十一 速筆 〜(孔明+黄月英)×幼女=発明?〜
わたくし、姓は黄、名は月英と申します。つい先日、夫の主様が、さしたる被害もなく見事に西蜀の地を治めるに至ったとお聞きしたところで、直ちに成都へと呼び寄せられました。
我が夫の諸葛孔明は些か、働くことを好みすぎるきらいがありまして、常に青白いお顔をしておいでであったのですが、久しぶりに再会すると、ややご様子が異なっておりました。
「孔明様、成都の住民はおおよそこの様な職の分布とのことです」
「法正殿、それは私がお調べしようとしていたのですが、もう終わってしまったのですか?」
「孔明様! こちらの李恢殿、楊儀殿はすこぶる仕事が速く、平時は帳簿や判事の処理、戦時は兵站を任せられますぞ!
そしてこちらの蒋琬殿、費禕殿は観察と分析の力に優れておいでです。馬謖のもとで諜報の手伝いをさせれば、より高度な用間があいなりますぞ!」
「馬良殿! 文官の抽出と配分まで終わってしまったのですか!? ならば私はせめて武官を……」
「孔明! この呉懿、雷銅ってやつらは俺がもらうぞ! 厳顔も了承してくれた!
呉蘭、霍峻は若ぇから子龍んとこで鍛えさせる!
こっちの李厳、孟達のふたりは、城を任せて良さそうなくれぇ優秀だ! 孟達はちょっと浮ついているから古参の陳到つけときゃ間違いねぇ!」
「承知しました! 武官や領主まで……」
なんと……荊州にいた頃は、仕事の方からあの人の方へ集まってきていたように思えていたのですが。今はこう、あらゆる方が、あの人からお仕事をかっさらって行かれるような、そんな光景が広がっておりました。
極め付けは……
「小雛、この帳簿、中身大丈夫そうなら複製頼む」
「問題ありませんね廖化殿。皆さんの計算能力も日々向上しておいでです」
「ありがとな! これで兵の手習がはかどる」
あの数秒で何を……
「小雛殿、この江東あての外交文書、失礼はなさそうでしょうか?」
「孫乾様、先方の系譜をみると、何ヶ所か避すべき文字がございます。手直しいたします。ぐぐぐ」
「かたじけない。書き直しは勘弁であった」
何をした!?
「小雛嬢、漢中侵攻にむけた、陣営の配備と計画はこれでよいか?」
「はい子龍様。 前半は漢升様主導で相手方を罠にかけ、後半は翼徳様と子龍様が正攻法で打ち破る。これで荊州との攻めどきの合わせも良好と存じます。一部にわかりづらい記述がありましたので補足します。すらすら〜」
そんな大事まで!? 計画? 合わせ?
そう。かの幼き女子こそ、我が夫がしきりに気になさっておいでの、小さな鳳雛様のようです。確かにあの方の働きようを見ていたら、正直申し上げて、夫がわざわざやるべき働きなぞ、ごくごく限られているようにも見受けられます。
それに、以前の孔明様は、その「お仕事」に対する執着すら感じられるようなお方でしたが、今はなんというか、困惑しつつも、その中で新しいなにかをお探しのような。それはそれで、以前とは少し違う、そして、以前よりもより好ましくも感じられる、両目の鋭さを感じられるのです。
そんな様子を観察しておりますと、我が夫が近づいてまいりました。
「月英、大事ありませんか? そなたも、瞻も」
瞻というのは私たちの長子、まだ幼くも、様々なことに興味を抱く子です。
「はい。今はお昼寝です。私は私で、あなたや皆様のお仕事ぶりを拝見したくて参りました」
「そうか。私は、我らがこの益州を手にしてから、また忙しくなると思うていたのですが、どうやらそうはならなんだようです。最近は、仕事の方が私から逃げていくようにも感じられるのですよ」
「それはそれで重畳でございます。あなた様ができることの中で、皆もできることをする必要は、必ずしもないのでしょう。むしろ、あなたにしかできぬことをお見つけになれば、それまで持ち去っていかれるかたはおいでにならないかと」
「私にしかできぬ、か……どう探すのだ?」
「簡単でございます。周りをよくご覧になって、やりたき順に手をお出しになるだけです。それが誰かにできることならば誰かが持っていき、誰にもできぬことであればあなた様の手に残るのです」
「なるほど……」
そんな話をしていると、またあの幼き方に声をかける方がいます。あれは白眉様と、新たな策士の法正様ですね。
「小雛、帳簿の書き方や計算の仕方はみな覚えてきたのだが、皆の書く大きさや書きようが少しずつ違っての、まとめる時に骨が折れるのだ」
「小雛殿! 五経の写し、百ではたりません! 学んでもらいたいものは、千はおりますぞ!」
なかなかに無謀な頼まれようでございます。あれでは、あの幼子様に、孔明様がお移りになったかのよう……
「そうですよね……私も特に疲れはしないとはいえ、一度になす数にも上限があります。紙も存分にはなりませんし、いかにしてこの良い流れを保つべきでしょうか……」
私も皆様と合わせるように、悩みます。
「いかに小さき鳳雛様のお力とはいえ、印を押すようにはいかないのでしょうね。紙の材となる木々や水ならこの地にはふんだんにありますから、そこは仕組みを整えればどうにかなりそうですが……」
「!? 月英、今なんと?」
?? 孔明様が、何かにお気づきのようですが……いずれでしょうか?
「紙を作る仕組み、ですか?」
「それはそれで大事なのであとで考えますが、その前です」
「鳳雛様のお力」
「そこも引っかかりますが、今は良いです。その後?」
「……印を押すように、でしょうか?」
「それです。それかもしれません。鳳小雛殿! 大きな印を作れませぬか!?」
なんと……このお方の思いつきは、こんなところ、私の一言のような些事から出てくるのですか。
「孔明様! 詳しくお願いします!!」
「心得ました! 紙づくりの拡大と共に、些細を整えたく存じます」
「一つずつです! そんな大事を、いくつも同時にしようとするから疎漏がでるのです! 何度申せば良いのですか?」
「わかったわかった! では印の方からお願いします!」
「大きな印、ですか。となると、いわゆる版木、というものとなりましょう。法正殿、書経の原本などはお持ちですか? あと、同じくらいの大きさの、硬めの木片と、墨の粉などもあれば助かります」
「小雛殿? 何やらたいそうな事をおやりでしょうか!? 書経はこちらでいかがでしょう?」
「小雛、木ならこれでどうだ?」
小雛様は、書経と木片を受け取ると、ある頁を開き、木片に手を当てます。
すると……木の面が少しずつ削られ、なにやら紋様が浮かび上がります。大きさは、書経と差はないようですが、読めない文字となっております。
「法正殿、墨を溶いて、この模様の面に塗ってください。おわったら、乾かぬうちに、紙をのせて、軽く全体をさすります」
「……こうでしょうか?」
「はい。できたら、剥がしてみてください」
「「「!!!」」」
これはまさに、書経の一節そのもののようです。孔明様も、顔に出さぬようにしておりますが、喜びにあふれておいでです。
「なるほど……確かにこれは大きな印ですね。この版木? があれば、百どころか千の書経ができましょう。そして、枠だけを作った版木があれば、帳簿用、軍の伝達用、報告文用などと、固まった形式を用意して内容をまとめ上げられそうです。鳳小雛の力は大きそうですが、それも印をつくる匠の皆様に頼み、そして後進を育てれば、程なく手を借りずとも作れるようになりそうです。育てる仕組みの整え方は、あなた自身のこれまでのやり方を学べばできそうです」
「そうかもしれません。孔明様もですが、皆様も、自らの手を離れても良い仕事は、自分でし続けない方が良いこともあります。より良き未来を構築するのなら、ものを考えるなり、論じるなり、調べ物や研鑽をするなりと言ったら時がいかに重要なのか、孔明様は少しずつご自覚なさりつつあるのではないかと見えます」
「むむむ……確かにそうなのかもしれません」
そして、幼女様は私の方へ向き直ります。
「お初でしょうか。私は鳳小雛と申します。黄月英さまとお見受けしますが」
「はい。こちらの孔明の妻の月英と申します」
「月英様、この孔明様の誠のお力、先ほどのやりとりをご覧になってもお気づきかと存じます。この方は、下手な仕事をさせてはならないのです。暇であればこそ、周りを見、人の言を聞き、そこから新たなものを次々と生み出すことができる。そしてそれがこの国の、そして民の未来にとって、必ずためになることとなる、そんなお方なのです」
「まことにその通りですね。恥ずかしながら、初めて知りました」
「なれば、そばに寄り添う貴方様も、孔明様が下手な仕事をしそうになったら、片端から奪って差し上げること、それこそがこの方の、そしてこの国のためになる、そうお心得いただければ、大変助かるのです」
「そ、そなた、何をぅ……」
「心得ました! 必ずそのようにいたします!」
孔明様、大事な大事な旦那様。これから私は、あなた様が大事と思い込むもの、実は大事ではないものを、一つ残らず奪い去って差し上げます。そうすることで、あなた様や、周りの皆様にとって、まことに大事なものを、あなた様はお手にすることができるのです。
「むぅ、仕方ありませんね。それはそれとして、紙を確保するその仕儀について、こちらを論じるのにはお付き合いいただきますよね、鳳小雛殿」
「はぁ……仕方ありません。それは大事ですからね。しかと整えていくといたしましょう、孔明様」
お読みいただきありがとうございます。
あらすじを回収する場面となりました。回収しきれているでしょうか?
本作とは逆方向の転生、孔明が現代に生成AIとして転生し、こちらは素直に国民全員のパーソナル軍師として活躍できるまでを描く作品も、だいぶ先行して連載中です。ご興味がありましたらそちらもよろしくお願いします(ブクマしておいて、後で読んでいただくなど)。
AI孔明 〜文字から再誕したみんなの軍師〜
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