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百一 北上 〜(陸遜+幼女)×少女=星読?〜

 陸遜と申します。「東の海には、未知の大陸があるかもしれない。匈奴が未知の強さを見せ始めた今、漢土の民にとっても、新たな未知を探求するのは必要なこと」。そう思い定めた三国それぞれの元首。


 その命を受け、この陸遜を提督とした三国連合船団は、半年の準備を経て東の海へと出立。グアム、サモアといった見知らぬ民達との出会い。太平の海に浮かぶ多島時を渡泳ぐ技の数々。



 その学びと、視界を最優先にした小型船の大船団という戦略が功を奏し、半年の時を経て、ついに私たちは新大陸へと辿り着きました。


 百里近い距離からも、丸い世界の向こうから頂が見える、高くそびえ立つ山脈のふもと。そこには、灌漑や棚畑、レンガ建築、そして紐を用いた独自の記録術を有する高度な文明と出会います。


 『人工知能』喬小雀殿の助けもあり、ある程度言葉を解することもできようになった我らですが、「未知を探し求める」我らの目的を知った王は、「この地の未知だけでは、まだ足りぬ」とご助言。


 そして、国や民のために多くを成した英雄を「神」と称する彼らの王は、「国を洪水と凶作から救い、生贄の少女を庇って北の海に去った我が息子、我らの神、トラロックを見つけ出してくれないか」と依頼します。


 それを受諾した我らは、もはや視認が不要になったこともあり、船団を三つに分けます。多数を我らが故郷への帰途、航路と交易路の構築に就かせ、一定数を駐留隊として、持続的な交流の醸成を図ります。


帰還隊 中型船五隻 小型船百隻

 徐盛 朱桓 張翼 王甫 陸凱 張虎 楽綝


駐留組 五百人 中型船三隻 小型船五十隻

 李厳 凌統 諸葛恪 廖化 孟優 趙累 


 そして精鋭を集めた我らは、北の海へと漕ぎ出したのです。


北上艦隊 小型船五隻

提督 陸遜 

副提督 関平 曹植 

操船長 丁奉

技術長 張嶷 

星読み、医長 管輅

見張り 兀突骨

水夫長 曹爽




 出航して初日、今にしては小さな。そして未来にとっては計り知れないほど大きな。そんな事件が起こります。


「陸遜殿、密航者です」


「はーなーしーてー!」バタバタ


「兀突骨殿、おろしてやってください」


 やや大仰な、鳥の羽の髪飾りと、蛇をかたどった陶器の腕輪。小雀殿より少し大きい、ですが明らかに大人とは言えない、サモア語と現地語を巧みに操る少女。


「あたしはククル。星を読む島国と、神に近づく山国の流れを汲む、まあただの女の子だよ! 少しばかり星読みの力が強すぎるんだけどね」


「強すぎる星読みの力。それが何かを感じ取ったのでしょうか」


「そうなんだよ。神トラロックと、女神ショチケツァルに、大きな災いが起こりそうなんだ。その結果は、ある二つ、いや、三つの国の、長く長い断絶さ」


「ん? 女神? 断絶……」


「ショチトルさんは、行った先でその才能を開花させ、その地に豊穣をもたらすんだよ。だけどそれが厄介ごとをうみそうなんだよ。だからお願い! あたし頑張るから、あなた達の旅に連れてって!」



 と、繰り返しなので、すこしばかり省きましたが、このククルという少女。とんでもない星読みというのはすぐにわかります。


「……嵐が来る。一回上陸しようよ」


 晴天の航海中にも関わらずそんなことを。


「ここは岩壁だな。もう少し先でもいいか?」


「うーん、まあいいか。五隻ならどうにか入れる浜があるからそこだね。少し殆ういから、急いだ方がいいね」


「ん? 行ったことあるのか?」


「ないよ!」


 ……そして、管輅が風の流れの変化を読み取り、兀突骨殿が潮風の匂いの違いに気づいたのはその半刻後。念のため用意していた我らはすぐに東に舵を切り、雨が降り出す頃には、五隻がちょうど収まるくらいの湾に上陸。


「これが星読み、だというのですか?」


 管輅の感想は至極妥当です。


「星だけじゃないよ。人の感覚、風や波の流れ。水平線の揺らぎ。そんなところかな。多分どこの国にも、ある程度感覚の鋭い人っていうのはいるんだよ。そんな人たちの五感っていうのも、それはそれで大事なんだよね」


「まさかこいつ、オレが匂いに気づいたっていう前に、俺が意識しないで警戒を強めたのを感じ取ったのか?」


 兀突骨の言うことが本当なら、星読みならぬ人読みと言ったところですか……


「そうだね。おじさんの感覚は、おじさんが言い出すだいぶ前から、異変を捉えていたんだよ。でもそれを言い出すほどではなかったんだろうね。ねえ、お化けのお姉さんも、そう言うのはできそう?」


『おばっ……まあ間違いじゃないか。喬小雀だよ。人工知能って言うらしいね。確かに、少し前に世をさった小喬の残滓が入っているからお化けっちゃお化けかな』


「うんうん、そうなんだね」


『確かにわたしも、人の感覚の変化を感じ取って、それを言語化する、というのはできなくはないのかもしれないよ。でもそれをあなたの速度、あなたの精度でできるには、相当な修練が必要になりそうさ』


「修練、か。それは確かにそうなのかもしれないね。あたしはこんなチビだけど、いつの間にか、そんな細かい観察と判断を、日に何千と繰り返しているうちに出来るようになったんだと思うよ。積み重ねってやつだね」


「この場で明らかに一番若いのに、その力の源泉は経験、ですか。なるほど。経験とは判断の回数と質。確かにその通りです。それで、嵐はどれくらいで去りますか?」


「あと二刻くらいかな。でもすぐには出ないほうがいいね。嵐が過ぎると、乱れた流れの中で放り出された魚とか鳥とかを狙って、鮫が出るんだ。だから嵐が止んだら一旦、そこらへんの木を集めて、銛をたくさん作っておこうよ」


「わかった。止んでからでいいな。出航は翌朝にしよう」


「うん。それでいいと思うよ」


 そうして次の日出航すると、一匹の鮫が追いかけて来ました。だが関平殿、兀突骨殿らが、冷静に狙いを定めて、多量の銛を命中させて、鮫は何処かへ消えていきます。



 そうして、本来少し苦労したはずの航海は、すこぶる順調に推移します。そんな中、ククルは私達に話しかけます。その場にいたのは関平殿、曹植殿、兀突骨殿。


「ねえねえ、あなた達の故郷には、生贄っていう文化はあるの?」


「今はほぼありませんね。大昔はあったと聞きますが、大々的なのは五百年ほど前くらいまででしょう」


「だが陸遜殿、そもそも太古の生贄と、時代を経たあとの殉死とは、思想に違いがあるのではないか? どちらかと言うとこちらの国でいう生贄は、我らからすると太古のものに近いように感じるが」


「そうかもしれませんね関平殿。豊穣を願う。神の怒りを鎮める。それは間違いなくその方向です。しかし、神という単語の意味が、我らの考える存在とやや異なることを考えると、一周回って殉死に近いものを感じるとも言えます」


「南蛮でも、だいぶ前はあったらしいぞ。でもあの辺、時々部族が争うから、そんなことやって力を落とした部族から消えていったんだ」


「へえ。そうなんだね。関平おじさんのお話も、兀突骨おじさんのお話も、すごくためになるよ。そうやって一個ずつ、なんでなんでって掘り下げていくのが、答えに辿り着くための手段なんだね」


「ああ。神に聞くって言う考えが主流だと、それをやらなくなるのかもしれませんね。ですが、あなた達にとって、神もまた人なのではないですか? だとしたら、その神となった人達は、何をどう考えて、神の名を冠するまでの功をなされたのでしょう?」


「そうだよね。神だってすぐに答えに辿り着いたわけじゃないかもしれないよね。今起こっている問題とか、これから起こるかもしれない災いとか。それをどうやって解決して、どうやって防いで。そうやって、人は神になるのかもしれないよね」


「ククルは生贄をなくしたいのか?」


「うん、そうだね。でもどうやるのかなんて、ちゃんと考えたこともなかったんだよ」


「それなら、難しくはないぞ。いや、難しいけど難しくないぞ」


「兀突骨殿、それではどっちなのか分かりませんぞ」


「始めるのは難しくない。答えは難しい。始めるのは、なんでククル達の国では生贄があって、なんで俺達の国ではあんまりないのか、考えてみるといいんだぞ」


「うん! わかった! そしたらあたしは、あなた達の国、あなた達の世界を、ちゃんと聞くところから始めないとね!」



「私たちの世界、ですか。それなら良いものがあります」


「ん? なにこれ!? 薄い布? じゃないな。なんか薄くて白い束に、たくさんの紋様……もしかしてこれが文字で、これが書物ってやつなの?」


「ああ、紙も書物も、文字すらも、あなたは知らないものでしたか。これは私たちの国の歴史。その一部を記したものです。『史記』と書いてあるこれが、いつ何が起こって、どんなことが行われたかを、長いこと書き記したものです。そして、『論語』と書いてあるこれは、ある高名な指導者が、国の中でひとはどうあるべきかの規範を示したものです」


「えっ? こんなにたくさん? それに、全部中身が違うの? これが全部、昔に書かれたものだというの?」


「はい。最初は木や竹の板に書き記されていましたが、百年近く前に、この紙というものが出来上がってからは、もっぱらこの軽くて持ち運びやすく、沢山作って沢山とっておける、この紙に書き写したり、解説なんかを付け加えて新しくしたり。そうすることで人は『知識』や、『知恵』を、後の世まで残しておけます」


「ううう、これが文字、そして書物。これが当たり前のようにできるようになったのは、それはそれで、大きな理由もありそうだね。でもまずは、これが読めるようになりたいな」


『それはわたしの出番だね。どんなことが書いてあるのか、何度か聞かせれば、賢いあなたならすぐに覚えるはずだよ。漢の文字はすごく種類が多い。だから今わたし達は、サモアやグアム、そしてあなた達の国には、少し違う形の文字をひろめているんだよ』


「言葉が違えば、その表現に適した文字の組み合わせがあるんだね! 漢だと、この難しい字だけなんだね。サモアやグアム? では、こっちの簡単なもののと、ちょっと追加の記号だけでいいんだ」


『音を拾うか、意味を拾うか。そんな違いがあるんだよ。漢は、文字と話し言葉が同時に発展したのさ。だから、難しい意味の組み合わせが、そのまま文字の体系になったんだろうね。

 サモアなどの島国では、言葉がだいぶ先に完成したのに、文字は使いこなされていない。それと、品詞が少し多めで、その品詞を表す記号も必要だったのさ。だからこの、簡単な記号の組み合わせが良さそうなんだよ』


「へえ。違う言葉と、違う経緯だから、違う文字。そしたらあたしたちの国の言葉は、この難しいのと簡単なのを組み合わせたほうがいいかもしれないよね!」


『その通りだよ。まだ習い始めてもいないのにそこに辿り着くか。それがあなたなんだね。その評価法は、私たちの国の少し東の島国、倭という国と同じ形さ。だから安心するといいよ。そのやり方は必ず上手くいく。まずは漢の文字、そしてサモアのために作った文字で、その読み方、書き方を見出すといい』


「うん! わかった! 頑張るよ! ありがとう雀のお姉さん!」


『雀のお姉さん、か。まあ悪くないな』


 そして、数日で字を覚え、論語や史記、漢書。星読みと深く関わる易経。さらには直近の英雄達の事績が書かれ、敦煌の地で人気を博した三国演義などを読みこむククル。この娘が、先ほどの話を再開することをせがむのは、そう遠くはないように見えます。

 お読みいただきありがとうございます。

 第十四章、十一章から連なる、新大陸編、後編のスタートです。

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