百五 黒船 〜(陸遜+周倉+幼女)×少女=力技?〜
周倉流、目標管理術。それは目標に対して、計測可能な主要成果を数個定義します。それらをすべて達成すれば、およそ目標そのものが過不足なく達成されているようにする。それがこの術の要です。
なので、一度書いても何度も消しては直し、皆が納得する形に整えていきます。その論理性や、目標の妥当性、合理性は、『人工知能』となって随行している、亡き小喬様の残滓、喬小雀殿が大いに助けとなります。
そして、そのおかげで議論は猛然と進んでいき、誰もが、自分や他の誰が発言しているかなど気にもとめません。
『流れの整理とか、前に書いたやつの記録とかは、わたしがぜんぶ紙に転記して並べとくから、あなた達は思いついたの書いて行くといいよ』
「ククル:うん、大丈夫だよ。まずは目標の立て方なんだね」
「陸遜:後で統廃合すると思いますが、とりあえず暫定で立てて、その下に主要成果を三つ四つぶら下げましょう」
「ククル:ショチトルを助ける、民を助ける、マヤウェルを送り届ける、かな?」
「関平:送り届けてもつっかえされたら目標達成じゃないな」
「ククル:えっと、そしたら、マヤウェルを届けて、返されないようにする?」
「曹植:一旦それでいきましょう」
「陸遜:ショチトルを助ける。トラロックの信頼、民の協力、奥の国の正体の把握は必須ですね」
「ククル:トラロックもショチトルも、あの国の民のために動いているんだよ。そしたら民の信頼が同じ意味になるね」
「関平:トラロック達は、食糧危機から救うことで信頼を得た。だとすると、彼らとは違う形で信頼を得ないといけないね」
「陸遜:目下の最大の脅威は、奥の国と言えましょう。ならばそこをどうにかする、と言うことですね」
「ククル:ん? つまり、奥の国をやっつける?」
「曹植:一時的な『やっつける』では、解決につながらないかもしれません。ですが、『力を示す』は一つの光明ですね」
「関平:力を示す。そして、知恵を示す、か。そしたら、奥の国は、ショチトルから我々の方に関心が向くんじゃないか?」
「陸遜:それなら、ショチトルを助けるのと、民の信頼を得るのが同時に達成できますね」
「ククル:ねえねえ、それって、文字や書物の力、知識の力を示すってことに繋がるよね?」
「陸遜:はい。私たちは強い。腕っぷしなら関平殿や兀突骨、部隊を率いるは曹植殿、張嶷、丁奉。そして戦略戦術をまとめ上げて勝ちに導くのは、私を差し置いて出来るものはそうはおりません。その原動力は、まさに孫子や史記の持つ、知識の力に他なりません」
「ククル:そうなんだね。もしそれができたら、『強い力と知恵を、生贄として取り込む』意味すらなくなってくると言える?」
「曹植:それができたら、生贄を捧げるよりも、知識を捧げることの合理性が高まります」
「ククル:知識を捧げる……それ、それだよ! 奥の国や、北の国の論理だと、優れたものを生贄に捧げることで、神は喜び、その知恵を国に授ける、だったよね。それなら、知恵そのものを捧げたほうが早いかもしれないよ!」
「曹植:知恵を捧げる、ですか。それは、かのアレキサンドリア図書館に通じるものがあります。あそこは神殿としての位置付けもあったと記憶しております」
「陸遜:知恵を捧げる神殿が図書館なのだとしたら、それは生贄文化の代替として成立し得ることになりますね」
「張嶷:それに、外の国の俺たちが力を示したら、人が増えすぎないように生贄文化が成立する、って論理も成立しなくなるぜ」
「ククル:えっと、こんなに強い国が遠くにあるんだから、人を増やし、知識を増やしていかないと、いつかその外の強い国に、全部飲み込まれる、っていう危機感だね?」
「張嶷:そうだ。だから、俺たちの力と知恵を見せる。北の国を勝利に導く。そして、すぐさま紙と書物の力、記録と読み書きの力を示す。その上で、その二つの連なり、世界の大きさを意識させる」
「ククル:世界が狭いから、この小さな範囲で争いが起こり、生贄文化が無くならない。知恵を捧げる方法が生贄しか思いつかないから、優れた人が犠牲になる」
「曹植:ここまでひっくり返せば、トラロックやショチトルは気兼ねなく北の国、そして南の国すらも往来が叶い、そしてマヤウェルを返すことも叶いましょう」
『まず、最終目的を定めて、それに単一または二つ三つで直結させられる事象は繋げて行くよ。
目的:トラロックやショチトルに、マヤウェルを返して問題ない状況をつくる
同一事象:生贄文化を根絶する
目標一:書物によって知恵を捧げる代替案を浸透させる
目標ニ:漢土の力を示し、世界の広さと強さを認識させる』
「ククル:こうなるんだね。つまり、力技、だね!」
「陸遜:厳密には、戦略戦術、知恵を尽くして勝ちきるということですが、方向は変わりません」
戦略目標が、この上なく単純な形で定まりました。それが決まれば、次は戦術ということになります。当然ククルはそれを知りませんが、私たちの中にはそれが全て入っており、そしてその要諦はすでにククルも読んでいます。
「で、どうやったら勝てるの? あたし知らないよ?」
「あなたはすでに、孫子を読んだでしょう? あそこに全て書いてあります」
「あ! あれって、星読みの活用法じゃなかったの? 易経がやり方と読み方で、孫子が実生活での使い方、詩経がその書き下ろし方で、春秋や史記がその実例だと思っていたんだよ!」
「ふふっ、あなたがその解釈なら、それもまた良いのでしょう。確かにあれはもともと用兵の書ですが、処世の術としても再解釈できるものとして、後世に広がることは想像に難くはありません」
「えっと……だとすると、どこから始めるか。百戦百勝は善の善ならず。戦わずして勝つが至善。でもこれは今回は当てはまらないんだね」
「そうですね。少なくとも一回、いえ、二回は力を示す必要があるので、その二回は、戦うを前提にすることになります。ですが、それだけに集中する、という意味では、その言葉選びは正解です」
「やたっ! そしたら次は、疾きこと風の如く、静かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如し」
「その言葉を見てどう解釈すると、星読みの実践術になるのかをお聞きしたいところですが……」
「えっ? 星を見る時は、その機会を逃したらダメなんだよ。時が決まったらそれに向けて瞬時に動いて、自分の動きが影響を与えないように静かに見定める。そして、動きを止めて一気に見定める、だよ!」
「風林火山が、占星術になるとは……管輅、いかがですか?」
「まさにその通りなのですね。まさか、孫子から星読みの要諦が生まれるとは。私は易経ばかりが星読みと凝り固まっていたかもしれません。様々な書を読み返し、改めて考えたいと思います」
「あれっ? 話がそれたんだよ! それで、あれも正解でいいんだよね。きめたらバッと動いて、一気に決めて動かない」
「その通りです。では、それをなすにはどうしましょう?」
「彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず」
「その通りです。情報を正確に集めましょう。トラロックやショチトルのことはあなたがよくご存知で、北の国のことは、ある程度クナに聞けばわかりますが、奥の国のことはまだ曖昧ですね」
「そしたら、奥の国には『用間』をする必要があるんだね!」
「そこは私と張嶷に任せてくれ。山間や高原での偵察なら、その方がよかろう」
「関平殿、よろしくお願いします。兀突骨では目立ちすぎますからな。それに彼と丁奉は、北の国の民との交流、そしてトラロックとの初戦に従事した方が良さそうです」
「適材適所、だね! あとは九地、地の利、だけど、それはどちらかというと、まずは大きく目立つこと、ということを優先するんだよね」
「そうですね。一度トラロックに対して、勝負を挑み、圧倒的に勝利します。兀突骨の腕に頼るのではなく、用兵も含めて、ですね」
「私が軸で良いでしょう」
「はい。曹植殿の用兵は、すでに匈奴との戦いで磨き上げられていますからね。槍の腕も、並の者では叶いますまい」
「えっ!? 曹植お兄さん強いの? こんなひょろいのに?」
「ひょろくても強い物はいるのですよ。本当に強い、歴戦の勇士には叶いませんが、実践経験の乏しい者が相手であれば負けることはありません」
「へえ……これが世界の広さってやつなんだね。あと、いま気になっているんだけど、ショチトルの星が不安定なんだ。もしかしたら、行ったところで捕まっちゃってるかもしれない。用間っていうところで、そこも見ておいた方が良さそうなんだよ」
「そうですか。わかりました。ですが、無理に助けても、ショチトル自身が単に逃げるという選択をしない可能性があるのが難しいですね。うまく様子を見ながら、取り返しがつかぬことにならないよう、慎重な判断が求められます。関平殿、張嶷殿、よろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
「心得た」
『そしたら、主要成果も含めて、まとめるよ。達成後に、「神殿図書館を作り、生贄に変わる新しい文化を醸成する」に続くことを念頭においてくれ。
目標:漢土の力を示し、話を聞かせる地盤を作る
一 トラロックに集団戦演習を持ちかけ、一対十で勝利を収める
期限 到着後七日以内 担当 曹植 兀突骨 丁奉
二 戦後、本戦の体制を完成させる
期限 一月 担当 陸遜 曹植 丁奉
三 戦後、交易と、図書館設立の準備を開始する
期限 一月 担当 ククル 兀突骨 管輅
四 奥の国に偵察をし、軍事力と信条理念を知る
期限 十五日 担当 関平 張嶷 ククル 管輅
五 奥の国に囚われている可能性があるショチトルの監視体制を構築する
期限 到着後七日以内 担当 張嶷 関平』
「担当は、左が主で、右が従ですね。これで良さそうですか?」
「うん! すっきりしているね! これならみんな迷わないよ!」
「さて、ではまず、少し目立つ形で登場するのがよさそうです」
「ねえねえ、目立つと言えば、色だよね。あたしね、ずーっと先の未来で、どこかの国であった情景があるんだよ」
「ほほう、それは興味深いですね。それをなぞるのは、一つの力にもなりましょう」
そうして七日後。のちに初代統一王の名を冠し、マヤの国と呼ばれるその地に、四隻の黒いカヌーが来航しました。彼らは斉しく、「広い世界を知れ」と称し、わずかな手勢で全てを覆していきます。
ククルというモチェの星読み少女と、漢というはるか西国から来た七人、総勢八人の襲来。のちに、ククルカン戦役と名付けられる戦い。それほど長くはないが、この大陸全土、そして世界の未来を大きく変える戦いが、幕を開けます。
お読みいただきありがとうございます。