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八十九 魏武 〜張遼×(関羽+幼女)=??〜

 鳳小雛です。関羽様は、深く思い悩む張遼様に寄り添い、彼なりの答えを導き出すのを、暖かく見守っているようです。その背中は、まさに重圧の中で孤独に戦う武人。そんな佇まいでした。


――決められるのは、もうあなたしかいないんだよ。おじさん――


 昔の主君、今でも尊敬の対象である呂布の娘、呂玲綺に言われた一言は、それだけ重かったと言えましょう。関羽様は張遼様が一心不乱に『書庫』の内容を読み耽るのを見守りつつ、私に声をかけます。


「小雛殿。やはりあやつが呂玲綺に言われた一言は、元身内としての軽い言葉では無かった。そう捉えているようなのだが、それは正しいのだろうか?」


『正しい正しくないを問われると、もう一度戦場に立って問いただす必要が出てくるかもしれません。ですが、そのお考えが「筋が通っている」のは確かと存じます』


「なるほど、そなたはそういう考え方をするんだな。筋、か。確かにそうかもしれんな。曹操が去り、夏侯惇や夏侯淵が去り。あやつと同じ階層で物事を考えられる曹仁や楽進もおらず、徐晃や于禁、李典や許褚は、あくまで補佐する側だ。

 程昱や賈詡、荀攸らも、今後長きに渡り国家の柱石たり続ける年ではない。逆に郝昭や龐徳、曹植や曹彰はもうひと伸びが必要だ。本当に、『あやつしか』の表現が間違いではないようにも思えてくる」


『本当はもう一人いるはずなのですが、その者はある時を境に中央から姿を消しています。なので本当に、国家の核たりうる方が、張遼様しかいない。あの一言がそのまま現しているようです』



「しばらく様子を見たり、相談を受けたりしておるのだが、取り止めもない話に終始しておるのだ。

『匈奴や鮮卑に帰属? 様々な意味で不可能だろうし、意味すら見い出せん』

『蜀や呉に頼る? 一つの手だが、今すぐにと急ぐ手ではない』

『若手が育つのを待つ? その時がないというのが呂玲綺の発言だろう』

 こう言った具合で、答えの見えぬ問いを繰り返しておるのだ」


『相当お悩みの中で、試行錯誤を繰り返しておいでですね。やはりその重圧と焦燥は計り知れぬのが伝わってまいります』


「だが、少しずつ方向が変わってきいるようにも見受けられる。最初は兵書や軍記に偏っていたが、少しずつ歴史全体、とくに各年代の法や制度、道徳のありようや、偉人達のなしざまをみるようになってきた」


『そうなってきてからは随分落ち着いてきているようにも思えます。そして最近では、国外の様々な事例まで手を出されています』


「ああ。まつりごとに関わろうとしなかった張遼も、今や是非もない、と、見定めているのだろう」


 

 ここまでで話を終えると、ちょうどそのときに手元に積まれていた七つの書が、私と関羽様の目に留まります。



「アレクサンダー大戦記」――世界を征服した王の記録

「新約聖書」――人類の心に刻まれた救世主の言葉

「始皇本紀」――天下統一を初めて果たした帝の歩み

「ガリア戦記」――策略と武力を兼ね備えた将軍の記録

「般若心経」――心の在り方を説く経典

「六韜」――戦と政治の真髄を語る古典

 そして、彼が手元で開いていたのは、「孟徳新書」。魏の礎を築いた奸雄の手引きです。



「統一感がないようにも見受けられるが、共通項があるな」


『はい。古今東西の偉人が、明確にその軸となっています。アレクサンドロス、イエス・キリスト、始皇帝、カエサル、仏陀、太公望。そして、曹操孟徳』



 すると張遼様は、その手元の本を閉じたところで、それを持ったままこちらに歩いてきます。そして、


「関羽、そして小雛殿。私はここでいくつもの書を読み進めて参った。そして、一つの結論を見出した。それは、『今、この時この地において、魏武孟徳公に勝る手本はおいでにならぬ』と」



 私と関羽様はそれを聞き、ただ一言ずつ答えることにしました。


「それがそなたの結論なら、それ以上のものはない」


『お心のままに。それはあなたのお答えです』



――――


 その後のことは、のちに伝え聞いた話となります。


「陛下、ただいま戻りました」


「張遼か。ご苦労であった。そなた一人に多大な負荷をかけてしまうようだ。我らにできることがあれば、何なりと申すが良い」


「かしこまりました。ならば、私のこれから申す話に対し、しかと陛下のお考えをお聞かせ願えたらと存じます」


「うむ。皆を下がらせるか?」


「いえ。皆にも聞いて貰いたく。そしてそれぞれが考えて貰いたく存じます。曹彰殿下、程昱殿、陳羣、鍾繇、許褚、于禁、李典、徐晃、龐徳、郝昭。

 皆、心して聞いていただきたい。今この場にもし、あるお方一人がおわされたら、今のこの魏の惨状を嘆き、大いに我らを叱責したのち、瞬く間に全ての問題を解決するでしょう。そうはお思いになりませんか?」


 全員はっとして、そして一人ずつ頷きます。


「……であろう。もし魏武がこの場にいたら、間違いなくそうなさるのだ。そして、魏武のおられぬこの場において、他に現状を打破できる策を語れる者はおいでか?」


 そして今度は、全員が少し考えた後、俯いて首を横に振ります。


「蜀漢は、五虎将の強さの仕組みを徹底的に読み解き、その力を将兵に伝え広めんとしている。呉は、未知に抗するは未知と見定め、当てなき東の海へと漕ぎ出した。ならば魏は如何せん?」


「む、それは……」


「答えは一つ。魏武孟徳公。乱世の勧誘にして、大いなるこの国の祖。そのありようを再現し、その規範となすべし。まだその生前を直接知る我らが、いかにすればそれを成し遂げられるか、先の短き我らがその全てを掘り返す。そして陛下や殿下をはじめ、未来ある方々は、いかにすればそれを受け継げるか、全身全霊を持ってそれを見定めていただく」


 皆顔を上げる。そして、少しばかり焦燥の色を見せる。



「だが、それほどの才を持つものが、この地にいるのだろうか?」


「才なくばありようを模せぬでしょうか? それは単なる猿真似であればそうでしょう。あの方のなしえた数多くの施策をなぞったところで、次代に必要なものにたどり着くことはないかもしれません。ましてや、あの方の苛烈な部分のみを真似しても、何も生まれません。

 重要なのは、あの方がなぜそう考え、なぜ多くの選択肢の中からそれを選びとったのか。その生き様を掘り下げた上で、あの迅速なる決断を我らの物となす事」


「なるほど……」



「私は蜀の地で、古今東西様々な英傑の記録を読み漁りました。あるものは西の小国から大陸の半ばを制し、ある者は人の心のあり方を説いて大陸の半ばにそれを広めた。だがそのどの一人をとったとて、今この地この時に、誰よりも鮮明に現すことの出来る方は、魏武を置いて他になし。そしてこの時に会った策を練り上げられるのも、同じく魏武をおいて他になし」



 張遼様の生涯唯一と言ってもいい熱弁に、皆やや気圧されます。


「私はもう決めております。さすれば陛下。あなた様は献帝となるか、それとも自ら魏武なりて次代の覇者となるか。二つに一つでございます」


「……是非もなきこと。今の私は献帝ほどの才もないかもしれん。そして、今回のことがなかったら、三代目としてそれなりの明君などという折り合いの付け方をし、今世になんら影響をもたらさずに次代に継いだかもしれん。

 だがそれでは及ばんのだろう? 当代を最高点となす事を追い求めねば、他者に食われる。今はさような厳しい時なのだろう? ならば我こそが奸雄たるべし。張遼。そなたも同じくそれを目指せ。ここにいる皆もそうだ。全ての皆が、『我こそが奸雄、曹孟徳なり』と見定め、その切磋琢磨を持って、当代の礎をなせ!」


 その宣言に、張遼も大いに頷いた。


「左様。奸雄とは、誰か一人が目指すものではありません。志ある全ての者が、我こそ奸雄、我こそ魏武の裔と思い定め、時に論をぶつけ、時に争い、常に『魏武ならどうする』を念頭に置き、切磋琢磨す。それこそがこの魏の生きる道」


「ああ。張遼。そして皆も良いか。魏の全ての将兵、そして民に告ぐ。今日から皆全て、己こそが奸雄、曹孟徳と思い定めよ。ふとした瞬間に、孟徳なら如何せんと思いを巡らし、ふとした語らいに、孟徳なら如何したかと論じ、ふとした働きに、孟徳なら何物を上乗せしたかを計らうべし。魏国民はみな孟徳。全ての民は、己こそ主たるものと心得させよ!」


「「「応!」」」



 その告知は、国全体に驚きと感銘を与える。その告知に対し、主だった将兵から「全ての国民よ、一挙手一投足に思いを巡らし、より良きを目指せ」という解釈が与えられると、少しずつその考えを実践する者が現れ始める。


 田畑を耕すものは、くわの振るい方や種の撒き方を相談しはじめ、酒を飲んで語らう者らは昨今の国の施策に論をかわし始める。


 諸将や文官たちは、「こんな時、魏武はこうした。だが我らはそれでいいのか」と激論を交わし、時に喧嘩になって仲裁を受けながら、その論を洗練させていく。


 誰もがより上を上をと目指しはじめ、「自分が諸将にとってかわれるのでは無いか」と仕官を目指し始める者が増えてくる。そして大半は許褚や張遼、張郃らにこてんぱんに打ちのめされながらも、これはと言う者も、少しずつ。



 そんな中でも、龐徳や郝昭、曹彰といった次代の柱石たちは、国の守りを固めるための施策を練り続け、「守るだけならなんとかなる」くらいの域までは、その軍制をどうにか形にして見せる。


 そして三年ほどが経過すると、東西から様々な噂が聞こえてきはじめた。


「西方では、トト何とかという英雄が、貴重な文化を散逸から守り切ったらしい」


「東方では、一部の技術で漢土を上回るものを発見し、情報を共有しはじめたらしい」


「匈奴は西域の草原全体に領土を広げ、その威容は全盛期に近づきつつあるらしい」


 そんな時代の動きが、三国を中心に回り始める。

 お読みいただきありがとうございます。


 これにて第三部、完となります。第四部は、それぞれの地で大きな展開を迎えそうです。引き続きよろしくお願いいたします。

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