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百二 地峡 〜(陸遜+少女)×首長=大漁?〜

 陸遜です。大山脈を右手に、水平線を左手に、北上を続けること十日ほど。少しばかりその山脈に切れ目が見え、海岸線が右に左にうねり始めた頃。


 密航者の少女ククルは、小喬様の残滓を受け継ぐ、幼女の風体をなす「人工知能」、喬小雀殿の助けを借りて、漢の文字、サモア向けに作られた仮名文字を覚え、史記や論語を読破します。


 その間、見張りで忙しい兀突骨に話しかけては海に投げられそうになったり、管輅と東西大陸の星読みについて議論を重ねたり。


 そうこうするうちに、正面に陸地が見えるようになります。右手の大山脈のような立ちはだかり方はしておらず、ある程度見通しが良さそうに見えます。関平殿、曹植殿と話をするうちに、一つの疑問が浮かんできました。


「どれくらい北に進めば、大きな文明に出会えるのだろうか」


「大きな文明は、内陸ではなく沿岸にあるか、もしくは大河の中上流にあるかのいずれかなのは間違いありませんね」


「真水は必須だからな。人が人である限り」


「だが、南の大陸のように、海岸からすぐ山に囲まれていれば、その文明の発展も限りがあろうな」


「陸遜殿、この大陸が、ローマと地続きである可能性はありませんよね」


「まずあり得ませんね。星の動きや時の差から考えるに、もう三分の一ほど東に向かわねば、ローマには辿り着きません」


「三分の一か。だとすると、この大陸の大きさも、それなりなのではないか? 山脈の向こうがすぐ海、なんということの方が、想像し難いぞ。ククル、何か知っているか?」



「うん、山を越えて、帰って来た人たちは居なくはないんだよ。でも、山を越えても、向こうに広がっているのはとっても険しい森なんだって。海よりも怖い獣や毒虫の住む、ね。大河があるっていうから、どうにかそこを下れるような仕組みを作れれば、いつか向こうにはいけるのかもしれないけど」


「確か南には、ある程度平原が広がっているんだったか」


「うん。別の国があるね。少し山よりの暮らしをしている国が。そのうち行ってみるといいよ。彼らとの出会いもまた、新しい未知なのは確かなんだよ」


「はい。しかしまずは北ですね。ですが、ククルも北に関しては、知っていることは少ないんですよね」


「そうだね。分かることはそれなりにあっても、知ってることは少ないよ。今目の前にあるふうな、海岸がほとんど南向きになるところがあるって事も、知らなかったんだよ」


「そうですか。知っている事というのは?」


「うん、北のどこか、そしてこの辺りの航海術でも、どうにか行き来は出来るくらいのところに、それなりの集落があることは知っているんだ。だからもしかしたらこの辺りに、その人たちがいるかもしれないよ」


「そうですか。それは接触しがいがありそうです。それで、分かることというのは?」


「うん、それはね。その大きい文明自体は、このまま海岸を北に進んで行っても、多分会えないって事なんだよね」


「ん? いるのに会えないんですか?」


「正確にいうと、すごく大変だって事だよ。もしもう少し先に進んで、会えるくらいのところに彼らがいるとしたら、一度でもあたし達のところまでたどり着いたら、交流を深めようとするはずなんだよ」



 ここで関平殿が、その論理に納得します。彼もまた、一度は絹の道でローマを目指した方。探究心を持つ者の考え方は、手に取るようにわかるということなのでしょう。


「なるほど。たしか南の王は、北の文明のことを、伝承程度には知っていたな。だとしたら北の文明もそうなはずだ。なら、どうにかして航路を開拓しようとするのが自然だよ。この辺りの集落と交流するか、もしくは支配するかして」


「うんうん、そうなんだよ。だから、残る答えは二つだよ。その大文明は、この辺りの人と交流をしづらいくらい遠くにいる。それか、海の反対側にいる可能性だよね」


「そうか。そうなると二つに一つということになるが、それこそまずは、この近くの集落というところにたどり着いて、情報を整理するべきかもしれないな」



 そして、ある程度の集落を探索し始めました。西の山脈側には目立ったところはなかったので、北東へと進んでいきます。すると、何隻かの漁船が見つかります。


「通じるかわからないが、声をかけてみましょう」


「そうだね」


「私たちは南から来た! 食べ物の補給と、少し話がしたい! この辺りに住んでいるのか?」


「南? あっち、ですか? あっち、は、誰か行ったことある、と、聞きました。私たちは、北西、です。誰かが、来たことが、あります。一緒に、行きます、か?」


「はい! お願いします!」


 大きくは変わらない言葉なのか、それとも彼らが、南の国の話す言葉をある程度知っているのか。いずれにせよ片言ながら伝わりました。これなら、彼らの首長のような方なら、もう少し知識がありそうです。


 まずは怖がらせないように武器を隠したりなどして振る舞いつつ、彼らの住むところへの案内をしてもらえました。



「南から来たなら、長に案内します。それは、昔来た神の、頼みです」


「昔来た神、もしかして……」


 ある予感を覚えながら、私たちは、すんなりとこの地の長のもとに案内された。木造だがしっかりした作りの建物。


「大漁の地、パナマへようこそ、南から来た人たち。沢山魚が取れるから、この辺りの住民はこの地をパナマと呼びます」


「お招きいただきありがとうございます。南の言葉を話せるのですね」


「はい。あまり大きな違いがないので、難しくなければ話せます。ですが、北の海の民とは違います。彼らは、北の大きな国の民に近い言葉を話します」


「北の大きな国、ご存じなんですね」


「北の大きな国、北には、こちらとは別の海があります。その海は、西はすぐに陸にぶつかり、北も陸があります。東北は島がたくさんありますが、その先はわかりません」


 まさか、その海は、ローマへとつながる方の海なのでしょうか?


「もしかして、北の大きな国は、そちらの海の沿岸にあるんですか?」


「はい。沿岸だけかはわかりません。もっと大きいかもしれません」


 思った以上に早く答えが見つかりました。ククルや皆も、うんうんとうなずいています。



「その北の国とは、交流があるのですか?」


「私たちとは、あまりありません。北の民とは交易をしていますが、そこで人や物が止まることが多いです」


「北の民と、南の民は、交流は少ないんですか?」


「少なくはないです。こちらで魚がとれて、向こうでは、いろいろな食べ物が取れます。北や南の珍しいものを交換したりもします。ですが、言葉が違うのが大変です」


「どれくらい離れているんですか?」


「ここから少し行くと、川があります。カヌーを使えば、朝でたら夜には着きます」


「そんなに近いんですか。この地は、北の海と南の海がすぐ近くにあるということですね」


「はい。ここは山もありません。川があります。ここから北へ行っても南へ行っても、南の海の側は山があります」


「北の海は、東以外は陸で囲まれていて、南の海は、山の壁で囲まれている、ですか」


「そうですね。私たちはあまり遠くへは行きません。ですが、南の国と同じくらい北へ行っても、南の国のような国はありません」



「ここは、すごく特別な場所なのかもしれません。さながら、『海の橋』とでもいうべきなのかもしれません」


「海の橋。面白いです。南はパナマ。北はクナ。別々の民。北の国と、南の国をつなぐ、『海の橋の民』として、協力しあえるかもしれない。ですが、言葉が違うのが、それを難しくさせています」


「そんな近い距離、川を下ればすぐなのに、それでも言葉が違うんですね……」


「私たちは、北の神と、南の神を、それぞれ尊重します。だから、それぞれの言葉も尊重します。ですが、どちらの神も仲は悪くないようにも感じています。うまくそれが形になればよいのですが」


 どうも、北と南。パナマとクナの地で、大きく分かたれてしまっているようです。ただ、決定的に何か争いがあるわけでもなく、ただ交流のきっかけが限られている。そんな印象です。


 それにしても、形、ですか……南はキープ。北は、どのように情報を残しているのでしょうか。



「北の国には、言葉を残すための方法はありますか? 文字や、南のキープなど」


「石や、木の皮に模様を書くことがあるようです。ですが、あまりたくさんは使われていないとか」


「文字はあるようですね。ですが、それを残す媒体が限られているようです」


「ねえねえ陸遜! あなたたちが持ってきたこの書物、紙? は、何でできているの?」


 ククルが突然話しかけてきました。まあ、今まで黙っていたのが、むしろ珍しい気もしますが。


「木の繊維を灰汁とともに煮詰めて、布でうまくこして乾かすと完成します。ある程度熟練できれば、それほど難しくはありません」


「この辺りは、木も水もたくさんありそうだよ! 教えてあげたら、すぐたくさん作れるようになるかも?」


「そうですね。それができるようになれば、北と南で同じ文字を使うことができるかもしれません。そうすれば少しずつ、お互いの話す内容を簡単に伝えられるようになりそうです」



 ここで、名乗り出てきたのが、蜀出身の張嶷。彼はこれまでも、船の修理や器具の改造、造船施設の監修といった、技術面の総責任者として、獅子奮迅の働きをしてきました。


「紙なら、蜀でさんざん練習してきたから、作れるぞ。船の修理や設計にもたくさん使うから、いつでも作れるように、準備はしてあるんだよ」


「それでは、かれらに作り方をお教えいただくことはできますか? このパナマの地は、北と南をつなぎ、さらには我らの漢土と、ローマまでをもつなぐ、そんな大切な『海の橋』になるかもしれません。彼らの生き方を尊重しながら、彼らとともに、この橋を、世界をつなぐ橋にすることが、もしかしたらできるかもしれません」


「世界をつなぐ橋! それは、とても面白いです。私たちは、この近くだけが世界だとは思っていません。ですが、北の国も、南の国も、少し世界が狭いのかもしれない。そう感じることがあります」



 この世界が狭いという言葉に、ククルが大きく反応します。


「世界が狭い! そうだよ! 狭いんだよ! 陸遜、本当はどれくらい広いんだっけ?」


「私たちは、半年をかけて、故郷から海を渡ってここまで来ました。おそらく休まずにまっすぐ来ても、その半分はかかるかと。船の速さは、漁船の民の方がご存じなはずです。それでも、この丸い世界の、三分の一ほどではないかと考えています」


「つまり、ぐるっと一周するのに、休まず船で進んでも半年以上かかるんだね!」


「私たちは、小船やカヌーで、二十日進むことしかしません。だとしたら、私たちの知っている世界は、その大きさの十分の一、いえ、速さも考えたら二十分の一にもならない。そういうことですね」


「はい。世界はとても広い。星読みの力がある北の国も南も国も、そのことに、まったく思い至らないわけではないはずなのです。ですが、その広い世界に思いをはせることが、とても難しいところに、彼らの国は作られました」


「もしかしたら、それが、『生贄』という慣習を続ける理由になってしまっているのかもしれないんだよ……」


 ククルの一言。それは、私たちの旅の終着点、そして、のちに「神」となるかもしれないこの少女の運命を切り開く、一つの鍵となったのかもしれません。

 お読みいただきありがとうございます。

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