八十四 絹道 〜張飛×張騫=??〜
羌族の王。名実ともにその名が与えられた馬超殿は、西涼の地で羌族との連携を深めていた。そして他の四将を含めた五虎将の強さの仕組み。それを鳳小雛殿という「人工知能」と共におおよそ読み解く事に成功したのも束の間、私徐庶はそれを活用した新たな訓練法を模索している。
ちょうど今も、黄忠殿と張飛殿がそれぞれ、兵達に戦に対する向き合い方を説いている。
「見聞きした情報は全部取り入れて、敵と味方が今どんな状況にあるのか見定めるんだよ。見落とし? 知るか。お前の横にはお前と違う視点を持った奴がいるんだ。どっちが『当たり』を引くか。そんな運任の域にたどり着くのは、最大限に準備をして来たお前らだけに許されるんだよ」
「立場や腕っぷしに甘んじて、人と話すのをやめたら、そこがお前らの限界だ。前に進みたければ、人と話を交わし、槍を交わす労を厭うんじゃねぇ。対話を繰り返しているうちに、お前の槍捌きが、言葉よりも饒舌になっていくのを感じとれりゃあ、俺としても大満足なんだよ」
徐々に容赦のない高度な表現が兵達にもたらされるが、多くの兵達は、将本人や、補足説明をする上官らの話を順調に消化していっているようだ。
だがそこに急報が入る。西涼に匈奴襲来。因みに、魏が版図とする河北にもおよそ同時に押し寄せているらしく、あちらも窮地となっていると聞く。東征航海の本国側本部、建業の地に大使として駐在していた関羽殿は、魏側から同じ役目を仰せつかっていた張遼殿とともに、そちらへの援軍に向かったらしい。
ひとまず訓練中の部隊を黄忠殿、張飛殿が率いて西涼に急行。張飛殿が騎兵で先行し、黄忠殿が歩兵で追随する。私は魏延、馬謖とともに張飛殿に随行し、匈奴軍の全容を捉えにかかる。
残りの全軍は、趙雲殿が後からまとめて追いつくとの事。つまり、五虎将総出での出陣が決まった事になる。
西涼。匈奴軍を撹乱しながら耐える日々が続く。後で聞いた話だが、馬超殿は籠城しつつ、攻城兵器の取り付きを防ぐために、時折り打って出てはその包囲を巧みに乱し、とにかく時間を稼ぐ事に徹していたと聞く。このように。
「皆! すぐに援軍が来るから問題ねえ! 逃げ回りながら矢で足止めだ!」
「せえの! 一、二、三! 二、二、三!」
すっかり板についた、交代しながら矢を射るパルティアン戦術。私や関平殿が持ち込んだ、西域ペルシャの前王朝、パルティアのお家芸。実際には、後退しながらだと矢の勢いが弱まるため、速度を落として射掛け、また速度を上げては矢をつがえ、を繰り返す必要がある。
それが、皆で揃った歌踊を好む、羌族の気質と完全に適合した。速度の上げ下げを共鳴させ、集団で射掛けることで、より厄介な戦術に昇華されていた。
だが数日経つと、匈奴側も対策を見つけて来たとの事。それは、呂玲綺率いる赤兎軍による迂回先回り戦術。
「げえっ! 王! 前から赤いのが来た!」
「ちっ! 流石に速いなあいつら。後ろは一旦無視して、全力で前進するぞ! 密集! 整列!」
「「「応!」」」
数自体は多くないが、とんでもなく強靭な赤兎軍の突撃。馬超殿はそれをかわすため、密集して一当てする。
「やるね! さすが馬超だよ。でもそんな動きをいつまでも続けられるのかな?」
「うるせえ! そっちこそ敵地で何日その勢いが持つ?」
「アハハ! こっちは三度の飯より戦だよ! それに今回はアタシだけじゃないからね」
瞬時の判断と、羌族の共鳴。そんな形でしばらく耐えていたが、流石に疲労の色が濃くなる。大軍の全容も把握できないため、あまり危険を犯すこともできず、次第に籠城主体に変わっていった。その状況に満足したのか、飽きたのか。それとも他に役割があるのか。いつのまにか、赤い部隊はその中から姿を消していたという。
馬超殿の報を受けて三日後。中間点の天水を超えたところで、張飛殿率いる二万の精鋭騎兵は、妙な軍に接敵する。
「なんだありゃ? 漢人? いや、漢人っぽい軍装なだけか?」
「敵であることに間違いはありません。数は読めませんね。散開して、地形を利用して全容をぼかしています。そ明らかにこちらを混乱させようとする意図を感じます。くれぐれも油断なきよう」
「ああ。馬謖、どう見る?」
「やたらと不揃いな軍装、あれは過去に鹵獲したものではないかと。だとするとあの軍は、匈奴に囚われて帰順した漢族、もしくはそれを模した者ら……」
「あの旗は……『張』か。まあそんなんはいくらでもいるからな。あとは、『博望』?」
「博望……孔明様とは関係なさそうですが。張、博望、まさか……」
そう言うことか。馬謖も勘付いたようだが、その文字が匈奴側にあるということは、それが示すものは一つ。
「張飛殿。あれが示すものはすなわち『張騫』」
「ん? 張騫様っていやぁ、前漢武帝の時代に西域へと旅立ち、絹の道を切り拓いたって言うあの方か? 英雄中の英雄じゃねぇか」
「はい。あのお方は何度も匈奴に捕らえられ、妻を与えられ子を成したとも聞きます。であればもしかすると、その血族が、同じように囚われた漢族の血を引く者らをまとめて軍となし、今我らの目の前にいる、と?」
「だとすると皮肉だな。張騫様ご自身も、生前はその囚われた期間が長すぎて、帰国しても冷遇されていたって聞いてるぞ。ましてやその遺児は、匈奴の血も入っているんだ。漢に戻ったところで相当きつい待遇しか予想出来ねぇだろ。そんな奴らが漢に対していい思いがあるはずもねぇ」
「でしょうね。油断なきよう。どうしますか?」
「こっちよりは多いが、軍自体は精鋭って感じはしねぇ。ここは押し通るよりも、蹴散らしておきつつ、向こうの力量を読んでおいた方が後々良さそうだ。徐庶殿は馬謖、魏延と共に、情報収集に徹してくれ」
「承知」「「かしこまりました」」
そして張飛殿は先頭に向かい、大声で問いかける。
「我こそは蜀漢の車騎将軍、張飛! 前漢の大英雄にて博望侯、張騫様の血族とお見受けする! 積もる話や、漢への恨みつらみとてあろうかと推察するが、ここは我らの同胞、羌王馬超や羌族を救うため、なんとしてもお通しいただかなければならぬ! 言上あらば拝聴する! 無ければそのまま蹴散らし、押し通ることをお許しあれ!」
すると、やや高齢な雰囲気の、それでいてよく通る声音が、次々と違う方向から聞こえてくる。
「さすがは三国最強とも目される張飛殿」
「その威勢、堂々たる言上、そして噂とはやや違う、教養深き我らへの知識とお気遣い」
「左様。我らはその歴史に深き名を刻みながら、冷遇に冷遇を重ねられたかの開拓者、張騫の遺児」
「その血脈は、匈奴の地でも尊重され、一家として代々名をなさしむ者」
「ある漢族は過去に囚われ、ある漢族は本土の不遇に耐えかね北へ逃げ」
「それぞれ一家、一族を成し、もはや匈奴と漢の別もなし」
「その知恵、その文化、その一端を拾い集めて紡いだ我らの生き様、とくとご覧あれ」
「博望の一族、張家八将、謹んでお相手つかまつる!」
八兄弟、いや、兄弟とは限らない一門。漢族の血が混ざる者らを率いた軍勢。果たしてどの様な戦い方をしてくるのか。
「張飛殿! 敵陣は地形に合わせていびつなれど、おおよそ鶴翼!」
「応! 一度蜂矢陣で中央を突破する!」
瞬時の判断。おそらく最適。しかし、敵中軍は、突撃を押し留めるでもなくかわす。これでは左右から包囲を狙う鶴翼の意味が。
「む? 下がるのか? 突撃を止めて囲むのではなく?」
「くくっ、漢の定石など意味はありませんぞ」
「そのまま突き進んで西涼まで向かっても良かったでしょうに」
「ちっ、こちらの意図が読まれたのか。仕方ねぇ。反転し、左翼から切り崩す!」
その後も、全軍で左翼に向かえば散開して矢を射掛け、こちらが左右に分かれれば向こうは四つに分かれてそれぞれを挟撃する。
おおよそ八個の集団がいる様に見えるが、時に三から四、時に五から六と、変幻自在にその隊を崩し、捉え所がない。
「こいつら、ぶつかるたびに軍の表情を変えやがる。どんな連携してるんだよ」
「おそらく、何らかの決め事があるんでしょうが、八八六十四どころではないそのありよう、この短時間では解き明かすのは難しいかと」
「こいつらなりの特徴を生かして生み出した戦術か。面白ぇが厄介だな」
馬謖、魏延が少しずつ見定めるが、それでも捉えきれない。
「八将の誰が率いるか。それが流動的なのでしょうね。そして向こうの兵たちは、その切り替えを間違いなく対応しています。なにか暗号でもあるのでしょうか?」
「だとして、そもそもそいつらの姿も、暗号の元も見えねぇから、今は捉えようがねぇぞ。力押し、奇襲、散開、密集、後退……変幻自在だよ」
少しずつこちらの陣は乱され、やや力押しにならざるを得ない状況に陥る。
「くっ、やるなこいつら。こちらの連携を巧妙に寸断してきやがる。さすが、あの道を切り拓いた一族の末裔ってところか」
「もう根を上げられたのですかな? 同じ氏族としてはもう少し頑張っていただきたくもあるのですが」
「うるせぇ! これからあったまってくるところじゃねぇか。どうでも良いけど、姿くらいみせやがれ!」
「ほほほっ、何度か見せてはいるはずなのですが、あまり目立ちませんか」
どうやら兵数もあちらが多い中で、無理にこちらを殲滅しようとしてこないことが、かえって捉えどころをなくしている様です。
「張飛殿! おおよそ相手の力量は掴めたかと思います。ここは一度突破し、西涼に向かうのも良いかと」
「ああ、そうだな。こいつらもそれを全力で阻止する気がある様には見えねぇ。全軍突破し、西涼へ向かう!」
「ほほほっ、本日は所詮顔合わせ程度。本気のお相手はまたいずれ」
「ちっ、行くぞ!」
そしてその二日後、西涼についた我らを出迎えたのは、やや疲労の色濃い馬超殿や羌族。
そして、包囲していたはずの敵軍の姿はどこにもなく。
我らが到着する少し前に、彼らは包囲をとき、南下し始めたとのこと。我らと当たらなかったのは偶然か、それとも意図的か。
「張飛殿、援軍感謝! だがあいつらの意図が読めねえ。南下したってことはどういう事だ?」
「あり得るとしたら、ここを孤立させることかもしれねぇが、そんなまどろっこしい事する気もしねぇな」
「我らの論理ではありませんね。ならば、あの匈奴ならどうするかを……」
「どうする、か。……ちっ、だとしたら答えは一つじゃねぇか。あいつら、常に戦うことを優先するんだよ」
「はっ! それはまさか?」
「ああ。向こうの狙いは黄忠殿の本隊だ! 馬超殿は……無理だな。どうせまた出番はあるから、麦酒でも飲んでゆっくり休んでてくれ」
「……あ、ああ。済まねえ。たのんだ」
「徐庶殿。魏延、馬謖! すぐ追いかけるぞ!」
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