八十七 天地 〜(趙雲+馬超)×(??+??)=??〜
張飛殿、黄忠殿とともに、馬超殿への援軍を完遂し、そして本軍を率いる趙雲殿も合流。次の方針を定めようと、一度西涼に集まった。私徐庶は魏延、馬謖と共に四将との話し合いに参加し、すぐ東方に居座る匈奴の大軍にどう立ち向かうかを議論開始。話は、張飛殿の的を射た軽口から始まる。
「張騫様の後裔の八将に、飛将軍李広の腕を彷彿とさせる不安の将、か。なんともおとぎ話のような者らだが、漢朝の成してきたことのツケを払わされている気分だぜ。なあ徐庶殿?」
「功臣に対する冷遇、ですね。だとするとこれで終わりではないかもしれません。魏の側にも何名かいるのでしょうが、こちらにもまだ誰かが」
「あ、呂玲綺は多分そっちに魏の方に行っちまった気がするぞ? 何日か前に姿を見せなくなったからな」
「そう仰せでしたな馬超殿。するとあそこの軍は、多くても匈奴の半数といったところか」
「推測できる要素は対してねえからな、まずはひと当てするしかねぇ。黄忠殿はちょっと怪我が厳しいか。城の守りをお願いするよ」
「心得た。魏延と馬謖がいれば、情報を集める力は保てよう」
そうして、張飛殿を先鋒とし、羌族の中で疲労が少なめの者を集めた馬超殿の騎兵、そして本国からかき集めてきた軍をまとめる趙雲殿。計二十万の軍勢は、南東の、やや草深き地で待ち受ける匈奴軍の元へ向かった。
匈奴軍は左右に大きく展開し、中央には文字のない旗の軍勢が十万ほど。左翼に『張』、右翼に『李』の旗が立ち並ぶ三万ほどずつ。
「つまり、あの二人は主将ではない、と言うことですな」
「みてぇだな。まずは『李』の側からあたってみるぜ。馬超も頼む」
「心得た。趙雲殿は中軍と左翼の動きを注視してくれ」
「承知」
そしてこちらの騎兵が近づくと、敵軍はやや不審な動きを見せる。三つに分かれていた軍が、徐々に中央に近づき、そして一つの集団として固まってしまった。
「なんだなんだ? 別々の軍団っていう戦い方をする気はねぇってことか。とりあえず一当てするぞ。相手は弓達者だ。速度で押し切る」
「「「応!」」」
近づくと、確かに弓騎兵の集団、だが彼らは足を止めず、後退しながら矢を放ってくる。
「ちっ、あいつらも西域の戦術を覚えてきたか。ありゃ速度に波が出来るはずだ。矢の勢いも制限される。躊躇わずに押し切れ!」
「「「応!」」」
少しずつ敵の密集地帯に入ってくるはずだが、李の旗は見えない。こちらが向かう先の兵は下がり、横合いから当たってくる。そして、この軍の捉えようのなさに、張飛が気づく。
「これは張家のやり方だな。逆側から入ってきて、指揮を入れ替えたか」
「あくまで我らに捕捉させないつもりのようですね。深入りは危険です。一度手前から抜けましょう」
「分かった!」
一度手前側に抜け、すでに前進してきていた趙雲殿の本体と合流する。
「相手はまっすぐ当たってくる気配はねえ。どうする趙雲?」
「あくまで捉えさせないことを念頭に置いているのであれば、こちらが各部隊を固めて進めば、練度と数で押し切れるはずです」
「分かった。頼む俺も馬超は引き続き遊撃だ」
「承知」「応」
そして本軍同士がぶつかると、確かに趙雲の言うように、押し切れそうな手応え。匈奴軍は、矢を射ながら下がる者、左右に追い散らされる者。だがその手応えに反し、匈奴の兵達は焦る様子がない。
「おお、やっぱ強えな。チョウンか? バチョ?」
「バチョは羌族だな。あっち行ったぞ。多分こっちはチョウンだよ」
「ぐっ、兵もみんな強え。だけど負けねえ」
余裕を見せてくる匈奴。そして、張飛が左に、馬超が右に抜け、左右に散った敵軍を、さらに追い散らす動きを見せ始めた頃からか、
「大丈夫だ。アティラの言う通り。押されても被害は少ねえ」
「強えけど、この強さは問題ねえ。アッティラほどじゃねえ」
アティラ、アッティラ。どうやらそんな名の、将でもいるのだろうか。何にせよ、誰一人として自信を失っていないのが気になる匈奴の動き。
「む? 何か見えてきました。あれが大将格、なのでしょうか?」
趙雲殿が前を指さす。旗が二つ。『天』そして『地』。それぞれの前に、大将格と見られる二人。趙雲殿の声に、後ろからもう一度合流してきた馬超殿が応じる。
「そうだな。ガキに見えるが二人。でも油断するなよ。明らかに強者の風格がある」
「ああ。片方は、今にもこちらに届きそうな、そんな軽快な飛び出しをしてきそうだ。どっちかと言うと俺やあんたに近いか。もう片方は、関羽殿や張遼のような、重厚そうな構え」
どうやら近づいても矢を打ってくるような様子もなく、「予定通りここで待っていました」とでも言わんばかりの落ち着いた雰囲気。こちらも、武器を交わすよりも、言葉を交わす方がよさそうな、そんな雰囲気を見せてくる。
「ふふふっ、ようこそ我が軍の中央へ。『竜胆』趙雲様」
「へへへっ、こんなに深々と入ってきて良いのかな? 『羌王』馬超様」
「まあでも兄さん、あっちの張飛様と馬超様がうまいことこっちの陣を乱してくるから、彼らも自信を持ってここまで押し込めているんだよ」
「そうだね。分かりやすい『死地』を作るのは失敗だよ。さすがだね、この漢族最強の人達は」
どうやら他の兵とは違い、こちらに対する認識の雑さはない。将としての教養も相当に深いように見える。それに、
「それでも、彼らの『勢い』や、『集中』はかなり削がれた状態でここまで来ているね」
「そうだね。こっちの態度に面食らいながら、それでも押し切れるという腹づもりだろうけど、その心の隙は、あなた達二人にとっては必ずしも『最良』ではないだろうね」
「「むう……」」
挑戦的集中によって大きな力をえる趙雲、そして感情の共鳴で皆の力を引き出す馬超。その二人の強みは、大きくかわされた状態。そう言っているようだ。こやつらどこまで……
彼らはどうも、漢族との混血のようにも見える。そんな印象がどこからくるのか、私自身にもはっきりはしない。他の者と装備は大きく変わらないが、赤を基調とする紐飾りがひらひらしている少女と、緑を基調とする紐飾りが括り付けられている少年。
「まだ二十にもなっていなさそうな少年少女。だがその風格と、周囲の兵達の見せる敬意。そなたらがこの軍の将ということで良いのだろうか?」
「ふふふっ、その通りさ。初めまして。ワタシ達は漢の名家の囚われし姫の子。漢の名を名乗る無粋は避けたいので、母様からもらった名で名乗ろう。西域の言葉で『天』を意味するアイラ!」
「へへっ、アイラはお母様が大好きだからね。でも漢はあまり好きではないんだよ。だからボクも同じくそっちの名を名乗る。『大地』テッラ!」
アイラ、テッラ。その言葉は、西域どころか、ローマ方面の単語。それを子の何するとは、囚われた姫というのはとんでもない教養深さを考えると、答えは一つ。
「もしや、蔡琰様の……」
「そうだよ。母様の名は蔡琰。こっちの族長に気に入られて、ワタシ達は生まれた。だが母の願いは叶わず、一度漢に戻ったらもう行き来は出来ないのさ」
「だからボク達の答えは一つだよ。堂々とお母様と暮らせる世を作るには、誰よりも強くなるしかないんだ」
何という悲しき運命、そして、何という決意か。私自身、母への情念が過ちに変わった経験があるがゆえか、その過去には大きな感慨を受けざるを得ない。
「ふふっ、そんな悲しそうな顔をしないでくれよ、『戦場の名軍師』徐庶さん。ワタシ達は大丈夫だから」
「へへっ、ボクたちは人の子でもあるけど、天地の子でもある。だからこの名にかけて、誰にも負けない力を示す! さあ、かかってくるんだ! 漢族の最強を見せてもらうよ!」
「趙雲殿、あなたは左のアイラ。私が右のテッラを」
「心得た」
二人は連携が効く距離ではないように見える。まず趙雲殿がアイラに向かい、槍を真横に振るう。
ブォン!
「ふふふっ」
「ちっ、器用な」
体を器用に反らしてかわす。武器は、棒、あるいは三節棍か。やや動きのある武器に見える。
「隙だらけだよっ、おりゃ!」ガィン!
一方テッラに向かった馬超殿。まっすぐ槍を築こうとするが、棍棒のような者で受け流される。
「へへへっ、いい突きだ。やっぱり強い」
「そりゃそうさ。これで食ってきてるからな」ガイィン!
二人とも、互角か、ややこちらが優勢に見える。だが、少しずつアイラとテッラの距離が近づいてきたその時。
今度はかわされないよう、低い軌道で槍を振るう趙雲に対し、なんとアイラは馬から飛び上がる。
「しょい!」
ブォン! ガイィン!
「くっ!」
「むん!」
そして、その飛んだ先にはテッラの棍棒が待ち構え、趙雲は衝撃で手が痺れたようだ。
「へへっ、お兄、やるぅ!」
好機逃さず、アイラが上から三節棍で趙雲の槍を絡めとり、ついに趙雲は槍を取り落とす。
「趙雲殿!」ガイィン!
「馬超殿、すまぬ!」
趙雲に振るわれた棍棒を押し留めた馬超。しかし一体二ではどうにもならず、馬超もまた槍を破壊される。
急いでこちらから割って入る馬岱と魏延。しかし、当人達は叶う相手ではないと自覚する。二人が引く隙をどうにか作り、趙雲の槍も置いたまま去らざるを得ない。
「全軍撤退! 陣を乱さず、西涼まで下がれ!」
「ちっ、槍を変えればまだやれる!」
「よせ趙雲殿! その腕の痺れはまだ治ってない!」
「くっ……」
趙雲殿にとっては、生涯初めての、実戦での明確な敗北と言えた。
私はどうにか指示を出し、二人を守るように下がる軍勢。追撃の手はゆるい。
「ふふっ、まだ張飛様がいるからね。こっちもやりたい放題はできないよ」
「へへっ、二人とも分かっただろう、最強は、常に最強じゃあないんだよね。場を整えるのに失敗したら、『次はない』よ」
撤退する我らにすぐに気づいたか、張飛殿が間に入ってくる。向かおうとするが、二人の構えには一切の隙がない。
「ふふふっ」
「へへへっ」
「何だありゃ? あの二人の構えは……流石の俺も全盛期じゃねぇ。一人じゃ厳しいな。呂布でも無理だよありゃ」
「呂布でも、ですか?」
「ああ。間違いねぇ。あいつらはそういう存在だ。さながら、漢と匈奴の歴史の歪みが生み出した、とんでもねぇ化け物、と言ったところだろうよ」
「化け物……あの二人、蔡琰様の」
「ちっ、なら余計にそうじゃねぇか。母への想い。ただ母を連れ去るだけじゃ、母の幸せじゃねぇってことにとっくに気づいたあいつらは、また別の形で解決を図っている。そう言うことだろ?」
「はい。『堂々と母に会える強さ』。それと、呂玲綺が言っていたと言う『最強なら誰も傷つけない』。誠にそんな情念が彼らを衝き動かしているとしたら。我らも相応の覚悟が必要ですね」
「ああ。帰ったらまた計画の仕切り直しだ」
「承知」
そして、さほど強力ではない追撃を振り切りつつ、西涼が見えてきたところで後ろを振り返ると、すでにどこにも軍の姿は無かった。それこそいつもの通り。
――――
「追わないのですか?」
「あっ! 李おじさん。張さんたちと、張飛を引きつけておいてくれて助かったよ」
「うん、そうだね。三対二だと、ちょっと大変だったからね」
「ちょっと、ですか。まあ確かに張飛はともかく、あとの二人は真価を発揮できぬ形でしたからね」
「あ、それと、追っかけるのは意味ないかな。流石にワタシたちも、漢の城を連戦連勝するだけの体力は持ち合わせちゃいないからね」
「そうだね。だから今はまだここまでさ。今はまだ、ね」
お読みいただきありがとうございます。