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転生AI 〜孔明に塩対応されたから、大事なものを一つずつ全部奪ってやる!〜  作者: AI中毒
第四部 第十三章 神様は見守る 紙様は助ける
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九十二 城壁 〜(マニ+鄧艾)×幼女?〜

 姜維だ。故郷から西の果て、ローマへの旅に出て一年ほどが経つ。と言っても、後半の半年は、今いるペルシャの王都、クテシフォンに滞在しているのだが。


 アレクサンドリア図書館の衰退。それは我らにとっても他人事とは到底言い難い。この旅立ちの原点とも言える、かの『鳳雛の残滓』がもたらした『叡智の書庫』。それに道中の『混沌の古都敦煌』における、創作文化の爆発的振興。


 いかに書物が、紙や筆具が価値をもたらすか。それをよくよく思い知らされている我らは、旅の目的を一部書き換えることとなった。すなわち、その図書館の再興と、『温故知新』の浸透。それはこの西の世界の混迷に少なからぬ光明を生み出すだろう。そして故郷に持ち帰る価値を、遥かに大きなものにするだろう。



 そんな感慨に耽っていると、いつものうるさい奴と、いつもの寝坊助が、少しばかりいつもと違う言い争いをしていた。


「ももう少し紙がいるんじゃねえか? 準備を整えるだけの時間はあるぞ?」


「いえ、既に紙を量産する形は整ってきました。我々がアレキサンドリアに到達し、行動を開始してからでも、後追いで紙の調達は叶いましょう」


「急ぐ理由はあるのか? か関平殿やじょ徐庶殿が先に帰ったから、俺たちはある程度腰を据えて動いても大丈夫じゃねえか?」


「匈奴の動きが気になります。それに、あまりのんびりしていると、サーサーン朝とローマの争いが本格化し始める可能性が高いです。その道中に移動するのは、我らはともかくマニには大きな負担でしょう」


「マニを置いていく……のは本末転倒なんだよな?」


「はい。マニとシャープールの仲を考えると、もうしばらく共に居させたくなるのは分かります。しかしマニにとって、一度外を、とくにそのアレクサンドリアをその目で見る事がどれだけ大事か。それは我ら三人が誰よりも分かっているはずです」


「むう、た、確かにその気持ちに引っ張られていたのかもな。マニのため、そして、シャープールのためでもあるんだよな。マニがもう一つ大きくなって戻ってきた方が、どちらにとってもいいんだよな」


「そうですね」


 どうやら落ち着いたらしいな。



「おう、費禕は起きていたのか。出立の日取り、についてか。確かに慌てる必要はないが、引き延ばすのは少し悪手ではあるな。費禕、お前がそういうなら、準備はおおよそできているのか?」


「おおよそは。日取りに合わせて、同行する商人や吟遊詩人らと話をつけねばなりませんが」


「マニも、い行くと決めたら準備は速そうだぞ」



 そうして数日後、ギャン泣きするシャープールに対し、マニが再会を誓ったり、吟遊詩人がその二人の絆を表すような優しい歌を歌ったりしながら、クテシフォンを出立した。ティグリス川を北上してしばらく進むと、山道を塞ぐように立ちはだかる、装備の整った歩兵の集団。その中の首領格らしき者が、我らに話しかけてきた。


「商人と、吟遊詩人か。ここから先はローマ帝国。通りたければ、税の代わりとなるものを置いていくのだ」


「ぜ税の代わりに、か……ローマにとってひ東の果ての属州。ならばこの国境管理者の言っている事が、正式な国からの指示かは分かったものではないぞ」


「そうか。そうかもしれんな。ならば少し対応を変えてみるか」


 そういって、国境兵に向き直る。



「我らは絹の道の果て、漢の地からはるばるここまでやってきた。そなたらのその態度、もしローマが国として我らを拒絶するとあらば、この地、ペルシャこそ今の西の果てと見定め、東西交流の利をこの地に押し留めて引き返す」


「な、何だと?」


「もしそれが、そなたらの私利私欲なのであれば、我々も少しばかり腕に覚えがあるゆえ、押し通った先、アンティオキアの地にて、『国境に狼藉者あり』と為政者らに伝えようと思う。さて、いずれを選ぶ?」


 さて、どうなることやら。


「むむむ、何のことか分からんが、貴様らをこのまま通す訳にはいかないようだ。皆の者、荷や詩人に危害を加えてはならんぞ。武器を持つものをローマに仇なす者として取り押さえよ!」


「仕方ないな。少しだけ痛い目に遭ってもらおう。私一人で十分だ。鄧艾、荷物と商人たちを頼む」


「おう」


 折り重なって倒れてうめくローマ兵らを尻目に、何事もなく国境を越えた我らは、一路アンティオキアへと向かう。


 この道中は、漢族としての素性を見せた方が、かえって『絹の道の利用者』としての話を通しやすい事を実感。何度か不穏な声のかけられ方をしつつも、時に私が鄧艾の力で押し通り、時に書物を配って話をつけ、大きな問題なく進む。


「こ、こんな丈夫で描きやすい紙をたくさん持ってこれるんだ。ローマでも役に立つぞ」


「む、なんだこれ……薄いのに破れにくい。パピルスや羊皮紙とも全然違うぞ」


「これが、あの荷車につまっています。何万枚あるでしょうか? 千枚程度であれば、試供品としてお渡ししますがいかがですか? 中身がある方がよければ、先日クテシフォンで書き留めた『イリアス』や、『旧約聖書』なども、それぞれ絵図入りがございます」


「まさか……確かにこれはラテン語。こんな者が東から、だと?」



 そして、何事もなく、ローマの東の拠点、地中海の出入り口である、アンティオキアに到着した。巨大で直線的な、石とレンガを組み合わせた城壁。鄧艾がこう言いたくなるのは、ごく自然な感想といえよう。


「ちょ、長安だ……」


「ああ、そうだな。高さも直線性も、ほとんど変わらん。人の力の極値は、東も西も変わらんのだろうな」


「クテシフォンやエクバターナの丸い壁に慣れているボクからすると、違和感は大きいね。丸いのが調和と捉えるのがボク達だよ。でも、どちらが良いとか悪いとかではないかも知れないね」


「どちらかに合理性を求める、というのではないかもしれないな。防衛の観点でも、弱いところを作って、そこに兵を集中することもできれば、均等にして分散させることもできる」


 そう話していると、都市の随分と手前で立ち止まることになった。揉め事などではなく、単に行列の最後尾というだけだ。前に並ぶのは、地元の旅客だろうか。顔立ちがはっきりして黒髪。この辺りの人間だな。


「あー、この分じゃ、今日中には無理だな……あんたらも、今の時期に着いちまったら仕方ないよな。税を納めるのにわざわざ来ないといけないんだよ。って言葉わかるのか?」


「ギリシャ語でしょうか? なら問題ありません。クテシフォンに滞在していた時に、ラテン語とどちらも一通りは身につけました」


 四人とも問題なくわかるが、一番人当たりがよく、問題を起こしにくい費禕が応答する。鄧艾もなぜか、ラテン語やギリシャ語だとどもらないのだが。


「お、おお、すげえな。どっから来たんだ? その顔立ちは、フンとも違うみてえだが」


「フンはここまで来ているんですね。私たちは、絹の道の東の出発点、長安から参りました」


「ワオ、一番東から!? ざっと半年はかかるって聞いたけど、そうなのかい?」


「そうですね。半年ほどクテシフォンに滞在したので、ちょうど一年になります」


「なるほど。それで、何を持ってきたんだい? ペルシャは大変だったんだろ? パルティアから変わって、大荒れだったとか。商品もここまで持ってこれたのかい?」


「いえ、重たい布や、壊れやすい陶器などは、途中のカシュガルで売り捌きました。今はほとんど、紙と書物ですね」


「紙? なんだ? 羊皮紙や、パピルスではなさそうだな。あんなのたいした数持ち込めないし」


「これだよ。木の繊維で作ったんだ。薄くて、丈夫で、木と水があって練習すれば、みんな作れる」


 こんな感じで、なぜかどもらない鄧艾。逆に違和感しかない。



「お、おお、これは確かに丈夫で薄いな。それに、平で描きやすそうだ」


「特殊な墨や、細く書ける金属筆も、数は多くないが持ってきた。乾きやすい油で作ったからどんどん書ける」


「油で……なるほど」


 ん? なんか前の荷物が動いた。何かいるのか?



「ん? 荷物の中に何かいるのか?」


 すると、布の中から顔を出してきたのは、同じく黒髪の少女。おそらくマニやシャープールよりも年は下。


「お、ゼノビア、起きたか」


「おはようパパ! ん? なにこれ? 紙? 何が書いてあるの? 見せて!」


 寝てたのか。そしてやたらと目覚めが良いようだ。鄧艾か?


「お、おお。ラテン語わかるか?」


「わかる! 読める! 読む! うーんと、これはバベルのお話だね。知ってるよ! あれ? あれれ? ちょっと違うんだよ?」


 ちょっとだけお兄さんのマニも、関心するように話に入ってくる。


「へぇ、すごいな。これはボクたちが、サーサーンとパルティアが戦っているところに、それを止めるために作ったんだよ。なんで戦わないといけないのか、ちゃんとお話をして、みんなで考えてみよう、っていう意味にするために、ちょっと変えたんだ。この三人が考えついたんだって」


「すごい! お話で、戦いを止めてしまえるんだね! この紙と筆は、剣より丈夫で強いんだ!」


「剣より強い、か。そうかもしれねえな。そしたら、こっちはどうだ? ちょっと長くて難しい本だけど、俺たちの国の本をラテン語に直したんだ」


「おい、と、鄧艾、それは流石に……」


「ん? 何々? 見せて? えっと……『百回戦って百回勝っても、それは一番いいとは言わない。戦わないで勝つことが、一番いい』だって。おんなじだね! パパ、わかった?」


「ここでパパに聞くのかい? おんなじだねって言ったんだから、ゼノビアもちゃんと分かってるんじゃないか?」


「えへへ、バレたか。ん、トトなんとかさん、これはどんな本なの?」


「と、鄧艾っす」


「トトガイウス、ギリシャみたいだね!」


 手遅れだ。トトーガイ、トト、トトガイウス。こいつはどこかに辿り着くたびに名前が変わる。名乗る時にどもるから仕方がない。


「これは、戦い方の本なんだ。面白いだろ? 戦いの本なのに、戦うなって書いてあるんだぞ」


「アハハ! 面白い! でもそれだけじゃなさそう。ちゃんと読みたい! 読んでいい?」


「ああ、いいぞ。気に入ったら買ってくれ。そんな高くしないから、パパが買ってくれるぞ」


「やった! えっと……『相手を知って、私を知る。そうすれば百回戦っても安心』。えへへ、これはあれだね。ソクラテスだね」


 ……いくらなんでも賢すぎる。たまらず私は父親に尋ねた。


「なあ、パパさんや、この子にどういう教育をしているんだ?」


「うーん、私はこのパルミラのとある部族の長をしているザッバイという。それで、執政官と頻繁に会って話す中で、いつも興味深そうに聞き耳を立ててくるんだ。わからないとすぐ色々聞いてくるから、流石に話をさえぎられないように、どんどん書物を見せて行ってね。そうしたらこうなったんだよ」


「えへへ、大人の話は面白いんだよ! お兄さんもそう思う? 私はゼノビア!」


「マニだ。そうだね。大人の話、特にしっかり考えて話す人たちの話は、いつだって面白い。この三人は特にそうなんだよ。さっきのバベルの話もね」


「そうだね!」


「まあこんな感じで、ずっと喋っているか、なんか読んでいるか、両方になるから、疲れたら適当にあしらって休んでおくれよ。まあこの分じゃ、今日中には中に入れないからさ」


「そうなのか。仕方ないな。まあ読み物はいくらでもあるから、ゼノビアも退屈せずに済むだろう」


「えへへ」


 そうして終始賑やかに、そして本当にゆっくりとした歩みで、我々はアンティオキアの城壁へと近づいて行った。

 お読みいただきありがとうございます。

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