトルと、現地の民はもともと異郷。引き剥がすという策は、理にかなっている。
「連れてきました。八人しか残っておらず、話を聞ける状態なのはこいつだけでした。他の奴もしばらく休めばどうにか、といった所でしょう」
「お前は……東の森の部族だな。他の者は?」
「五人の部族長は、巨人に倒されて、多分捕まったか死んだ。都の部族は、森の危険を警告しても、言うことを聞かずにワニに食われ、毒にやられた。残ったのは森の部族だけ。都の勇士、少し強くても、あれには勝てん。それに、森の知恵、都の知恵、全部使わないと、負けるぞ」
「貴様、神王にむかってなんという!」
殴り掛かる副官。だが当然神王がとめる。
「やめろ。今殴れば死ぬぞ。こいつらが死んだら森の民は向こうにつくかもしれん。お前らはその辺りが足りぬというのだ」
「くっ……申し訳ありません」
「その点お前は知恵が回るが、口が過ぎるのか、それとも、散々な目にあって気が昂っているのか。どちらでもいいが、森の民の行く末も、これからのお前の言葉にかかっていると知れ。森は、泉よりも近いぞ」
「ちっ、流石の神王様だ。こちらの弱みも分かっているのだな。だが言った通りだ。トラロックを迎えた我々百人と、泉の国の勇士二百人。だが、トラロックには、謎の数人の集団が付いていたんだ」
「謎の数人……」
「一人以外は、遠くてよくわからなかったが、トラロックと何やら話をしていた。するとその中の一人。王の頭が肩より下になりそうな、そんな巨人が向かってきた」
テスカトリポカらしき神王は、手を上げて、これくらいか? と問いつつ、続きを促す。
「ああ。とにかくでかかった。人間かもわからんが、話をしてはいた。なぜかその巨人は、真ん中ではなく、周りを囲んでいた我らを狙い、一気に蹴散らしていったんだ。大人の勇士なら、子供が百人列を作って向かってきても、簡単にあしらえるだろう? そんな感じだった」
「つまり、近くに泉の国の勇士がいたから、こちらの勇士はその巨人を取り囲む前にやられた、ということか?」
「そうだな。つまりその巨人は、とんでもなく強いだけではなく、知恵も回る巨人だ。そんなのが、トラロックに着いた。神王の策は破られた。そして、その知恵が回る巨人は、我らの長らしい者も見分けたんだろう。そいつらだけ叩きのめして、あとは蹴散らすように薙ぎ倒していったんだ」
「それで、逃げてきた、と」
「あそこで逃げない奴が阿呆だ。死ぬか捕まって、良くて拷問、悪いと生贄だろうさ」
「まあそうだな。生贄はトラロックが忌避しているから分からんがな。だが巨人、か。その巨人を打ち倒し、生贄に出来たら、我らの力はどう強まるのだろうな」
「あなた達の信仰はそうなんだったな。それが真かどうかはおいておくが、どうするかを考えるのが先かもな」
「くっ……まあいい。五千の全軍でかかれば、いくら巨人といえども手に負えなかろう。広いところで取り囲むか、森でその巨体が活かせないようにするか。果たしてどちらが……」
「いずれにせよ、森の民の協力は必要なのだろう?」
「森の勇士の長も囚われたのだろう? 力は残っているのか?」
「今は寝ているが、残っている八人は全員森の民だ。我らが生きて戻れば、どうにか協力を続ける気にはさせられよう」
「一部でも欠けたらそうは行かぬ、という言い方だな。試してみるか? そなたの話は聞けたから、誰か気弱なやつだけ残して全員生贄にしても良いのだぞ」
「ふふっ、そんなことをしてどうなるか、『聡明な』あなたなら分かっているのだろう?」
「ちっ、森の勇士の中でも、賢き者が生き残った、か。仕方ない。我らの先遣隊は全滅なのだろう。ここは頼るしかない」
「そういえば、連れてきた女神はどうしているのだ?」
「儀式を早めたいが、そうは行かん。日は決まっているのだ。まああの女神も、今回は国のため、と見定めている。逃げも逆らいもせんさ」
「いつも通り、その知識を碑文に残す。それを始めているということだな。そしてそこに余人を入れることは許されない。神王とてそれは同じ」
「その通りだ。知識に歪みが生じては、得られる力にも歪みが生じる。この期間、食事を持っていく巫女以外の接触はできん」
「接触したそうに見えたがな。へへへ」
「貴様、本当に生贄になる気はないのだよな?」
「へへっ、失礼。では療養が必要な勇士達を一旦送り届けてくるぜ。俺はまた戻ってくるが」
「ああ。貴様の賢さは、まだ使えそうだからな」
さまざまな情報と、文化や人となりの詳細が見えてきた。そして、森の民は去っていった。
だがその時、一瞬だけそいつが、こちらに視線を送ったことに、張嶷が気づいた。
「ふふっ、あいつ、こっちのこと気づいていたな」
「なんだと? これで気づくというのは相当な勘だぞ。あっちの賢明そうな神王も気づかなかったし。それで何もしなかったってことは、こちらに聞かせるため、だったのか?」
「かも知れん。やや危険は伴うが、接触してみるか」
「いや、そこはククルに相談しよう。知恵で正解が見つかる選択じゃない。とりあえず見失わないようにしつつ、ククルと合流だ」
「わかった」
追いかけると、おおよそきた道の通りに歩いていく森の勇士。通り道だったので、ククルも合流を果たす。
「いろいろ聞けたよ。あれっ? 二人はなにしているの?」
「あの勇士、見覚えないか?」
「ああ、逃げ帰る時に、やたら的確な動きをしていた人だね。すごく喧嘩してたけど」
「あいつ、テスカトリポカっぽいやつと話していたんだが、どうやら隠れていた私たちに気づいた風なんだよな。だがそこであえて話を引っ張り出していた風に見えた。どちらに転ぶか分からんが、接触してみるか?」
「うん、あの人か。たしかに、こっちの国とは少し違うよね。話の仕方を間違えると悪い方にいくけど、そこは二人なら大丈夫だよ。あたしも、その民について、関係ありそうな話を聞けたからね。
「そうか。それなら追いかけてみよう」
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