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八十五 飛将 〜黄忠×李広=??〜

 李運と申します。え? 誰だお前、って? 当然ですね。では少し過去、だいぶ過去、現在の順でご説明致しましょう。


 先ほどまで、羌族の王に任じられたと聞く馬超様の守る、西涼の地への包囲攻撃に参加しておりました。攻城兵器に取り付かれないように適宜打って出て撹乱するその手腕。羌族の気質を西域の弓術と融合した戦術。それはそれはお見事でした。


 こちらの呂玲綺お嬢が上手いことさばき切る手を見出してからは、なかなか出ては来なくなりました。すると、


「李おじさん、後は任せたよ! アタシはあっち行ってくるわ」


「むう、仕方ありませんね。まあ段取りもそうなっていますし、私どもも予定通りに動きますよ」


 と、彼女は早々に陣を払い、私に十万ほどの全軍を丸投げして、別の戦場へと去っていきます。そして私も、やや膠着した西涼包囲線には見切りをつけ、誘い出した蜀漢軍を迎え撃ちに、南下するとしましょう。


 さて、先方はおそらく張飛様あたりでしょうか。そちらは彼らが一度ぶつかるのでしょうね。そして救援の主軍はどなたでしょうか。趙雲様か、それとも黄忠様か。黄忠様なら、私とは大いに噛み合う戦いとなりましょう。



 さて、少しばかり自己紹介とさせていただきます。前漢の李家というと、この時代でも飛将軍、あるいは神箭とも評されることもある李広という方は、知らぬ者は居られますまい。


 飛将軍と言うのはかの呂布とも重なる異名ですが、原義はその李広の様です。呂布と異なり、李広はより弓に特化された才が評価されています。


 その突出した武才と勇名に対して、その事績はまさに不遇、不運の連続とも申せます。時の皇帝との不仲や、後進に現れた更なる異才、衛青の活躍。最後には、北伐軍が砂嵐の中、道に迷って遅参し、その責めを負って自害に追い込まれる、「不遇の名将」の代名詞ともあいなります。



「ふふっ、相変わらず話長いねおじさん」


「仕方ないでしょう、この辺りはご存知ない方も多いでしょうから」


「しょうがないな。あとちょっとね」



 そして孫の李陵は、さらなる不運に晒されます。同僚にして帝の寵姫の血族、その失態を救うために匈奴に小勢で立ち向かうことを余儀なくされ、奮戦のちやむなく降伏。


 そこで報告の行き違いなどもあり、激怒した帝の命で一族は処罰。さらには彼を庇った『史記』の作者の司馬遷すらも宮刑の憂き目にあった話は歴史に刻まれております。李陵は帰るに帰れない状況に追い込まれ、匈奴で生を全うします。


 その不運、不遇の一族。その天命を背負い、そして漢土への望郷も消え行きし一族。その李家の血族こそ、この李運でございます。


「へへっ、話終わった?」


「お兄ちゃん、寝てたでしょ?」


「いえ、あと少しばかり」


「えー、もう。じゃあボクたちも先に戻るね。あとよろしく」


「承知」


「その『運』は、いつでもあなたの味方だよ」


「心得ております。それこそ我が力の理にて」



 ……行ってしまいました。あの方々はああなので、致し方ありません。またいずれ。皆様はもう少しばかり、私の長話にお付き合いいただけたら。


 私自身、密かに漢土に武者修行に行っておりました頃のこと。魏という国ができかけの頃、そこの謀臣のひとり、賈詡という者に声をかけられます。


――ほう、その弓、そこ知れぬ闇の圧を感じます。いかがかな? 一仕事お願いできますか?


――私には漢への忠も義理もない。善も悪も、この地の因果も、この私には関わりなきこと。なんなりと。しかし報酬は前払いで頼む。


――無論。報告の義務もなし。終わったら故郷に帰るなり、どうなりと。あなたのその力なら、矢が当たらずとも策はなりましょう。


――……この報酬額、我が腕ではなく因果の強さへの支払いか。それは我が未熟を恨むしかあるまいな。して、その『策に善悪なし。悪は我にあり』のあなたが何の依頼を? 悪に決まっていましょうが


――はい。それでは……


 そうしてとある地で、敵軍の奇襲をかわし、一瞬の安堵を見せた男にお届けした一本の矢。それはやや標的を外したが、騎乗していた白馬が驚いてしまい、人馬もろとも崖下に。運とはこういうものです。


 そんなこともありました。



 というわけで数日後、五万ほどを率いた蜀漢軍と対峙します。旗は「黄」ですか。そうでしょうね。それこそ因果の噛み合い。幸運の弓聖たる老将と、悲運の神箭の血族。その因果はいかにあいなりますか。


 ……雁行陣。左翼前線がやや厚め。足を止めて矢を斉射する構え、ですか。外側は山地ゆえ迂回は不可能。内側に向かえばさらなる斉射の餌食。よく出来ています。


「問題ありません。こちらも展開します。射程に入るかはいらないかで、相手と平行に」


「「「応!」」」


 射程に近づけば、向こうも射掛けてきましょう。ですが、その辺りではそうは当たりません。そこから平行に陣を構えて突撃されては、向こうの斉射の効果がだいぶ無力化します。


「むっ? どうしました?」


「おいおっさん、あっち、近づいて打ってくるぜ? 矢が当たるんだ」


「ちっ、やりますね。作戦変更です。こちらも順次突撃しましょう。矢を交わし、敵陣を切り裂いてください」


「承知だ! 行くぞ!」


 矢が届く様に前進したのは、確かにいい判断です。ですがこちらは匈奴。突撃力を舐めてもらっては困ります。


「む? 槍兵? こいつら対応クルクル、面白え!」ドサッ


 面白がりながら威落とされる匈奴兵。どうやらこちらの陣容や戦い方が、相当高度に読まれていますね。この黄忠様は、斥候や諜報の腕が大層秀でて、戦場を俯瞰する力が優れると聞きます。どうやらその通りの様ですね。


 では仕方ありませんね。少し仕掛けましょう。


「我らも旗を挙げます。そして五千の槍騎、続いて五千の弓騎兵で中央を突破です。目指すはあの『黄』の旗」


 『李』そして『飛将』と漢語で書かれた旗を掲げ、まっしぐらに突撃します。正面の槍、そして弓兵を蹴散らし、槍騎兵は敵本陣の側面を抜ける。そして、


「あれが敵将、黄忠か。将は私に任せよ!」


「応!」


――飛将? また呂布の関係か? いや、違えな。李ってことは……



 どうやらこちらにも気付いた様子。一度射掛けますが、付近の何人かに当たり、当人には届きません。逆にこちらが多数射返され、やや被害はこちらが上か。


「ちっ、一度仕切り直しです。駆け抜けて、右翼から合流しましょう」



 しばし両軍入り乱れて戦いが続きます。『静』の敵軍と、『動』の自軍となりますが、やや起伏の多い戦場で、巧みな位置どりをしながら、兵数の差を巧みに打ち消してくる。どうやらその鷹の目は本物の様です。


 細かい高所を使って射程を伸ばし、騎兵の突撃を遅らせる。風向きさえも味方につけ、射程や精度を確保する。そうして徐々に、その兵力差を縮めてきます。


 ならば。


「この隊は引き続き突撃します。敵本陣を狙いつつ、無理のない範囲で、足を止めずに突破を繰り返します」


 鷹の目。戦場を俯瞰するその巧みな用兵術。ですがその弱点となり得るのが「注力すべき相手が目の前にいる状況です。


「本陣に近付いたら矢を射かけます! 誰でも良いのでしっかりと射当てることを優先に!」


「「「応!」」」


 繰り返すうちに、全体を見ていた様に見受けられるその老将の視点が、私が直接率いる部隊、そして私自身の方に注がれ始めます。そして、再び近づくと、一度矢の射程付近、声も届く距離で足を止めます。



「ほう、あの飛将軍、李広、そして不運の忠臣、李陵の末裔とはな。弓の手がやたらと長けているわけだ」


「あなた様こそ、その目、その戦術、そしてその弓の腕。その年にして些かの衰えも見えずとは、恐れ入ります」


「ちっ、あんたから目を離すわけにいかねえ。これじゃあ戦場の様子を俯瞰もできねぇ。こっちの良さが消されるな。ならばここは仕掛けるのみ!」



 黄忠様はこれまでの『静』を放棄し、突撃してきました。そして彼のつがえた矢が放たれる。それは真っ直ぐに私に向かってきます。


 ですが問題ありません。それは因果のいたずら。幸運も不運も、誰にでも訪れる。


「!! 鳥!? くそっ、なんたる不運」


 飛び散る羽根。そして我ら二人の様子を見ていたのか、やや静まりかえっていた戦場に響くけたたましい鳴き声。しかしその魂の重さは、平等とはとても言い切れぬ切なさを表していました。


「良いのですかな? そこは私にとっても必中」


 私はすぐさま射掛けます。むっ、流石の反応です。直前の出来事への動揺は一瞬よりも少ない時。致命傷をかわし、当たったのは……この甲高い金属音は、肩当て、ですか。


「くっ! 危ねえ! 貴様、あの不運すら驚かず、すぐさま射返しとはな」


「不運こそ我が鎧。一族の定めにて、運も不運もこの身の延長。ならば私はそれをも武器にせん。矢が当たらずとも命を落とす方もいれば、矢が己が急所に向かっても当たらぬ者、当たっても生きながらえる者。人はさまざまです」


 どうやら彼らにとっては聞き捨てならないことだった様です。まあ当然でしょう。


「まさか、軍師殿は貴様が……」


「雇われの身なれば。匈奴に身を落とした漢族の末路など、そういう傭兵や、出稼ぎさしかございません。雇い主が『悪は我にあり』と開き直るものだったまでのこと」


「まあ、そこはそうなんだろうな。心情としちゃあ許しがたくはあるが、それで矢がぶれるのは本末転倒だ」


「ふふっ、それで、まだやれるのですか?」



 どうやら、肩に当たった矢は全く無傷とはいかず、その判断をやや消極的に変えることとなった様です。



「……ちっ! ここはひとまず退く! こっちに軍がきているってことは、西涼への援兵は問題ねえんだろうしな」


「くくっ、その点はお見事という他はありません。またいずれ」


 我らも引くとしましょう。そろそろ張飛様の騎兵が引き返してくる頃合い。そちらが合流してくれば我らが不利。



 そうして、いったんふたたびあの若き二人、そして張家の八将と合流し、ここまでの状況を振り返ります。八将は長兄以外は状況を確認中です。


「さすがは五虎将だね。こっちもだいぶ苦労していたね」


「うんうん、もう少し翻弄できるかとも思っていたんだけどね」


「やはり核心的な状況に入ると、それをひっくり返すだけの力を持っていますね」


「李おじさん、あなたの不運とあっちの幸運、今回はこっち側に天秤が傾いたけど、次はどうかわからない、ってことかな?」


「はい。それがどの様な形で露わになるのか。しばらくどちらにも傾かぬかも知れませんし、ふとどちらかが掴むかも知れません。ですがどちらもその準備を欠かすことはありますまい」


「そっか。ならもう少し様子を見てみるよ」


「張さんたちはどうだった?」


「正直我らには厳しい相手でした。張飛一人の力ではなさそうで、より策や諜報に特化した者が近くにいそうです」


「西域から連れ帰ったあの人が、早くもあの国に馴染んでいるんだね」


「李おじさん、張さんたちも、ひとまずご苦労様。次は関羽、そして張遼か。彼らはここまでの三人以上に、本人の力に依る物が大きい戦いをしてきたからね。さあて、どうなるかな」


「ふふっ、楽しそうだねお兄ちゃん」


「へへっ、君は楽しくないの?」


「ううん、とっても楽しい」


 この空と大地の申し子。その天真爛漫な会話と、底知れぬ恐ろしさの対比は、この悠久なる草原と大空を表している様でした。

 お読みいただきありがとうございます。

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