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百七 鎧袖 〜(兀突骨+曹植)×水神=??〜

 四隻の黒いカヌー、七人の異人と一人の少女。このトラロックは彼らの力と信条を見定めるため、この地の主要都市、ムトゥルへと向かった。だがそこに、三百ほどの勇士が立ちはだかった。


「なんと……泉の国の者と、夜の国の者が混ざっているのか。泉の国が百で、夜の国が二百」


「つまり、一部の勇士が、向こうにつくことを決めた、という事ですかな」


「かもしれん。まずは話を聞いてみるか?」


「はい。あれくらいならどうということはありません。手の内を見せるまでもないでしょう」


「夜の国の勇士、そして泉の国の勇士達よ、この出迎えはどういう事だ?」


「水の神トラロックよ。夜の神テスカトリポカは、花の神ショチケツァルだけでなく、その娘も贄として捧ぐことを望んだ。娘を差し出さねば、この街は水の神の献台となると伝えよ、とのことだ」


「なるほど。こういうことか。そして娘を差し出せば次は泉の国の勇士やその家族たち、というわけだな。泉の国の勇士よ、そちらに着くのなら、家族を生贄には要求しない。そんな言にでも惑わされたか?」


「……トラロックよ。水の神、花の神への恩に報いたい。そう我らは願っていた。だが夜の国に対して何もできぬのであれば、その力は限られしもの、つまり、より強き神に献ぜられるのが定め」



「わかっただろうトラロック? こういうことなんだよ。このままこの習俗が続けば、少しでも強さを示した者は、より強い者に見つかり、その力を摘まれる。そしてその言が正しければ彼らにその力を奪われ、そうでなくとも力は失われる」


「それは確かに、良き未来とは到底言えんな、星読みの神子ククルよ。南の国の習俗では、自ら生贄となることこそ誉にして、神に近づく術とされていた。それでも、その価値観は全ての者が持つものではないと、そういう考え方が広まり始めていた。それがショチトルだった」


「それで逃げてきた先は、こんな状況だよ。さて、どうするんだい? トラロック?」


「仕方ない。勝てるか勝てないか、ではなく、勝たねばならぬ。そんな戦いになるのだろうな。陸遜殿と言ったか。一度ここは任せても良いか?」


「御意に。兀突骨よ、夜の国の者がどのあたりかはわかりますか?」


「左右と後ろ。泉の国を囲うように」


「でしょうね。ならばどうします?」


「こっちからみて左から当たり、前から順番に全部蹴散らす。それで泉の国が何かする前に終わる」


「よろしいでしょう。お一人でいけますか?」


「問題ない。腹は減るだらうから後で頼む」


 そんな軽いやり取りで、不思議な色の装甲を身にまとった巨人、兀突骨は、左から三百の部隊に直行。槍を小刀のように振るうと、確かに全体を横と後ろから囲うように配していた夜の国の勇士たちは、一人ずつ、あるいは何人かまとめて薙ぎ倒され、泉の国勇士たちのいる内側に吹き飛ばされていく。


 途中から面倒になったのか槍を投げ捨て、一人を掴み上げて別の者に投げたり、槍を構える者の穂先を掴んで、槍ごとその勇士を吹き飛ばしたり。


 あっけにとられてまともな指示も出せず、左翼を抜けて後方に回る頃。そちら側や、右翼側にいた勇士の何人かが、陣を放り出して逃げ去り始める。


「こ、これは百人くらいではどうにもならん。夜の神自ら軍を率いて来ないと。早く戻って知らせねば」


「ほう、過去の英雄神全てが味方と称する軍勢が、地上の神王テスカトリポカの指揮を必要とするか。神意とは何に宿るんだろうな?」


 そんな呼びかけをしてみると、泉の国の勇士の長が、我に語りかける。

 

「トラロックよ、この怪人は人なのか?」


「さあな。だが、先ほど道中で聞いた限りは、図体は置いておいて、より強き者は彼らの国にはあと十はいるとのことだ。ちなみに、港の勇士三十人は、こちらの弱そうな者になぎ払われた」


「なんという……」


「泉の国の勇士たちよ! よそ者であった我とショチトルを温かく迎え入れてくれてたそなたらに免じて、今回のことをどうこう言うことはない! だがこのように、夜の国の強さは、絶対のものではない!」


「……」


「数は少々多いのだろうが、その差を超えて、奴らを打ち倒すだけの力が、この者らによって授かるとの事だ! よく考え、どちらに着くかを見定めよ! そして、恐れて生贄を差し出し続ける未来か、自ら切り開く別の未来か、どちらを選ぶかをよくよく見極めよ!」



 そんなことを言っているうちに、兀突骨が戻ってきた。一周全部を相手にする必要はなかったようで、後半は逃げるものをおわず、抗うものだけを中の泉の国の勇士の陣に放り込んでいた。


「終わったぞ陸遜」


「ありがとうございます。これで手の内を見せずに済みました」


「倒された夜の国勇士たちはどうする?」


「主要な者のみ捕らえて、あとは打ち捨てておくのがよろしいかと。降伏を勧告しても良いのですが、これからこちらが為すことを見てから逃げられるのは、あまり良いとは言えません」


「少し手応えがあった五人くらいは、強めにぶん殴って怪我しているぞ。そいつらだと思う」


「その五人を連行して、中に入れて貰えればいいのですが」


「泉の国の勇士達よ、どうする? 我らと共に夜の国を打ち払うか、あくまで夜の国の下風につくか。夜の国に着くのなら、家族を連れて、彼らと共に去るのを勧めるぞ」


 そう言った我が宣告に対し、その場を去る者はいなかった。


「トラロックよ、まずはその者らを迎え入れ、話を聞いてみたい。まずはその首領のような智者の言の通りにしておけば良いか?」


「ああ。それがよかろう。意識のなくなっている数人は捕らえ、後のものは放っておこう。では八人……あれ? 五人しかいない」


「ああ、関平、張嶷、ククルが、真っ先に逃げた者らを尾行しに行きました。早速諜報を始めてくれているようです」


「ククルもか? ああ、確かにあの子が行けば、ショチトルの行方も見つけ出せるかもな」


「そうですね」



 そうして、うめき声をあげる夜の国の勇士らを打ち捨て、中へと案内して行く。どちらかと言うとこの勇士たちも今は、兀突骨の強さに気圧されているだけなのかもしれない。だが我からすると、それ以外の何一つ、夜の国の者に知らせなかったその巧みこそ、彼らの真の恐ろしさかもしれないと思えた。つまり、この陸遜こそがこの者らの真の強さなのだろう。



 中に入ると、陸遜達がムトゥルの印象を話し始める。


「木の柵と門ですか。防壁はないのですね。これほど見事な石造の神殿を建てられるのだから、石壁も建てられそうですが」


「ムトゥルは湿地に囲まれているだろう? 湿地にはワニがいる。それに毒虫もな。人は入れん。森と接している側はジャガーが出るから、柵だけは必要だ。それに、石の壁は、蛇には無意味どころか逆効果なのだ」


「確かに、隙間があろう者なら隠れ家になったり、小動物の住処になったりして蛇が増えちまいそうだ。そこは南蛮の考え方に似ているな。ワニも蛇もいるぞ」


「兀突骨は、似たようなところに住んでいたのだな。そう言えば、湿地の端に堀を作るのが良いということが、最近分かったんだ。その内側に、蛇が嫌がるハーブを植えている」


「トラロックの水の使い方は、やはり理にかなっています。それにしても、人よりも、自然の脅威の方がはるかに大きいのですね」


「ああ。だから多くの神は、蛇やジャガー、ワニになぞらえられる」


 曹植や管輅といった若き者らも、口々に感想を言い始める。


「それにしても、神殿や都市の石造り、煉瓦造りが、まことに見事です。これは漢土の建築技術には無いものです」


「それに、それぞれの神殿が正確に南北を向いていたり、なにか距離や石段にすらも、特別な意味があるように見えます」


「ああ。あちらの神殿は、春分と秋分には蛇の影が写るようにできている。種まきの日取りを現すのさ。それに、向こうの建屋も、石窓から写る影の位置で、どんな作業をすればいいのか、目安を与えるように出来ているのさ。例えばあの窓から金星が見えたら、次の王を選ぶべき、とかな」


「なんという……それで、あの建屋には人が住むように出来ていないのですね。あくまでも暦として、人々の暮らしを支えるためにある、と」


「ああ。無論、様々な祭りにも使うがな」


「これは、むぅ、何か引っ掛かります……」


「どうしました曹植殿?」


「はい。何か胸の奥に。これはおそらく、なにか故郷に持ち帰ることを強く望んでいる何か、なのですが。私の中でも何なのかが分からず」


「焦る必要はないんじゃねえか? しばらくはここの問題をどうにかすることに注力しようぜ」


「兀突骨から諭されるとは」


「俺はお前よりだいぶ歳も上、それに、この航海の中でたくさんの書物を読んで、沢山の話を聞いた。だから、知恵で勝負するのではなければ、それなりに相談に乗ることくらいはできるぞ」


「そうですね。もともと彼は聴く力がとにかく高い。誰よりも相手の立場で聞けるから、水夫も、現地の民も、いつしか心を開くのです」


「確かにその通りですね。複数の問題を同時に抱えるのは良手とは言えません。心に刻みきれぬ者は書き物にでも起こして仕舞えばいいのです。例えば詩のように」


「ああ。お前の詩は、人のためだけのものじゃねえ。それはもうお前は分かっているんだろう」


「はい。自らの心を写し、それを操り、そして心技体を最適に持って行く。そしてそれが共鳴することで、大きな力となります」


「ああ、それはいい」


 先ほど百人ばかりを力のままに薙ぎ倒した巨人の言葉なのか。これは、まさに王、あるいは神の心の持ちようだぞ。我や、周りの勇士たちも、心の整えどころに窮していると、陸遜が謝ってきた。



「すみませんトラロック殿、すっかり話し込んでしまいました」


「あ、いや、そなたたちはすごいな。弱いと思えば何十人も打ち倒し、力任せと思えば戦術を理解して人心をも掌握する」


「これが、書物と歴史の力だと申し上げたら、どう思われますか?」


「書……物? なんだ? どういうことだ?」


「あなた方の、建造物に知恵を刻み込むやり方。これはまことに素晴らしき文化です。特に天文暦法の理を、誰にでも見える形で地に刻む。これは万人にとって理解しやすく、動きの基準を明確に与えられる」


「ああ、その通りだ。ここまでのやり方は、我が故郷モチェにもなかった」


「そして、その理くらいの施策であれば、建物の中や、碑文に刻み込むので十全に機能します。ですが、その法で残し切れるのは、やはり天地の法のみなのです」


「つまり、人の法を残し、著すには足りんと?」


「そうです。それに対して、書物は、判読や理解に時や能力を少しばかり要しますが、多くの知恵を収蔵し、共有することもできます」


「書物、とはどういうものだ?」


「こちらです。これは、モチェの言葉に合わせた表記で作り直した、漢土に伝わる兵法の書です」


「ん? 薄い、布? の束? あまり乱暴に扱うと破れそうだが、そうでなければ問題ないな。中身は……これは、碑文や皮紙の束、と言う様子だな。この地の絵字とはだいぶ異なり、書き方の作法が洗練されている」


 この枚数で、この記号の数であれば、おそらく碑文の百枚分ほどが入っている。だとしたら、その人の法とはとんでもない数なのだな。そしてなにやら丁奉が、荷車いっぱいにその束を持っているように見えるのは気のせいだろうか。



「これをククルは三日で読み切り、その上で『星読みの術を人の世で使う法の書?』と言っていました。つまり、兵の動かし方を書いているのみにあらず。人が人として、何かを成し遂げたい時に、真に参考とする書の一つといえます」


「三日……果たしてショチトルが間に合うか」


「その時を稼ぐのは、関平、張嶷、ククルならやってのけましょう。私達はまず、成し遂げたいことを見定め、それに向けた準備を整えることです」


「あ、ああ。分かった」


「さしあたりは、その書を駆使して、こちらの丁奉が二十を率い、トラロック殿か、勇士の長が率いる二百を打ち破って見せますので。ちなみに丁奉当人は手を出しませんゆえ」


「はあっ!?」

 お読みいただきありがとうございます。


 ムトゥル=ティカルと読み替えていただければと思います。ティカルは19世紀の呼び方というのが伝わっているので、こんな言い方です。ちなみにマヤ、テオティワカン、モチェなどの言い方も、当時はなかったとされており、避けた言い方をしています。

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